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巫女教育機関編
六話
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巫女教育機関、その施設内の一番外れにある廃れた演習場。
その縁側で座る二人は、数号の立ち合いを経て休憩がてら話し込む。
「昨日の試験で倒れたというのに…君は本当に修行馬鹿だな」
「俺は弱いですから…、一日も休んではいられません…、ですが…すみません…」
「まぁいい気にするな、毎朝来いって言ったのは私だからな」
煙草をふかしながら苦笑する茜、その視線は少し遠くを見ていた。
「……君の神力が強力である事は報告書から分かっていた、だから力を高めるよりも、制御する事の方が問題だった」
「そう、ですか…」
「君は上から課せられた決まりを従順に守り、神力を許可無く使う事もせず、今日まで過ごしてきた、その結果が神力の制御に繋がった」
「力を使わない事が力を使う為に繋がったのですか…?」
「そうだ、例外的な事例だが…、君が初めて神力を使った時の感覚、それが原因だ」
「初めて神力を使った時…、確か俺が…大厄に襲われて…目覚めた時、ですよね…」
思い出す、伊織に庇われてそこから意識が無くなり、目が覚めると病院の一室。
突き付けられた現実が理解できず、ただ負の感情に襲われて神力を暴走させた、その時の感覚が長く纏わり付いていたのは事実である。
「稀に…いるのさ、正しい気持ちと理念を持たず、ただ力を行使するだけの巫女が…、洋助はそれになりかけていた、その感覚を忘れるため長い時間を掛け、剣術の鍛錬を交えて正しい気持ち取り戻す、色々あったが君は神力を扱えた、それだけさ」
そんな考えがあったとは微塵も思わず、洋助は目を丸くして茜を見据える。
「早坂、先生…ありがとうございます…」
「ん?なんだいきなり気味が悪い、私は剣術指南で雇われた巫女で、先生ではないぞ」
「…それでも、ありがとうございます、俺にとっては師であり、先生です」
「おいおい、少し気恥ずかしいな」
「今までは鬼のような強さで、容赦のない暴力的な女性だと、そう思っていました…」
「ッな゛!?」
つい本音を悪気も無く話す、その応酬が鉄の拳であるとも知らずに。
「次から年上の女性にはそんな口を利かないように、わかったな?」
「っつぅぅ…、す、すみません…」
プロボクサー顔負けの右ストレートを、神力も無しに放つ女性はあなただけです、なんて言葉が一瞬頭をよぎったが、拳を打ち込まれた痛みで思いとどまる。
「ったく…そんなアホな事言ってないで、これからの事を伝えるぞ」
「…これからの事、ですか?」
「そうだ、神力を扱える様になった事で、ある程度は監視や制限も緩くなり、一般的な巫女と同じような扱いで生活できるようになる、…はずだ」
「はぁ…、そうですか」
「興味無さそうだな、お前自身にとって重要な事だぞ」
制限が緩くなる、と言われても現状今の生活で不便と思ったことは無く、鍛錬と剣術が滞りなくできれば問題はない。
「君も気付いているだろうが、施設内の教員を除く巫女達には君と不必要な接触はしない様伝えられている、が、今後は本部の判断と教員達の協議の結果によっては、普通に関わっても問題無い様に話は進むだろう」
「別に、今まで通りでも問題は…」
「まぁ、君は大厄による被害者の一人でもある、なるべくなら人として生きる事を皆望んでいるのさ」
「…この教育施設の造りといい、今回の処遇といい、案外巫女さんって甘いのですね…」
「いや…そうでもないさ…」
二本目となる煙草を揉み消し、険しい顔つきで話す。
「あと、これが本題だが、明日から私は朝の鍛錬に参加しない」
「――――え?」
一瞬呼吸が止まる、言っている意味が分からない。
「と、いうより私の仕事は君の監視、管理だったからな、それが今や君は神力を扱える様になり、手が掛からなくなった、本来の業務に戻るだけだよ」
「けど、俺は…もっと強くならないと…、だから、俺には…」
まだ貴方の教えを乞いたい、そんなわがままが喉元まで這い上がる。
「まぁ、君はそういう人間だよな、だから私にも考えがある」
「…考え、ですか」
「私が扱う剣術は巴流、聞き覚えないか?」
「巴、…巴って、巴雪さんと関係が?」
「関係大ありだ、巴雪は歴史ある巴家の現当主だ」
隣の席から鋭い視線を向けていた彼女、確かに他の巫女とは違う雰囲気を持ち、実際剣術や神力も他の追随を許さぬ実力であった。
「私は巴家で世話になって、剣術もそこで学んだ、雪と面識はあるし洋助の事を頼んだのも私だ」
「…そう、だったのですか…」
「ん?雪と何かあったのか?」
「いえ、別に…」
何かあった、と言える程の事なんて何もない。
むしろ何かあったら切られていた。
「で、だ、その繋がりで明日からの鍛錬は雪に頼む事にした」
「――――は?」
二度目になるが一瞬呼吸が止まる、言っている意味が分からない。
「今までは神力を使わず立ち合いをしてきたが、雪とは神力を使って全力で戦え」
「いや…話が急すぎて…、それに神力を使ったら流石に危険では?」
「洋助、お前は雪の実力を見誤ってないか?お前が神力を使っても、雪なら顔色一つ変えずに一太刀浴びせるだろう」
内心そこまで実力差があるのか、と疑問に感じる。
「俺だって…少しは強くなりましたよ…」
「―――ほぅ…?雪は、私よりも強いぞ」
