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 そう言って苦笑すると、男性は目を見開いた。

「しかし、彼は貴女の……」
「構いません。お邪魔虫になりたくありませんし、納得済ですので」

 幸せそうに笑う二人を見れば、引き裂くなんてとんでもない。

「……それでは貴女の幸せはどうなりますか」

 私より悲痛な表情をして、男性は強く拳を握る。

「名も知らぬ方に心配していただく事ではありませんので」
「──っ、すみません、私は」
「名乗らなくて結構ですわ、高貴な御方。ありがとうございます、貴方の言葉だけで少し気分が晴れました」

 上着を返し、私はバルコニーからパーティー会場に戻る。

「ベーレント嬢!」

 先程の方の叫び声が聞こえるけれど振り返らなかった。クラウスには申し訳ないけれど、今日はもう帰らせてもらおう。風魔法の一種である転移魔法『ヴァンデルン』と唱える。

「──!」

 誰かが私を呼んでいた気がした。


 王太子殿下と聖女様の結婚から三か月程過ぎた、ある晴れた日。私とクラウスの結婚式は大聖堂で執り行われた。国王夫妻、王太子夫妻も出席された。
 クリス様と聖女様と同じ言葉で、クラウスと私も見せかけだけの愛を誓う。

「誓いの口付けを」

 立会人に言われ、覚悟を決めたようにクラウスが私に顔を近付けた。事前に打ち合わせていた通り、私はそっと、唇が重なる手前でずらした。一瞬、唇の端に触れただけのそれは、誰から見ても不自然ではないように魔法でごまかした。何事もなかったように立会人に向き直る。

(一年間、夫婦関係がなければ離婚できる)

 私とクラウスが見つけたのは、今はほとんど使われていない古い法律だった。円満に離婚するには、この方法が一番最適だ。たった一年間、友人と共同生活をするだけ。
 不安はあるけど相手はクラウスだし、大丈夫だろう。
 その後行われた成婚披露パーティーでは国王夫妻から気遣わしげに見られ、愛想笑いで返す。
 クリス様からも貼り付けたような笑みで見られて不快だった。聖女様のお腹もだいぶ大きくなり、時折触っていると力強く動きを感じるのだと嬉しそうに話していた。
 ──何だか違和感を覚えたけれど、「無事の出産を祈念いたします」と言うに留めた。
 濃紺の髪の方の姿はなかった。クリス様の結婚式で騎士団の正装を着ていたから、今日は仕事なのだろう。あの方に会うと張り詰めたものが弾けそうになるから会わなくてよかったと安堵した。
 披露パーティーの後はクラウスと二人で侯爵邸に戻った。

「今日はお疲れ様。今夜はここで休んでくれ」

 そういって案内されたのは、クラウスの私室から離れた部屋だった。中へ入ると窓から月明かりが入り込み幻想的な雰囲気を醸し出している。

「それで、明日からの事なんだが……」

 言いにくそうに頬を掻きながら、クラウスは口を開いた。

「侯爵領地の方に行ってほしいんだ」
「え……?」
「その……、殿下がきみを狙っている。私たちが結婚したら、きみを妾にすると言っていた。だから離婚が成立するまで安全な場所にいてほしいんだ」

 あまりの事に怒りが芽生えてくる。

(クリス様が私を狙っている? 彼が自分で私以外を選んだのにどうして……)
『なぁんかあの聖女が来てからおかしいわよ。ウィルも王宮の空気が悪いって言っていたわ』

 カロリーナお姉様の言葉を思い出す。本当に聖女様のせいなんだろうか。

「分かった。明日にでもすぐ発つわ。その代わり、実家の使用人を連れて行ってもいいかしら?」
「ああ、領地へ先触れを出しておくから好きに過ごして構わない。こっちに動きがあれば連絡する。じゃあ、後で侍女を寄越すからそれまでくつろいでてくれ」

