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本編

-166- あくまでも可能性のお話です オリバー視点

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今朝受け取った母上からの手紙を読み終えて、ため息を一つ。
脱力感を覚えては、椅子の背もたれに背を預けた時です。

扉のノックと共に、『オリバー様、お話があります』とタイラーが私の部屋に訪ねてきました。

いつになく真剣な顔つきです。
いえ、タイラーはいつも真剣な顔で私に物を申すので、顔つきで内容を予想するなど私には到底無理な話ですね。

さて、今日は何の小言でしょう。
アサヒがおはぎと特訓をしているであろうこの時間に合わせて私を訪ねてくるのを思うと、アサヒには聞かれたくない話だということくらいしか思いつきません。


「オリバー様、もう少し───」
「もう少し、何だい?」
「はあ……もう言っても無駄かもしれませんが、自制心を働かせてください。
アサヒの体力だけはきちんとお考え下さい」

まさかの、またですか。

「またそれか。ちゃんと考えてるし、自制しているよ、これでも。
アサヒがタイラーに『辛い』だとか『やり過ぎだ』とか一言でも言ったかい?」
「いいえ」
「だろう?」

『オリバー様、少し自重を』とタイラーに言われて『しているよ』と答えたのはつい最近のことでした。
が、しかし。
朝からまた同じような小言を浴びせられてしまいました。

いいじゃないですか。
今だって、アサヒは元気におはぎと特訓してるくらいですよ?
『今日はタイラーも少し出るって言ってたし、その間付与魔法をおはぎから教えてもらうんだ。な?』などと楽しそうにおはぎに同意を求めていたくらいには、すこぶる元気です。

『俺の体力考えて』にちゃんと律儀に私は応えています。
なにより、私たちは新婚さんですよ?
出来立てほやっほやです。
少しくらい舞い上がってもいいじゃありませんか。


「アサヒですが、すでに妊娠している可能性があるのでは?」
「っぶほ……っタイラー」

小言を言いつつも優雅に紅茶を入れて私の前に寄こしてくるので、当然のように受け取りカップに口を付けた時でした。
タイラーが凄いことを言ってきました。
妊娠?
ご懐妊ってことですか?
アサヒが?

しかし、なぜ、今のタイミングで口にするのでしょう。
紅茶を吹いてしまったではないですか。

アサヒが妊娠している兆候があったでしょうか?
私には全くわかりません。
アサヒも気がついていないと思います。

アサヒは、女性ではありませんから、当然月ものなどくることがありません。
神器様のお身体です。
ですが、妊娠の周期は変わりませんし、つわりもきます。

つわりの度合いは、女性同様、神器様それぞれ重い方もいれば軽い方もいるようです。

アサヒは気分が悪くなったこともなければ、食事も毎日美味しそうに口にしています。
『神器様は、女性と違い妊娠がわかり難いものです。変化を見逃さず───』とは、本日寄こされた手紙に書かれている母上の言葉です。

因みに本日の手紙の内容、メインは『ラソンブレで会いましょう』でした。
運送ギルドを通すことなく家のものに直接託してくるあたり、母上の本気度が伝わってきました。
逃げるな、とは一言も書かれていませんでしたが、同じくらいの気迫を感じる手紙です。

神器様の妊娠については、母上自身で調べた上で、更にエリー様にでも詳しく聞いたのでしょう。
前任者の知恵を大切にする母上ですし、エリー様は面倒見がいい。
それを思うと実にタイムリーな話題かとも思いました。

万が一にでもアサヒが妊娠していたことにしましょう。
万が一の話ですよ?
可能性は多いにあります。
日々愛し合っていますから。

ですが、気づくにしてももう少しあとの話になるのではありませんか?
アサヒが来てから、まだ一ヶ月も経っていないんです。
鑑定スキルで見たわけでも、医者に診てもらったわけでもないんですよ?

「タイラーがそう思う理由は?」
「私が最初にその可能性を持ったのは、ピアスの交換をお聞きした時です。
アサヒに全くの痛みがない、と」
「頻繁に魔力交換を行っているし、私の倍程魔力が高いアサヒなら十分ありえる話だろう?」
「全くの痛みがないとは、私は聞いたことがありません」
「………」

そうでしょうか?
確かに、痛みが愛の証だなんていう人もいたようです。
しかし、実際は互いに魔力が満たされていないだけでしょう。

「それだけかい?」
「おはぎさんが、最近紅茶に必ずといっていいほど“美味しくなる魔法”をかけているでしょう」
「かけているね、確かに。
渋みが一切なく、美味しくなっていると思うよ」
「あれをするのは、アサヒが一緒にいる時だけです」
「アサヒの眷属なんだから不思議なことではないだろう?現に、美味しくなっているし、“美味しくなる魔法”なんだと思うよ。妖精は、眷属の主だけには嘘がつけない生き物だ」

私だけでなく、アレックスも同じように“美味しくなる魔法”の効果を感じていたはずです。
渋みが一切なく、香りが高くなったような紅茶になっています。
タイラーの入れ方が下手なわけではありません。
寧ろ、こだわりを持って何時でも美味しい紅茶を入れてくれています。

おはぎのやることは、人外の域を超えていることです。
ああ、おはぎは妖精です。
人外ですから、当たり前と言われれば当たり前のことでしたね。



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