上 下
43 / 109
調律

43.元社畜と冒険者の魔法検証

しおりを挟む

※若干の流血表現があります





 普段、一人では絶対に奥に立ち入るなと言われているヴェルガーの森の結界の先だが、ヒースさんと一緒なら問題ない。さくっと魔獣を倒してくれる。わーい、お肉ゲットだぜ。

 人の手が入っていない道なき道なので、ちょっとごつごつとして歩きづらい。見かねたヒースさんが、手を引いてサポートしてくれる。
 うう、お世話になります。子ども扱い再び……のはずなんだけど、私が木の根っこに躓くたびに、くすりと笑うヒースさんの表情が優しくて、やたら甘く見えるのは何でかな。さっき色気を浴びてしまったからだろうか……。

 そんなこんなどぎまぎしつつ、お昼ご飯を食べ終えた私たちは、えっちらおっちら森の奥の開けた場所までやって来た。

「さて、一度魔力の状態を視ますね」

 その場に立ってもらい、私はヒースさんの魔力を確認する。
 器からの漏れなし、魔素マナの吸収はそこそこしているけど、上限にはまだ余裕ありって感じだ。回路パスを巡る魔力の流れもスムーズ。
 時間経過で再度穴が開いたということもなさそうだ。

「身体がおかしいとか、気になるところはありますか?」
「ない。むしろ、カナメのスープを食べたからか、さっきまでの気怠さがだいぶマシになったな」
「あっ、そういう効果あります!?」

 うっかりしてた。
 どういう影響が出るかわからないから、ポーション類を使うのは少し様子をみたほうがいいと、リオナさんからアドバイスがあったんだよね。魔法草を使っているので、魔力にも作用があるから。
 だけど、特に料理については触れられなかったな、そういえば。
 効果薄め、ドリンク剤的な私の付与料理なら、体調を整える程度には効いてくれるっぽい。
 うーん、今後≪調律ヴォイシング≫の後に、スープを飲んでもらうのは、ありなのかな?
 私の魔力を混ぜたり、弄ったりするので、魔力が一時的に荒れてしまい、負担かかってぐったりするんだよね。ヒースさんは体力あるし、魔力の回復が早いから、気怠い程度で済んだのだろうけど。

「じゃあ、いつも通り魔法を使ってみるよ」
「はい。モニタリングしておきます」

 一つ息を吸い込んだヒースさんが、何もない空間に向けて手を掲げる。

「――そよ風よ、軽やかに踊れ。≪舞風ウィンドダンス≫」

 込めた魔力によって威力の差はあれど、風を起こす初級魔法。普段であれば、まるで風の精霊が踊るみたいに、柔らかな風が吹くはずだったのだが。

 ——それは、あたかも暴風のようだった。
 ごうっと強い音が、耳をつんざいた。荒々しい突風に煽られ、周囲の木々ががたがたと梢を鳴らし、落ちた葉を巻き上げていく。

「うおっ!?」

 ヒースさんも、思いもよらぬ反動をくらって、たたらを踏んだ。
 すぐに魔法の効果は切れ、森の中は何事もなかったかのように静寂を取り戻す。
 ただ、地面の上には、蹂躙の痕の如く、舞い散った葉がひらひらと積み重なっていった。

「…………」
「…………」

 唖然として、思わず無言のままヒースさんと顔を見合わせる。

「……びっくりした。大丈夫だったか? カナメ」
「私はヒースさんの影にいましたから。てか……凄い。これが、本来のヒースさんの魔法威力なんですね」
「ここまで変わるとは……。微調整の感覚が慣れないな……」
「今までは、詰まりのせいで自動的に魔力放出量が少なくなっていたので、今まで通りの感覚で行使すると、逆に流れがスムーズになりすぎて、過剰になっちゃうのかも」
「もっと魔力を絞らないとってことか……」

 ふむと頷いたヒースさんは、身体と剣も交えて、魔法を連打する。
 私は、それを静かに見守った。
 あっ、見たことない初級攻撃魔法だ。かっこいい。てか、風の槍が、あっさりと木を薙ぎ倒しちゃったよ……。
 凄いな。連続でこれだけ魔法を発動できているなんて。しかも、魔力が少なかったとは思えないほど、堂に入った行使だ。

「うーん、まだ出力過剰だな……」
「ただ、魔力が漏れる様子もないし、回路も正常に動いていますね。いきなり溢れたり、暴走したりという感じもなさそうかな……?」
「まあ、初級魔法しか使っていないからね。中級以上の魔法は、魔力的に使えなかったから」

 どうもしっくりこないのか、ヒースさんは首を傾げている。きっちり魔力の量を絞っているように見えたが、なかなか程よく制御というわけにもいかないらしい。
 この辺の感覚は、もうひたすら使って埋めていくしかないのだろう。

 それにしても、漏れなくなったせいもあるのか、ヒースさんの回復早いなあ。≪舞風≫一回分くらいの魔力なら、さくっと取り戻せている。
 だから、今思うと、魔力が少ないという割に、魔法をあれだけ連発できていたのだろう。例の風魔法脳筋人力ジェットコースターの時の話ね。

「——。 カナメ、後ろに下がって」

 すると、不意に、ヒースさんがすっと剣を構え、腰を落とした。辺りにぴりっとした緊張感が走る。そのまま、一点を険しい表情で、じっと見据える。
 やがて、木々の先からクレストヴォーグという狼の魔物の上位種が、数匹姿を現した。先ほどまで繰り返していたヒースさんの魔法の音に引かれて、やってきたのだろう。
 ぐるるると唸りを上げて、威嚇する狼たちは獰猛だ。鋭い牙や爪で、私などたちどころにやられてしまうだろう。

