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本編
-122- 帰路
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「めちゃくちゃ食った」
楽しい時間はあっという間だった。
コナーと愛斗と別れの挨拶をかわし、馬車に乗り込む。
別れっつったって、また今月末会うんだから、本当に少しの間のお別れだ。
一度用を足しにオリバーが席を立った隙を見て、コナーに釘をさすのも忘れなかかった。
『コナー、今度また副会長がオリバーを蔑むようなこと言ってきたら、次はおまえんとこ優遇しないからそのつもりで』
『……わかったわ。次の機会があることに感謝してる。
あの場でオリバーが反故を言い出さなかったのだから、私としては正直ほっとしてるのよ。あれ、相当怒ってたわよ』
『ああ、やっぱそうだよなあ。珍しく怒ってたな、口にしなかっただけで』
『自分のことよりあなたのことでね。オリバーに絡むのはやめてって言ってるのだけれど、会わせるとああなのよ。
いい大人が拗らせてるわね……マナトがいるから大丈夫だと思ったけれど、駄目だったわ』
『理由は?』
『ただのやっかみよ。気に入った男が立て続けにオリバーを好きで断られたっていう』
『あー……なるほど。薬師としての才能があるのに見た目だけって言ってたのは、“オリバー様くらいの見た目だったら”とでも言われたか』
『そうだと思うわ』
ヒューゴも、まあ、見た目に関しちゃ良い男の部類なんだろうな。
俺は、あの自信たっぷりな感じが、元カレを思い出させてイラっとするくらいに無理だが、俺もオリバーに会うまではああいう奴に惹かれていたわけで。
『旭さん、次からは大丈夫にしておきます』
『そうね、お願いね、マナト』
『うん』
へえ……愛斗のやつ、すでにあのヒューゴを上手く操縦してんのか。
けっこうやるな。
『そういや、貞操具、アレ、どうした?』
『あー……アレ、ですか』
言いづらそうに、愛斗がコナーをちらりと見上げる。
え、まさかまだついてたりすんのか?
『まさかついたままとかねーよな?』
『すぐに“鍵屋”呼んで取ってるわよ』
『鍵屋?』
『あー……はい。なんでも開けてくれる鍵屋さんがいて、取ってもらいました』
『へえ……それって、なんでも開くのか?』
『ええ、でも裏の仕事だから紹介が無いと受けて貰えないのよ。もし必要なことがあったら紹介するわ』
『おう』
まあ、俺には必要がないかもしれないが、なんかのときは覚えておこう。
使うときがくるかもしれないしな。
『オリバーのやつ、遅くないか?』
『大きい方なんじゃない?』
そりゃもしかしたらそうかもしれないが、口に出すか?
てか、離れたのがマズかったか……。
ここの手洗いは入口が一つしかなかったし、視界にはずっといれるようにしていたが、釘さしたい方を優先しちまった。
貸切で護衛を兼ねてる商会員がいるってこともあって油断したか。
そんなに飲んでなかったし酔ってもいなかった気がするが、一度見に行ったほうが良いだろうな。
俺が椅子から尻を浮かせた時、奥からオリバーの姿を目にし、ほっとして座り直す。
『あ、来ましたよ』
『心配性ね』
『や、万が一気分が悪くなってたらって思って。気分っつーか、機嫌が悪そうだな』
『……あなた、よくわかってるわね』
『すぐわかるだろ?』
普段の眼鏡でさえない姿じゃ恰好がつかないかもしれないが、今は迫力満点で誰がどう見ても美丈夫だ。
この店の誰にも負けていない。
トイレから出てきたとしても、だ。
そんな煌びやかな姿でちょっと眉を顰めただけで、すげー機嫌が悪そうに見える。
だが、俺と視線が合うと、すぐさま綺麗な笑みを浮かべて真っすぐこちらに向かってくる。
トイレから出てきただけでこれだけ人の注目を浴びる奴も珍しい。
ほんと、芸能人なみだな。
『なんかあったのか?』
『いえ……まあ』
『……なんだよ?───見てくる』
まさか、出てったと思ったヒューゴがいたとかないか?