 クラウスはそう言うと、退室していった。
 窓の外に目を向けると、庭の一画にある小さな花壇が目に入った。園芸が趣味のクラウスの意向で作られたものだろう。大切なものを隠すように白い花に紛れて水色の花が咲いている。
 そこまで想われているフィオナ様がちょっとうらやましくなった。
 緊張していたのが解けたのか、ぽろぽろと涙が溢れた。ぐいっと袖で目元を拭う。
 ふと、クリス様の結婚式の時は大聖堂であの濃紺の髪の方からおまじないをかけてもらったな、と思い出した。
 彼は私を気遣ってくれた。それが同情や哀れみだとしても、嬉しかった。
 なぜ声をかけてくれたのかは分からない。会った事はないはずだ。でも、もし、またあの方に会える事があるならば、せめてお礼だけはちゃんと言おう。
 その後侍女に手伝ってもらい、湯浴みをしてから眠りについた。
 疲れていたせいか、その日は夢を見なかった。



   第二章 侯爵領へ


 馬車の中で伯爵家から連れてきた侍女のアイラと護衛のブラントは硬い表情をしていた。ゴトゴトと馬車が進む音だけが響く。

「~~~~っ、あー、あー、やっぱり腹が立ちます!」
「落ち着け、アイラ」

 とうとうアイラが我慢できないとばかりに頭を抱えた。横に座っていたブラントがたしなめる。

「お嬢様、やはり王城を焼いてから行った方がいいのでは?」
「アイラ、そんな事をすれば罪のない人を巻き込む事になるわよ」
「ですがっ! 私は許せません。お嬢様を何だと思ってるんだあのアホ男はぁあああああ」

 きーっ、と吠えるアイラに苦笑しながら、馬車に防音魔法をかけておいてよかったと思った。彼女はきっと怒ってくれるだろうから、出発した時に防音魔法をかけたのだ。

「しかし、王家ってやっぱり白い髪が好きなんですかね……」

 ぼそっと聞こえたブラントの呟きに、思わず目を瞬いた。

「えー、聖女様が教会に引き取られるようになった理由とかいう嘘くさいおとぎ話を信じてるの?」
「アイラ」
「だって、教会で聞くおとぎ話と、王家が公式とするおとぎ話じゃ、結末が違うじゃない」
「まあ、確かに」

 この国の教会は全ての色が混ざった黒の男神と、色を持たない白の女神を祀っている。
 黒の男神は白の女神へ愛の証としてほぼ全ての属性を捧げた。だから白い髪の者の中には稀にほぼ全属性が扱える者が現れる。
 だけど、物騒なもの、醜いものは自分に残した。だから黒い髪の者は闇属性、もしくは魔力持たずなのだ。それが、この世界の理。
 アイラの言うおとぎ話とは、男神と女神を題材にした、いつかの国王と王妃のお話だ。王様の髪は黒、お妃様は赤、聖女様は言わずもがな白だ。
 このお話は王国公式の物と教会の説法の題材の二通りの結末がある。
 話の大筋は一緒だ。幼い頃から仲が良かった王と妃は、結婚して子も生まれ、幸せに暮らしていたけれど、ある日白い髪の少女が保護された事で二人の仲に亀裂が入るのだ。
 悪い男たちに囲まれていたところを国の騎士たちに助けられた、真っ白な髪の少女。彼女を見た王は一目で気に入り、王宮に住まわせる事にした。王は妃に対して次第によそよそしくなり、「王様、一人は寂しいのです」と告げられた夜、少女と一線を越えてしまった。
 それ以来少女にどっぷりとはまってしまった王は政務を放棄するようになり、怒った妃は白い髪の少女を追い出した。しかし、王は今度は妃の手の届かない所──教会にかくまった。
 教会が白い髪の女性を聖女として保護するのは、これが理由だ。悪いものから守るために囲うのだという。この話を盾にして、白い髪の女性を有無を言わさず連れ去っているのだ。
 その後王は白い髪の少女と教会で幸せに暮らした。妃は嫉妬に狂い、ついには王太子が結婚相手として連れてきた白い髪の少女に、夫の愛を奪った女と同じ髪色だというだけで毒を盛った。
 そして母の凶行に怒った王太子に斬られて死んでしまうというのが教会が伝える結末で、誰が一番悪いかという問いかけがなされるのだ。
 けれど王国の公式の話では結末が違う。なんと王様の真実の愛でお妃様が生き返るのだ。
 お妃様を本当に愛していた王様は、彼女が亡くなった後、悲しんで口付けをする。すると奇跡が起きてお妃様は目を覚ます。ちなみに発行は王国側が先。
 今の教皇様は裏社会と繋がりがあるという噂もあるが、黒髪赤目で、黒の男神を思わせる風貌は教会の信仰の要となっている。教皇様の妻が白の女神を思わせる私の伯母にあたる聖女様。そこへ更に平民の聖女様が保護されたので、教会の評判は高まるばかり。
 対して王家は緑の髪の王と藍の髪の王妃。子どもこそ金髪の光属性の王子だけれど、教会より人気は薄かった。王家としても必死だったから、クリス様が魔物討伐に向かうのを渋々承諾した。
 聖女様のいる教会にこれ以上関心を奪われないために。

