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帰宅だ帰宅だ。

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「………ギュンター兄上が、本当に申し訳ありませんでした!」

 ジークラインが土下座をした。
 隣には艶々したスッキリ顔のギュンターが正座している。
 あの、なんか俺はやりきったぞ感が腹立たしい。



 着替えた私はダークとルーシー、アレックと共に、別室の居間のソファーに座っており、目の前には床で土下座をする隣国の次期国王とその王弟。

 よそ様には絶対見られたくない状況である。誰もこんなエクストリームモード頼んでない。


「ーーまあ、ご事情は大体解りました」

 ダークが答えた。



 どうも、拐われた時の馬車を見ていた人がいて、以前隣国の訪問の際に警備でよく見ていた馬車の紋章からここが分かったらしい。

 数年前のあの件があったので真っ先にジークラインの所へ行ったみたいだけれど、まだまだよねダーリンも。
 あー、クロエの件もまだ知らないのよねそういえば。

 ………ほんっとうに言いたくないんだけれど、これ言わないと私がわざわざこんなことした本当の理由が分からないだろうし。

 帰りの馬車で打ち明けよう。
 軽くさらっと。さらさらっと。


「奥方を拐かすような真似をして悪かったシャインベック管理官。
 だけど、本当に切羽詰まってたんだ。男なら分かってくれると思うけど。この先の人生が掛かってたと言ってもいい位の重要事項だったんだよ」

 偉そうに理解を求めて来てますけど、インポ治したいために単に好みだからってだけで他国の人妻拐ってますからねアナタ。
 王族でなきゃ間違いなく投獄コースですからね。

「それにしたって、いきなり家族が拐かされたら誰だって驚きます。
 自分も必死で行方を追いました」

「それについては弁解のしようもない。
 ただ、明日にはもう帰国をしなくちゃならなかったし、実はこういう理由でね、と真実を話しても素直にはいそうですかと来てくれたかい?」

 眉を下げつつ、ギュンターがダークを見つめた。

「絶対にお断りします」

「だろう?だったら無茶をしてでも来て貰うしかないじゃないか」

 何ですかその強引な理論。断られたら諦めるって選択肢はないんかい。

「シャインベック夫人も僕の立場に同情して進んで協力を申し出てくれたんだ。
 彼女にはもうこれから一生感謝し続けるほどの借りが出来たと思っている。
 完治出来たのは奥方のお陰だ。
 このピンヒールで踏みつけられた胸に残る傷痕を見るたびに、シャインベック夫人の蔑みのこもる冷えきった眼差しを思い出してしまうほど、迫真の演技だった………」

 何うっとりした顔してんのよ。
 本当に蔑んでたのよ。
 あれは演技じゃないわよ。

 私は心で訴えた。
 まあ言えないけども。


「完治したのは結構なお話ですが、妻の事は秒で忘れて下さい心底迷惑です」

「あはははっ。いやごめんごめん。本当に愛してるんだねぇ。………ま、しょうがないか。こんな稀に見る美貌だもんねえ」

「ふっ、ご存じないでしょうが、妻は外見より中身の方が比べようもなく美しいのです」

 私は飲んでたアイスコーヒーを吹き出した。

 王族に向かって堂々と妻自慢してどうする。
 嬉しいけど。確かに嬉しいけどもだ!


「ダ、ダーク、誤解が解けたなら良かったわ。もう問題は解決したのだし、早く屋敷に帰りましょう!」

 私はダークを引っ張り立ち上がる。
 そして下僕もといギュンターを見る。

「ギュンター殿下。お分かりかと思いますが、これは今回限りのワガママでございますわよ?
 誓約書も頂いておりますので心配はしておりませんけれど。
 二度と人を拐かすような真似は、王族として、いえ人としてお止め下さいませ」

「分かってる。本当に本当にありがとうシャインベック夫人。この恩は忘れない!
 もし今回の件で夫婦に決定的な溝が出来るような事があればいつでもこちらに連らーー」

「我が家は常に円満ですのでご心配は不要です。それではそろそろ失礼致します」

 ダークが被せるように言い切ると私を引き寄せ、

「帰ろうか我が家に」

 とルーシーとアレックにも声をかけ、別荘を後にした。



※   ※   ※



「………だからね、もうやらざるを得ないと言うかね………」

 帰りの馬車で、私は、王妃か王弟の嫁かで心を痛めた辛い胸の内をダークに語っていた。

「クロエが?まさかそんな!………本当の事なのか?いや、嘘ついても仕方ないよな。
 だがよりにもよってジークライン王子とは………」

 信じたくないといった顔で頭を抱えた。

「あの子はどうやら男性の好みが私と似てるみたいなの。まあ変態殿下と比べたら、真面目で誠実で頭のキレる常識人じゃない?優しいし」

「アレと比べたら大概の人間は真面目で誠実で常識人だろう。それに幾つ歳が離れてると思ってるんだ。ロリコンじゃないか」

「未遂未遂。18までは嫁に出す気もないし、手も出させないわよ。
 それにクロエが他の男性を好きになったら潔く身を引いて下さるそうだし。
 それに忘れてない?私とダークだって14違うのよ?19違いと大して変わらないわよ」

