桜散りし頃、君思うことなかれ

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桜散りし頃、君思うことなかれ(後編)クォーターサード

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~嫌な予感~
僕は相変わらず桜並木でヨシノ先輩を待ち続けている。もちろんサークルにも顔を出す。ヨシノ先輩がいつ来ても良いように。ふっと姿を現すその時まで。
今まではその役割を相棒が担ってきたが二人の関係が悪化したため自分で確かめるしかない。
相棒とはあれ以来、口をきいていない。
こっちから話しかけても無視をする。やはり相当怒っているのだろう。
だがそんなこと知るかと言いたい。
こっちに非があるなら仕方ないがただの嫉妬。付き合っていられない。
サークルには一見二人仲良く参加しているが……
「おい、お前ら」リーダーはそのご自慢の筋肉を見せつけるように体を揺らす。
いきなり厳つい男が迫って来たので構える。
「ようやく結論が出た」
何かと思えば他にヨシノ先輩に該当する者がいないか調べてもらっていたのだ。すっかり忘れていたが。
その結果が分かったようだ。
不安を覚える。
何か嫌な予感がする。
絶対に良くない結果。
分かり切っている。
「それでどうでした」
皆に聞こえるように大声を出すと周りの者が近くに寄って来た。相棒も耳を立てている。
「あの飲み会に参加した他のサークルの者にヨシノに該当する人物はいなかった」
リーダーは格好つけて調査報告書なるものを読み上げた。
「いない? いないってどういうことですか? 」
喰ってかかる。
「俺に聞くな。いないもんはいないんだよ。以上」
勝手に話を終わらせる。
「何だ。やっぱりお前は女に騙されていたんだ。はっはは…… 」
今の今まで無視を決め込んでいた相棒が嬉しそうに話しかける。
相棒の機嫌が直った。
まったく現金な奴だ。
情けなくてしょうがない。
「そんな…… ヨシノ先輩…… 」
「まあいいじゃないか。騙されていたと分かったんだから。一歩前進だぞ。
最近のお前を見ればわかるが会えてないんだろう? あっちも脈なしと踏んだんだよきっと。よかったなあ。被害が無くてよ」
「そんな…… そんなこと…… 」
「相棒! 祝杯を上げようぜ」
どうやら相棒は僕を許してくれたようで仲直りできて良かった良かった。
いやそんなこと…… そんなこと…… ない!
「まあ気を落とすな」リーダが責任を感じたのか優しい。不気味だ。
「本当ですか? 本当に本当? 」
「本当だ。該当者はゼロ」
「どこかにミスがあって…… それでそれで…… 」
「いやそんなことは無い。何度も確認したことだ。残念だがお前の知っているヨシノ先輩はここにはいない。そしてサークルにもたぶん大学にも。騙されてないんだとしたらたぶんそれはな…… いや何でもない」
「騙されているはずありません。彼女は、ヨシノ先輩は必ず存在します」
「しかしなあ」
「本当にこのサークルにいないんですか? 」
「いないよ」リーダーはじめ集まっていた者全員が口を揃える。
「お前が信じたい気持ちも分かるけどさ証拠が揃ってしまえばどうしようもない」相棒の表情がさっきまでの馬鹿にしたものから真剣な表情に変わっている。
「他の可能性は無いんですか? 聞き違いとか思い違いとか勘違いとか。何でもいいんです。お願いですから」
「そんなに興奮するな。いくら何でも何度も聞き間違えるはずがない」
リーダーの言うことはもっともだ。それは僕だって理解しているつもり。でもどうしても認めたくない。僕が認めてしまえば本当にヨシノさんはどこかに行ってしまう。認められない。
ヨシノさん。どこですか?
もう頭の中はぐちゃぐちゃ。
リーダーや相棒たちが親身になって励ましてくれるが何も入ってこない。
聞き間違い? いや違う。
何かの間違い? それも違う。
春の夢? それにしては長すぎる。僕はいつの間に幻覚を見るようになったのか。
考えていても混乱するだけだ。
行こう。
戻ろう。
再びあの公園に。
彼女と出会った思い出の公園に。
ヨシノ先輩!
ヨシノさーん!
