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本編
-91- 幸せを欲する女
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「母親が働くなど、下層の者がすることです!
私は家にいるべきなんです!」
はあ?何言ってんだこの女、と口に出さなかっただけ褒めて欲しい。
「じゃが、その下層の者と今現在あんたはなんら変わっとらん。
旦那が仕事を首になった挙句臥せっている。
今月の家賃のあてすらないじゃろ?
旦那はエリソン侯爵領出身じゃろうが、あんたは帝都生まれか?
甘いこと言ってないで、働くんじゃ」
「…………っ」
シリルの母親は、怒りの表情露わに医者を見ているが、この医者もすげえな。
普通ここまで言わねえぞ、随分人が良い。
「………っ、嫌よ、嫌!
そんなこと、そんなこと出来ません!
私は、ネストレが魔力の高い薬師で、帝都一番の製薬工房へ職に就いたから結婚したのよ?
なのに、こんな貧しい暮らしを強いられて、当のネストレはほとんど家に帰ってこない。
幸せにするですって?
どこが幸せなのよ、噓つきにもほどがあるわ!!
これじゃ実家と変わらないじゃない。
やっぱりエリソン侯爵領なんて田舎の男と結婚するんじゃなかったわ」
シリルはなにも言わずにじっと母親を黙って見ていた。
母親似で可愛い顔してるシリルだが、その目は自分の母親に向ける目っつーより、他人に向けている目に見える。
こんな小せえのに冷静過ぎる。
元の世界だったら、小学1、2年生ってとこだろ?
俺の手をしっかりつないだまま、何を思ってんだろうか。
こんな母親の下で、よくシリルが良い子でしっかりと育ったな。
爺さんと妖精の助けがあったからだろうが、俺は、このクソ女を殴ってやりてえくらいにはイラついてる。
「バルバラさん、悪いことは言わん。ネストレと別れてくれんかあ」
シリルの祖父さんが耐えかねたようにそっと口を開く。
そうして、シリルの祖父さんは、未だに医者の言葉を無視して腕に抱きかかえたままの赤ん坊を目に眉を寄せた。
ん?なんだ?なんか違和感が……、と思ったが、さっきの医者の言葉を思い出す。
『心当たりがあるんじゃろ、違うかね?』って、まさか、旦那との子供じゃねえのか?!
「私もネストレも、何も知らないと思っておいでか?」
「なん、で……」
「自分の子供じゃないことくらいすぐ気がつく、気が付かないほどネストレは馬鹿じゃない。
シリルさえ、その子供の父親が自分と違うことくらいわかってる。
私は、シリルとネストレを連れてエリソン侯爵領に戻る。
バルバラさん、その様子じゃああんたはエリソン侯爵領には行きたかないだろ?
その子の父親と幸せにおなり」
そう言って、皆がいる中一枚の紙切れをその女の前へと差し出す。
赤ん坊を腕から布団へと下ろし、その紙切れを手にした女はじろりとシリルの祖父さんを睨んだ。
「ネストレのサインと血判は本人のもんだあ」
「…っだったら、だったら、手切れ金くらい寄こしなさいよ!
離婚するには財産分与が必要でしょう!
金貨2枚は欲しいわ、そしたらすぐに名前くらい書いてげるわよ!」
「バルバラさん、あんた………」
シリルの祖父さんも、医者も、怒りを通りこして呆れているようだ。
俺が、張り倒してもいいだろうか?
いいよな?
そう思ったところに、オリバーが女の前にスウェードの巾着をそっと置いた。
オリバーの財布だ。
今日は、タイラーから初めてのデート代として金貨20枚ほど手にして来た。
多すぎると抗議したが、俺と一緒だからこそ渡すとタイラーに言われたもんだ。
くれぐれも無駄遣いはさせないように、そう視線が語ってた。
は?待て待て、何やって……と思ったが、何も言えなかった。
すげー怒ってる、マジに怒ってる。
怒ってるっつーより、そう、心底軽蔑してるような目で女を見ている。
恰好が恰好だから、普段より迫力が増し増しだ。
すげー怖え。
タイラーがはったりが効きそうだ、と言っていたが、マジだ。
「どうぞ、差し上げますよ?…どうしました?金貨2枚でしょう?そこには金貨20枚が入っています。
名前を書いて、その子を抱いて、どこへでもお好きなところへ行ったらどうです?」
女が震える手で巾着の紐をといた。
巾着は、円型のスウェード地の周りを紐でぐるっと囲んで絞ってある作りで、開いたらまるっと中身が見えるもんだ。
当然、金貨20枚が顔を出す。
庶民じゃ金貨はほとんど手にしないと聞いている。
無理難題押し付けたはずが、その10倍もの金額をぽいっと簡単に出されたんだ。
劣等感でいっぱいだろうが、だが、とにかく金が欲しいんだろう。
女は、巾着の紐を縛りポケットにそれを入れると、黙って離婚届にサインと血判を入れて、シリルの祖父さんに押し付けるようにしてそのまま出ていった。
私は家にいるべきなんです!」
はあ?何言ってんだこの女、と口に出さなかっただけ褒めて欲しい。
「じゃが、その下層の者と今現在あんたはなんら変わっとらん。
旦那が仕事を首になった挙句臥せっている。
今月の家賃のあてすらないじゃろ?