「いや、10歳ちょっとと言うのとほぼ20歳の違いはでかいだろう?
 待て待て待て、まだ確定した話でもないのにこんな話をしてもだなっ」

「………ねえルーシー、貴女はどう思う?」

 私は吐息混じりに話を振る。

「『おーじさま、きれー』からのお嫁に来るかい?→『あい!』からの文通コンボでございますからねえ………8割9割確定かと」

「ルーシー!お前までそんなこと言うのか?」

「リーシャ様が、逃げ回る旦那様を捕まえるまでの諦めの悪さといったらそれはもう大変でございましたし。
 そのリーシャ様の血を色濃く受け継いだお嬢様ですから、正直申し上げて一点集中タイプ以外有り得ませんわ。
 今回は、王妃の可能性はほぼ無くなったぜいえーい、ぐらいの軽い気持ちでおられた方が精神的に宜しいかと」

「そうよねぇ。
 銀行ならば、王族積み立て15年満期ってところかしらね。
 まあ逆に捉えれば、まだ15年は時間に余裕があるってことよ。心変わりだって、まぁその、絶対にないとも言い切れないし」

 夢を見るのは自由である。


「いざとなれば子供の誰かに素行不良にでもなってもらって王家に相応しくない家柄という流れへするするっと………」


 正義感の強い真面目なカイルには無理か。
 あれパパ譲りだからなー。騎士団に入りたいとか言ってる子に非行を勧めるのもなあ。

 ブレナンは………ヤツは駄目だ。
 先日5歳の誕生日を迎えたのが嬉しかったようで1日ずっとご機嫌だったから、

「少し大人になったのが嬉しいの?」

 と聞いたら、

「これでいくつ?ってきかれたときにゆびまげなくてすむから」

 とのたまったグータラだ。成長したところで、あの子にアグレッシヴな非行などというドラマを求めるのは不毛な気がする。

 アナは正直読めない。
 本能のままに動く野性児に近いので、その日その日で興味も異なる。

 ミミズがご飯を食べるところをみたい、と延々観察しているかと思えば、次の日にはジュリアが食事の支度をしているところを飽きもせず眺め、「おー」とか「ほー」とか感心してたりする。

 まあこのまま成長すれば非行少女というより奇行少女だろうが、可能性から言えば一番期待できるかも知れない。

 クロエは私と同じで家の中で絵本を読んだりお人形で遊んだりするのが好きなヒッキー体質だしなあ。難しいわねえ。

 私は頭の中で色々考えて見た。

「でも、あの子たちが幸せなら、それが一番なのよねえ………」

 ポツリと呟くと、ダークも頷き、

「………そうだよな」

 と返す。

「とりあえず、私はお腹がペコペコだわ」

 もう夜も9時を回っていた。

「子供たちは?」

「さっき帰った時は疲れたのか飯も食わずに爆睡してた」

「せっかく優勝祝いですき焼きを作ろうと思ってたのに………あの変態のせいで予定が台無しだわ」

 私は舌打ちした。

「リーシャ様、あの頂いた最高級ステーキ肉があるじゃありませんか。ステーキもお祝いっぽくて宜しいのでは?」

 ルーシーが思い出したように私に告げた。

「あの変態からだと思うとなんだけど、人に罪はあれども肉に罪はなしよね。
 ダークもお腹空いてるわよね?
 一緒にステーキ食べない?」

「勿論だ。………その………」

「ん?」

「心配させたお詫びに、あ、あーんでもいいんだが」

 だからその美貌で照れるな。さらっと言ってくれないとこっちも対応に困るのよ。

「そ、そうね。心配かけたものね!
 ダークが嫌でなければ喜んで」

「………おう」

「リーシャ様に旦那様、こちらに生暖かい風が来るのでイチャつくのは屋敷に戻ってからにして頂けますか?」

「っ、すまんルーシー」

「いえまあ空気のように違和感なくご一緒出来るという栄誉でもございますので、個人的には宜しいのですが」

「違和感なくって、ルーシーも家族じゃないの!20年以上も一緒なのに何を言ってるのよ」

 私はてしてしルーシーを叩いた。

「貴女が居ないと私は生きていけないんだから」

「リーシャ様のそういうダメ人間なところもわたくしのツボでございます」

「………リーシャ、俺、は………?」


 大人げない。40間近のオッサンが拗ねるな、クソ可愛いから。

「当たり前でしょう。子供たちも居なくなったら生きていけないけど、一番はぶっちぎりでダークよ。寝たきりになってもボケてもいいから長生きして頂戴ね。私若いからかなり頑張れるし」

「今から寝たきりとかボケてもとか言うな。俺は絶対に健康で長生きする」

 ダークは少し眉根を寄せたが、ご機嫌は直ったようである。




 そして、ステーキの予定は、屋敷に戻るとちょうど目覚めた子供たちが早寝し過ぎて起きており、お腹が空いた♪とふんばば踊りをしていたので、当初の予定通りすき焼きになった。

 ステーキではなかったが、約束通りあーんをしてあげたら、子供たちも次々と鳥のヒナのように口を開いたので、私はすき焼き奉行としてせっせと『5人』の子供たちに餌付けをするのだった。



 本当に、長い長い1日であった。



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