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ゴシップ
しおりを挟む家にいて出来ることといえば、料理か、お菓子を作るくらいだった。
とはいえ、料理の腕を奮っても食べてくれる人などいないから、焼き菓子を作ることにする。
悠兄ちゃんには会えなくても、お菓子を作って送るくらいなら、ばれないだろう。差し入れとして少し多めに送れば、編集長さんやキースさんにも食べてもらえるかもしれない。
そんなことを考えながら、生地を丁寧にこね、オーブンに入れる。
焼き上がるのを黙って待っていると気分が沈みそうな気がして、私は、あえてリビングのテレビを点けてからソファに座った。
バターと小麦粉と砂糖の焼ける甘い匂いが家の中に広がってくる。
時折り庭に遊びにきた小鳥が可愛らしい鳴き声でじゃれあうのが聞こえた。
外の風はまだひんやりしているけれど、日の当たる室内は、少し汗ばむくらいの暑さの――穏やかな午後。
(そろそろソファカバーをムートンからレースに変えようかな)
などと次の行動を考えながら私は、何気なく、CMから切り替わったばかりのテレビの大げさな効果音に意識を移した。そこでは、番組の司会者が深刻な顔で次のニュースを伝え始めている。
平日の昼間のニュースといえば、たいていは芸能関係だ。深刻そうにとはいえ、一般人にとってはどうでもいいようなつまらない話題が多い。
もともとそういうものに興味はないが、余計なことを考えなくていいという点では、芸能ニュースは、暇つぶしにもってこいだ。
しかし、そこで流れてきたニュースに、私は目を瞠った。
『……関係者の話によりますと、平迫マリアさんは、先週行われていたある雑誌の創刊記念パーティ会場で、プールに落ちた人物を助けようと自ら飛び込んだ後、ずぶ濡れの状態で救急車で運ばれたという事です。マリアさんは当時妊娠四ヶ月とのことで、もう少しで安定期に入るというところでしたが――』
テレビの中では、産婦人科の前で少し年配の女性リポーターがマイクを握り、時折手元のファイルを確認しながら神妙な顔でレポートしている。
右下のテロップには、『平迫マリア 流産していた!?』と書かれていた。
――先週の、雑誌のパーティで――プールに飛び込んだ――妊娠四ヶ月――
先週のパーティというのは、悠兄ちゃんに連れて行ってもらったあのパーティだろう。そしてプールに落ちた人物というのは悠兄ちゃんと私だ。
もし、このニュースが本当だとしたら、あの時、マリアさんは妊娠していたにもかかわらず、冷たい水に飛び込み、それが原因で流産した、ということになる。
頭の中が、強く殴られたようにくらくらした。
『――父親に関して、公式発表はされていませんが、噂では、先月熱愛報道のあったモデルのユウヤさんではないかとも囁かれています。現在マリアさんは、都内の病院に入院中。詳しいことはよく分かっていません』
私は、無意識のうちに受話器を持ち上げていた。
けれど、悠兄ちゃんの携帯電話の番号を思い出しはじめたところで、私は、受話器のフックを押さえる。
電話して、何を話すというのだろう。
マリアさんが流産って本当?
マリアさんが妊娠していたってのは?
父親は、悠兄ちゃんなの?
――そんなことを問い質して、何になるのか。
それから数日、私はじっくり考える暇のないよう、動き回っていた。
お義父さんからの自宅謹慎が解かれて、真っ先に行ったのは、パスポートセンターだ。会うことは禁止されたけれど、それでもどこかで悠兄ちゃんと繋がっていたくて、以前、話の流れで話題になったパスポートの申請に行った。
持っていれば、悠兄ちゃんとの旅行でなくても、一人で、誰も知らない国へ行くことができる。千尋を誘って、颯太君のいるオーストラリアもいいかもしれない。これさえあれば、思い立った時に、いつでも日本から逃げ出すことができる。
それから、千尋を誘ってお茶をしたり、ウィンドウショッピングに出かけたりもした。
とにかく、何かやるべきことを探してそれに取り組んでいなければ、悠兄ちゃんとマリアさんのことが頭の中を占有し、最後には海の泡となって消えてなくなりたい気持でいっぱいになるからだ。
見慣れない番号から自宅に電話があったのは、マリアさんのニュースを知ってから十日ほど経った頃だった。
いつもなら、用心して出ないところだけれど、泡となって消えてもいいと思っている女が用心したところで、何になるというのか。
それに、誰かと話していれば、気が紛れる。
『アーヤ、元気にしてる?』
電話の相手は、その呼び方と、わずかに女性っぽいイントネーションの男性の声ですぐに分かった。よく通る明るい声が、それだけですこし私の気持ちを上向きにしてくれる。
「キースさん?」
ピンポーンと、彼は受話器の向こうで明るく答えた。
『覚えていてくれて、嬉しいわ』
「どうして、うちの番号をご存知なんです?」
『ユウヤを脅して聞きだしたの』
何とも物騒な言い回しだけれど、パーティでの二人のじゃれあいを思い出して、心が緩む。その緩んだ隙間に、悠兄ちゃんの名前がするりと入り込んだ。
「悠兄ちゃんは、どうしてますか?」
訊きたいことはもっと他にもあった。でも、キースさん相手にどこまで訊いていいかわからない。
『どうって……ねえ、それについて、相談があるんだけど、これから出てこられる?』
ちょうど、千尋が颯太君の見送りで成田に行ったから、何をして過ごそうかと思っていたところだ。断る理由はない。
私たちは、三時間後に都内のカフェでキースさんと待ち合わせて通話を終えた。
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