どこですか。
サークルを抜け出し桜並木をさまよう。
歩いてなどいられない。
速度を上げる。
息を切らし彼女の名を呼ぶ。
ヨシノさーん。
ヨシノ先輩。
最後には全力疾走。
人の視線などもうどうでも良い。
迷惑を省みずに呼び続ける。
足がもつれて転倒。
ヨシノさーん。
結局その日、ヨシノさんは現れなかった。
翌日もその翌日も。
姿を見かけなくなって一週間。
桜はさっぱりした。
花びらはもうほとんどが散ってしまい最後の抵抗を見せている。
花見客もずいぶん減った。
来週にはこの桜並木も全て散り静けさが戻ってくるだろう。
何となく思う。
そこまでが僕と彼女との時間。
タイムリミットは迫っている。
彼女との出会いが現実だったのかもう自分では判断がつかない。
桜が無くなればもう一生彼女とは会えない。そんな予感がする。
なぜだろう?
運命的な出会いは何の前触れもなく唐突に過ぎ去っていく。
ヨシノ先輩の言動も何か変であった。そこにミステリアスな魅力を感じていた自分がいる。
彼女は僕を……
いやそれはない。自信をもって言える。
彼女に何かがあったんだ。
勝手に別れを告げる人じゃない。
存在しているなら必ず会えるはずだ。
この公園に戻ってくる。
絶対だ。
それまで待とう。
いつまでもいつまでも。

再会
「いつまでも一人の女に拘るなんてどうかしてるぞ。サークルにだってキャンパスにだって見渡せばいくらでもいるじゃないか。なあそうだろう」
元気が無いので励ましているつもりなのか、ただ単純にからかい過ぎたのを反省しているのか相棒は優しい。
「僕はもういいんだ。放っといてくれ」
「何を情けないことを言ってやがる。いい加減元気を出せ」
優しすぎないか。自分だって振られて落ち込んでいたくせに。
「そんなこと言ってまた何かあるんだろ」
「あれ気づいちゃった。まあいいや。お前もそろそろ立ち直らないと本当にまずいぞ」悪びれずに笑ってごまかす。
「だから何? 要件を言え」
「実はさあ。ミニ合宿があるんだ。泊りがけで金曜日から二泊三日。皆お前のことを心配してたぞ。急に飛び出して行きやがって。その後一度もサークルに顔を出さないものだから。まあ俺がちゃんと報告してるからいいがな」
「おい! そこうるさいぞ」
注意を受ける。
別に大声で話していたわけではない。そこらじゅううるさいのだ。だが教授も注意しやすい奴を叱りバランスを取る。まあ確かに相棒はうるさかったと思うが。
目をつけられるのも面倒なので大人しくしている。
相棒は後でなと言って前を向く。
講義を聞く気力も無い。
伏せて耳だけ傾けている。
そんな毎日。
勉強に身が入らない。
やる気がまったく湧かない。

ランチ
何も考えたくない。
いつものAランチをゆっくり流し込む。
「おい、だらしないぞ。口からスープをこぼしやがって。汚ねえなあもう」
何を言っても心に響かない。
相棒の話に適当に合わせる。
「聞いてるのか」
何も考えずにただ頷く。
「聞いてないのか」
縦に振る。
「おい、どっちなんだよ。はっきりしろ」
「何の話」
「やっぱり聞いてなかったか。さっきの合宿の話だよ」
「いくら? 」
「おお、ようやくまともになりやがった。いくらってそりゃあ高くはないよ。もちろん安くもない。お前は特別に後払いでいいってさ。明日からのミニ合宿行くか? 楽しいぞ」
縦に振る。
「行かないのか」
うんうん。
「どっちなんだ。はっきりしろ。まったくボーっとしやがって付き合いきれないわ」
それでも適当に相槌を打つ。
「お前なあもう。分かったよ。俺の方で断っておいてやるよ。そんな腑抜けた状態ではまた怪我しちまうかもしれないしな」
「済まない。今の僕ではみんなに迷惑がかかる」
「気にするなよ。俺はお前に来て欲しんだ。やっぱり引き立て役がいるからな。でもその後余計な行動を取っちまうのがお前の悪い癖だ」
相棒は何か言いたそうにしていたが飲み込んだ。
彼の誘いを受けるべきだと後になったら分かるが。今は何も考えられない。
「行かないでいいんだな? しかしもったいない。今まで顔を出してなかった先輩が参加するらしいんだ。お前期待してただろ」
「おい、まさかその人って? 」
一気に覚醒。
