ブレイクソード

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九十三話 洗礼

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幾ばくの時が経った頃、音を立てながら京全体が揺れ始めた。小さかった揺れは次第に大きくなり、ゴゴゴゴゴと重く鈍い音を立てながら上下左右に、振り子のように。



「なんだ,,,?」大きくなっていく揺れを感じて俺は待合所から外に出た。屋内に居れば倒壊した建物の下敷きになるかもしれないし、なにより外の状況を把握したかった。



皆の考えも同じようで神達も外に出て、この後の動向を窺っていた。これほどまでの大きな揺れは生まれてこの方経験したことが無い。自然の強大な力に何もできない自分に対して無力感を感じる。



「帰ってきたな」「何回目だ?」「百から数えてないな」「あいつも物好きだな」



神達は俺の感情とは反対で、この状況を恐れてなどいなかった。むしろ非日常的なものに喜々とした表情を見せていた。



これが格の違いなのか。そんなことを思いながら俺は揺れの中心に向かった。烏の気配を微弱だが感じることができたからだ。そんなのが無ければ俺は一目散に逃げていただろう。



先程とは全く違う顔を見せる街を通りながら俺は歩いた。建物は空中に浮き、地面は塊になり、落ちたり、跳ねたりしている。あらゆるところで竜巻が起き、通り道全てを薙ぎ払っている。



世紀末。もしくは世界の終わり。この言葉が相応しいだろう。現に今も破壊の勢いは増している。なのに神達は催し物が始まったかのように笑っている。俺からしたら不気味な光景だ。



まるで夢を見ているかのような。風邪をひいたときに見る、苦しくて意味の分からない夢。通常じゃ考えもできないし、見ることもできないあの独特な世界。あれが今目の前で起こっている。



本当にこんなところに烏がいるのだろうか。そんな疑問が何回も頭をよぎるが、気配があるから居ると信じて振り払う。



見かけることが多かった神達も中心に行けば行くほど少なくなっていった。それもそのはずで竜巻は天をも巻き込み始め、地面は砕け生命を根絶させようと飛んできている。



飛んできた物を短剣で弾くことは出来るが、前に進むことが全くできない。それに竜巻が寄ってきたら後ろに下がらないといけない。それに挟まれることがあったら俺は間違いなく魂を削られるだろう。



ゴオオオォォ!!



「っ!!」一瞬だが気を抜いた瞬間に竜巻二つに挟まれてしまった。後ろと前。横は岩や建物が飛んでいて行くことができない。



どうすればいいんだ?短剣出弾き続けるか?いや体力が持たないだろう。なら___



「茨の中に答えがある、だったな」幼い頃エルザに言われたことだ。困難なことに飛び込んでこそ、正解が、欲しいものが存在すると。楽をすれば見つからない本当のモノを。



俺は竜巻の中に飛び込んだ。一か八か。生きるか死ぬか。いや存在が消えるかのどちらか、だな。



「無茶をするんですね」竜巻をかき消して一人の女性が目の前に現れた。見た目は蒼緑の髪を腰に纏めていて、エメラルドの瞳にはよどみがなく、透き通っていた。そして何よりも目を引くのが長い耳に、黒い小さな角だ。



「あなたは何者ですか?」神すらも接近を嫌がる竜巻をかき消す彼女を警戒するように俺は間合いを取った。



「私はオーラン、エルフです。この角は魔法障害で出来たものです」彼女は俺の警戒を気にも留めないで頭を下げて挨拶をしてきた。それは余りにも無防備でいつでも殺せるくらいに。



「何故僕を助けたんですか?」これだけの力を持つ彼女が俺のことを助けた理由が分からない。



「ワールド・ブレイクの発動を手助けしてくれたからですよ」笑いながら彼女はある場所を指さした。今回の揺れの原因と思われる、雷と風が入り乱れ、赤い光を纏う球体を。大きさは数百メートルを超える歪な球体だ。



「道を示して」彼女が言葉を発すると竜巻は何かを避けるように回転し、流れ込んでくる障害物は道案内をするかのように球体に流れ始めた。



「それだけです。ご武運を。欲しいものは必ずありますよ」彼女は笑いながら姿を消した。文字通り何も残さないでこの場所から。魔法も能力もスキルも封じられた世界で。彼女はいったい何者なのだろうか。本当は使えるだ明けで俺の力が足りていないのから使えないのかもしれない。神のみぞ知る話だな。



ってそんなことを考えている場合じゃないな。俺は派手な演出をしている八咫烏に説教をしてやらないといけないからな。それに腹を決めたってのにそれを消されたからな。これも全部こんな事をしているアイツが悪い。この際溜まりに溜まった鬱憤を晴らさせてもらおうか。