トイレは出入り口の真横奥だ。
『いいですからっ!帰りましょう』
『……おう』
少しもやっとしちまったが、そんなこんなで今に至る。
今日の馬車は、ワグナー家の別邸から借りた馬車で、御者も別邸で働いてる使用人だ。
俺等より少し上の礼儀正しい人で通いだというから、土産にカシェットの抹茶タルトを4つ購入して渡すととても喜んでもらえた。
オリバーによれば、奥さんとお嬢さんが2人いると言っていた。
ってか、こういうの、あんまりしないのか。
急に遅くまで時間外の勤務に充てさせちまって申し訳なく思ったが、オリバーは特にお礼とか考えてなさそうだったな。
まあ、こういうのは今後も俺がフォローすればいいか。
にしても、腹いっぱいだ。
馬車酔いするような揺れがないのが、今はありがたい。
元いた世界じゃ腹7、8分目が常だったのに、こっちに来てから腹いっぱい食ってばかりだ。
ソフィアは、これ以上食えないって程には出してこないけど、あー腹いっぱい、って満足するくらいに出してくるんだよな。
絶妙な量だ。
それに、『ごちそうさまー、今日も美味かった!腹いっぱいだ』って言うと、決まって『良かったわ、お腹いっぱいになって幸せね』て言う。
美味いことが幸せじゃなくて、腹いっぱいな事が幸せっつーんだよなあ。
いつもは気にならないが、ふと、その違和感が気になっちまった。
「明日、シリル君のところへ行ってみましょう。父君の診察をお願いしてますし、日取りを決められるなら決めておきたいんです」
「ん?わかった。行くのは構わないけど、引越しは体調が戻ってからじゃないのか?」
「ですが本格的に冬に入ってしまいますと、馬車での移動は道の悪さも寒さも厳しいものになります」
「確かに」
「家の造りが簡素ですから、少し無理をしてでもエリソン侯爵領に入った方が良いと思うんです」
「エリソン侯爵領は家の造りが違うのか?」
「全然違いますよ。先々代が道も家も整備されて、毎年きちんと税金で補修されています。壁や屋根に隙間はありませんし、頑丈に作られてます。魔石の暖炉はどの家にもついてますし、魔石自体は配給制です。
各家にはちゃんと水道が引かれていますし、蛇口から水も出ます」
「それ、帝都よりか全然暮らしやすいんじゃないのか?」
「ええ、現在のエリソン侯爵領の領民はどこよりも豊かです」
なんでそんなに豊かなのかというと、領主のアレックス様が領地経営と侯爵邸の経営との資金繰りが別だからというのがでかいらしい。
侯爵邸は魔法士のアレックス様の資金で成り立っていて、領地経営は税金で成り立っているそうだ。
収入源がそもそも違う。
通常、宮廷魔法士だけの給料じゃとても人をそこまで雇えやしないが、アレックス様は魔法具や魔法陣の特許を複数持っていて、それらの収入源はかなり多いんだそうだ。
通常、領地を持つ貴族は、そのすべてが税金で成り立っているところばかりだそう。
だが、エリソン侯爵領においては税金は全て領民のために使われる。
「それは……随分すごいんじゃないか?全部ものに還元されてるってことだろ?」
「ちょっと違いますよ。教師や警備隊といった領の職員は、税金からお給料が出ていますから」
「あーなるほど」
「それに取りまとめてる方は、結局税金で成り立ってるようなものですから、うちもそうです」
「けど、親父さんや兄さんは行ったり来たりすげー忙しそうにしてんじゃん。あれは、自ら働いてるうちに入ると思うぞ、俺は」
「ええ、まあ。身体を動かさないと心は動かせない、って言ってますね」
「ん?」
身体を動かさないと心は動かせないってなんだ?
百聞は一見に如かず、みたいなもんか?
