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未来は明るいと思うのは自由だ。
しおりを挟む私は帰りの馬車の中で、何とか顔合わせまでに、拙いながらもセリフを覚えられた事に安堵していた。
このヒッキーである私が、初対面の役者さんたちに笑顔で挨拶をして、おやつを配れた。久しぶりの武装モードだ。
もう既にやりきった感があるのだが、道のりはまだまだ遠い。
本番までまだ1ヶ月半以上もあるのだ。
さっきの話だと、もしかしたらセリフを言いやすいモノに変えて貰えるかも知れないし、それなら何とか役者さんにさほどご迷惑をかけずに済むかも知れない。
このところずーっと心で「なんまんだぶなんまんだぶ」と唱えていたノミの心臓が、ようやく少し落ち着いた。
ああ、未来は明るい!
「………やっぱりだ………みんなリーシャに初日からすっかりやられてるじゃないか………だから俺は嫌だったんだ………」
横でダークがブツブツ呟いてるのを聞くと、どうやら妄想力までカンストしてしまいそうである。
ここは妻が真っ当な道に戻してあげなくては。
「あのねぇ、ダーク」
「うん」
「演技を見せる俳優さんっていうのは、綺麗な女優さんもたぁっくさんいる訳なの。分かる?」
「うん」
「もう数年で30になるような子持ちの人妻がね、モテるとか思ってるのは旦那だけなのよ。言われる方が恥ずかしいのだけど」
ダークがふるふると首を横に振り、
「今でも20そこそこにしか見えない。大体あそこにいた女優も含めてダントツでリーシャが一番可愛かった」
「身内びいきだってば」
「いや。リーシャは周りにキラキラした光が見えるようなんだ。オーラって言うのはああいう感じだろうかルーシー?」
向かいでクールな表情でカリカリとメモをしたためていたルーシーが顔をあげ、
「………左様でございますね。リーシャ様の場合は全ての女優が霞むほどの美貌でございますし、ここ暫くはわたくしがお風呂で毎晩オイルマッサージなどで磨きあげてますから、まあ並みの俳優程度では足元にも及びませんわね。
せいぜい降臨した女神に付き従う下僕と言ったところでしょうか」
「確かに霞んでいたウエストラインはマッサージのお陰でようやくクビレらしきものを発掘出来たけども!
女優が霞むほどの美貌なんか元から存在しないわよ。
ルーシーまで何なの、人を未確認生物みたいに」
「リーシャ様が一番霞んでおられるのは客観的な自己判断力の出来る眼かと思われますがそれはさておき、確かに稽古場にいた人物は、『びいせんの女神は美味しいお菓子まで作れる』『笑顔を向けられて息が止まるかと思ったいや実際止まった』『あの女神には死角が無いのか』とそれはもう陰で褒めちぎっておりましたし、一般的に見ても理想の女性のように思われているようですわ」
私は呆れた。
「死角がない?いや死角しかないじゃないのよ。ヒッキーで腐女子で薄い本作家で男の裸ばっかり描いてるマンガ家よ?
子爵夫人としてバレた途端におしまいなフラグ立ちまくりの人間だってこと2人とも知ってるでしょうに」
「「あれは素晴らしい芸術だ(です)」」
サラウンドでヨイショされることにヲタクは慣れてない。基本迫害される側の生き物だ。一生慣れるとも思えない。
耳を押さえてうー、とかあーとか言いながら悶えていると、ダークが頭を撫でながら口元を小さく綻ばせた。
「リーシャは褒められるとめちゃくちゃ照れるんだよな。そういう所が本当に可愛いんだ」
「昔からでございますわ。3歳からお側におりますし、それはもうありとあらゆる褒め言葉で楽しませて頂きました」
「………俺も結婚してからは常に側で見ているから、色んなリーシャの表情も心のアルバムに保存してるけどな」
「まあそれはそれは。
幼少から少女時代、そして現在に至るまで、わたくしの知らないリーシャ様がそうそうあるとは思えませんけれども」
ご機嫌な顔でのどかに会話をしているように見えるダークとルーシーだが、時々微妙にマウントを取り合おうとする様子が窺えて怖い。
「ま、まあとりあえずお芝居さえ終われば、また楽しいヒッキー生活に戻れるんだから、頑張らないといけないわね」
私は2人の間に割り込むように声をかけた。
「………そうだな。ずーっと屋敷に引きこもってくれた方が俺の心は平穏なんだが、妃殿下命令だし、頑張られてよりいっそうあいつらの心を鷲掴みにされるのも困るし………あちらを立てればこちらが立たずと言ったところか」
「どちらにせよ、舞台に上がるのは避けられませんから、どうせならリーシャ様と旦那様の恋バナを素晴らしいものに昇華させて幕引きをするのが宜しいかと」
「俺はともかくリーシャのいいイメージをより高めてくれたら嬉しいんだがな。
………いや、だがこれ以上いいイメージを持たれるとまた何が起きるか………」
「そうですわね。もどかしいとはこの事ですわ」
この2人は敵でもあり仲間でもある。
先程までのマウント勝負を放棄して、ダークとルーシーが話を弾ませるのを苦い顔で眺める。だがこの人たちがこんなヒッキーを甘やかしてくれるからこそ幸せな引きこもり生活が送れているんだと思うと、いい加減にせいとも言えず、私はただひたすら疲れて眠った振りをしながら、屋敷に辿り着くまで「自宅はよ」と求めるのだった。
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