「こんなことをできるのは神しかいないよな」人工的にできた道を歩きながら球体を目指す。歩くという行為は簡単だが、やはり神の威厳というか力というのが俺に圧をかけて進めないようにしてくる。



「誉め言葉か?俺もついてくぜ」後ろから聞いたことのある声が聞こえた。振り向きたくもないが、機嫌を損ねたらめんどくさいから反応しておくか。



「お前じゃない」そこにはカムイが飄々とした表情で立っていた。しかし、そんな顔とは裏腹に腰には剣と身に着け、背中には大弓を担ぎ、毛皮で出来たベストを着ていた。大自然を纏っているかのような見た目に俺は少し驚いた。



「そんなこと言うなって。どうせこの先はお前じゃ進めないからな」俺のことを馬鹿にするように鼻で笑った。



「何故だ?」その言葉に腹が立った俺は強めの口調で聞いた。



「簡単さ。神に成れていないからな」腕を広げながらカムイは俺の横を通り、軽々と前の方に進んでいった。



「どうだ?お前にこれができるのか?」笑いながら聞いてくる。確かにそんな芸当は俺にはできない。悔しいが認めるしかない。



「できないだろ?だから俺からの一方的な贈り物だ」カムイは懐から一つの瓶を取り出して俺に放り投げた。



中身は透明な液体で満たされていて、蓋がされている。開けてみるとなんとも言えない香りが鼻を突く。例えるならそこら辺の雑草をすり潰したみたいな。とりあえず健康には良さそうな臭いだ。



「これを飲むのか?」確認を取ると頷いた。気が進まないが、飲むか。ていうか飲む以外の選択肢が無い。不自由なものだ。



俺は瓶に口を当てて一気に流し込んだ。味は意外になく、鼻から抜ける臭いにさえ目を瞑れば普通に飲めるものだった。



「それで来れるはずだ」カムイの言う通り俺は足を前に運んだ。確かに感じていた圧が無くなっている。どういうからくりなんだ。



「一時的に神に成れる神薬だ」俺の心を見透かしているかのように回答してくれた。そういうのって結構高価だったり、代償が付いていたりするが、何も言わないってことは何もないのだろう。



「なるほどな」俺は納得して、カムイの後ろを歩く。瓶は適当に放り投げた。どうせこの悪天候だ。誰かに当たってもどっかの建物から出てきた物品としか思わないはず。



にしても今の俺は神なのか。実感が湧かないな。本来は偉業を達成したりして生涯を捧げてやっと成れるかどうかなのだから仕方ない。スキルも能力も使えるようになったわけじゃないしな。オーランという女性は本当に何者なのだろうか。



「ここからは気を引き締めた方がいい」カムイは剣を片手に取り、構えを取った。何が始まるってんだ。



「お前も死にたくないなら,,,いや、魂に負担を与えたくないなら用心しな。来るぞ!!!!」カムイは剣を超高速で動かし、何かを切り刻んだ。それは余りにも完成された業だった。



ビチャビチャ!!何かが飛沫を上げて地面に散らばった。赤色の塊から滲み出ているもの。血だ。何を斬ったんだ?皆目見当がつかない。ただカムイの言うとおりにしておいた方がいいな。



短剣を逆手で持ち、何かが来ても反応できるように上段と下段に構える。心臓部分さえ、中心さえ守れれば大丈夫だろう。



「剣は苦手でな。これを使うか。お前も居るし」カムイは俺を見ると、背中に担いでいた二メートルはある大きな弓を取り出した。俺が足手まといみたいな言い方しやがって。



「お前も神を使役するなら力を得な」三本の矢を素早く腰に付けた矢筒から取り出し、一斉に撃ちだした。



それはやはり前方から飛んでくる何かを迎撃していた。こいつには何が見えているんだ。



「じゃないと、烏の暴走を止められないぜ?」球体に向かって数百の矢を穿ち始めた。目にも止まらぬ業。



「お前の言ってることが分からない!烏が暴走ってどういうことだ!?」短剣を構えながら前に進む。カムイが、そしてオーランが作り出した道を一歩ずつ。



「昇るってのは神力を使うんだ。魂だったり、器が足りないと、暴れるんだよ。そして不足した分をここから持って行くってわけだ。現に京が崩れてるだろ?」後ろを見ると綺麗だった町並みは跡形も無くなり、瓦礫で埋もれている。空は赤黒く染まり、立ち上っていた雲も形を崩している。