「もしお嬢様の本当の髪色を見たら、また変わるんですかね……」

 アイラの呟きを聞き、フッと鼻で笑う。

「……もしそれで殿下が私に振り向いたとしても、嬉しくないわね」

 もし私の髪色が白銀だからと心変わりをするようならば、攻撃アップ魔法をかけて殴ってやる。
 これ以上クリス様に、王家に振り回されたくない。

「離婚するまで、ここで一年間過ごすのかぁ。その間お嬢様は何をなさるんですか?」

 アイラの質問に私は彼女に向き直りニコリと笑う。

「そうね、クラウスは好きにしていいって言っていたから冒険者を目指すわ。ディールス侯爵領には冒険者ギルドがあるの。辺境にも近いから魔物の討伐が盛んよ。だからこの機会に冒険者ギルドに登録してお金を稼ごうと思うわ。一年間、みっちりと」

 クラウスは学園で、領地の冒険者ギルドの話をよくしていた。姿変えの魔法が定着するまで閉じこもり、ファンタジーの本をよく読んでいた私は彼の話を前のめりで聞いていたのだ。
 だから侯爵領に行ってほしいと言われた時、反対する理由なんてなかった。私には魔法の心得があるから、ブラントと一緒に行けば沢山稼げそう。これは離婚後の資金にするつもりだ。

「じゃあお嬢様と俺がそこに登録してひと稼ぎですかね」
「ええ。魔物は良い取引素材になるそうだわ。良質の素材を卸せば資金が沢山貯まるのでは、と期待しているの」
「ちょっとお待ちくださいお嬢様。では侯爵邸を留守にするんですか?」

 アイラが少し驚いたような顔をして尋ねてきた。

「大丈夫よ。……『ファムドル』」

 魔法を唱えると、指先から人形が現れ、それは私そっくりに姿を変えた。
 アイラはびっくりして隣に座るブラントに抱き着いた。ブラントの顔は赤い。

「お、おじょ、お嬢様これ、これはっ」
「通称お飾り妻の魔法よ。これを侯爵領邸の私の部屋に置いておいたら、その日の出来事が私に伝わるようになってるわ」

 アイラは未だブラントにしがみついたままごくりと喉を鳴らした。

「アイラは屋敷でこの魔法人形に仕えているように振る舞ってね」
「えぇ……えっ? ええええ⁉」

 忙しなく変わるアイラの表情に思わず苦笑が漏れる。

「ま、まぁ、お嬢様そっくりですし、何とかなり……ますよね? 多分」

 うんうん、とアイラは頷くけれど、右手はブラントの服の裾を摘んだままだ。それに堪えきれなくなったのか、ブラントはとうとう窓の外に目を向けた。
 五日間馬車に揺られ、夜は宿に泊まりながらディールス侯爵邸に到着した。

