あの雨のように

浅村 英字

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1週間前

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「よぉ、杏。待たせたな」

「本当だよ、デート邪魔されて、休日もつぶされたんだから今日はたくさんおごってよ辰矢」

 俺が密会相手に選んだのは、見舞いにもよく来てくれた白石 杏だった。

「別にいいけど」

「いらっしゃいませ」

「二人です」

「かしこまりました。こちらへどうぞ」

 俺らが案内されたのは懐かしく座る喫煙席だった。注文を一度に済ませ、ドリンクバーでそれぞれの飲み物を注いだうえで、俺たちの会話が始まった。

「で?あれを見てから連絡してきたってことは、何かあるんでしょ?」

「杏は話が早くて助かるよ。早速だけど、あの時一緒にいたのは彼氏ってことでいいんだよな?」

 俺たちが言う代名詞の対象は先週の火曜日、響空と一緒に彼氏の浮気調査をしに行った時だった。あの時、一緒にいたのは、まさかの杏だった。

「そうだよ。『上城 侑也』くん。同い年だよ」

「そっか」

 これで俺の中でも彼は浮気者で、杏が浮気相手という構図が正式に形成された。

「一緒にいたのは、彼女?」

 この質問に正直に答えるわけにはいかない。響空でも杏でもこの状況で冷静さを保てるという保証はないからな。

「そうだよ」

 俺の嘘に杏はやっぱり感づいた。そのせいで彼女は笑みが止まらなかった。

「辰矢って、意外と嘘つくの下手だよね」

 俺のキョトンとした顔に杏は話を続けた。

「分かってるでしょ。私に嘘は通じないよ」

 杏は不思議と嘘が分かる。初見の人の嘘は分からないが、その人との親密度が上がれば上がるほど、その人の嘘は見分けがつく。

「辰矢とは、それなりに時間を共有したんだから、もっとうまく使わないと私には通用しないよ」

「悪かった」

 彼女は自分の能力にかなりの興味を持っている。だから、入院していた俺のところにも顔を出して、親密度をゲームのように高めていた。

「それで?本当は何なの?」

「・・・・・・・」

「侑也の本当の彼女?」

 俺は何も言ってないし、表情にも出しているつもりはなかった。でも、杏はすべてお見通しのようだった。

「やっぱりか」

 俺はこうなったら俺の中の不満を全て打ち明けることにした。

「珍しいと思ってな。嘘を見抜ける杏があいつと付き合うなんて」

「そうなんだよね。最近私も疑い始めたくらいなんだけど。まさか私が浮気相手だったとはね」

 驚いた。俺や響空以上に杏は冷静に今の自分がどういうところに置かれているのかを判断で来ていた。

「何でそうなったんだ?」

「彼は特に嘘をついているような感じはずっとしてないよ。でも、今冷静に考えるとずっとはぐらかされてはきたかも」

「はぐらかすって?」

 俺自身、色んなことがバレかねない性格なのを最近悩み出した。そんな時にこの話はもってこいだと思った。そのせいでワクワクを表していた。

「そんなに興味持つ?別に普通だと思うけど。いたら声かけないとか、いて欲しいの?とか」

 確かに。今思えばそういうフレーズを一冊目で使っていたな。

「本当にそういうセリフを言う人っているんだな」

「ホントそれ。私も騙されちゃったよ」

 杏の顔は不思議と笑っているように見えたなかった。自分が浮気相手なんて思ってもいなかった衝撃、顔だけでも笑っていようとしていることだけも、十分にすごいことだ。

「でもどうして、あの場に辰矢がいたの?」

「俺は・・・」

 好きな人が辛そうにしているのを見たい人なんていない、ならどうして俺はついて行ったんだろう。もしかしたら小説で使えると思ってしまったのかもしれない。

「あの子のこと、好きなの?」

 今はそうだとは言い切れない。でも、彼女に嘘は通じない。

「そうだね、そうだと思う」

 俺にはこれ以上の答えは持てなかった。

「正直でよろしい。でも、辰矢が好きな人かぁ。成長したねぇ」

「うるせぇなぁ」

 俺はこの後がどうしたらいいか分からなかった。浮気現場を目撃して、自分を卑下する響空のことを肯定できなくて、俺はあいつに何もできなかった。俺と杏の中で浮気が確定した以上、これからの行動をどうしたらいいのか分からない。何もできない俺に関わる権利なんてあるのだろうか。