「それを補填するのがお前だ。さっきの薬はアイツにやる予定だったが,,,お前が使役してんだろ?助けに行ってこい」カムイが幾千もの矢を大弓に番え、構えた。ギリギリと音を立てているそれは少しの衝撃で壊れそうな程、歪で不快な音を立てていた。



カムイの言っていることが分かった気がした。俺は任されていたんだ。この京を守るという大事なことを。



気が付いた時には俺は心の底から打ち震えた。事の重大さを。そして今自分が何をするべきなのかを理解して。



「任せてくれ」餓狼を纏い俺は球体のもとに走る。今まで使えなかったスキルが使えるってことは俺の覚悟に薬が呼応してくれているのだろう。



「お前の覚悟気に入った」~古潭~

後方から唸るような爆音が聞こえ、それを追うように莫大な数の矢が飛んできているのが分かる。そしてそれは前から飛んでくる羽を狙っているということも。あいつ、本当に手のかかる奴だな。



俺は驀進した。カムイの腕を信じて。烏に理性が残っていることを信じて。短剣に、纏わせて餓狼は狼の形になり、俺の行く手を阻む障害物を喰らい始めた。俺の意思とは関係なく、こいつらが邪魔だと思ったものは全て。



「今行くからな」球体の上部が開いたのが見えた。そこに矢が飛んで行っているってことはあそこに烏がいるのだろう。矢は絶え間なく飛んできている。タイミングを見計らって突撃しないと巻き込まれる。



「待っている」どこからか烏の優しい声が聞こえた気がした。理性があるうちに助けに行かないとな。



「ここだ!!」矢が一瞬だけ途切れた。入るならここしかない。俺は間に入る形で球体の中に侵入した。俺が球体に入る前に見た空は汚く濁っていた。絵具をばらまいた水の様な乱雑な汚い色。



グチャリと音を立てて俺は着地した。



「気味悪いな」球体の中は赤く、脈を打っていた。山龍の時を思い出すな。あの時もブレイクを助けるために自ら進んで気持ちの悪いところに入っていったな。



足元は血?の様な液体で満たされていて歩きにくい。それに時折、大きな脈を打つせいで不安定だ。餓狼で身体強化していても抑えきれない位だ。神の力があるのにここまでの差があるなんてなんだか悔しい。



「それに、羽のおまけもあるのか」~炎纏餓狼~

炎を身に纏わせて迫りくる羽を焼き払う。前までとは力の出力が違う。烏に力を渡すのが惜しいな。



炎のおかげで地面を満たしていた液体が蒸発を始めた。害のあるものが出てこないといいんだが。こういうのってスキルで無効化できないし、ポーションで薬漬けしないと駄目なんだよな。能力で毒が無効化される奴もいるが、戦闘じゃ役に立たないし、日常生活にも支障が出るからかわいそうなんだよな。モンスターとかだったら話は変わるだろうが。



「やっぱり毒か,,,!」空気を吸い始めて数分で呼吸が苦しくなった。これはポーションをかちこむしかないな。数には限りがあるから最速で烏のところに行かないといけないし。なんでこんなクソダンジョンみたいな仕様にしてんだよ。まじで会ったら文句を言ってやろう。それじゃないとマジで怒りが抑えられない。



「残りは三個,,,か」ポーションが入っていた瓶を地面に捨て、歩き始める。効果は大体十分くらい。俺がここに入れるのは四十分あるかどうか。餓狼は身を守るために発動させないといけないから、解除できないし。ジレンマが凄いな。



「幸いなのは烏の居場所がぼんやりと分かるってことか」スキルで場所は少しだが掴めている。だが、なぜか違和感を覚える。この球体の中の空間が無限に広がっているような気がする。



「こっちだ,,,」暗闇の向こうから俺のことを呼ぶ声がする。烏の声だ。だが俺が聴いてきてのはこんなに暗く、威圧するような奴じゃない。惑わされるな。俺はこの目で見たものだけを信じればいい。音は飾りだ。



「早く,,,来い!」喧しい声が木霊する。俺を呼ぶならもっと対等な状態じゃないといけないんじゃないか?



「なぁ、烏」四方から幾千もの羽が飛んでくる。あいつは___耐えられなかったのか。



羽を俺に当たる前に餓狼で燃やし尽くされた。それよりも厄介なのは俺の目の前にいる八咫烏の様な奴。恐らくは奴の思念体。これを消さないと無限に空間をさまようだけだ。



「全力で行くぞ!」短剣に餓狼を纏わせ、周囲にも散布する。狙うは短期決着。長引くと俺の魂が削られる。



こんな形で再開したくは無かったよ。
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