や、違えか。
「つまり、言葉だけでは本当の意味で領民を動かすことは出来ない、と。
行動で示してこそ、伝わるものだと言っていました」
「あー……」
やばい、結構深かった。
ふたりともなんつーか、めちゃくちゃいい人って感じだし、代々の恩恵を引き継いで、ずーっとそれで成功してんのかと思ったけれど、そんなお気楽な話じゃなかった。
「どうしました?」
「や、親父さんたちすげーなって思っただけ」
「ただ単に説明が下手だとも言えますね……私が言えた口ではありませんが」
「ははっ本当にな」
思わず笑っちまう。
うん、そこは本当に言えた口じゃねえ。
「否定してくれないんですか?」
「出来ねーもん」
「………」
「いーの、お前はそれで、俺がいるんだから頼ってくれよ。
多分、お前がぜーんぶ天才的に出来ちまったら、こんなに好きになってなかったと思うぜ?」
「アサヒ……っ!」
酒のせいじゃなく顔が熱くなる。
馬車で抱き着かれたせいでもない、慣れない台詞を言っちまったせいだ。
“こんなに好きに”なんて。
まあ、本当のことだけどな。
楽しい時間はあっという間だった。
コナーと愛斗と別れの挨拶をかわし、馬車に乗り込む。
別れっつったって、また今月末会うんだから、本当に少しの間のお別れだ。
一度用を足しにオリバーが席を立った隙を見て、コナーに釘をさすのも忘れなかかった。
『コナー、今度また副会長がオリバーを蔑むようなこと言ってきたら、次はおまえんとこ優遇しないからそのつもりで』
『……わかったわ。次の機会があることに感謝してる。
あの場でオリバーが反故を言い出さなかったのだから、私としては正直ほっとしてるのよ。あれ、相当怒ってたわよ』
『ああ、やっぱそうだよなあ。珍しく怒ってたな、口にしなかっただけで』
『自分のことよりあなたのことでね。オリバーに絡むのはやめてって言ってるのだけれど、会わせるとああなのよ。
いい大人が拗らせてるわね……マナトがいるから大丈夫だと思ったけれど、駄目だったわ』
『理由は?』
『ただのやっかみよ。気に入った男が立て続けにオリバーを好きで断られたっていう』
『あー……なるほど。薬師としての才能があるのに見た目だけって言ってたのは、“オリバー様くらいの見た目だったら”とでも言われたか』
『そうだと思うわ』
ヒューゴも、まあ、見た目に関しちゃ良い男の部類なんだろうな。
俺は、あの自信たっぷりな感じが、元カレを思い出させてイラっとするくらいに無理だが、俺もオリバーに会うまではああいう奴に惹かれていたわけで。
『旭さん、次からは大丈夫にしておきます』
『そうね、お願いね、マナト』
『うん』
へえ……愛斗のやつ、すでにあのヒューゴを上手く操縦してんのか。
けっこうやるな。
『そういや、貞操具、アレ、どうした?』
『あー……アレ、ですか』
言いづらそうに、愛斗がコナーをちらりと見上げる。
え、まさかまだついてたりすんのか?
『まさかついたままとかねーよな?』
『すぐに“鍵屋”呼んで取ってるわよ』
『鍵屋?』
『あー……はい。なんでも開けてくれる鍵屋さんがいて、取ってもらいました』
『へえ……それって、なんでも開くのか?』
『ええ、でも裏の仕事だから紹介が無いと受けて貰えないのよ。もし必要なことがあったら紹介するわ』
『おう』
まあ、俺には必要がないかもしれないが、なんかのときは覚えておこう。
使うときがくるかもしれないしな。
『オリバーのやつ、遅くないか?』
『大きい方なんじゃない?』
そりゃもしかしたらそうかもしれないが、口に出すか?
てか、離れたのがマズかったか……。
ここの手洗いは入口が一つしかなかったし、視界にはずっといれるようにしていたが、釘さしたい方を優先しちまった。
貸切で護衛を兼ねてる商会員がいるってこともあって油断したか。
そんなに飲んでなかったし酔ってもいなかった気がするが、一度見に行ったほうが良いだろうな。
俺が椅子から尻を浮かせた時、奥からオリバーの姿を目にし、ほっとして座り直す。
『あ、来ましたよ』
『心配性ね』
『や、万が一気分が悪くなってたらって思って。気分っつーか、機嫌が悪そうだな』
『……あなた、よくわかってるわね』
『すぐわかるだろ?』
普段の眼鏡でさえない姿じゃ恰好がつかないかもしれないが、今は迫力満点で誰がどう見ても美丈夫だ。
この店の誰にも負けていない。
トイレから出てきたとしても、だ。
そんな煌びやかな姿でちょっと眉を顰めただけで、すげー機嫌が悪そうに見える。
だが、俺と視線が合うと、すぐさま綺麗な笑みを浮かべて真っすぐこちらに向かってくる。
トイレから出てきただけでこれだけ人の注目を浴びる奴も珍しい。
ほんと、芸能人なみだな。
『なんかあったのか?』
『いえ……まあ』
『……なんだよ?───見てくる』
まさか、出てったと思ったヒューゴがいたとかないか?
