ブレイクソード

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九十二話 ようこそ

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「ここは一体,,,」重たい体を起こして辺りを見回す。俺は確か烏に殺されて,,,って今はそんなことはどうでもいいんだ。今どこに居るのかを確認しないとな。



死後の世界,,,にしてはやけに華やかで、煌めいているな。金銀を惜しみなく使われた修飾に痛いくらいの赤色の建築物たちが遠くの方に広がっている。



俺が今いるところは何もない、青々が多い茂っている草原だ。あそこに行けばなにか手掛かりが掴めるのだろうか。今の俺の装備はいつも使っていた短剣が二本と腰に括りつけた最小限の回復品たち。



「スキルは使えるのか?」餓狼を纏わせようとしたが、不思議な力でかき消されてしまった。餓狼が駄目ってことは他のスキルの駄目だろうな。能力も封印されているっぽいし,,,



「自分の力で行くしかないのか」目測で約五キロ先。歩いて行くのには少し時間が掛かるくらいのところだ。依然重たい体に鞭を打ち、俺は歩き始めた。



最初の方はモンスターに襲われないかびくびくしていたが、少しすると、慣れてきた。人間の適応能力ってのは恐ろしいものだな。未知の状態でも好奇心が勝ってしまうのだから。いや、未知だから動くのかもしれない。



しばらく歩いていると、草原と町?を繋ぐ橋が架かっているのが見えた。見た目は赤色でまばらに置かれた灯篭には青い火が揺れている。近づいてみるとどうやら橋は木製の様で、赤色に塗られているだけの様だった。所々塗装が剥がれ落ちているのが、長い年月を過ごしているのが分かる。



「ここを渡るのか,,,」先には煌々とした街並みが広がっているのが見える。だが、なんていうか、神秘的というか、他者を拒んでいるような雰囲気を醸し出していて、気圧されてしまっている。



渡るのを躊躇していると後ろから声を掛けられた。



「お兄さん神様じゃないでしょ?」振り向くとそこには女の子とも男のことも取れる、中性的な顔立ちをした子供が立っていた。鼻は筋が通っていて、切れ長の目に、白い髪を後ろの方で結んでいる。



「そこから先は神様しか行けない世界だよ」呆気に取られているとその子は橋を渡って去って行ってしまった。カランコロンと下駄を鳴らしながら歩いて行く姿は到底神とは思えない。いや、遊びの神様なのかもしれない。



しかし、どうしたものか。俺が今行けるところはこの先くらいしかない。引き返したところでまた何もない草原に戻ってしまうだけだ。



「行くしかないのか」腹を決めて俺は橋を渡ることにした。一歩、足を踏み出すと、ものすごい重圧に押しつぶされそうになった。これが神の力なのか,,,



それでも俺は諦めないでもう一歩前に足を運ぶ。重すぎて引きずるような形になっている。なぜバランスが取れているのか俺でも分からない。



「ぐ,,,う,,,」俺は二歩目で完全に止まった。重すぎて足が、体が動かない。まるで巨大な龍に引っ張られているような感覚だ。これほどまでの力を感じたことは数える位しかないだろう。



渡り切るには数百歩は必要そうだ。目測でも百メートル。もしかしたらもっと長いのかもしれない。先が全く見えない。



戻ろうとしても体が言うことを聞かない。その場からまったく動けない。直立状態で金縛りにでもあった気分だ。それ以上に今の状況の方が辛いんだが。



長い間俺は悶えていると、前の方から歩いてくる影が見えた。こんなところで神と鉢合わすなんて運が悪い。殺されるのか?いや死んでいるからそれは無いか。



「こんなところに人間がいるなんてな。どれ、その苦しみから解放してやろう」灯篭に照らされた人物がそういうと俺は重たい体から解放された。死んだとかじゃなくて、力を分けてもらった感じだ。



「ここは人間の魂では厳しいからな。我の魂を分けてやろう」やはり力を貰っていたようだ。それよりも姿が見えないのが怖いな。照らされていても、影に包まれているような感じで何も見えない。



「あなたの名前は?そしてここはどこですか?」今俺が持っている疑問を投げかける。今は兎にも角にも言ってられない状況だからな。



「我の名前は,,,悪いが思い出すことができない。信仰が無くなったからだろうな。ただ、旧友からは、カムイと呼ばれていた気がするな。そんなことはどうでもいいな。ここはどこかという質問だったな。ここは神界。神たちが過ごす世界だ。今は戦争やらなんやらで天界にいろんなやつが活動している」俺の質問に対して端的に分かりやすく回答してくれた。非常にありがたい。



