あの雨のように

浅村 英字

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十一限目

混乱

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『案外簡単に釣れたよ』

 朝倉からのメールに少し困惑した。そんな簡単に物事が進むのが少し怖い。

「日程決まりそうなら教えて」

 そう伝えて、俺は自分の課題を済ませ体力温存のために眠る。
 その週末、長田八樹のアカウントから四季のドラマ化とそのオーディションが行われることが発表された。と言っても、俺が見るのは最終オーディションだけなんだけど、どんな人達が残って演技を見せてくれるのか今から楽しみになった。

『もしもし?』

「もしもし、悪いな響空」

『大丈夫だよ。こんな昼間からどうかしたの?』

「いや前、俳優好きって言ってたけど、誰だっけ?」

『そんなこと?相沢 真鳳だよ』

 ちゃんと覚えていた。でも偶然を装うには一度聞いた方がいいのだと思った。

「そうだよね!その人が主演の映画のチケット手に入れてんだけど、行く?」

『ごめん、私まだ別れてないからさすがに』

「あぁ、別にいいよ。俺その日用事あるから」

『本当?』

「うん、友だちと楽しんできな」

『いやいいよ。申し訳ないし』

「そう?一応上映試写会のチケットだけど」

『いや、配信でしょ?』

「いや、市内である目の前に来てくれるやつ」

『え?!マジ?!』

 響空も案外簡単に釣れたな。さすがに好物を吊るされれば人間でも簡単に食いつくんだろう。

「うん。親父が伝手でもらったんだけど、俺も親父も予定あってさ、せっかくもらったし無駄にはしたくないから」

『本当にいいの?』

「うん、息抜きにでも使ってよ。その替わり感想は教えてな」

『もちろん!』

 最後の仕上げもこれで終えたのが確定した。

『ありがとう、甘えるよ』

 後日、俺は響空に内藤さんからもらった映画のチケットを渡して、最後の準備を終えた。
 全ての予定を集めた日、俺は杏と二人で再び市内に足を運ぶ。

「今日、来ちゃったね」

「そうだな」

 今日は、俺の立てた作戦の実行日だった。杏に伝えたのは、響空とデートする日が分かったから、その日に乗り込むというものだった。

「結構、緊張してきた。ごめんね、こんなことに巻き込んで」

「別に、友だちが浮気相手になるのが気に入らないだけだから」

 メインの駅に行くと俺たちは真っ直ぐ商業施設に向かった。その商業施設は意外と時間を潰すには十分なお店の量があった。全部を回らなくても、興味を持ってしまうようなお店が多いから、行くだけで楽しいと思ってしまえるのはありがたい。

「どの辺にいるのかな」

「ちょっと待って聞いてみるわ」

 そう言って偶然を装う場所を決める。場所は映画館のチケット売り場前、そこが一番開けているから、偶然を装うのにはもってこいだった。
 ワボでこっそりフォローしていた侑也のアカウントを覗くと、ゲームセンターでぬいぐるみを撮っているように見えた。そこには他の人は映っておらず、女子と二人と思うような光景は載ってなかった。

「あいつ、想像もしてないみたいだね」

「だな、ほんとだよ」

 二人に対して言った言葉は、話の流れのおかげで隠しきれた。

「どこで集まる感じになりそう?」

「うぅん、映画のチケット販売のところになりそう。まだ少し時間あるな。どっか寄り道でもする?」

「いや、そうすると私も浮気していました、みたいな感じになりかねないから辞めよ。集合場所で待ち伏せしよ」

 そう言って向かう中で、すれ違う人の数的にその日の来場者数を予測するが、ありえないような数字になりそうで諦めた。もしかしたら、俺が手に入れた特別チケットと関係しているのかもしれない。最上階にある映画館までエスカレーターで登っていく。一階一階登っていく度に、俺の心臓も動悸を加速させた。
 久しぶりに人前で始めった発作は、今回が大変なのを表しているようにも思えた。

