6 / 79
巫女教育機関編
六話
しおりを挟む
巫女教育機関、その施設内の一番外れにある廃れた演習場。
その縁側で座る二人は、数号の立ち合いを経て休憩がてら話し込む。
「昨日の試験で倒れたというのに…君は本当に修行馬鹿だな」
「俺は弱いですから…、一日も休んではいられません…、ですが…すみません…」
「まぁいい気にするな、毎朝来いって言ったのは私だからな」
煙草をふかしながら苦笑する茜、その視線は少し遠くを見ていた。
「……君の神力が強力である事は報告書から分かっていた、だから力を高めるよりも、制御する事の方が問題だった」
「そう、ですか…」
「君は上から課せられた決まりを従順に守り、神力を許可無く使う事もせず、今日まで過ごしてきた、その結果が神力の制御に繋がった」
「力を使わない事が力を使う為に繋がったのですか…?」
「そうだ、例外的な事例だが…、君が初めて神力を使った時の感覚、それが原因だ」
「初めて神力を使った時…、確か俺が…大厄に襲われて…目覚めた時、ですよね…」
思い出す、伊織に庇われてそこから意識が無くなり、目が覚めると病院の一室。
突き付けられた現実が理解できず、ただ負の感情に襲われて神力を暴走させた、その時の感覚が長く纏わり付いていたのは事実である。
「稀に…いるのさ、正しい気持ちと理念を持たず、ただ力を行使するだけの巫女が…、洋助はそれになりかけていた、その感覚を忘れるため長い時間を掛け、剣術の鍛錬を交えて正しい気持ち取り戻す、色々あったが君は神力を扱えた、それだけさ」
そんな考えがあったとは微塵も思わず、洋助は目を丸くして茜を見据える。
「早坂、先生…ありがとうございます…」
「ん?なんだいきなり気味が悪い、私は剣術指南で雇われた巫女で、先生ではないぞ」
「…それでも、ありがとうございます、俺にとっては師であり、先生です」
「おいおい、少し気恥ずかしいな」
「今までは鬼のような強さで、容赦のない暴力的な女性だと、そう思っていました…」
「ッな゛!?」
つい本音を悪気も無く話す、その応酬が鉄の拳であるとも知らずに。
「次から年上の女性にはそんな口を利かないように、わかったな?」
「っつぅぅ…、す、すみません…」
プロボクサー顔負けの右ストレートを、神力も無しに放つ女性はあなただけです、なんて言葉が一瞬頭をよぎったが、拳を打ち込まれた痛みで思いとどまる。
「ったく…そんなアホな事言ってないで、これからの事を伝えるぞ」
「…これからの事、ですか?」
「そうだ、神力を扱える様になった事で、ある程度は監視や制限も緩くなり、一般的な巫女と同じような扱いで生活できるようになる、…はずだ」
「はぁ…、そうですか」
「興味無さそうだな、お前自身にとって重要な事だぞ」
制限が緩くなる、と言われても現状今の生活で不便と思ったことは無く、鍛錬と剣術が滞りなくできれば問題はない。
「君も気付いているだろうが、施設内の教員を除く巫女達には君と不必要な接触はしない様伝えられている、が、今後は本部の判断と教員達の協議の結果によっては、普通に関わっても問題無い様に話は進むだろう」
「別に、今まで通りでも問題は…」
「まぁ、君は大厄による被害者の一人でもある、なるべくなら人として生きる事を皆望んでいるのさ」
「…この教育施設の造りといい、今回の処遇といい、案外巫女さんって甘いのですね…」
「いや…そうでもないさ…」
二本目となる煙草を揉み消し、険しい顔つきで話す。
「あと、これが本題だが、明日から私は朝の鍛錬に参加しない」
「――――え?」
一瞬呼吸が止まる、言っている意味が分からない。
「と、いうより私の仕事は君の監視、管理だったからな、それが今や君は神力を扱える様になり、手が掛からなくなった、本来の業務に戻るだけだよ」
「けど、俺は…もっと強くならないと…、だから、俺には…」
まだ貴方の教えを乞いたい、そんなわがままが喉元まで這い上がる。
「まぁ、君はそういう人間だよな、だから私にも考えがある」
「…考え、ですか」
「私が扱う剣術は巴流、聞き覚えないか?」
「巴、…巴って、巴雪さんと関係が?」
「関係大ありだ、巴雪は歴史ある巴家の現当主だ」
隣の席から鋭い視線を向けていた彼女、確かに他の巫女とは違う雰囲気を持ち、実際剣術や神力も他の追随を許さぬ実力であった。
「私は巴家で世話になって、剣術もそこで学んだ、雪と面識はあるし洋助の事を頼んだのも私だ」
「…そう、だったのですか…」
「ん?雪と何かあったのか?」
「いえ、別に…」
何かあった、と言える程の事なんて何もない。
むしろ何かあったら切られていた。