「ありがとうございます」俺は素直に感謝を述べる。この人がいなかったらここで無限の時間を過ごしていただろう。



「礼を言われるのなんて久しいな。それより、君はなぜこんなところに?」今度は向こうの方から質問をしてきた。



「分かりません。ただ、八咫烏に殺されてここに来ました」何故俺がここに居るのかわからないが、経緯だけでも話す。何か手掛かりが掴めるかもしれないからな。



「八咫烏、か。君は来るべくしてきた人間だ。案内してあげよう」カムイは俺の手を取って橋の上を歩き始めた。途中で神とすれ違うことがあったが、向こうは気にも留めていなかった。



無言で俺たちは上を歩いた。足音は不自然なほど聞こえなくて、自分の心臓の脈打つ音だけが鼓膜を震わせていた。



「ここからは神の世界だ。何が起こっても俺から離れないでくれ」橋を渡り切る前にそう告げられた。



「君の目的は八咫烏だろう?なら、こっちの方に居るはずだ。墜ちた者だが、あいつならきっと昇ってくるはずだ」眩しい程に光る町を横切るように裏道に入っていく。さらに異世界に迷い込んだ気分だ。



底が見えない穴に、常に感じる視線。凍えそうなほどの寒気に相反するように体の表面は熱い。汗が服に滲んでいるのが分かる。視界が震えている。俺達人間が安易に踏み入ってはいけない場所だということを俺は再確認した。



「ふむ,,,魂が耐えられなさそうだ。もう少し分けてやる。これを食べろ」カムイは俺の状態を見てなのか自身の体の一部を斬り落として差し出してきた。これを食べないといけないのか,,,



腕と思われるその部位は黒い靄の様なものを纏っていて禍々しい。それに卵が腐った様な匂いがする。おおよそ人が食すようなものじゃないということが分かる。だが、喰わなければこれ以上はここに存在できないというのも事実だ。



「いただきます」覚悟を決めて俺はそれを口の中に放り込んだ。味は予想通り最悪で数年常温で放置した牛乳を拭いた雑巾みたいな味がする。それかもっと味が酷い物。池の底にあるヘドロを口に入れた感じだ。



「ぐふっ!!」飲み込もうとした瞬間に口から黒い霧の様なものが吐き出た。瘴気に近しいものだ。吸い込んだだけで肺が焼けるように熱くて痛い。それでも俺は腕を飲み込んでやった。



「もう少しで慣れる。我慢しろ」カムイは苦しむ俺の姿を見て笑っている。神はどうしてこうも質が悪いんだ。



苦しむこと数分。俺の体は徐々に慣れていった。霞んでいた視界はクリアになっていき、苦しかった呼吸も普通にできるようになった。力も入るようになって歩ける状態だ。



「お、俺の眷属になったのか」ん?今なんて言った?眷属?冗談だよな?それか俺の聞き間違いか?



「安心しろ。聞き間違いじゃない」まじか,,,まったく知らない神の下に就くなんて最悪だ。ただでさえ神に振り回されているってのに。



「なんだ。そんなに嫌か?」カムイは俺の顔を覗き込みながら言った。さっきとは違って姿形がはっきりと見える。



「あぁ。俺は神とは対等な関係でいたいからな」ありのまま、自分が感じ取ったことを言う。



「そういうと思って眷属から外してるから安心しな。それに俺もそんな堅苦しいこと嫌いだからな」ヘラヘラ笑いながら肩を叩いてきた。なんだか、ブレイクに似ているところがあるな。楽天家というか、後先考えないで動いているのがそっくりだ。



「それはどうも。それよりも八咫烏とはどこで逢えるんだ?」もうここまで来たら言葉も崩していいだろう。俺が求めているのはさっきも言ったが対等な関係だ。上下なんていらない。あっても壊してやる。



「アイツが昇ってきたら分かるさ。その間神界でも散策してな。あと困ったことがあったら俺を呼びな」去り際に一枚の紙を渡された。開くと中には絵と文字が書かれていた。



山を越える巨大な体に、艶やかな体毛に包まれた強靭な肉体。端にはキンカムイとエルフ語で書かれていた。この名前が彼の真名で本来の姿も熊の様な見た目なのだろう。



先程の爽やかな青年の風貌は俺達人間やこの世界で過ごしやすいように変化させているのだろう。しかし、なんでまた人間の形を取ったのだろう。,,,考えてもキリが無いな。散策を始めよう。



