上 下
1 / 33

プロローグ 絞首刑台からの逆襲

しおりを挟む
 クリスマスの二週間ほど前の土曜日。午後三時過ぎ。
 十五歳の赤毛の美少女ルビー・クールは、絞首刑台こうしゅけいだいに、ひとり、立たされていた。
 首に、絞首刑用の太いロープをかけられて。
 両手は、後ろ手に手錠をかけられている。
 帝国魔法学園の純白の制服は、まるで死に装束しょうぞくのようだ。
 絞首刑台の前の広場には、無法者たちがひしめき合っている。その数は、一万人を超える。広場の向こう側の二車線道路にまで、若い男たちがあふれている。
 彼らは、十五歳の少女の絞首刑を、今か今かと待ちわびている。卑猥なヤジを、絞首刑台上の少女に向かって、投げつけながら。
 広場に、子どもたちが連行されてきた。絞首刑台の右手の入り口からだ。
 五十人を超える子どもたちは皆、恐怖におびえ、泣いている。
 それを見た瞬間に、ルビー・クールは動転し、思わず叫んだ。
 「約束でしょ! 子どもたちを傷つけないで!」
 テロ組織の司令官が、下卑げびた笑みを浮かべた。黒いあごひげをでながら。
 「約束? なんのことだ?」
 「約束したじゃない! あたしが抵抗をやめて降伏したら、孤児院の子どもたちには危害を加えないって」
 司令官は、言い放った。笑いながら。いかにも、たのしそうに。
 「うそに決まってるだろ」
 ルビー・クールが、叫んだ。その言葉に打ちのめされ、泣きそうな顔で。
 「そんな、ひどいわ! あなたには良心というものがないの!」
 司令官は、高らかに笑った。
 「我々は、おまえらが持つ古い道徳は、すでに捨て去った。我々の革命の実現のためには、いくらでも嘘をつき、どれほど人をだましても、かまわない。いやむしろ、積極的に嘘をついて騙すべきなのだ。それこそが、我々、無産者革命党員の良心なのだ」
 テロ組織「無産者革命党」の司令官は、愉しそうに言葉を続けた。
 「ガキどもは、おまえの絞首刑を見せつけたあと、一匹ずつ公開処刑だ。豚のようにな」
 その恐ろしい言葉にふるえたルビー・クールは、涙目で懇願こんがんした。
 「お願いよ。子どもたちを殺さないで」
 視線を向けると、子どもたちは恐怖におびえ、泣き叫んでいる。
 「バカか、おまえは。殺すに決まってるだろ」
 ニヤつきながら、司令官は右手をあげた。
 ルビー・クールの顔を、平手打ちした。
 「や、やめて! 顔は殴らないで!」
 悲鳴をあげ、反射的に、そう口走ってしまった。
 その言葉に興奮したのか、司令官は、再び右手をあげた。
 「いやっ! やめて! お願いよ」
 思わず、ルビー・クールは懇願した。
 司令官はその懇願を無視し、何度も平手打ちを繰り返した。興奮した表情で。無抵抗の女を殴るのが、愉しいらしい。ろくでもない男だ。
 子どもたちが、泣き叫んでいる。恐怖だけではない。殴られるルビー・クールを見て、泣いたのだ。女児が泣きながら、周囲の男たちに懇願していた。「お姉ちゃんに、もうひどいことしないで」と。
 懇願など、無意味だ。この無法者たちには。
 このままでは、自分だけではなく、子どもたちも全員殺されてしまう。
 自分が、守らなくては。子どもたちの命を。
 そう思った瞬間、ルビー・クールの心の奥底で、真っ赤な炎が燃えあがった。
 闘志の炎だ。
 熱い闘志の炎は、瞬く間に、心の中全体に、燃え広がった。
 ルビー・クールは、決意した。子どもたちを守る。そのために、戦う。この命、燃え尽きるまで。戦って、戦って、最後まで、絶対にあきらめない。
 そう強く、決意した。
 司令官が、ルビー・クールの髪をつかみ、顔を無理矢理あげさせた。
 「いいことを思いついた。おまえを殺す前に、おまえの目の前で、ガキどもを一匹ずつ殺してやる。まあ、おまえが、ひざまずいて泣いて懇願するなら、考え直してやってもいいけどなあ」
 そう言って、再び下卑た笑みを浮かべた。
 どうせ、嘘だ。また、騙すつもりだ。
 ルビー・クールの心の中で、怒りの炎も燃えあがった。人間誰もが持つ、悪を憎み、正義を求める怒りの炎だ。
 ルビー・クールは、司令官をにらみつけた。
 「なんだ、その目は。ガキどもを殺すぞ」
 「その前に、あたしがあなたを殺すわ」
 その言葉に、司令官が笑いだした。
 「私を殺すだと? どうやってだ? 私が合図をすれば、次の瞬間には、おまえは絞首刑だぞ」
 「あたしがあなたに、死刑を執行するわ」
 ルビー・クールの口調は、すでに冷静さを取り戻していた。
 司令官は、笑い転げた。
 「だから、どうやってだ? 死刑執行直前は、おまえのほうだろ」
 ルビー・クールは、自ら顔をあげた。表情が、すでに一変していた。
 背筋を伸ばし、まっすぐに直立した。
 冷ややかな口調で、言い放った。
 「あなたの遊びの時間は、もう終わり。ここからは、あたしの逆襲の時間よ」
 孤立無援で、絶体絶命の窮地。一万人を超える無法者たちを相手に、今、ルビー・クールの逆襲が始まる。

    第一章に続く
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

僕が虫を殺した話

エッセイ・ノンフィクション / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

徒花

ホラー / 完結 24h.ポイント:42pt お気に入り:0

星飾りの騎士SS

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:1

恋文 1年と半年の俺の片思いの話

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

婚約者が愛していたのは、わたしじゃない方の幼馴染でした

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:163pt お気に入り:1,221

努力は報われない

現代文学 / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

処理中です...