「いらっしゃいませ、奥様」

 使用人たちが一列に並び、頭を垂れた。乱れのないその様からはしっかりと指導が行き届いているのが伝わる。

「お出迎えありがとう。頭を上げてね。私は居候の身だから『奥様』ではなく『アストリア』と気軽に呼んでください。短い間ですがお世話になります」

 私が淑女の礼をすると、皆がピクッと肩を揺らした。

(まあ、使用人に礼をする貴族令嬢もあまり見ないかな)

 壮年の男性が列の中から一歩出て挨拶をし、侍女に申し付けて部屋に案内してくれた。……勿論夫婦が使う部屋ではなく、見晴らしのいい客室だ。

「割と眺めもいいし、過ごしやすそうですね」

 魔法で作った亜空間から荷物を取り出し、アイラは軽やかに整理していく。

「一年間の辛抱よ。アイラとブラントには迷惑かけると思うけど、ごめんなさいね」
「お気になさらず! むしろお供できて光栄です」

 満面の笑みでアイラは焦げ茶の髪を揺らした。その隣でブラントは無言で頷いた。
 それだけで一年間、乗り越えられそうな気がした。


 ♢ ♢ ♢


「雷撃魔法『トニトルス』!」

 魔法で出した雷を目の前の魔物に放つと、泡を吹いてドサリという音と共に倒れた。

「空間魔法『ラオムクーペ』」

 スパッと空間を切り、出来た切れ目の穴に魔物をひょいっと投げ入れた。この亜空間は無限大に広がっていて様々なものを収納できる。乱雑に収納されてはいるけれど、検索魔法があるからいつでも好きな時に好きな物を取り出せるのだ。

「いやぁ、いつ見ても便利だなぁ、ほぼ全属性使えるって」

 呑気な声が聞こえてきて、じとりとその主を睨んだ。

「きみだって土属性の使い手だろう。巨石で押し潰したりできるんじゃないか」
「いやだアリスト、そんなの魔物がかわいそう!」

 焦げ茶の髪を揺らし、その男──ノエルは小型の魔獣を一突きにした。
 私は突くのと潰すのとどちらが可哀想なのか、と溜息を吐いた。

「でもおかげでいい稼ぎができてます。ホント、アリスト様々ですありがとうございます」

 ノエルは片手を胸に当て、仰々しくお辞儀をする。そのまま空いている方の手を後ろに振り、小型の魔獣をまた一突きした。


 私がディールス侯爵領邸に来て早三か月が過ぎた。
 侯爵領は意外と薄い髪色の人ばかりで赤茶の髪だと逆に目立ったので、元の姿で──と言っても男装して冒険者の『アリスト』として出歩いている。
 とはいえ、侯爵令息夫人が屋敷にいないのは何かと外聞が悪いので、お飾り妻の魔法は忘れずに。アイラは侯爵令息夫人付きの侍女として魔法人形と共にお留守番。

「もう、まんまお嬢様ですよ!」

 瞳を輝かせて鼻息も荒く言っていた。
 ちなみに、人形は侯爵邸でただ大人しく飾られているだけではない。家令と一緒に簡単な帳簿付けはしている。
 ……お飾り妻人形、便利だ。
 本物の私はブラントと共に冒険者ギルドに登録し、薬草取りや小型の魔物退治などで地道に稼いでいたんだけど、一か月程が経過した辺りでそれは起きた。
 災害級の魔物『爆炎龍ばくえんりゅう』が襲ってきたのだ。
 以前辺境に現れた災害級の魔物──闇属性の『呪龍』と同じだ。呪龍のせいで私の人生はめちゃくちゃになった。災害級の魔物に個人的な恨みがあった私は討伐を引き受けた。
 そして、いざ討伐に行くと辺り一面が焼け野原となっていた。
 すぐさま結界を張って防御を固めた後、ブラントと共に救助にあたった。
 そんな中、最後まで爆炎龍と対峙している男性がいて、そのサポートに行く事になって……
 私たちが到着する直前で爆炎龍が最大級の爆発魔法を放って逃げたのだ。当然その男性も巻き込まれて重度の火傷を負い、あわや死ぬところを背負って安全地帯まで運んだのだ。