「落ち着け。ヨシノなんてやつじゃない。まったくの別人さ」
相棒を問いただす。
「勘違いするな。そんな訳ないだろ。でも先輩たちの話ぶりではものすごい美人なんだとさ。まあ当てにはならないけどね。どうだ興味が湧いたか」
相棒は何とかして参加してもらいたいのだろうがその人物がヨシノさんであるかの一点にしか興味はない。
「本当にヨシノさんじゃないのか」
「ああ。一応は確認した。名前も苗字も違う。まったく違う。似ても似つかない」
残念だが違うらしい。
「いいじゃないか。ヨシノ先輩じゃなくたって美人なんだぞ。スタイルもいい。
性格だってたぶんいい。一目惚れしちまうかもよ。どうだ行かないか」
再度誘うがその気はない。
「そうか仕方ないな。その先輩は今日顔を見せるそうだ。合宿に行かなくても確認ぐらいしたらどうだ」
ヨシノ先輩でないなら意味がない。
せっかくだが断ることにした。
「止めておく。僕はヨシノ先輩だけなんだ」
「何を言ってやがる。女なんて他にいくらでもいる」
ため息を吐く。
「お大事に」それだけ言って行ってしまった。
僕は冷めきったスープを飲み干し窓から見える景色を片肘を突いて眺める。
ああ、良い季節だ。
風が気持ちいい。
何だか堪らなく眠くなってきたな。
もうどうでもいいや。

金曜日
午後の講義をお休みしていつもの公園に足を運ぶ。
花見客は姿を消した。
ターゲットを変えたのだろう。
次は何に群がるのか。
季節的にはたぶんアジサイ。
バラ?
ヒマワリ?
自然の美しさも罪なものだ。
確実に破壊されていく。
人々はその様を喜んで見ているのか。
それともただ単純に何も考えないで楽しんでいるのか。
僕もその集団に紛れ込みたい。
四季を感じ花を愛でていたい。
何も考えないで他の者に倣って狩るのだ。花を狩るのだ。
だが僕は時を止めてしまっている。
桜に。
春に。
拘っている。
花見が良いとは言わない。でも花見が僕のこだわりなのだ。
いや本当にそうか? そうではないだろう。
もう桜も散ってしまった。
皆が一斉に歩き出したのに僕は未だに桜に拘っている。
皆が前に向かっていると言うのに僕ときたら後ろに進もうとする。
まるでエスカレーターを逆走している小学生のように。
隣ではエスカレーターに乗っかって不思議そうに見守る客。
僕は何とか走って逆走。エスカレーターを飛び越える。
ヨシノ先輩
行きましょう
デートの約束
春の幻に精神がどうかなってしまいそうだ。
どちらが幻なのか。
ヨシノさんが幻なのか。
ヨシノさんがいないことが幻なのか。
もう分かっているだろ。
もう理解したはずだ。
そうさヨシノさんは……
誰かがそう囁いた。

土曜日
朝早くからランニングで汗を流す。
元々はスポーツも良くやっていた。
運動神経抜群ではないが普通と言ったところか。
テニスもやれば面白い。
だがサークルに顔を出すのは辛い。
ヨシノさんがいないのに行く意味があるのか。
僕は相棒みたいに切り替えられない。
相棒は相手にされていなかったが僕は違う。
もう何度もデートを重ねた。
彼女を知っている。
彼女を信じている。
いい加減かくれんぼは止めて欲しい。
小学生じゃないんだから。
ヨシノさん…… どこ?
ランニングをしても心が晴れない。
そう言えば合宿だったけ。
サークルの皆も今どこかで楽しんでいるのだろうか。
相棒は今回も失敗に終わるのだろう。
そんな事を思いながら二周目に入る。
そう、ここはいつもの公園。
彼女と初めて出会った思い出の場所。
いつまた会えるのか分からない。
なるべく多くのチャンスをと思い朝からランニングに精を出す。
二周目を終え三周目に入る。
きつくなってきた。
ベンチで一休み。
はあはあ
ふうふう
慣れないことはするものじゃない。
息を整えるのに時間がかかる。
倒れてはまずいのでゆっくり水を流し込む。
タオルで汗をぬぐう。
これで何とか再開…… できるはずもなくベンチでぐったり。
桜の木。
近くには桜の木が見える。
ここは二人が過ごしたベンチ。
まだ桜はしつこく粘っている。
もう時間の問題。今日にも無くなってもおかしくない。
桜は我慢している。強い奴だ。
それに比べて自分はどうだろう。
粘っている?
