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「え……? 椎名しいなが……?」

 来栖くるす先輩が呆然と僕を見つめていた。
 僕は次第に瞳が滲み出して、思わず席を立ちあがった。そのまま何も言えずその場を立ち去った。

 店の自動ドアをくぐって外に出て少し走った瞬間、手首を握られて。
 
 振り向くと暖人はるとが立っていた。思い切り睨みつけてやると暖人が真剣な眼差しを僕に向けた。

「なぁ、葵晴あおは。俺は本気なんだ。俺にしとけって」

 力を込めて暖人の腕を振り払う。
 絶え間なく涙がこぼれてきて、それを手の甲で何度も何度も拭うけれど、全然止まってくれなくて。

「酷いよ……暖人……。僕は、来栖先輩とどうこうなりたいなんて思ってない。暖人とやり直す気だってない。僕は、こんな性的マイノリティな僕は、一人で生きていくって決めたんだ。暖人と別れたあの日から。なのに、何でこんなことするの? 何で?」

 暖人がぎゅっと僕を抱きしめた。
 誰か見てるだろ、やめろよ、と思うのに、三ヶ月前まで当たり前に存在していたその温もりに、ますます涙がこぼれる。

「好きなんだ。葵晴が。忘れらんねぇんだ。葵晴だって、俺のこと忘れてねぇだろ?」

 忘れられてないよ。
 だって六年も僕を繋ぎ止めたんだから。六年もずっと一緒にいたんだから。ずっと愛してたんだから。

「ずっと愛してたよ……でも、幸せだと思ってたのは僕だけだった。暖人は、僕と居て幸せじゃなかったから裏切ったんでしょ?」

「そうじゃねぇよ。俺がどうかしてたんだ。俺だって幸せだった。葵晴を裏切って本当に悪かったと思ってる。でもやっぱ葵晴が好きなんだ。忘れられねぇんだよ。葵晴だって忘れられてねぇだろ? だから泣いてんだろ?」

 違う。僕が泣いてるのはそんな理由じゃない。
 来栖先輩に、僕の気持ちを悟られてしまって、もうあの優しい来栖先輩が遠ざかってしまうのが悲しいんだ。

「僕は、来栖先輩をただ見つめるだけで十分だった。それで、暖人のことを忘れられたらって思ってた。なのに、何でそれまで壊すの? 暖人は、どこまで僕を傷つけるの?」

 そこで、急に暖人の身体が離れた。
 霞んだ瞳で驚いて暖人の背後を見ると、来栖先輩が思い切り暖人の肩を剝がしていた。

「その辺にしなよ。本当に、日高ひだかくんはどこまで椎名を傷つけるつもり?」

 暖人が、来栖先輩を睨みつけた。
 僕の手首をぎゅっと握りしめて無言で歩き出す。

「ちょっと! 暖人! 離して!」

「離さねぇ。葵晴は俺のもんだ」

 僕は後ろを振り返って来栖先輩と視線を絡めた。
 来栖先輩が僕たちをじっと立ち尽くしたまま見つめていた──。
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