旦那はエリソン侯爵領出身じゃろうが、あんたは帝都生まれか?
甘いこと言ってないで、働くんじゃ」
「…………っ」
シリルの母親は、怒りの表情露わに医者を見ているが、この医者もすげえな。
普通ここまで言わねえぞ、随分人が良い。
「………っ、嫌よ、嫌!
そんなこと、そんなこと出来ません!
私は、ネストレが魔力の高い薬師で、帝都一番の製薬工房へ職に就いたから結婚したのよ?
なのに、こんな貧しい暮らしを強いられて、当のネストレはほとんど家に帰ってこない。
幸せにするですって?
どこが幸せなのよ、噓つきにもほどがあるわ!!
これじゃ実家と変わらないじゃない。
やっぱりエリソン侯爵領なんて田舎の男と結婚するんじゃなかったわ」
シリルはなにも言わずにじっと母親を黙って見ていた。
母親似で可愛い顔してるシリルだが、その目は自分の母親に向ける目っつーより、他人に向けている目に見える。
こんな小せえのに冷静過ぎる。
元の世界だったら、小学1、2年生ってとこだろ?
俺の手をしっかりつないだまま、何を思ってんだろうか。
こんな母親の下で、よくシリルが良い子でしっかりと育ったな。
爺さんと妖精の助けがあったからだろうが、俺は、このクソ女を殴ってやりてえくらいにはイラついてる。
「バルバラさん、悪いことは言わん。ネストレと別れてくれんかあ」
シリルの祖父さんが耐えかねたようにそっと口を開く。
そうして、シリルの祖父さんは、未だに医者の言葉を無視して腕に抱きかかえたままの赤ん坊を目に眉を寄せた。
ん?なんだ?なんか違和感が……、と思ったが、さっきの医者の言葉を思い出す。
『心当たりがあるんじゃろ、違うかね?』って、まさか、旦那との子供じゃねえのか?!
「私もネストレも、何も知らないと思っておいでか?」
「なん、で……」
「自分の子供じゃないことくらいすぐ気がつく、気が付かないほどネストレは馬鹿じゃない。
シリルさえ、その子供の父親が自分と違うことくらいわかってる。
私は、シリルとネストレを連れてエリソン侯爵領に戻る。
バルバラさん、その様子じゃああんたはエリソン侯爵領には行きたかないだろ?
その子の父親と幸せにおなり」
そう言って、皆がいる中一枚の紙切れをその女の前へと差し出す。
赤ん坊を腕から布団へと下ろし、その紙切れを手にした女はじろりとシリルの祖父さんを睨んだ。
「ネストレのサインと血判は本人のもんだあ」
「…っだったら、だったら、手切れ金くらい寄こしなさいよ!
離婚するには財産分与が必要でしょう!
金貨2枚は欲しいわ、そしたらすぐに名前くらい書いてげるわよ!」
「バルバラさん、あんた………」
シリルの祖父さんも、医者も、怒りを通りこして呆れているようだ。
俺が、張り倒してもいいだろうか?
いいよな?
そう思ったところに、オリバーが女の前にスウェードの巾着をそっと置いた。
オリバーの財布だ。
今日は、タイラーから初めてのデート代として金貨20枚ほど手にして来た。
多すぎると抗議したが、俺と一緒だからこそ渡すとタイラーに言われたもんだ。
くれぐれも無駄遣いはさせないように、そう視線が語ってた。
は?待て待て、何やって……と思ったが、何も言えなかった。
すげー怒ってる、マジに怒ってる。
怒ってるっつーより、そう、心底軽蔑してるような目で女を見ている。
恰好が恰好だから、普段より迫力が増し増しだ。
すげー怖え。
タイラーがはったりが効きそうだ、と言っていたが、マジだ。
「どうぞ、差し上げますよ?…どうしました?金貨2枚でしょう?そこには金貨20枚が入っています。
名前を書いて、その子を抱いて、どこへでもお好きなところへ行ったらどうです?」
女が震える手で巾着の紐をといた。
巾着は、円型のスウェード地の周りを紐でぐるっと囲んで絞ってある作りで、開いたらまるっと中身が見えるもんだ。
当然、金貨20枚が顔を出す。
庶民じゃ金貨はほとんど手にしないと聞いている。
無理難題押し付けたはずが、その10倍もの金額をぽいっと簡単に出されたんだ。
劣等感でいっぱいだろうが、だが、とにかく金が欲しいんだろう。
女は、巾着の紐を縛りポケットにそれを入れると、黙って離婚届にサインと血判を入れて、シリルの祖父さんに押し付けるようにしてそのまま出ていった。
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