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巫女教育機関編

七話 

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 「…おはよう、赤原くん」
 「おはよう、ございます…」

 早朝に気まずいような雰囲気が漂う。
 少し、いや随分と機嫌が悪そうな巴雪は、形式的な挨拶を交わしてきた。

 「毎日怪我をしていると思ったら、毎朝こんな早くに、こんな場所で、茜さんに痛めつけられていたの?」

 呆れるような顔であくびをし、巴雪は洋助に小言を言い放つ。

 「ま、まぁね…巴さんは…、早起き苦手なのか?」
 「今何時だと思っているの?まだ六時半よ?眠いに決まっているわよ…」
 「そ、そうだよな…」

 苦笑いをしつつ穏便に事を運ぼうとする洋助は、同年代の女の子との接し方を忘れたように挙動不審に目線を泳がせる。
 半年以上まともに女子と会話もせず、鍛錬と称した拷問紛いの立ち合いを続けて、硬派というには違った性格になっていた洋助は、なんとか会話の糸口を掴もうとする。

 「けど、鍛錬に付き合ってくれてありがとな…、本当に来てくれるとは思わなかったよ」
 「茜さんのお願いだからね…、けど付き合うのは今日だけよ」
 「え…?」

 今後の鍛錬には巴雪が付き合ってくれるという話ではなかったか、そう訊き返そうとしたが睨まれるように言葉を遮られる。

 「私にメリットが無いもの、なぜ貴方の剣術鍛錬に付き合わなければいけないの?」
 「それは…」
 「だから茜さんの顔を立てて今日だけ付き合ってあげる、それで今回の話は終わりよ」
 「けど、それでは、困る…」

 早坂茜の提案とは違った方向で進む展開、このままでは剣術を学ぶ事が出来ずに終わってしまう。

 「そう…、なら私との模擬戦で貴方が一本取れたら今後も鍛錬は付き合ってあげる、けど何もできずにただ負けるようならこの話はこれで終わり、いいでしょ?」
 「………」

 考える、早坂茜との立ち合いですらまともに一太刀浴びせられずにいたのに、更に格上である巴雪から一本取る、極めて分が悪い話である。

 だが―――。

 「わかった、約束する」
 「なら話が早いわ、竹刀を取りなさい」

 演習場に上がりつつ、持ってきた竹刀を取り出して構える。

 「いつでもかかって来ていいわよ」

 巴雪はそう言うと同時に、青白い光を一瞬纏う。
 
 その構えは巴流、上段からの斬撃を中心に、そこから派生される剣戟で構成された流派。
 洋助は嫌気が差すほど見慣れたその構えを、視線を逸らさずただ見据える。

 「……」

 集中、一昨日初めて神力を扱い、そこから自主的な鍛錬で安定して力を使える様にはなった、が、それを人に向けて使うことは無い。
 躊躇いが混じりながらも身体に神力を巡らせ、青白い光を纏い、構える。

 「だぁッぁぁ!!」

 ―――神速。

 今までとは比べ物にならない程の速さで踏み込む。
 間合いは一気に縮まり、踏み込んだ力を乗せた一撃を雪に放つ。

 その剣戟を見て、巴雪は感心した。
 
 それは初めて彼を見た時、死んだ様な顔をして他者を寄せ付けない刺々しい雰囲気の彼が、これほどに素直で、実直な剣を放てるという事実に感心したのだ。

 「茜さんが気を掛ける訳だ…」

 雪は小さく呟くと、速さだけの読み易い太刀筋を難なく躱す。
 空を切る洋助は姿勢を少しだけ崩す、その隙を雪は見逃さず決定的な一打を返しに放つ。

 「ッぐッ!?」

 竹刀といえども当たれば意識を落とせる一撃、しかし洋助はそれをギリギリで反応し、竹刀で受け軌道を逸らす。

 ――雪は、早坂茜の言葉を思い出す。

 『洋助との模擬戦、君にとっても悪い話ではない、目の前で立ち合えばわかるさ』
 『いや…私も自分の稽古で忙しいのですが…』
 『まぁそう言うな、君だって近くで彼の成長を見てきただろ?』
 『それは、そうですが、…はぁ、なら一度だけ付き合います、それで良いですね』
 『構わない、洋助の剣を見れば私の言った意味、分かるはずだからな』

