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夜の果て 夢の行方
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すうっと水底から浮上するように目が覚めた。
眼前に佇むのは、白い神。
「よくがんばったね」
しなやかな指が頬を撫でる。
「少し休むといい。夕暮れまでには帰してあげる」
「はい……」
そうだ。初めから、そんなように言っていた。
夕方には帰す、この白昼を七夜に引きのばすのだと。
あのときは、何を言っているのかわからなかった。
今もよくわかってはいないが。
ただわかるのは、もう処女ではないこと、夫以外の男のものになってしまったこと、そしてあの七つの夜が自分の身体をすっかり変えてしまったこと。
白昼に見た夢であろうが、現実の七昼夜であろうが、この身に起きた変化に変わりはない。
目覚めれば自分は夫のもとに帰るだろう。夜にはふたりで床に入るだろう。今日こそ無事に結ばれるだろう。義兄達の毒牙にかかることなく、夫の精を受けるだろう。
だが、それから先に何が待つのかは、わからない。
もし夫が異変に気づいたら。もしこの男の、すなわち神の子を身籠っていたら。あるいはもし、もしだが、夫との営みでは満たされなかったとしたら。
その時、どうなるのか。自分は、どうするのか。
わからない。
今は何もわからない。考えたくもない。
ただ今は、彼女を襲う泥のような睡魔に身を委ねたかった。
「ああ、そうだね。今は何も考えずに、もうおやすみ」
白い神の柔らかい声と、黒い男の低い声が、何重にも混ざって女を包んだ。
「心配せずとも、目覚めたらすべて忘れている」
(えっ、何それ。待って、嘘)
「これは全て夢。長い長い、白昼の夢──」
(待って、私……)
だが、暴力的なまでの睡魔が女の抵抗を打ち砕く。
とろりと瞼が落ちるにまかせ、そのまま深く沈んでいった。
*
その日、ある家で新婚五日目の花嫁が忽然と姿を消す椿事があった。家中探してもどこにもいない。実家は半日は歩かねばならぬ隣町で、ふらりと帰ったとは考えがたい。騒ぎにはしたくないからと日の高いうちは平静を装っていた新郎と家族達も日が傾いてくるにつれて若い嫁の身の上を案じ、かくなる上は娘の実家へ使いを出すか、街の衆に捜索隊を頼むかと煩悶していた矢先、新婚夫婦の寝室から夢見心地の新妻が姿をあらわし、家のものを驚かせた。着ている衣装はいなくなった時と同じ部屋着のままで、ほこり汚れひとつない素足からも、若妻が家を出たとは考えられない。だがあんなに探して見つからなかったものが、一体どこでどうしていたのか。娘本人はその間のことをまったく覚えておらず、身体にもべつだん異常はない。それでも何らか心細かったのか、夫を恋しがってぴたりと寄り添い、片時も離さじとすがる様はただただいじらしく、善良な両親も意気軒昂な三人の義兄も、無事ならば良いと退かざるをえなかった。その夜、再会した新婚夫婦は明け方まで飽かず睦み合っていたとか、いなかったとか。
年が明けて嫁は輝くばかりに美しい男児を産み落とした。その赤子があまりに麗しく、また白銀とも漆黒とも映る不思議な髪色といい、人の心まで見透かすような凄みのある切れ長の目といい、父親にも母親にも祖父母にもまるで似ていなかったことから、やがて誰いうともなく、あの家の嫁は神隠しにあって神の子を孕んだらしいとまことしやかな噂が口伝てに広がっていくことになるのだが、それはまた別のお話。また、その子が長じて王宮に出仕して数年の後、剣を捧げた王女が人身御供同然の政略結婚で隣国に娶られることになったとき、運命の理不尽に抗うべく王女を連れて深い森の奥深くにあるという神の仮寓を訪ねゆくことになるのだが、それもまた別の物語。
今はただ、ようやく結ばれた若い新婚夫婦が、幸せな朝寝のまどろみのなか、互いのぬくもりを分かち合っている。
完
◇あとがき◇
ちょっとした余録から生まれた小話です。ファンタジーエロスです。「どうしてそうなる?!」は横において、からっとお読みいただければ幸いです。