「で、だ、その繋がりで明日からの鍛錬は雪に頼む事にした」
「――――は?」
二度目になるが一瞬呼吸が止まる、言っている意味が分からない。
「今までは神力を使わず立ち合いをしてきたが、雪とは神力を使って全力で戦え」
「いや…話が急すぎて…、それに神力を使ったら流石に危険では?」
「洋助、お前は雪の実力を見誤ってないか?お前が神力を使っても、雪なら顔色一つ変えずに一太刀浴びせるだろう」
内心そこまで実力差があるのか、と疑問に感じる。
「俺だって…少しは強くなりましたよ…」
「―――ほぅ…?雪は、私よりも強いぞ」
その言葉に、心が折れ掛けそうになる。
変わる環境、変わりつつある心境、新しい取り組みを前に、赤原洋助は明日を迎えるのであった――。
その縁側で座る二人は、数号の立ち合いを経て休憩がてら話し込む。
「昨日の試験で倒れたというのに…君は本当に修行馬鹿だな」
「俺は弱いですから…、一日も休んではいられません…、ですが…すみません…」
「まぁいい気にするな、毎朝来いって言ったのは私だからな」
煙草をふかしながら苦笑する茜、その視線は少し遠くを見ていた。
「……君の神力が強力である事は報告書から分かっていた、だから力を高めるよりも、制御する事の方が問題だった」
「そう、ですか…」
「君は上から課せられた決まりを従順に守り、神力を許可無く使う事もせず、今日まで過ごしてきた、その結果が神力の制御に繋がった」
「力を使わない事が力を使う為に繋がったのですか…?」
「そうだ、例外的な事例だが…、君が初めて神力を使った時の感覚、それが原因だ」
「初めて神力を使った時…、確か俺が…大厄に襲われて…目覚めた時、ですよね…」
思い出す、伊織に庇われてそこから意識が無くなり、目が覚めると病院の一室。
突き付けられた現実が理解できず、ただ負の感情に襲われて神力を暴走させた、その時の感覚が長く纏わり付いていたのは事実である。
「稀に…いるのさ、正しい気持ちと理念を持たず、ただ力を行使するだけの巫女が…、洋助はそれになりかけていた、その感覚を忘れるため長い時間を掛け、剣術の鍛錬を交えて正しい気持ち取り戻す、色々あったが君は神力を扱えた、それだけさ」
そんな考えがあったとは微塵も思わず、洋助は目を丸くして茜を見据える。
「早坂、先生…ありがとうございます…」
「ん?なんだいきなり気味が悪い、私は剣術指南で雇われた巫女で、先生ではないぞ」
「…それでも、ありがとうございます、俺にとっては師であり、先生です」
「おいおい、少し気恥ずかしいな」
「今までは鬼のような強さで、容赦のない暴力的な女性だと、そう思っていました…」
「ッな゛!?」
つい本音を悪気も無く話す、その応酬が鉄の拳であるとも知らずに。
「次から年上の女性にはそんな口を利かないように、わかったな?」
「っつぅぅ…、す、すみません…」
プロボクサー顔負けの右ストレートを、神力も無しに放つ女性はあなただけです、なんて言葉が一瞬頭をよぎったが、拳を打ち込まれた痛みで思いとどまる。
「ったく…そんなアホな事言ってないで、これからの事を伝えるぞ」
「…これからの事、ですか?」
「そうだ、神力を扱える様になった事で、ある程度は監視や制限も緩くなり、一般的な巫女と同じような扱いで生活できるようになる、…はずだ」
「はぁ…、そうですか」
「興味無さそうだな、お前自身にとって重要な事だぞ」
制限が緩くなる、と言われても現状今の生活で不便と思ったことは無く、鍛錬と剣術が滞りなくできれば問題はない。
「君も気付いているだろうが、施設内の教員を除く巫女達には君と不必要な接触はしない様伝えられている、が、今後は本部の判断と教員達の協議の結果によっては、普通に関わっても問題無い様に話は進むだろう」
「別に、今まで通りでも問題は…」
「まぁ、君は大厄による被害者の一人でもある、なるべくなら人として生きる事を皆望んでいるのさ」
「…この教育施設の造りといい、今回の処遇といい、案外巫女さんって甘いのですね…」
「いや…そうでもないさ…」
二本目となる煙草を揉み消し、険しい顔つきで話す。
「あと、これが本題だが、明日から私は朝の鍛錬に参加しない」
「――――え?」
一瞬呼吸が止まる、言っている意味が分からない。
「と、いうより私の仕事は君の監視、管理だったからな、それが今や君は神力を扱える様になり、手が掛からなくなった、本来の業務に戻るだけだよ」
「けど、俺は…もっと強くならないと…、だから、俺には…」
まだ貴方の教えを乞いたい、そんなわがままが喉元まで這い上がる。
