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 家に着いて、暖人はるとがやっと僕の手首を離した。
 強く強く握られていたせいで、真っ赤に手跡がついていた。

 玄関で、靴を脱ぐ間もなく口付けられる。
 強引に唇を割られ、舌を結び付けられ咥内こうないを乱暴に掻き乱され、呼吸さえままならず「ふっ……」と唇の間口から吐息をこぼすと暖人が唇を離した。

 そのまま、ぎゅっと抱きしめられる。
 僕はまた、三ヶ月前の癖で暖人の背に腕を回そうとしてしまった自分がいることに気づいて焦る。

「もう、僕に触るなって言ったよね?」

 なのに、暖人はますます僕を抱きしめる腕に力を込めて。
 視界が、じわじわじわじわと霞み出す。なんなんだよ、何で、そんな今更、優しく抱きしめるんだよ。

葵晴あおはをアイツに渡したくねぇ」

「心配しなくたって、僕は来栖くるす先輩のものにはならないよ。来栖先輩はゲイじゃない。僕は、暖人に裏切られたあの日から、もう一人で生きていくって決めたから……だから、邪魔しないでよ」

 暖人が僕の腕を思い切り引いた。
 すぐにリビングに続くドアを乱暴に開けて、僕をソファに縫い留める。

「強がんなよ。俺は葵晴を一人になんてしねぇ。俺と居ろ」

 言いながら、真剣な瞳を絡ませてきたけれど、でも──。

「暖人に僕の気持ちなんてわかんないよ……暖人は、六年も僕と一緒に居てくれたけど、きっと暖人が浮気しなくたって僕たちは別れてた。暖人も来栖先輩もゲイじゃないから、ずっと僕となんか居られない。常識的に考えて、男同士でずっと一緒になんかいられない。世間の目に怯えながら生きていくことになる。僕は一人で生きていくしかないんだ。だったらもう、中途半端に優しくしないでよ。期待させないでよ。暖人に裏切られて、独りになって、それが身に染みたんだ」

 押し付けられていた肩が解放される。
 暖人が僕の足元でソファにゆっくりと腰かけて項垂れた。

「俺……ほんと、何やってたんだろうな……。葵晴をそんな考えにさせちまって……ほんと、最低だ……。でも俺、好きなんだよ……葵晴が。常識的ってなんだよ? 世間の目ってなんだよ? 俺はジジイんになったってずっと葵晴の傍にいたい」

 それだけ呟いて僕の手を握った。
 涙がこぼれて、指が少しだけ震えた。暖人がそれをぎゅっと握った。

 ジジイになってもずっと僕の傍にいてくれる?
 こんなマイノリティな僕の傍に?

 裏切られて散々苦しんで、勝手に戻ってきて、また僕はたくさんたくさん傷つけられているのに、その言葉が嬉しい僕はなんだ。

 幸福な気持ちがトクトクと規則正しい鼓動を刻む心臓を中心に、身体中に広がっていく僕はなんだ。

 僕の気持ちはどこへ持っていけばいいんだろう。
 暖人にやわに縋りつくことも出来るけれど、僕はもう裏切られたくないし、来栖先輩への気持ちが確かにあるのに。

 こんなに心が惑う僕はなんだ──。
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