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本編

-90- 診断と見解

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シリルに庭の様子を案内してもらった後に、俺たちはシリルの家に上がらせてもらった。
ここまで関わったんなら、エリソン侯爵領に移るまで色々と面倒を見てやりたかったからだ。

まず、親父さんの容態を知らないとな。
もし、話が出来る状態なら特許の保証人となったオリバー自身が直接話をしておきたいらしい。
その心意気は買う。
けど、オリバーの場合、うっかり相手の気分を損ねることも言い出しかねないので、オリバーだけに任せるわけにはいかない。
オリバーも、親父さんや義理兄さんに全く似てないって訳でもないんだよなあ、言動っつーか、地雷の踏み方?
踏んだことに気がつかないで、放っておいたら知らない間に穴だらけになってるタイプだ。

オリバーを気にしつつ、シリルに手を引かれて家の中を見せてもらう。
当然と言えば当然なんだが、外観が質素ならば、中も古びていて質素な作りだった。
4帖半ほどのキッチンダイニング…、や、キッチン、と呼んでいいのかもあやしいくらい魔法具がない。
もちろん、フライパンや、鍋、まな板なんかが壁にかかっているし、スイッチを押す箇所が3つついている2口コンロらしきものはある。

だが食洗器はおろか、ソフィアが使っているようなオーブンやら、冷蔵庫…ああ、こっちの世界では貯蔵庫というらしいがそれとか、冷凍庫代わりの氷零箱なんてものも勿論見当たらない。
むこうの世界で、一般の家庭にあるキッチン家電のかわりに、こっちの世界では、一般家庭にも最低限のキッチン魔法具が普及してるもんだとばかり思ってた。
食洗器はどの家庭にもあるもんでもないけどさ、貯蔵庫くらいあるもんじゃねえの?
夏とかどうしてんだ?

それに、極めつけは、蛇口がない。
は?って思うだろ?
誰しもが水を出せるわけじゃねえし…まあ、服や体、その他食器なんかを洗うことに関しちゃ全部浄化の魔法で済ませるってことも出来なくはないが、浄化だって少なからず魔力消費するもんだ。
庶民は魔力が少ないんだろ?
なら、浄化ですら、そうバンバン使えるもんでもねえんじゃねえの?
それよりなによりも、飲料水や料理に使う水がねえと困るだろ。
庭に井戸でもあんのか?
裏には無かったが、表にあったっけ?

「シリル、水はどっから汲むんだ?」
「うん、3つ目のお家を曲がったところに井戸があるの。みんなそこを使ってるよ」
「そっか」
「シリルも汲みに行くのか?」
「うん。あとね、水を使うときは浄化してからが良いって教えてくれたから、そうしてるの」
「そっか、偉いな」

マジか、家の敷地に水道はおろか、井戸もないらしい。
江戸時代じゃねえか。
貴族の家は元の世界と遜色ない…とまではいかないが、魔法具がある程度行き届いて暮らしやすくなってる。
エリソン侯爵邸に関しちゃ、その二歩も三歩も先を行く便利さだ。
それなのに、庶民はこんな、かさこ地蔵の爺さん婆さんみてえな暮らしなのか?それも中層区で。
ほんと、これで良くあの庭が出来たなあ。

他に続きの二間あるが、そっちも4帖半ずつくらいの狭さで、扉は引き戸だ。
1つの部屋はベッド3つで埋まってるし、そのベッドだって、薄っぺらいすのこで出来たデカい木箱みてえなベッドだ。
親父さんはそこで寝こんでる。
もうひとつの部屋で、赤ん坊を看病してるのが、シリルの母さんだろう。
まだ若いだろうに、かなりやつれて見えた。

家の壁は土壁に見えるし、柱は木が所々傷んでるが、部屋が埃もなく綺麗なのは、掃除が行き届いているからだろう。

「先生、どうでしたか?」
引き戸を閉めてベッドルームから出てきた医者に、オリバーが声をかけた。
医者は少し困惑気味だが、ここに着いた時からこんなだったから、親父さんの容態に困惑してんのか、それともこの中層区に連れてこられたことにまだ困惑してんのか、いまいち良く分からない。

「大分弱っているようじゃ。精神的なものも大きいでしょうなあ。
今、色々と話をして正しい判断が出来るとは思えませんぞ。
日を改めてお話しされるのがよろしいですな。
じゃが…薬という薬より、栄養のあるものを食べさせてゆっくり休んでもらう以外、ないでしょうな」
「そうですか…けれどもこのような場所で療養するのは、回復も難しそうですね」
「おい、オリバー、言い方」
「?」

このような場所って、そりゃそうだけどさ。
こんな目の前に具合が悪くて真っ赤な顔した赤ん坊抱えた母親とシリルも居んのに、はっきり言うか?
言葉を選べよ、言葉を。
現に、母親の方は居た堪れない顔してんじゃねえか。

変な空気と、母親の心境が伝わったのか、赤ん坊が泣き出す。
シリルは、繋いでいた俺の手をきゅっと握ってきた。

「先生、あの……この子も見てはいただけないでしょうか?
うちは、病院に行けるような状態ではないので、どうしたらいいか………」

母親が赤ん坊をあやしながら、申し訳なさそうに問う。
まあ、医者は見てもらうのには、金がかかる。
今回、コナーは、シリルの親父さんのために医者を派遣したわけで、赤ん坊もとは伝えていないようだ。
だから医者は、シリルの親父さんを診察した。
医者はコナーからお代を貰うはずで、依頼されてもいないこの子の分をコナーから貰えない。
まあ、言えばコナーの奴なら、しょうがないわね、で払うだろうが。

「わかりました。診るだけ診てみましょう」
「あ、ありがとうございますっ!よろしくお願いします!」

医者はじっと赤ん坊を見ると、そっと、腹の上に手をかざしてその横を流れるように視線を走らせる。
へえ、鑑定みてえな感じで何か見えんのか?
てのひらからかすかに光が漏れていて、すげー不思議な光景だ。
こっちの世界で医者にかかったことも、かかったもんが診察を受けているところも見るのは初めてだ。

全部が全部じゃないだろうが、この医者はもしかすると有能なのかもしれない。
ぱっと見は、冴えない爺さんにしか見えねえけど。

「これは…病ではないですな。至って健康じゃ」
「そんな!こんなに真っ赤になってずっと熱が続いているんですよ?」
「あんた、魔力はいくつかね?」
「11ですが何か?」
「この赤ん坊は、3じゃ。そうやってずっと肌身離さず抱いているのも良くない。
口にするのは母乳のみ、魔力過多なんじゃ」
「そんなはず……っ」

「心当たりがあるんじゃろ、違うかね?」
「…………」
「それと、こう言ってはなんだが、あんたが元気ならあんたが働かないでどうする?
魔力が11もあれば、すぐに職は見つかるはずじゃ。
上の子も旦那の世話も爺さんに任せて、ずーっとこうしている気かね?」
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