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本編

-123- コナーからのお礼 オリバー視点

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アサヒに手紙を貰ってから三日が経った頃、コナーからの返事がきました。
アサヒへの称賛に加えて、ハンドクリームの生産に早速取り掛かっていること、年末年始の祝祭に合わせて新商品として大々的に売り出すとのことが書かれていました。
そして、貰いすぎ、とも。

私も送る際に、アサヒには言ったのですよ?


『アサヒ……これは、対価としては多すぎませんか?』
『え?そうか?』
『これは逆にお金を貰っても良い案件ですよ?』
『恩売るくらいで丁度いいだろ。てか、変な言い回しとか通じない言葉ないか?まだあんま書くのに慣れてねえし、向こうで通じてもこっちで通じないっつーこともあるし』
『大丈夫ですよ、とても分かりやすく書かれています』
『そっか、なら良かった』

アサヒは、最初、読むことは出来ても書くことが出来ませんでした。
偶に文字表を確認したり、タイラーや私に聞くことがあったとしても、すでに手紙を書けるほどに慣れているのだから素晴らしいことだと思います。
父上や母上、叔父上に宛てた手紙については、まだタイラーの手本を必要としているようですが、最初から代筆しないところがアサヒの褒めるべきところです。

『え?それは俺が自分で書きたい。せめてお礼は自分で言いたいじゃん。でもまだうまく書けないから、手本を書いて欲しい。二度手間に思うかもしんないけどさ……』と、苦笑いを浮かべながら言うアサヒに、タイラーはとても嬉しそうな顔で快く引き受けていましたね。
そして、私の方をちらりと目にし、ため息を一つ。
『オリバー様もたまにはご自身で云々───……』
その先は忘れてしまいましたが、タイラーの長い小言が始まってしまいました。
言い出すと止めない限り長くなるのがタイラーです。
ですがそうですね、アサヒを見習って、お礼状くらいは今後は自分で書こうと思いました。



「アサヒ、コナーから返事が来ましたよ」
「おう、なんだって?」
「貰いすぎ、だそうです」
「ははっ……」

アサヒは笑いながらすぐに私の隣に座り、手紙を覗き込んできます。
寄り添う重みと温かさに、ふんわりと鼻腔を擽る甘い苺の良い香り。
私を誘惑してきますが、その視線は真剣です。
手紙を読むのを邪魔すればきっと怒ってしまいますので暫しの我慢ですね。

アサヒがコナーに宛てた手紙には、商会の受付に対する改善策が複数ありました。
それをコナーが早速取り入れると、初日から不正が判明し、2人解雇されたというから驚きです。

アサヒが提案したのは、受付の前に更に受付を設けるという発想。
随分と斬新ですが、アサヒが元居た場所ではよく用いられていた受付方法だったようです。
効率的ですし、なにより受付嬢目当てで並ぶ面倒な客を、裏で操作できると喜んでいましたね。
アサヒはそこは指摘していませんでしたが、思わぬ収穫だったようです。

コナーの性格です。
自身の商会員に対し、不正を疑うなどということはしたくなかったと思いますが、実際出てしまったのですから少なからずショックだったでしょう。
ですが、より良い環境になったことの喜びの方が大きいようですね。
いささか文章が興奮気味です。
文字は、相変わらず綺麗ですが。

「明後日の夜、都合がつくのなら食事をご馳走してくれるそうですが、受けますか?」
「ああ、勿論。愛斗もつれてくるって書いてあるし、会っておきたい」
「………」

ですよね、アサヒならそう言うと思っていました。
コナーの神器様であるマナト君にも会いたいと言ってましたし、とても嬉しそうな笑顔を見てしまったら、行きたくないとは言えません。

「なんだよ?行きたくねーの?」
「ええと……まあ、食事は良いんですよ?ありがたいのですが……」
「じゃ、何?」
「その、この店は本店と違ってカジュアルですが味は確かですし、ゆっくりくつろげる空間ですし、店自体はとても評判が良いのですが……」
「で?」

コナーの選んだ店は、貴族街からほど近い市民街に位置する、ちょっと洒落たお店です。
店の名前は“カシェット”
隠れ家という意味なのだ、と教えて貰いました。
あまり畏まることのない雰囲気に、新鮮な魚介や肉を堪能できる創作料理です。
独特の香辛料やハーブを複数使用し、更に野菜や肉ではなく魚や昆布という海の植物を煮詰めて、旨味のスープを作っているんだとか。

料理長が南東出身ですが、料理に関しては、帝都でも親しみやすいよう工夫されています。
コナーの神器様であるマナト君が、『元の世界の故郷に近い味』と言っていたことから、きっとアサヒも気に入るはずです。

なのですが。
このお店、オーナー兼店長のフレイは、私の元恋人、なんですよね。
お付き合いしていたのは学生時代。
もう10年以上も昔のことですし、私も向こうもなんの未練もありません。
ですが、アサヒを連れて行ってはたして良いのか、と。


「………」
「何?怒んねえから、はっきり言え」

もう怒ってるように思うのは、気のせいでしょうか。

「アサヒ、すでに怒ってませんか?」
「お前がはっきりしないから、ちょっとイラついてきてる」
「……それは、すみません。その、現在のチーフが、私の元恋人です」
「は?」

「ですから、この店の今のチーフが、私が昔お付き合いしていた方なんです。
一番長くお付き合いしていたので、コナーは勿論知っています。
本店じゃなくこちらの店を選んだのは態とかと思います」

彼の実家は、貴族街にある有名レストランの経営者。
その系列店として、彼が料理人の夫と共に立ち上げたのがカシェットです。

「へえ……」
「あ、あちらももう結婚していますよ?チーフはその彼ですが、彼の旦那さんは料理長です」

やましいことは無いのですが、つい言い訳じみた言葉が出てしまいます。
アサヒは……怒ってはいなさそうですね、気落ちも無さそうです。

「お前は未練があんのか?」
「あるわけないでしょう!冗談でもそんなこと言わないでください」

そう言うと、アサヒは満足そうに口元に笑みを浮かべてきました。
私の言葉ひとつでこうも表情を変えてくれるなんて。
本当に可愛らしい人です。

「向こうには?」
「ないはずです。料理長の夫を幸せそうに紹介してくれましたから」
「なら、俺は全然問題ねえよ?寧ろ、お前も幸せになったって報告してやれ」
「?!」

ああ、なんて男前なのでしょう。
もし私とアサヒが逆の立場であったら、すぐに反対しています。
帝都には美味しいと評判の店はいくつもあるのですから、わざわざ元恋人が経営する店に行かなくてもいいでしょう、と。
美味しいと評判で、気に入りそうだとしても、です。
むしろ、だからこそさけたいと思ってしまうくらいに、私は心が狭い。

けれど、アサヒは私のために了承してくれました。
幸せになったと報告してやれ、ですって。

アサヒは、本当に優しい人です。

「はい、ありがとうございます」
「ぐえっ……重てえっての」

細い身体を抱きしめると、すぐ様悪態をついてくるアサヒですが、口だけで本当に嫌がってはいないことを私は知っています。

私が嬉しさに笑うと、アサヒの顔に赤みがさしました。
本当に可愛らしい。

アサヒは私を喜ばせる天才ですね。
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