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「うったくん!」

 翌日、閉店後シャワーを浴び終えた真夜まやが俺の腕に絡みつくように身体を寄せて、なんなら半ば抱き着いてくる。

 他のキャストの目ももちろんあるのだが、そこはもう皆慣れてしまっているのだろう……誰も奇異の目を向けてくる者はいないし、真夜が俺にべったりなのは周知の事実だ。

 甘い芳香を漂わせている真夜はにこにこと俺の顔を覗き込んでくるが、昨夜は九条くじょうさんの前でこのような笑顔を見せていたのかと思うと腹が立つ。

「さっさと支度しろ、帰るぞ」

 真夜がキョトンとブラウンの瞳をまたたかせた。

「どうしたの? 何か機嫌悪くない? しかも帰るぞ……って、俺、宇大うたくんの家にお持ち帰りされること確定? 一昨日はあんなに嫌がってたのに。何かあった?」

「――別に……何もない。真夜は嫌か?」

「いや、嬉しいよ? でも何か拍子抜け? もう宇大くん堕とすの秒読みって感じ?」

(誰が落ちるか……誰が。しかしこの胸にわだかまる気持ちは半分くらい堕ちているのか……? この俺がよりにもよって男に? しかしホイホイ堕ちたとは思わせたくない! 俺にも俺のプライドってもんがあるからな)

「誰が堕ちるか。今日は俺に指一本触れさせないからな」

「えー! また宇大くんの男童貞奪おうと思ってたのに!」

 その言葉に、さすがに着替えをしている他のキャストたちの視線が集まって、慌てて「声がデカい!」と真夜の口を塞ぐ。

 真夜が可笑しそうにクスクス笑って「もう、宇大くんったら初心うぶなんだから」なんて声を潜めて流し目を寄越して見せた。

 そのブラウンの瞳が俺の前では濡れた黒い瞳になることに優越感を覚えると言ったら俺はおかしいだろうか。

 ――ま、九条さんにも見せてるんだろうがな……。

 やっぱり九条さんに嫉妬のような感情を持ってしまう自分の気持ちがよくわからなくて、俺は密かに溜め息を吐いた。

(俺は応えられるかわからないけれど、でも真夜は俺に付き纏って欲しい……なんて矛盾してるよな……)

「ほら、行くぞ」

 さっさとロッカーを閉めた俺に真夜は嬉しそうに、何か見えない尻尾のようなものを振って見せるから――。

(あー……、ヤバい。俺の尊厳が失われていくようだ……真夜は男……真夜は男……)

 心の中で何度も復唱してしまうくらいには、どうやら俺は真夜のことを危ない方向に意識しかけているのかもしれなかった。
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