その言葉に、心が折れ掛けそうになる。
変わる環境、変わりつつある心境、新しい取り組みを前に、赤原洋助は明日を迎えるのであった――。
その縁側で座る二人は、数号の立ち合いを経て休憩がてら話し込む。
「昨日の試験で倒れたというのに…君は本当に修行馬鹿だな」
「俺は弱いですから…、一日も休んではいられません…、ですが…すみません…」
「まぁいい気にするな、毎朝来いって言ったのは私だからな」
煙草をふかしながら苦笑する茜、その視線は少し遠くを見ていた。
「……君の神力が強力である事は報告書から分かっていた、だから力を高めるよりも、制御する事の方が問題だった」
「そう、ですか…」
「君は上から課せられた決まりを従順に守り、神力を許可無く使う事もせず、今日まで過ごしてきた、その結果が神力の制御に繋がった」
「力を使わない事が力を使う為に繋がったのですか…?」
「そうだ、例外的な事例だが…、君が初めて神力を使った時の感覚、それが原因だ」
「初めて神力を使った時…、確か俺が…大厄に襲われて…目覚めた時、ですよね…」
思い出す、伊織に庇われてそこから意識が無くなり、目が覚めると病院の一室。
突き付けられた現実が理解できず、ただ負の感情に襲われて神力を暴走させた、その時の感覚が長く纏わり付いていたのは事実である。
「稀に…いるのさ、正しい気持ちと理念を持たず、ただ力を行使するだけの巫女が…、洋助はそれになりかけていた、その感覚を忘れるため長い時間を掛け、剣術の鍛錬を交えて正しい気持ち取り戻す、色々あったが君は神力を扱えた、それだけさ」
そんな考えがあったとは微塵も思わず、洋助は目を丸くして茜を見据える。
「早坂、先生…ありがとうございます…」
「ん?なんだいきなり気味が悪い、私は剣術指南で雇われた巫女で、先生ではないぞ」
「…それでも、ありがとうございます、俺にとっては師であり、先生です」
「おいおい、少し気恥ずかしいな」
「今までは鬼のような強さで、容赦のない暴力的な女性だと、そう思っていました…」
「ッな゛!?」
つい本音を悪気も無く話す、その応酬が鉄の拳であるとも知らずに。
「次から年上の女性にはそんな口を利かないように、わかったな?」
「っつぅぅ…、す、すみません…」
プロボクサー顔負けの右ストレートを、神力も無しに放つ女性はあなただけです、なんて言葉が一瞬頭をよぎったが、拳を打ち込まれた痛みで思いとどまる。
「ったく…そんなアホな事言ってないで、これからの事を伝えるぞ」
「…これからの事、ですか?」
「そうだ、神力を扱える様になった事で、ある程度は監視や制限も緩くなり、一般的な巫女と同じような扱いで生活できるようになる、…はずだ」
「はぁ…、そうですか」
「興味無さそうだな、お前自身にとって重要な事だぞ」
制限が緩くなる、と言われても現状今の生活で不便と思ったことは無く、鍛錬と剣術が滞りなくできれば問題はない。
「君も気付いているだろうが、施設内の教員を除く巫女達には君と不必要な接触はしない様伝えられている、が、今後は本部の判断と教員達の協議の結果によっては、普通に関わっても問題無い様に話は進むだろう」
「別に、今まで通りでも問題は…」
「まぁ、君は大厄による被害者の一人でもある、なるべくなら人として生きる事を皆望んでいるのさ」
「…この教育施設の造りといい、今回の処遇といい、案外巫女さんって甘いのですね…」
「いや…そうでもないさ…」
二本目となる煙草を揉み消し、険しい顔つきで話す。
「あと、これが本題だが、明日から私は朝の鍛錬に参加しない」
「――――え?」
一瞬呼吸が止まる、言っている意味が分からない。
「と、いうより私の仕事は君の監視、管理だったからな、それが今や君は神力を扱える様になり、手が掛からなくなった、本来の業務に戻るだけだよ」
「けど、俺は…もっと強くならないと…、だから、俺には…」
まだ貴方の教えを乞いたい、そんなわがままが喉元まで這い上がる。
「まぁ、君はそういう人間だよな、だから私にも考えがある」
「…考え、ですか」
「私が扱う剣術は巴流、聞き覚えないか?」
「巴、…巴って、巴雪さんと関係が?」
「関係大ありだ、巴雪は歴史ある巴家の現当主だ」
隣の席から鋭い視線を向けていた彼女、確かに他の巫女とは違う雰囲気を持ち、実際剣術や神力も他の追随を許さぬ実力であった。
「私は巴家で世話になって、剣術もそこで学んだ、雪と面識はあるし洋助の事を頼んだのも私だ」
「…そう、だったのですか…」
「ん?雪と何かあったのか?」
「いえ、別に…」
何かあった、と言える程の事なんて何もない。
むしろ何かあったら切られていた。
「で、だ、その繋がりで明日からの鍛錬は雪に頼む事にした」
「――――は?」
二度目になるが一瞬呼吸が止まる、言っている意味が分からない。
「今までは神力を使わず立ち合いをしてきたが、雪とは神力を使って全力で戦え」
「いや…話が急すぎて…、それに神力を使ったら流石に危険では?」
「洋助、お前は雪の実力を見誤ってないか?お前が神力を使っても、雪なら顔色一つ変えずに一太刀浴びせるだろう」
内心そこまで実力差があるのか、と疑問に感じる。
「俺だって…少しは強くなりましたよ…」
「―――ほぅ…?雪は、私よりも強いぞ」
その言葉に、心が折れ掛けそうになる。
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