「火傷治癒『フォティアクラル』」

 火傷の治療に特化した魔法をかけると、光が彼を包み込み、皮膚を再生させていく。

「上級回復魔法『コンソラトゥール』」

 内臓まで傷付いていては大変だから、ついでに上級回復魔法をかけた。すると先程まで瀕死の重傷だったその人はすっかり元通りになった。勿論服も再生済み。

「あー、ここが天国? やっべー美男子のお迎えとか何、俺死んだん?」

 うっすらと目を開き、ぼーっとしながらその人は呟く。

「意識が戻ったようで何よりです。爆炎龍はとりあえず逃げたようですよ」
「うぉっ⁉」

 がばっと起き上がった男は自分の手足や顔を触って確かめている。

「えっ、マジ? 俺生きてる? うっそ、あんたが助けてくれたん? ありがとう、俺はノエルっていうんだ」

 つい先程まで重傷だった男は気安い口調で畳みかけ、頬を紅潮させてにじり寄ると、ついには私を押し倒した。

「は? え? ちょ、まっ」

 いきなり服を脱がせようとしたので揉み合いになる。

「お嬢様! 貴様お嬢様に何してる!」

 そこで、ブラントが間に入って助けてくれた。ノエルは何度もぱちぱちと目を瞬く。

「はぁ? お嬢様? って事は女? ありえん、まじ? 白髪の女とか聖女やん、え、何で?」

 ノエルは自分の頭をガシガシと掻き出す。その間私はブラントを下がらせながら自身に攻撃アップの魔法をかけた。そして……

「ふざけんじゃない!」

 バゴッ! ゴキャッ!

「ふぐぅぉっ!」

 渾身の力を込めて殴った。

「なにがお近付きの印に、ですか。気持ち悪い。初対面で命を助けた相手にする態度?」
「ご、ごめん、すみません、お許しを」

 ノエルは額を地面に擦り付けて許しを乞うけれど、私の怒りは収まらない。

「もう知らない。助け損だったわ」

 ノエルを置いて他の助けを待つ人の所へ行こうとすると、慌てて追いかけてきた。

「お待ちを! 白銀の乙女!」
「女として見ないでください」
「んじゃあ白銀の君!」
「~~~~それはもっといや!」
「じゃあ何て呼べばいいんだ!」
「アリスト!」

 振り返って男装している時の名前を告げる。するとノエルはにかっと笑った。

「アリスト、いい名前だ。改めて、俺はノエル。ソロの冒険者だ。魔物退治を主にやってる。今回は本当、助かった。ありがとうございます」

 ノエルは姿勢を正し、ただの冒険者の割にはきれいな一礼をした。

「どういたしまして。……助かって嬉しかったのかもしれないけど、初対面の人を襲うのはどうかと思うよ」
「だよね。うん。それは本当、ごめんね。でも大丈夫、アリストは二度と襲わないから」
(アリストは……って、どういう事?)

 訝しげな顔をすると、ノエルからとんでもない一言が飛び出した。

「俺、女には興味ナイんで! これっぽっちも! だから安心してくれ」

 爽やかな笑顔でノエルは親指を立てた。告白した訳ではないのに断られた感じがして脱力する。

「じゃあ、気を付けて、さよならっ! ブラント、行くよ」

 人の好みにいろいろ言いたくはないけれど、関わり合いにならない方がいいと判断して一目散に逃げ出した。
 しかし次の日、ギルドに戦果を持ち帰るなり、ノエルが土下座で頼み込んできたのだ。

