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 一睡も出来なかった。
 朝が来るのが怖くて、ベッドの中でスマートフォンの時計をじっと見つめて、色んなことを考えて涙をこぼした。

 でも、やっぱり朝は来てしまって。
 今日は土曜日、会社は休みだ。

 着替えを済ませて寝室から出ると、暖人はるとがもう、あの日、僕の家に押し掛けてきたあの日、たったスーツケース一つでやってきたそのスーツケースに、荷物を詰め終えていた。

「おはよう、葵晴あおは

 暖人の目が赤かった。
 泣いたのかな? 寝てないのかな? 僕と、同じ気持ちだったのかな?

 そんなことを考えて瞳が滲む。

「……暖人、おはよう……。もう、行くの?」

 暖人が、立ち上がった。
 玄関へと続く扉の前で立ち止まって、こちらを振り返った。

「なぁ、葵晴……。未練がましいけどさ。俺のことは忘れろって言ったけどさ。葵晴は、これからもっとすげぇイイ奴と出会って幸せになると思うけどさ、俺はずっと葵晴を愛してる。俺は、きっとこの先、もう葵晴しか見れねぇから。だから……なんかあったら、ほんとに遠慮なく連絡して来いよ? 助けて欲しかったらいつでも連絡して来いよ?」

 暖人の指がドアノブに触れる。
 途端、僕の瞳から堰を切ったように涙がこぼれ出して。

「待って、暖人……最後に、触るのを許す」

 ドアノブに触れる暖人の手が震えていた。
 そっと、僕の傍まで近寄って、ぎゅっと抱きしめた。

 唇に、掠めるだけの口付けが落とされる。
 もっと、もっと深く欲しいよ? もっと、もっと暖人が欲しいよ?

「元気でな、葵晴。六年間、本当に幸せだった。愛してる」

「僕も……幸せだった……。好きだよ……暖人。でも、僕はもう裏切られるのが怖いから……ごめん」

 暖人が、僕の頭をクシャクシャッと撫でた。
「わかってるって。全部、俺のせいなんだから。葵晴は謝んな」と言って、もう一度ぎゅっと抱きしめられる。

 そっと身体が離れて。
 今度こそ、暖人はドアノブを回した。

 もう、見えなくなってしまった暖人に、もう、会えなくなってしまう暖人に、身体が重心を支えていられなくなって。

 僕はそのまま床に座り込んで嗚咽をこぼした。

 バイバイ、暖人。
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