 彼が早坂茜と剣の鍛錬を初めて半年程、まさかここまで剣技に磨きが掛かっているとは思わず、巴雪は一瞬動揺し、受け流された剣戟を引き戻して仕切り直す。

 「はッぁ…はぁッ…ッ」

 洋助は息を切らして間合いを保つ。
 慣れない神力による体の制御、加えて初見である雪の剣筋を見切るため全神経を集中させての動き、体力が消耗するには十分過ぎる。

 だが、なにより、神力による身体能力の向上、動体視力や反射的な体の動かし方まで全ての能力が上がっても尚、目の前の少女は恐ろしいほどに冷静に対応し、洋助は憔悴して焦る。

 「―――っ」

 次に仕掛けたのは雪。
 半歩踏み込み、上段からの斬撃が一番効果的な距離に間合いを取る。
 対する洋助は防御の姿勢、上段を敢えて受け、返しの一撃に全てを懸ける。

 「ッでぁぁ!!」
 「…甘いわね、赤原くん」

 洋助の想定通り上段が放たれ、それを受ける。
 空いた胴に突きを放てば一本取れる、そう思考した時、巴雪は構えを変えた。

 「―――ッなッ!?」

 ―――巴流、玉ノ二連。

 「ぐぁっ…」

 受けられた上段の剣戟は、その隙を打ち消す様に次の剣戟に繋げられた。
 打ち付けられた二連撃、刹那の速さで振り下ろされ、洋助は肩口にそれを直撃する。

 本来であれば、これで勝負はついた。
 だが彼の精神性、あるいは意地がそうさせない。

 「…ッあぁ!!」

 左肩がだらりと下がり、片手で振られる一閃。
 当然そんな一撃が通るはずもなく、雪は竹刀を弾いて無力化を図る。

 「……勝負はついたわ」
 「――まだ、戦える…」

 雪は、少しだけ怖くなる。
 何がここまで彼を奮い立たせるのか、負けると分かって、負けても尚挑み続けるその姿に恐れを感じ、あとずさる。

 「………」

 未熟、雪は己の感情が抱える未熟を見つけたのだ。

 「赤原くん、勝負は終わりよ」
 「俺は…まだ…」
 「…だから、今回は貴方の鍛錬に付き合う形で収めるから、今日はこれで終わり」
 「――――え?」

 雪が告げた言葉は洋助の表情を戸惑わせた。

 「でも、俺は君に勝てていない…」
 「なら明日から来なくていいの?」
 「いや、それは、困るが…約束は?」
 「最初に言ったでしょ、一本取るか、何もできずにただ負けるか…って」

 片膝を着く洋助に近づく雪は、視線を落として語り掛ける。

 「貴方は不利な状況でも、何とか勝てる算段を立てて挑んできた、その戦い方は私も見習わなければいけないし、学べる事がある」
 「あ、あぁ…、そう、かな?」
 「赤原くんと稽古していれば、学べる事多そうだから、…そういうこと」

 気恥ずかしそうに顔を背けて雪は言う。

 「えっとつまり、朝の鍛錬に参加してくれ、るのか…?」
 「~~~~ッ、だ、だから!そう言ってるでしょッ!」

 狼狽する雪が少し可笑しくて、洋助は小さく笑ってしまう。

 「―――赤原くん…、貴方が笑う事あるのね」
 「え?そりゃ…、笑うときもあるよ、俺だって」
 「そうかしら?貴方がここに来て笑った姿、見た事無いわよ」
 「そう、か…、俺笑った事無かったのか…じゃあ――」

 赤原洋助は小さく息を吸い、無垢な笑顔で言い切る。

 「俺が笑顔になったのは巴さんのおかげかな」
 「―――ぇ…」

 頬に伝わる熱は、雪が感じた事が無い心臓の高まりと共に伝わっていく。

 「そろそろ時間か…じゃあ俺、医務室寄ってから教室向かうから」

 その場を後にする洋助は、硬直する雪の異変に気付かず歩き出す。
 
 取り残された雪は頬を赤く染めて、その後ろ姿を眺めていたのであった――。
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