「頼む! 俺とパーティー組んでください!」

 初対面から最悪だったし、付き合う義理はなかったけれど、断ってもずっとついてきそう。

「……報酬は半々で」
「マジか! ありがとう! 報酬了解、助かる!」

 ノエルが笑い、強引に私の手を取って握手する。
 焦げ茶の髪を揺らし、ノエルは笑う。あまり印象は良くないので、私は顔を引き攣らせた。
 私に寄ってくる男性に、まともな人はいないらしい。


 そんな訳でノエルと嫌々ながらパーティーを組んでしばらくして、侯爵邸に来訪者があった。

「騎士団長がいらっしゃるの?」
「ええ、何でもこの辺りに災害級の魔物が出たからと言って、協力要請に」

 私と面識のある騎士団長は呪龍が出た際の魔物討伐で負傷して、退陣されたはず。今日来るのは新しく任命された方だろう。

「来るのは騎士団長だけ? 他の騎士の方もいらっしゃる?」
「聞いた話では団長さんお一人ですが、部下の方もお供されているかもしれませんね」
「そう。では大人数でも対応できるように準備をよろしくね」
「かしこまりました」

 アイラが執事に言付けを伝えに退室すると、私はふっと息を吐いた。

(さすがにお飾り妻人形に対応させるのはだめよね)

 わざわざ王都からいらっしゃるのだ。魔法人形だとばれたら侯爵家に迷惑がかかるかもしれない。
 文字通りお飾りとはいえ一応お世話になっている屋敷、居候として最低限はさせていただきたい。
 そして騎士団長たちがお出でになった日、エントランスで迎えた私はその方の姿を見て驚いた。
 クリス様の結婚式で話した濃紺の髪の人だったからだ。今日も柔らかな笑みを浮かべている。

「はじめまして、ではありませんが……改めまして。王宮騎士団長のヘルフリート・クロイツァーと申します。よろしくお願いします」
「ええ、よろしくお願いしますわ。私はアストリア。アストリア……、ディールスと申します」

 握手をしようと手を差し出すと、騎士団長は私の手を取り口付けた。

「……!」

 私は驚いて思わず手を引っ込めた。挨拶だとしても、こういうのには慣れていないのだ。

「すみません」
「いえ、こちらこそ、不躾にすみません」

 互いに頬を染め謝り合う。私が未婚なら良いけれど、一応仮初かりそめとはいえ夫がいる身。しかもここは婚家の屋敷だ。気を取り直して淑女の仮面を装着する。

「どうぞ中へお入りください。貴方、皆さんを応接室へ案内して」
「かしこまりました。皆様どうぞこちらへ」
「では、失礼いたします」

 執事に案内をお願いして騎士団の皆さんを邸内へ招き入れた。騎士団長の他にも三名付き添いがいたため、多めに準備をお願いして正解だった。

「それで、本日はどのようなご用件でしょうか?」
「災害級の魔物である爆炎龍が現れたと聞きました。私たちが来たのは討伐のためです。侯爵領所属の冒険者たちも討伐に赴いたと聞いています」

 騎士団長の言葉に私は頷いた。

「ええ、確かに爆炎龍が現れましたが、逃走しました。もうこの地にはいないのでは?」
「その時逃げた爆炎龍が再び現れるという情報が入ったのです」

 その言葉に私は息を呑んだ。災害級の魔物はただでさえ滅多に姿を現さないのに、一度逃げて同じ場所に出没するなんて聞いた事がない。

「ちなみにその情報はどこで?」
「王太子妃殿下から。先見の魔法で知ったようで、それを受けて我々が派遣されたのです」

 ぴくりと手が強張った。王太子妃殿下──すなわち、聖女エミリア様だ。先見の魔法は確かに存在する。私には使えないけれど、聖女様は使えるのか。

「なるほど、分かりました。冒険者ギルドに爆炎龍の討伐の協力を求めましょう。当時のリベンジをしたい人が集まるでしょうし」
「そうして貰えると助かります」

 前回は途中参加だったけど、今度はちゃんと討伐したい。皆が怪我をしないように。

「……お元気そうで何よりです」


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