トイレは出入り口の真横奥だ。
『いいですからっ!帰りましょう』
『……おう』
少しもやっとしちまったが、そんなこんなで今に至る。
今日の馬車は、ワグナー家の別邸から借りた馬車で、御者も別邸で働いてる使用人だ。
俺等より少し上の礼儀正しい人で通いだというから、土産にカシェットの抹茶タルトを4つ購入して渡すととても喜んでもらえた。
オリバーによれば、奥さんとお嬢さんが2人いると言っていた。
ってか、こういうの、あんまりしないのか。
急に遅くまで時間外の勤務に充てさせちまって申し訳なく思ったが、オリバーは特にお礼とか考えてなさそうだったな。
まあ、こういうのは今後も俺がフォローすればいいか。
にしても、腹いっぱいだ。
馬車酔いするような揺れがないのが、今はありがたい。
元いた世界じゃ腹7、8分目が常だったのに、こっちに来てから腹いっぱい食ってばかりだ。
ソフィアは、これ以上食えないって程には出してこないけど、あー腹いっぱい、って満足するくらいに出してくるんだよな。
絶妙な量だ。
それに、『ごちそうさまー、今日も美味かった!腹いっぱいだ』って言うと、決まって『良かったわ、お腹いっぱいになって幸せね』て言う。
美味いことが幸せじゃなくて、腹いっぱいな事が幸せっつーんだよなあ。
いつもは気にならないが、ふと、その違和感が気になっちまった。
「明日、シリル君のところへ行ってみましょう。父君の診察をお願いしてますし、日取りを決められるなら決めておきたいんです」
「ん?わかった。行くのは構わないけど、引越しは体調が戻ってからじゃないのか?」
「ですが本格的に冬に入ってしまいますと、馬車での移動は道の悪さも寒さも厳しいものになります」
「確かに」
「家の造りが簡素ですから、少し無理をしてでもエリソン侯爵領に入った方が良いと思うんです」
「エリソン侯爵領は家の造りが違うのか?」
「全然違いますよ。先々代が道も家も整備されて、毎年きちんと税金で補修されています。壁や屋根に隙間はありませんし、頑丈に作られてます。魔石の暖炉はどの家にもついてますし、魔石自体は配給制です。
各家にはちゃんと水道が引かれていますし、蛇口から水も出ます」
「それ、帝都よりか全然暮らしやすいんじゃないのか?」
「ええ、現在のエリソン侯爵領の領民はどこよりも豊かです」
なんでそんなに豊かなのかというと、領主のアレックス様が領地経営と侯爵邸の経営との資金繰りが別だからというのがでかいらしい。
侯爵邸は魔法士のアレックス様の資金で成り立っていて、領地経営は税金で成り立っているそうだ。
収入源がそもそも違う。
通常、宮廷魔法士だけの給料じゃとても人をそこまで雇えやしないが、アレックス様は魔法具や魔法陣の特許を複数持っていて、それらの収入源はかなり多いんだそうだ。
通常、領地を持つ貴族は、そのすべてが税金で成り立っているところばかりだそう。
だが、エリソン侯爵領においては税金は全て領民のために使われる。
「それは……随分すごいんじゃないか?全部ものに還元されてるってことだろ?」
「ちょっと違いますよ。教師や警備隊といった領の職員は、税金からお給料が出ていますから」
「あーなるほど」
「それに取りまとめてる方は、結局税金で成り立ってるようなものですから、うちもそうです」
「けど、親父さんや兄さんは行ったり来たりすげー忙しそうにしてんじゃん。あれは、自ら働いてるうちに入ると思うぞ、俺は」
「ええ、まあ。身体を動かさないと心は動かせない、って言ってますね」
「ん?」
身体を動かさないと心は動かせないってなんだ?
百聞は一見に如かず、みたいなもんか?
や、違えか。
「つまり、言葉だけでは本当の意味で領民を動かすことは出来ない、と。
行動で示してこそ、伝わるものだと言っていました」
「あー……」
やばい、結構深かった。
ふたりともなんつーか、めちゃくちゃいい人って感じだし、代々の恩恵を引き継いで、ずーっとそれで成功してんのかと思ったけれど、そんなお気楽な話じゃなかった。
「どうしました?」
「や、親父さんたちすげーなって思っただけ」
「ただ単に説明が下手だとも言えますね……私が言えた口ではありませんが」
「ははっ本当にな」
思わず笑っちまう。
うん、そこは本当に言えた口じゃねえ。
「否定してくれないんですか?」
「出来ねーもん」
「………」
「いーの、お前はそれで、俺がいるんだから頼ってくれよ。
多分、お前がぜーんぶ天才的に出来ちまったら、こんなに好きになってなかったと思うぜ?」
「アサヒ……っ!」
酒のせいじゃなく顔が熱くなる。
馬車で抱き着かれたせいでもない、慣れない台詞を言っちまったせいだ。
“こんなに好きに”なんて。
まあ、本当のことだけどな。
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