「あの人とはいつから付き合ってるの?侑也は」

「今、八ヶ月くらいかな」

「かなり正確だね」

 あの時のことを思い出して、少し胸が苦しくなった。

「俺が告白する直前に復縁したからな」

「だとしても、少しキモイわ」

 俺は疑問が大きくなった。

「だって、そんだけ経ってもまだ好きなんでしょ?」

 俺の中で、好きという感情が彼女のままでいいのか分からなくなった。

「だと思う」

「その間に関わっていたことはあったの?」

「特には連絡してなかったかな」

「それなのに、好きなんだ」

「変かな」

「そうだね、辰矢は普通じゃないからね」

 同じ中学である杏は、もちろん俺の秘密は承知してる。去年の時からこういう風に同じ中学の人に相談していれば良かったのかもしれない。

「辰矢が初恋か。疑心暗鬼を変えた人私も会ってみたいかもな」

 そんなこと、響空は望んでいない。きっと響空が望んでいるのは俺やこいつが関わる結果みらいじゃない。

「それは無理かな。・・・なぁ、杏はどうしたい?その人とのこと」

 別につなげるとかではない。俺ができるのは響空が最大限傷つかない結果みらいを模索するだけだ。

「正直、今すぐ別れたいとは思わないかな」

 俺は言葉を失った。浮気されている現状を知ってもなお、その人のそばにいたいと思うなんて思っても見なかった。今すぐにでも別れたい、そう言ってくると思ったのに。もしかしたら、自分が後から付き合ったからだろう。響空の情報を渡してない以上、見えていないところをどう想像しようとそれは杏の自由だ。

「確かに最初、というか今のところは浮気状態なのかもしれないけど。これから私一本になってくれるかもしれないし、そうさせるつもり」

 杏の目からは固い意思を感じた。そのせいで俺の口が動かなくなった。

「でも、私よりも後の人がいたりしたら別だけど」

 なんとなく、杏の奥の顔が見えた気がした。

「つまり、杏は自分が一番であればいいのか」

「そうだね。別に私が浮気相手でも大丈夫。私が一番であれば、その人に彼女がいても奪えばいいってことだから」

 かっこいいと思った瞬間、杏の目から恐怖に似たものを感じた。きっとこういう感じの子が四季のメンヘラのような女の子になるのだろう。

「そろそろ帰るか」

「そうだね」

 話がひと段落したところで俺たちの要件はすべて終わった。俺が会計を済ませて店を出る。

「今日はご馳走様でした」

「はいはい、まじで高いやつ食いやがって」

 杏が食べたのは、お店のなかで三番目に高い物だった。お店の中で値段のツートップををはるのは女子では食べきれない量のものだったから、実質一番高い物を食べられたと言っても過言じゃないだろう。

「えへへ、まあね」

「まぁ、それなりに色々教えてもらったから良しとするか」

「そうだよ、私とご飯を食べれただけでも十分だと思いなさいよ」

 帰り道、今日のことを振り返る。
 杏と響空はまるで真逆のような性格だと思った。みじめな自分を否定し我を見失う響空、みじめな自分を肯定し自分のために鼓舞する杏。この二人を会わせるのは少なくとも今じゃない。今紹介しても、響空がより自分を否定するだけだ。

「小説のキャストね・・・」

 四季、主人公である俊太の最後を目撃する早織。俊太自身の手で作り上げた重度のメンヘラ早織が、今の杏にぴったりだと思った。きっと彼女なら俊太を殺せる。どんな人が俊太の役になるのか少し楽しみになった。
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