諦めが悪い?
少なくとも最後の一枚が散るまでは頑張らなくてはいけない。この桜にも笑われてしまう。
朝は過ぎ昼へ。
いい匂いがしてきた。
ソースが食欲を刺激する。
ついつい体が反応してしまう。
露店の匂いに誘われてB級グルメに手を出す。
どれもこれも空腹を満たすには十分でもったいないぐらいだ。
お腹一杯まで食べ続けた。
ご馳走さま。
ゲップが出る。
悪臭が辺りに撒き散る。
腹一杯。
満足満足。

ランニングを再開。
土曜日なので人は集まっているが先週までの勢いはない。
主役はすでに移動したとでも言うのか。
桜並木には老人や親子連れ、愛犬家。
小さい男の子がそこらを駆けている。
若者は姿を消した。
彼らは一体どこに行ったのだろうか。
ベンチに戻ると自然保護を訴える団体がしきりに大声で何かを主張している。
その横でせっせと何かを手渡しているママさん。
一生懸命呼びかけているが誰も取り合わない。
ただ彼女はスタイルが良く可愛らしい顔立ちなのでそれに気づいたおじさん連中が下心丸出しで戻ってくる。
彼らは品定めを済ますと諦めて立ち去ってしまう。
ママさんは何かを訴えかけているようだがここからではよく聞こえない。
ベンチで疲れを取る。深呼吸。
公園で行われている活動をボーっと眺めその合間に桜をちらっと見る。
のんびりした週末の午後。
太陽が冷えた体を温める。
爽やかな風が吹いてきた。
ああいい気持だ。
眠い。
無為な時間が流れる。
傍から見れば変な奴がブツブツ言って笑っているのだから気持ち悪いに決まっている。近くに寄るものはいない。
そうして夕暮れまで散り去る桜の花びらをじっくり観察する。
ふう。
ため息が漏れる。
もういいのかもしれない。
彼女とはもう。
幻だったのだ。
頭を抱え必死に抵抗。
でも結論は変わらない。
真実も変わらない。
もう一度深くため息を吐く。
ミンナカエッタヨ?
どこからか声がする。
見回しても人などいない。
汗だくのブツブツ男のもとに寄ってくるものはいない。
幻聴?
またしても幻。
疲れているのだろうか。
ミンナイッタヨ
しつこい幻聴。
耳が勝手に音を捉える。
耳が悪くなった?
精神的なものだろうか?
どちらにせよ早めの治療を要する。
「みんなかえったよ? 」
女の子の声だ。
「きみはかえらないの?」
「きみ? 」
「いつもここにいるね。なにをまっているの」
「僕は…… 」
「いつもまっているね。キミはだれをまっているの? 」
さっきから女の子の声がする。もう自分はダメなのかもしれない。完全に我を失った。幻覚も幻聴も日に日に大きくなっていき自分でコントロールできない。
このまま放っておけば取り返しのつかない事態を招いてしまうだろう。もうここで引き返さねば。自分を保たなくては。
「ねえ。きいてるの? 」
「うるさい! 」
「キミ! 」
「うるさい! うるさい! 自分は正常だ! 幻覚になど幻聴になど惑わされてなるものか! 」
「キミはおこっているの? 」
幼? 幻? どっちなんだ?
後ろを振り返る。
ベンチは両側に設置されていた。
女の子が後ろから話しかけていただけで不思議でも何でもない。今の今までベンチの作りを気にしていなかった。
いや花見シーズンの時には確かに後ろに人が座っていた。あの時は当たり前に感じていた。しかし今ではベンチを利用する者はいない。そこまで長居する必要もなくなった。それどころかブツブツと独り言を言っている男の近くに寄る者など居ない。無邪気な小学生以外。
キミキミと生意気そうだがいくつなのだろうか。
「ねえ。キミきいてるの? 」
「ああ。君こそいくつ? 」
女の子は黙ってしまった。
自分の話はしたくないのか。
「うーん。教えちゃダメだってママが」
「じゃあ何年生? 」
「三年生」
「お名前は」
「教えられないよー」
くすくすと笑いだす。
見ていると癒されるから不思議だ。
もう教えないそうだ。
最近の子はガードが固くていけない。
などと発言すればひんしゅくを買う。
別に怪しい者ではないが…… いや、とっくに不審人物だろうな。
残念だが仕方がない。
「小鳥! 行くよ! 」
「ハーイ」
返事をしてこちらに手を振る。
彼女も暇を持て余してついからかいたくなったのだろう。
ボーっとしていたのが悪い。
お揃いのかわいらしいワンピース姿の親子。
かわいらしい少女と少女のようなママ。
彼女は何かを懸命に訴えかけていたあの女性で。女の子はその応援。
出会いは確かにあった。
でも僕の望みは叶わなかった。
かわいらしい少女と別れて再びベンチでボーっとする。
もちろん収穫などありはしない。
残り一日に賭けるしかない。
公園を離れる。
どこにいるのだろうか。
夕日に話しかける。
ヨシノ先輩
どこですか?

