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初顔合わせ。
しおりを挟む【役者:クレイトン視点】
役者生活12年。28歳。ニヒルな男前と呼ばれる顔立ちで、最近では人気もうなぎ登りのオレだが、今回はオレの役者人生の中でも最大の栄誉と最高の興味を湧かせる舞台がある。
この国には華やかな催しが足りないと王族が考えていたようで、3日に渡る王国主催の演劇イベントが2ヶ月後に急遽行われることになった。
観客投票で上位になった主演俳優や作品には国からなんと褒賞金まで出るという。
平民である役者としては箔もつくし、お金も稼げるという一石二鳥の素晴らしいイベントである。
何作か大人向けの戦争作品やら恋愛、冒険もの等が上演される。
子供たちだけの作品もあるらしい。
お忍びで王子が出演するとかの噂もあるが、王子が芝居に出るなんて信じられないし、まあ眉唾だろう。
そして、選ばれた役者仲間と思わず拳を握り締めたのが、ナスターシャ妃殿下が直々にお願いし、恋愛劇に特別出演として、リーシャ・シャインベック子爵夫人の参加が決まったと聞いた時である。
それも、どうやらシャインベック夫妻の恋愛話をベースにしているらしい。
身体があまり丈夫じゃないという事で、デビュタントから殆ど数回しか社交の場に姿も見せないうちに、不細工で有名な王国騎士団のシャインベック隊長………今は指揮官か………と付き合い出してしまい、町のカフェで店員が指揮官に無理に付き合わされてるんじゃないかと助け船を出そうとしたところ、『私が迫ってるんです!』と店中に広がるような声で反論し、シャインベック指揮官が固まったという逸話まである女性である。
以前から伯爵令嬢の中では、いや年頃の貴族女性全員を相手にしても比較対象がいないと言われる程の美貌の持ち主で、『傾国の美貌』だの、シャインベック指揮官と付き合ってる事で、物語の『びいせんの女神』の再来だとも言われ、不細工な奴らからは崇拝にも等しい感情を寄せられていた。
オレも町でいつかはお目にかかってみたいと思っていたが、いつの間にか結婚してしまい、現在では4人の子供もいるという。
未だに美しいという話ではあるが、女は老け込むのが早い。
もしかするとすっかり世帯やつれでもしてるのかも知れないが、だとしてもかつての美貌に想いを馳せるのもいいだろう、とちょっと心が弾む。噂のレディにようやくお目にかかれるのだ。
もし、年上の旦那では満足できず欲求不満な感じだったら、一晩お伴にして頂けるかも知れない。
閨のテクニックにはそれなりに自信がある。
それに貴族の、しかも傾国の美貌だの王国の奇跡と謳われた女性と演技をするなど生涯に1度あるかないかのチャンスである。
噂ほど美しくはないかも知れないが、それならそれで、パトロンになって貰えるよう目指すのもいい。
オレは、顔合わせの日を心待ちにしていた。
※ ※ ※
「リーシャ・シャインベックでございます。ど素人ですので皆様に本当にご迷惑をおかけしてしまうと思いますが、どうかよろしくお願いいたします」
初顔合わせの日。
オレはいつもより念入りに髭を剃り、身支度を整えて稽古場に赴いたが、入ってきたリーシャ・シャインベック夫人を見て、噂の方が控えめな場合もあるのかと呆然とした。
夜の闇のような漆黒の艶やかな長い髪。
濡れ濡れとした黒真珠のような美しい瞳。その瞳を無駄なシワのない綺麗な一重目蓋が彩り、小ぶりな鼻やピンク色の愛らしい唇、華奢で女性らしい柔らかなラインの身体つき、全てがパーフェクトである。
とても4人も子供がいる人妻には見えない。20歳位のご令嬢のようである。
後ろについている無表情な顔をしたメイドとは違い、役者連中に手作りのマドレーヌを配りながら微笑む彼女は、既にここにいる全員を骨抜きにしていた。
「くっ、クレイトンと言います!今回はメイクで加工してかなり不細………野暮ったい感じにしますが、騎士団の隊長を務めます。よろしくお願いします!」
旦那を不細工と言ってるようで不細工メイクと言うのは憚られた。不細工だけど。
シャインベック夫人が1つずつ袋に入ったマドレーヌを手渡してくれた時に、オレは必死に話しかけた。
「まあ。そうですのね?………体格が良いところが主人に似ておりますわ」
あんな不細工な旦那に似てると言われても嬉しかないが、以前町で見かけた時に、確かに身体は鍛え上げられてがっしりとしたモノだった記憶がある。