まずはここから東の方向に行くか。神の世界だから粗相はないように行動しないとな。いくら適応したからといってこの世界の住人になったわけじゃない。分はわきまえておこう。



「ここは繁華街というべきなのか、通りが多いな。まるで大きな町に来た感じだ」カムイが避けていた場所を俺は通ることにした。何故だかわからないが、ここなら烏がいる気がするからだ。



「今回の戦争は,,,」「俺はどっちに,,,」「天使も,,,」歩いているといろんな話題が耳に入ってくるが、どれも似たようなものばかりだ。戦争がどうとか、どっちの方が優勢なのかとか。俺にとってはどうでもいい話だが、頭の片隅には入れておこう。



「そういえばエルフが戻ってきたらしいな」神たちの話に耳を立てているとエルフの話題が上がっているのが聞こえた。



「なんでも人界でワールド・ブレイクが発動したらしい」



「馬鹿だよな。あんな劣等種族復活させる価値なんて無いのにな」俺はその言葉に苛立ちを覚えた。二人が必死になって取り戻したものを馬鹿にされたから。



「世界樹戦争を知らないお前が言うことじゃないだろ」それを諫めるように発言をしてまた、話が進んだ。



「そうだな。でも神が増えるのは気が進まんな」



「なぁ、お前ら。人が、エルフが命を賭けたものに対してその言葉は無いんじゃないか?」気が付けば俺は神二人の間に入って殺気を剥き出しにしていた。



「なんだ小僧?俺らに文句でもあんのか?」



「大ありだ。だから,,,」神に詰め寄ろうとした時に、間に誰かが入った。この背中と影は,,,



「カムイ,,,!お前の友人か?」カムイを見るなり、威勢の良かった髪はたじろいでいた。カムイってそんなに位の高い神なのか。



「そんなところだ。アクセル、烏は京にいるらしい。行くぞ」俺の手を取ってあるき始めた。後ろから視線を感じるがもうここには来ないだろう。どうせあいつらも俺の顔を忘れるだろうしな。



「京ってのはどんなところだ?」



「大和国とエルフの神が住むところだ。ワールド・ブレイクで概念が戻ってきた。もしかしたら、お前の仲間もいるかもしれないな」俺の動向をどこまで知っているんだか。敵に回したら厄介だな。なるべくなら対等で友好的な関係を築きたいものだ。



しばらく歩いていると大きな橋が見えた。周りには岩が浮いていてその先には大きな島が浮いていた。恐らくあそこが目的地である京なのだろう。



それにしても支えも何もない浮いている橋を渡るってのはかなりの度胸が必要だな。怖くて足が震えている俺は高所恐怖症なんだ。底が見えないのと違って下は空が広がっている。それが俺の恐怖をさらに助長させている。



「ビビッてないで行くぞ」カムイはそんなのをお構いなしに俺の背中を押した。吊り橋みたいに足場が離れていないでくっ付いているだけましなのか。



木製だから足を進めるたびにミシミシと音を立てている。そのうちバキ!と音を立てて壊れるんじゃないかって思ってしまう。



「もう少しで着くからそんなにビビんなって」笑いながら肩を叩くカムイを少しだけ羨ましく思う。怖いものが少ないってのは強いから。慎重な性格な奴も強いが圧倒的な自信持っている方が戦っていて厄介だし、頼もしい。



「ここが京、か」橋を渡り切ると目の前には自然と調和した町並みが広がっていた。碁盤の目状に並んだ家に手入れの行き届いた木々。



家は平屋で屋根は瓦が使われているか、完全な木で作られてる家の二つで分けられる。恐らくはエルフとそうじゃないもので分けられているのだろう。



「ここで待っていれば烏が来るだろう」橋のすぐそばに建っている待合所の様な場所に案内されてカムイは去っていた。あいつはどこの神なのだろうか。



ファンドは分からないままだが、烏は十中八九大和国の神で間違いないだろう。三足の鳥の話は小さいときに好きだった異国の御伽噺で何回も目にしたからよく覚えている。



「アイツはいつになったら来るんだろうな」神界にも空があって雲が天高く伸びていた。まるでこれから嵐が来るのを予知しているかのように、静かに、そして厳かにそびえていた。
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