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「おはよう、椎名しいな。どうした? 顔、暗いよ?」

 僕──椎名 葵晴しいなあおは──の頭にポンと大きな手の平が乗った。
 その温かな手に心臓が胸の外へ飛び出しそうに大きく跳ねて、僕はたちまち頬に熱を集めて俯いてしまう。

「おはようございます、来栖くるす先輩」

 挨拶をすると、僕より四つ年上で三十一歳になる先輩──来栖 希くるすのぞむ──に頭をクシャクシャと撫でられて、ますます心拍数が上がってしまう。

 ──そう、僕はこの先輩に恋をしている。

「椎名、何かあった?」

 来栖先輩は僕の異変にすぐに気が付いてくれる。
 暖人はるとと別れた時だって、憔悴しきった僕を飲みに連れ出してくれて、朝まで話を聞いてくれた。

 それから三ヶ月の間にどんどん親しくなって。
 僕は来栖先輩のお陰で少しずつ暖人を忘れることが出来たと共に、来栖先輩に惹かれていった。

 もちろん、別れたのは“彼女”だと告げている。

 どんなに良い先輩でも、僕はさすがに自分がゲイだなんて言えない。
 まして、来栖先輩は正真正銘のノンケだし、一年前まで彼女がいたことも知っている。

 暖人の時は若かったから、勢いでゲイだと言えたけれど。
 さすがに僕もこの歳になって、ましてや職場の先輩にそんなことは言えるわけがない。

 秘めたる想いとして、ずっとずっと心に留めている。

「はい……ちょっと……」

 今朝、朝食を作って送り出してくれた暖人のことを思うと視界が霞みそうになる。今更、僕は暖人とどう接していけばいいのか、これから暖人はこの会社に新入社員として入ってくるのにどう接したらいいのか、ずっと考えている。

「どうした? 言ってみなよ?」

 僕はちょっとだけ来栖先輩を窺い見て、ポツリとこぼした。

「別れた元カノが、僕とヨリを戻したいって家に押し掛けてきました……昨日……」

 来栖先輩が神妙な顔を見せた。
 もしかしたら、来栖先輩が妬いてくれないかな、なんて、あり得もしないことを考えてしまう程度には、僕は来栖先輩が好きだ──。

「今日、昼飯でも一緒に行く?」

 その言葉に、僕の胸が高鳴った。
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