ご面倒かけますが、と深々とお辞儀をされ、髪の毛がサラサラと肩から滑り落ちてオレの膝に触れそうになり、心臓が跳ねた。
こんな綺麗で上品で優しげな女性がいていいのだろうか。
貴族には美しい女性が大勢いる。美容にお金を惜しみなく使えるのだ。年齢より若く見える女性だって多い。
ただ、自分の美貌を理解している人間は、概ね高飛車でもある。
そんな貴族が多い中で、これだけぶっちぎりの美貌なのに腰が低いし、高飛車な様子は全く見えない。
そもそも自分が周囲に与える影響を殆ど意識してないような気さえする。
自分をそれほどの美しさと思ってない?いやまさかそんなバカな事はないだろう。
ともあれ、平民である我々に気さくに語りかけてきたシャインベック夫人は、役者仲間から物凄い好感度をもって受け入れられた。女優ですら「なんて素敵な方なのかしら………」と呟いていたぐらいである。男優などイチコロだ。
その上、かなり練習してきたのか、ぎこちないながらもセリフは完璧に覚えている。演技は人並みだが、この美貌があれば敵なしだ。
しかし。
この台本の侯爵令嬢がどうも傲慢すぎて、モデルとは真逆なのである。
台本だけ先に読んでた時には貴族なんてこんなもんだろと思っていたが、あまりにもシャインベック夫人と違いすぎて、違和感がある。
本人も演じにくそうに見える。
「これさあ、もう少し控え目な女性にしたらダメかな?」
演出家のミラーに聞いてみると、どうやらミラーも同じように違和感を感じていたらしい。
「………すみません、私が下手なばかりにご迷惑を………」
ふわりと土下座しそうなシャインベック夫人を、ガシッと後ろからメイドが腰を掴んで止めている。
「いえ、シャインベック夫人のせいじゃないんですよ!物語のイメージ的な問題ですからっ」
今夜にでも作家に確認取ってくるよ、とミラーが約束してくれ、その日はお開きになった。
「宜しければ屋敷までお送りしましょうか?」
オレは勇気を振り絞ってシャインベック夫人に声をかけた。
少しでも親しくなりたかったからだ。
「あの、でも主人が迎えに来てくれると申しておりましたので大丈夫です。わざわざありがとうございます」
思わず舌打ちしそうになったが、あの仏頂面のメイドが、
「旦那様が迎えに来られました」
と囁くと、ぱああっ、と花が綻ぶような笑顔になり、入ってきた騎士団の制服姿のシャインベック指揮官を見て、オレに
「それではまた明日。失礼致します」
とお辞儀をすると、嬉しそうに旦那へ歩み寄って行った。
「ダーク、ありがとう迎えに来てくれて。でも詰め所からは遠回りでしょ?いいのよ無理に都合つけてくれなくても」
「………いや、大した手間じゃない」
そう言いながらオレの方に歩いてくると、彼は頭を下げた。
「妻は演技などしたことがないので、色々とご迷惑をかけると思いますが、何卒宜しくお願い致します」
「いえっ、こちらこそ失礼のないよう気をつけます」
立ち上がりオレも頭を下げた。
旦那も子爵位の割には気取ったところが全くない。
以前見かけた時には、びっくりする位に不細工だと思ったものだが、年を取ったせいなのか、今はそんなにひどいご面相とは思わなかった。
帰って行くシャインベック夫妻の後ろ姿を見ながら、
「………ダメだなこりゃ………」
と苦笑した。
結婚して10年近い夫婦なら倦怠期が来てたり不仲になったりすることもあるだろうと期待していたが、あそこの夫婦はどう見ても倦怠期のケの字も不仲のフの字も見えない。
どう考えても、オレにつけ入る隙はなかった。
少々がっかりしたが、ああいう貴族もいるのかと思うとこの世の中もそう悪くないな、と思えてきて貰ったマドレーヌをぱくりと口に入れた。
「………うっま!何これうっま!」
これどこに売ってるんだろう?町を出る時に絶対土産に買っていこう、と考えていたら、
「それな、シャインベック夫人の手作りらしいぞ」
帰り支度をしていた役者仲間が声をかけてきた。
「マジかよ………羨ましいな旦那………」
「本当になー………」
オレたちは顔と若さだけなら旦那に勝ってると思うが、シャインベック夫人の旦那に対する姿は【旦那にしか興味ない】という表情だった。あんな素敵な女性にあそこまで惚れられたら男として本望だろう。
「「………」」
それでも、もげればいいのに、と1度位は思ってもバチは当たるまい。
「飲みに行くか」
「………そうだな」
オレたちは立ち上がると、稽古場をあとにするのだった。
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