「まぁ、君はそういう人間だよな、だから私にも考えがある」
「…考え、ですか」
「私が扱う剣術は巴流、聞き覚えないか?」
「巴、…巴って、巴雪さんと関係が?」
「関係大ありだ、巴雪は歴史ある巴家の現当主だ」
隣の席から鋭い視線を向けていた彼女、確かに他の巫女とは違う雰囲気を持ち、実際剣術や神力も他の追随を許さぬ実力であった。
「私は巴家で世話になって、剣術もそこで学んだ、雪と面識はあるし洋助の事を頼んだのも私だ」
「…そう、だったのですか…」
「ん?雪と何かあったのか?」
「いえ、別に…」
何かあった、と言える程の事なんて何もない。
むしろ何かあったら切られていた。
「で、だ、その繋がりで明日からの鍛錬は雪に頼む事にした」
「――――は?」
二度目になるが一瞬呼吸が止まる、言っている意味が分からない。
「今までは神力を使わず立ち合いをしてきたが、雪とは神力を使って全力で戦え」
「いや…話が急すぎて…、それに神力を使ったら流石に危険では?」
「洋助、お前は雪の実力を見誤ってないか?お前が神力を使っても、雪なら顔色一つ変えずに一太刀浴びせるだろう」
内心そこまで実力差があるのか、と疑問に感じる。
「俺だって…少しは強くなりましたよ…」
「―――ほぅ…?雪は、私よりも強いぞ」
その言葉に、心が折れ掛けそうになる。
変わる環境、変わりつつある心境、新しい取り組みを前に、赤原洋助は明日を迎えるのであった――。
0
お気に入りに追加
19
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。
松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。
そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。
しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
婚約破棄からの断罪カウンター
F.conoe
ファンタジー
冤罪押しつけられたから、それなら、と実現してあげた悪役令嬢。
理論ではなく力押しのカウンター攻撃
効果は抜群か…?
(すでに違う婚約破棄ものも投稿していますが、はじめてなんとか書き上げた婚約破棄ものです)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
悪役令嬢カテリーナでございます。
くみたろう
恋愛
………………まあ、私、悪役令嬢だわ……
気付いたのはワインを頭からかけられた時だった。
どうやら私、ゲームの中の悪役令嬢に生まれ変わったらしい。
40歳未婚の喪女だった私は今や立派な公爵令嬢。ただ、痩せすぎて骨ばっている体がチャームポイントなだけ。
ぶつかるだけでアタックをかます強靭な骨の持ち主、それが私。
40歳喪女を舐めてくれては困りますよ? 私は没落などしませんからね。
悪役令嬢にざまぁされた王子のその後
柚木崎 史乃
ファンタジー
王子アルフレッドは、婚約者である侯爵令嬢レティシアに窃盗の濡れ衣を着せ陥れようとした罪で父王から廃嫡を言い渡され、国外に追放された。
その後、炭鉱の町で鉱夫として働くアルフレッドは反省するどころかレティシアや彼女の味方をした弟への恨みを募らせていく。
そんなある日、アルフレッドは行く当てのない訳ありの少女マリエルを拾う。
マリエルを養子として迎え、共に生活するうちにアルフレッドはやがて自身の過去の過ちを猛省するようになり改心していった。
人生がいい方向に変わったように見えたが……平穏な生活は長く続かず、事態は思わぬ方向へ動き出したのだった。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
地獄の業火に焚べるのは……
緑谷めい
恋愛
伯爵家令嬢アネットは、17歳の時に2つ年上のボルテール侯爵家の長男ジェルマンに嫁いだ。親の決めた政略結婚ではあったが、小さい頃から婚約者だった二人は仲の良い幼馴染だった。表面上は何の問題もなく穏やかな結婚生活が始まる――けれど、ジェルマンには秘密の愛人がいた。学生時代からの平民の恋人サラとの関係が続いていたのである。
やがてアネットは男女の双子を出産した。「ディオン」と名付けられた男児はジェルマンそっくりで、「マドレーヌ」と名付けられた女児はアネットによく似ていた。
※ 全5話完結予定
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる