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 走って、屋上へ向かった。
 僕が消えてしまえば、それで全て事は丸く収まるんじゃないかと思った。

 暖人はるとへも、来栖くるす先輩へも行き場のない、埋まらない孤独を抱えて生きていくのがもう苦しくて堪らなくて。

 僕が消えてしまえば、もうこんなマイノリティな自分に悩む必要も、苦しみも、何もかもから解放されるんじゃないかって。

 でも──。

 走って辿り着いたテナントの屋上へ続く扉は、施錠されていた。
 ズルズルと、扉に背を預けて床に座り込んだ。

 堪えきれない涙がこぼれ落ちる。

 わかってた。わかってた。
 来栖先輩にとって僕はセフレなことなんて、初めからわかってた。暖人から守るなんて言葉も、ただの敵対心だってわかってた。

 それでも、傍にいようと願ったのは僕なはずなのに、自ら望んだことなのに、どうしてこんなに胸が苦しいんだろう。

 屋上の扉の前で体育座りをして、腕に頭をうずめて止まらない涙を流しながら縮こまっていると、不意に温かな腕にフワッと包み込まれた。

 匂いだけでわかる。
 何も言葉を発しなくても、匂いだけでわかる。

「……暖人。来栖先輩を殴ったらダメだろ」

 暖人が、僕の頭をぎゅっと抱きしめた。
 頭頂部に顎を乗せられて、心地の良いその重量感に身を預けた。

「なんで、こんなとこにいる? 葵晴あおは、何を考えた? 許さねぇよ? そんなん」

「僕が、消えてしまえば……全部終わる。暖人に裏切られた辛い心も、来栖先輩に届かない辛い想いも」

 頭頂部に乗せられていた心地よい重量感が消える。

 同時に、唇を塞がれた。
 フッと掠めただけで離れていくそれに心許こころもとなさを感じる。

 熱い舌で僕の舌を絡め取って欲しかった。何も考えられなくなるくらい、呼吸も出来なくなるくらい、深い深い口付けが欲しかった。

「今日もアイツんとこ行くのか?」

 少し間を置いてコクリと頷く。
 だって僕の逃げ場は来栖先輩しかないから。

「行くよ……。どんな抱かれ方でも、セフレって言われても、僕と居てくれることには変わりない。僕の逃げ場だから……」

 暖人が溜め息を吐いた。
 僕の、右手をぎゅっと握ってくる。

「それって逃げ場になってんのか? ますます傷ついてるだけじゃねぇ? 何で、葵晴はそんなに自分を傷つける? 本当に、アイツと居て楽になってんのか? 気休めになってんのか?」

 また、コクリと頷いた。
 暖人が憐れむような視線を僕と絡めた。

 僕の、嘘つき──。
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