日曜日
運命の日を迎えた。
今日こそは必ず。
強い意志を持って臨む。
昨日と同様、桜並木を走る。
一周、二周と体が温まってきたところで三周目は全力疾走。
ランニングを終える。
今日もボーっとベンチに腰掛ける。
もう習慣になっている。
あの子は今日も来るだろうか?
いや違う。あのママさんはしっかりやれているだろうか?
それも違う。
僕はヨシノ先輩を待っているのだ。
ベンチを離れ、適当に腹を満たす。
公園近くのファストフードで食後のコーヒーを流し込み、公園を監視。
自分がいるから出てこられない。
恥ずかしくて顔を合わせられない。
まだ怒っていて会う気がしない。
勝手な思い込みで現状を何とか理解。
ポジティブは悪くない。
冷静さだけは保っておく必要がある。
昼が過ぎ、風も強まってきた。
このままでは最後の花びらが散るのも時間の問題。
これでようやく諦めがつくと言うものだ。
今日まで本当に辛かったし苦しかった。
ストレスでどうにかなってしまわないか不安だった。
その気持ちともおさらば出来る。
もういい。
もういいのだ。
いい加減吹っ切れたい。
ベンチに戻る。
予感がする。それもいい方だ。
心臓が高鳴る。
そう今にも何か……
連絡が入った。
「今、帰ってきた。お土産があるんだ。良かったら取りに来てくれ」
相棒は呑気に合宿報告。
こちらの気も知らないで。
何がお土産だ。
何が美人な先輩だ。
何が詳細は明日だ。
怒りが込み上げてくる。
しかしなぜこんなにも早く?
二泊三日の合宿のはず。
合宿か…… 楽しかったんだろうな。行けばよかった。
サークルか。
僕も早く立ち直って彼らに顔を見せなくては悪い気がする。
後悔と罪悪感が一気に流れ込んできた。
考えるな。考えてはダメだ。
ポジティブに。もっとボジティブに。
僕なら大丈夫。
僕なら大丈夫。
無理矢理抑え込む。
いきなり声がした。
「キミはヒマ? 」
昨日の少女だった。また来てくれた。
「あれ。小鳥ちゃん」
「なんで? わたしのなまえしってるの? 」
「昨日教えてくれたから」
そうだっけと言って笑う。
今日は白のワンピース。桜の花びららしきものがポツポツと配置されている。
おそらくママとのペアルックだろう。
「寒くない小鳥ちゃん? 」
風が一時間前よりも強まっている。この格好では風邪をひきそうだ。
「ううん。ねえ。これよんで」
手には絵本がある。
「お話。絵本かい? 」
「うん。これことりがつくったの」
辺りを見回して怪しまれていないか確認。よし大丈夫。
絵本を開く。
「ことりとさくらのせい」
「面白そうな絵本だね」
「そうなの。ことりはてんさいだから」
誇らしげにベンチに立ち上がる。
「こら! 小鳥何をやってるの! 」
少女のママが駆けてきた。
「ママ! まだー? 」
「もうちょっと。もうちょっとだから大人しく待っててね」
「うん。カレとまってる」
「どうもすみません」
困惑した顔で頭を下げる。
すぐに引き返した。
シングルマザーなのだろうか。一生懸命に何かを訴える活動に父親らしき人物が見当たらない。たまたまなのかもしれないし家で留守番しているだけなのかもしれないが。
まあ余計な詮索をするのもどうかと思う。
小鳥ちゃんに聞くのも忍ばれる。
それにしても似合っている。小鳥ちゃんとのペアルック。身長も高くスラーっとしていてワンピースが映える。
彼女は桜を保全する自然団体の一員で一人でこの桜並木を残す活動に力を注いでいる。その為に空いた時間を使って精力的に取り組んでいる。たまに協力者も名乗りを上げるが基本一人だ。
だが来年にはここの桜は伐採されてしまう。決定事項と言うこともあり誰も積極的に協力することは無い。
そうかこの桜も来年には半分になるのか。
そして翌年には全て……
今さらながらに突きつけられた現実。