umi拝
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すうっと水底から浮上するように目が覚めた。
眼前に佇むのは、白い神。
「よくがんばったね」
しなやかな指が頬を撫でる。
「少し休むといい。夕暮れまでには帰してあげる」
「はい……」
そうだ。初めから、そんなように言っていた。
夕方には帰す、この白昼を七夜に引きのばすのだと。
あのときは、何を言っているのかわからなかった。
今もよくわかってはいないが。
ただわかるのは、もう処女ではないこと、夫以外の男のものになってしまったこと、そしてあの七つの夜が自分の身体をすっかり変えてしまったこと。
白昼に見た夢であろうが、現実の七昼夜であろうが、この身に起きた変化に変わりはない。
目覚めれば自分は夫のもとに帰るだろう。夜にはふたりで床に入るだろう。今日こそ無事に結ばれるだろう。義兄達の毒牙にかかることなく、夫の精を受けるだろう。
だが、それから先に何が待つのかは、わからない。
もし夫が異変に気づいたら。もしこの男の、すなわち神の子を身籠っていたら。あるいはもし、もしだが、夫との営みでは満たされなかったとしたら。
その時、どうなるのか。自分は、どうするのか。
わからない。
今は何もわからない。考えたくもない。
ただ今は、彼女を襲う泥のような睡魔に身を委ねたかった。
「ああ、そうだね。今は何も考えずに、もうおやすみ」
白い神の柔らかい声と、黒い男の低い声が、何重にも混ざって女を包んだ。
「心配せずとも、目覚めたらすべて忘れている」
(えっ、何それ。待って、嘘)
「これは全て夢。長い長い、白昼の夢──」
(待って、私……)
だが、暴力的なまでの睡魔が女の抵抗を打ち砕く。
とろりと瞼が落ちるにまかせ、そのまま深く沈んでいった。
*
その日、ある家で新婚五日目の花嫁が忽然と姿を消す椿事があった。家中探してもどこにもいない。実家は半日は歩かねばならぬ隣町で、ふらりと帰ったとは考えがたい。騒ぎにはしたくないからと日の高いうちは平静を装っていた新郎と家族達も日が傾いてくるにつれて若い嫁の身の上を案じ、かくなる上は娘の実家へ使いを出すか、街の衆に捜索隊を頼むかと煩悶していた矢先、新婚夫婦の寝室から夢見心地の新妻が姿をあらわし、家のものを驚かせた。着ている衣装はいなくなった時と同じ部屋着のままで、ほこり汚れひとつない素足からも、若妻が家を出たとは考えられない。だがあんなに探して見つからなかったものが、一体どこでどうしていたのか。娘本人はその間のことをまったく覚えておらず、身体にもべつだん異常はない。それでも何らか心細かったのか、夫を恋しがってぴたりと寄り添い、片時も離さじとすがる様はただただいじらしく、善良な両親も意気軒昂な三人の義兄も、無事ならば良いと退かざるをえなかった。その夜、再会した新婚夫婦は明け方まで飽かず睦み合っていたとか、いなかったとか。
年が明けて嫁は輝くばかりに美しい男児を産み落とした。その赤子があまりに麗しく、また白銀とも漆黒とも映る不思議な髪色といい、人の心まで見透かすような凄みのある切れ長の目といい、父親にも母親にも祖父母にもまるで似ていなかったことから、やがて誰いうともなく、あの家の嫁は神隠しにあって神の子を孕んだらしいとまことしやかな噂が口伝てに広がっていくことになるのだが、それはまた別のお話。また、その子が長じて王宮に出仕して数年の後、剣を捧げた王女が人身御供同然の政略結婚で隣国に娶られることになったとき、運命の理不尽に抗うべく王女を連れて深い森の奥深くにあるという神の仮寓を訪ねゆくことになるのだが、それもまた別の物語。
今はただ、ようやく結ばれた若い新婚夫婦が、幸せな朝寝のまどろみのなか、互いのぬくもりを分かち合っている。
完
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umi拝
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