「大丈夫?」

 俺はいつものように薬を口に入れて、駅の改札前で買っておいた水を口に入れる。

「あぁ、大丈夫。問題ない」

 緊張と焦りで肘の当たりが冷えていくのが分かる。しかし、手のひらは興奮の表しで熱を増している。

「そろそろじゃない?」

 広い場所のほとんどが見えなくなり、自分の鼓動が聞こえる。響空に告白した時のことが思い出す。あの時と似ている感じが恐怖感を出させる。

「楽しかったね、侑也くん」

「うん、にしても優梨奈ちゃんが楽しんでくれているようで良かった」

 優梨奈の声が聞こえて、一回だけ聞いたことのある声が耳に入ってくる。ちょうど真正面、俺たちの視界の真ん中に二人は現れた。

「え、優梨奈?」

 杏はこの場にいるのは、優梨奈じゃなくて響空がいると思っていたはず。

「え、杏!?なんでここに」

 優梨奈にも、俺の作戦の全貌を教えている訳では無い。もし教えてしまうと、彼女に演技力が求められるようになってしまう。伝えているのは、響空を連れてくるということだけ。そうすれば、この状況に素直に驚いていいから。

「ちょっと辰矢?」

 杏はもちろん俺の顔を見る。それはそのはず、俺が伝えていた作戦とは違うんだから。
 優梨奈は杏の彼氏が浮気しているということを醸し出してからこの状況に気まずい顔をした。
 二人の声で、周りの人の視線が俺たちに集まっていた。
 俺は二人を含めた周りを無視して、すっとぼける。

「何?」

「どゆこと?」

「それはこっちのセリフだよ!お前、浮気していたのか?」

「三股男は黙ってて!」

 杏は完全に我を忘れて、暴走し始めていたように見えた。それもそうだろう、自分の彼氏が浮気している相手が友だちだったんだから。戸惑わない人はそう居ないだろう。にしても、二股ではなく三股と言っているあたり彼女の強気が滲み出ている。

「違うの杏!聞いて」

「あんたもあんたよ!久しぶりに連絡してきたらって思ったら何?私の彼氏を取りたいわけ?!」

 こういう子の状態を狼狽と言うのだろう。ふと杏の手を見ると、その手は強く握られていた。

「二人知り合いなの?」

 俺だけがこの状況に頭が追いついている。優梨奈もきっとこの状況には、驚きを隠せないのだろう。知っているにしては、慌てようが異常にも思える。
 一番戸惑っているのは、やはり侑也だろう。隠していたはずの浮気が、こうやって現行犯として見つかったんだから。最低だと言われる人間はどういう行動をするのだろう。四季でも、こうやって人と会うところは作ってなかったからな。これからの小説のネタに出来たらいいのだが。

「「辰矢!」」

「二人とも、一旦黙れ」

 脳内が熱している時にこの状況は混乱する以外ありえないだろう。でも、これはほんの序の口に過ぎない。

「侑也?」

 そこに現れた最後のピース。隣には、俺の予想通り悠凛がいた。彼女なら、傷ついた響空の心に寄り添っていられるだろう。

「響空?!」

「犬駒さん?!」

「優梨奈ちゃん、響空のことも知ってるの?」

「ちょっと、辰矢。侑也とあの子がいるところに遭遇するんじゃなかったの!?」

 杏は俺の手を掴み、強く引っ張る。それだけ混乱しているのだろう。

「は?杏、待って」

「侑也、その人誰?」

 場が混乱している中、響空はただ彼氏のことを見て、無数にある可能性から、現実とは異なるものを探っているようだった。そして、今の声は彼女だけ落ち着いているように思えた。

「これ、どういうこと?」

 悠凛のポジションだけは、この場で唯一の誰でもいい存在。その場の人は必ず、今の状況に把握は出来ない。何となく予想がついてしまうかもしれない。
 しかし、そのポジションの人が理解し始める時には、傍観者の数も隙間がなくなるくらいには多くなっていた。

「とりあえず、場所を変えよう。ここじゃ周りに迷惑がかかる」

 
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