仮にこの運動が成果を上げたとしても安全性に問題があればやはり桜は姿を消すことになる。そう時間の問題。自分にはどうすることもできない。見守るのみだ。
彼女が戻ってきた。
「あのー。これ絵本です。娘と一緒に桜の話を作りました。よろしければどうぞ」
非売品だそうで無料とのこと。
悪いので払おうとするも断られてしまう。
どうかご協力をと頭を下げる。
有難く絵本を受け取ることに。
なぜか貰った側が礼を述べられる。
それではと言い再び行ってしまった。
少女と僕を置いて活動を再開。
これでやっと二人っきりになった。
この時間は誰にも邪魔されたくない。
手元の絵本を開き読み聞かせてやる。
「春…… どこがいいかな…… 」
少女は自分の作った絵本を見つめ嬉しそうにはしゃぐ。
興奮してまた立たれたら面倒だ。少女を膝に乗せ続きを読む。
最後まで読み終えるともう一度と懇願される。
二度、三度と読んでやる。満足したのか小鳥は夢の世界へ飛び立った。
三時になり目を覚ました少女はママの元へ。
そして再び戻ってくる。
今度は小鳥が読むと言って交代する。
つっかえつっかえ笑顔で読む姿に心が癒される。
これが幸せというものだろうか。
こうして至福の時が過ぎて行った。
四時のチャイムが鳴る。
今まで懸命に頑張っていた花びらが最後の挨拶を始めた。
小鳥が急に立ち上がる。
「もうかえらなくちゃ。キミもはやくかえるんだよ」
ママとの挨拶を終え、手を振る。
もう間もなく日も暮れ始める。
僕も早く帰った方が良い。
それは分かっている。
でもまだ最後のチャンスが残っている。
ヨシノさんに会うまではここから離れるわけにはいかない。
決心したではないか。
だがなぜか心が離れていく自分がいる。
もう無理だと分かっている冷静な自分がいる。
これからは小鳥ちゃんとママさんと楽しくやっていけばいいじゃないか。
でもやっぱりヨシノ先輩。
揺れに揺れる己の心。
自分でも良く分からくなってくる。
小鳥は無邪気にじゃあーねーと言って家路へ。
「ああ! 」
「何だい? 」
「おねーちゃんだ! 」
姉? 小鳥にはお姉さんがいる? いや、ママのお姉さんか?
まあどれにしても僕には関係のないこと。
迎えにでも来たのだろう。
深く考えずに下を向く。
四時を過ぎると人はどんどん減っていく。大体が親子連れ。寒くなってきた。子供に風邪をひかせるわけにもいかないので帰っていく。
もう帰宅の時間だ。
ほら放送でも言っているじゃないか。お家に帰りましょうと。
ベンチに腰掛けダラッとする。
隣の温もりはもうほとんど感じられない。
虚しい。なんと虚しいことか。
僕は小鳥ちゃんを求めている?
いや違う。ママの方だろう。
何と言っても美人だしスタイルも抜群。
顔が浮かぶ。
いけない。僕は何を考えているのだ。
もちろんあの親子との出会いは僕にとってプラスになっている。
しかし。しかしだ。
僕が本当に求めているのは。
僕が心から願っているのは。
小鳥ちゃんでもそのママでもお姉さんでもない。
風が強くなってきた。
絵本が勝手に物語を終わらせる。
音がする。
匂いがする。
誰かがやって来た。
しかし自分には関係ない。
待ち合わせでもしているのだろう。
余計なことに首を突っ込むとロクなことが起きない。
足音が止まった。
強烈な匂い。ただ悪くない。
いい香りだ。
強風によってなのか匂いが際立つ。
風はますます勢いを増した。
桜は大丈夫だろうか?
最後の一枚は残っているだろうか?
気になって仕方がない。
夕陽が眩しい。
顔を上げる。
そして夕陽のせいでぼんやりした影を捉える。
女性だ。
だいぶ慣れてきた。
「あなたは…… 」
「フフフ…… 」
「ヨシノさん? 」

            <ファイナル>に続く
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