異世界に召喚された猫かぶりなMR、ブチ切れて本性晒しましたがイケメン薬師に溺愛されています。

日夏

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本編

-103- レターセットの選び方

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「アサヒ、どれになさいますか?」

タイラーが用意してくれたレターセットは5種類あった。
この世界の紙は貴重だ。
元の世界じゃ紙は紙。
どんなに高い便せんだろうと、普通に店で売ってる物に関しちゃたかが知れている値段だった。

だが、こっちの世界じゃ違う。
物によっちゃ金貨数枚することもざらにある。
なんの変哲もないだただのまっしろな白い便せん…つまり紙だな、それがたとえ質の悪い紙であっても、1枚で銅貨1枚はする。
つまり、100円程だ。
わら半紙みてえなうすっぺらい質の悪い紙が、1枚100円もするんだぜ?
パン1個買える値段だ。

オリバーは、ノートに書き殴ったり破いたりを気軽にしてるが、俺は紙の値段を聞いて、最初は文字の練習すら戸惑っちまったもんな。
外で土に書くと言ったら、タイラーとオリバーに全力で止められた。
“紙くらい経費で落とせます”
“経費でなくてもアサヒの好きな柄の好きな色のノートを自由に買ってください”

後で知ったが、それは貧しい人がやる行為らしい。
まあ、あんだけ稼いでりゃ、オリバーにとってはノートなんて本当にたかが知れてる値段なのかもしれないけどさ。
俺は元バリバリの庶民だ。

文字そのものを覚えたのなら、文章の練習には日記が良いのでは?とタイラーから勧められて、数日前から短いが日記をつけている。
元の世界じゃ日記なんて付けたことはない。
精々手帳だが、それもスマホが普及してからはアプリに移行した。
ここ数年手帳もほとんど使っていなかった。

因みに、今俺が文字練習のために使ってる日記帳は、オリバーから贈られたもので、空色のつるりとした皮表紙に金で名前入りのもんだ。
更に立派な魔法具の鍵付き。
鍵といっても鍵そのものはついていない。
最初に本人の魔力を通して、自動で開閉が出来るもんだ。
つまり、オートロック。
めちゃくちゃ便利な代物だが、一体いくらなのかは聞いてない。
聞いたらきっと怖くて使えないからだ。
ありがたく使ってるぞ、一文字一文字に気合が入るけど、逆にそれが良いみたいだ。


話を目の前のレターセットに戻そう。

3つは見覚えがある。
ひとつ目は、全体が薄い水色で、鳥の羽根の型押しがしてあるレターセットだ。
これは、ワグナー子爵へお礼の手紙を送った時に使った。
忙しい方で物を送られるたび、すぐにお会いできないことがあるからだ。

ふたつ目は、白地に琥珀色の蔦模様が縁取りされているレターセットで、これは義理母上、つまりシャーロット様宛に送った時に使った。
領地から出られることは年に1、2回だと言われているし、オリバーの里帰りもすぐには出来ない。
片道1日かかっちまうから、最短で3日間は空けることになるからだ。
貴重な薬草そのままに気軽にはいけない。
お会いしたことはないけど、オリバーは母親似みたいだからきっとめちゃくちゃ美人なんだろう。
…まあ、性格はきっとオリバーよりもずっと強かだと思うけど。

みっつ目は、白地だが、上下に星が散りばめられたようなラメ入りのレターセットだ。
全面でないところに品があると思った。
これは、養子先の父、クリフォード子爵宛にお礼の手紙を送った時に使ったものだ。
なにか贈り物もしたほうがいいのかとタイラーに相談したら、ひとまずは手紙だけで十分でしょう、というので未だ手紙だけだ。
お会いできる時までに毛生え薬を完成させたい。

で、残るふたつ。
ふたつとも目にするのは初めてだ。

ひとつは、白地に野苺のイラストでぐるりと枠取りがしてあるレターセットで、色付きだ。
しかもそのイラストの縁取りは金色。
金色と淡い赤と淡い緑の色使いがとても綺麗だ。
花とイチゴは、うっすら型押しまでされている。
細かなイラストで可愛すぎず品があるが、一体これいくらすんだ?
てか…苺か。

もうひとつは、白地にうっすら茶色の猫の足跡が描かれていて、ちっちゃな猫が歩いたかのように斜めに横切っていたり、一周して戻ったりしている。
自由気ままな足跡の終着地には、黒くて丸い猫が描かれていて、瞳が琥珀色。
すげー可愛い便せんだ。
まるで、おはぎみたいだ。

ま、俺がオリバーに使うなら、迷わずこっちの苺だろうな。
苺のレターセットを選んで手に取る。
タイラーが面白そうに笑った。

「これ、もしかしなくともオリバーが買ったのか?」
「ええ。毎週来ている行商人から、次に来るときにレターセットが見たいと仰って」
「俺知らねえけど」
「日記帳を頼むときと一緒でしたから、私とソフィアも協力してアサヒには内緒にしていました」
「なるほど。じゃ、こっちの猫のは?」

猫の足跡のレターセットなんて、誰に使うんだ?
すげー可愛いくて気に入ったが、こんなん使えるか?

「そちらは、アサヒが元の世界のご友人達に送るのに使うと良いと、オリバー様がお選びになりました。
アサヒが気に入るだろうと」
「あー…マジか」

やべえ、すげえ嬉しい。
たかが便せんごときと思うかもしれねえけど、元の世界の友人達に、ってさ、そのまま交流を続けていくことを考えてくれたってことだろ?
そんなん嬉しくないはずがない。

「アサヒ?」
「あー、うん、すげえ嬉しいよ。
でも、じゃあ、尚更こっちの苺のにする」
「そうですか。喜ばれると思いますよ」
「ん」

さて、何を書こうか。
まあ、躊躇したらなんも書けなくなるから、つらつらと思い浮かんだことから筆を走らせるか。
オリバー相手ならたとえ間違っても上から修正すればいい。
本番前の試し書きや、添削は必要ない。

コトンと傍にマグカップが置かれる。
ソフィアだ。
ホットミルクが入っていて、温かな湯気からふんわりと蜂蜜の甘い香りがする。
栗を食い終わってからも俺がずっと撫でていたおはぎは、するりと俺の手元を抜けて行儀良く座ると、自分の木製マグカップに口を付けた。
おはぎの分もあったらしい。

「ありがと、ソフィア。俺に気にせず先休んでて、タイラーも」
「わかりました。カップはそのままでいいですからね?」
「アサヒもあまり遅くならないように」
「うん、お休み」
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