 でも、ヒースさんが慌てた様子がないので、私も冷静でいられた。
 私の位置からわずかに覗くヒースさんの口角が、ふっと上がる。余裕のある笑みだ。

「カナメ。そこから絶対に動かないでくれ。ちょうどいい、中級魔法の試し打ちといこうか」
「はい」
「風よ、鋭き刃となりて、目の前の敵を屠らん——≪風刃ウィンドカッター≫」

 牙を剥いたクレストヴォーグが、一斉に地を蹴る。
 ぶわりと、風が大きく動いた。ヒースさんの亜麻色の髪を巻き上げる。
 魔法の発動と共に、獣たちの四肢は、鋭利な風の刃で一瞬にしてずたずたに引き裂かれた。あっという間の出来事だった。地面が、すっかり肉塊と血に染まっている。
 ヒースさんが手にした剣の出番は、一切なかった。
 うわぁ……えっぐい……。殲滅力が、中級魔法っていうレベルじゃないと思う……。

「まだまだ余力があるな。戦闘が楽になる」

 血の海から小さな魔石をいくつか拾い上げた後、ヒースさんは手慣れた様子で、収納袋から取り出した火の魔法陣を起動させた。クレストヴォーグの遺骸を燃やして、処分する。あれだけズタズタだと、素材にもならないからね。
 血や死臭は、≪清浄クリーン≫にて辺り一面綺麗にした。
 死体を放ったままにしておくと、他の強力な魔獣が、血の匂いに惹かれてやってきてしまうのだそうだ。

 この後も定期的に経過観察は必要だろうけれども、ある程度魔法の見極めと成果が出たので、私とヒースさんはさっさと引き上げることにした。
 これ以上、面倒な魔獣に襲われたら、たまったもんじゃないしね。





 こうして、魔女の家に無事戻ってきた私たちは、お茶を淹れて一息つく。

「あまりにも急に俺の魔法能力が上がると、何かあったのかと話題になって、いずれカナメに繋がってしまいそうなんだが……。これは、もはや隠せそうもないな」

 ヒースさんは、魔力量が多くないながらも、圧倒的な剣技との組み合わせでランクを上げてきた手練れとして、そこそこ名をはせている。
 たとえ、メインで利用している≪舞風≫の威力を調整し一時しのぎしたとして、身の危険が迫った時に、とっさに細やかな配慮ができるかといわれたらノーだ。
 いつだって死と隣り合わせの冒険者。強敵が出たら、ピンチに陥ったら、使えなかったはずの上位魔法の利用だってためらわないだろうし、私としてもためらってほしくなかった。

「どの道、そろそろ潮時かなとは思っていたのよね」

 ヒースさんからの報告を受けて、リオナさんはふうっとため息をついた。
 潮時という不穏な言葉に、私は顔を青くするが、リオナさんは安心させるようににこっと微笑んだ。

「いい加減、中央に連絡をしましょうか」


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

旦那様、愛人を作ってもいいですか?

ひろか
恋愛
私には前世の記憶があります。ニホンでの四六年という。 「君の役目は魔力を多く持つ子供を産むこと。その後で君も自由にすればいい」 これ、旦那様から、初夜での言葉です。 んん?美筋肉イケオジな愛人を持っても良いと? ’18/10/21…おまけ小話追加

王妃から夜伽を命じられたメイドのささやかな復讐

当麻月菜
恋愛
没落した貴族令嬢という過去を隠して、ロッタは王宮でメイドとして日々業務に勤しむ毎日。 でもある日、子宝に恵まれない王妃のマルガリータから国王との夜伽を命じられてしまう。 その理由は、ロッタとマルガリータの髪と目の色が同じという至極単純なもの。 ただし、夜伽を務めてもらうが側室として召し上げることは無い。所謂、使い捨ての世継ぎ製造機になれと言われたのだ。 馬鹿馬鹿しい話であるが、これは王命─── 断れば即、極刑。逃げても、極刑。 途方に暮れたロッタだけれど、そこに友人のアサギが現れて、この危機を切り抜けるとんでもない策を教えてくれるのだが……。

追放された悪役令嬢はシングルマザー

ララ
恋愛
神様の手違いで死んでしまった主人公。第二の人生を幸せに生きてほしいと言われ転生するも何と転生先は悪役令嬢。 断罪回避に奮闘するも失敗。 国外追放先で国王の子を孕んでいることに気がつく。 この子は私の子よ!守ってみせるわ。 1人、子を育てる決心をする。 そんな彼女を暖かく見守る人たち。彼女を愛するもの。 さまざまな思惑が蠢く中彼女の掴み取る未来はいかに‥‥ ーーーー 完結確約 9話完結です。 短編のくくりですが10000字ちょっとで少し短いです。

そうだ 修道院、行こう

キムラましゅろう
恋愛
アーシャ(18)は七年前に結ばれた婚約者であるセルヴェル(25)との結婚を間近に控えていた。 そんな時、セルヴェルに懸想する貴族令嬢からセルヴェルが婚約解消されたかつての婚約者と再会した話を聞かされる。 再会しただけなのだからと自分に言い聞かせるも気になって仕方ないアーシャはセルヴェルに会いに行く。 そこで偶然にもセルヴェルと元婚約者が焼け棒杭…的な話を聞き、元々子ども扱いに不満があったアーシャは婚約解消を決断する。 「そうだ 修道院、行こう」 思い込んだら暴走特急の高魔力保持者アーシャ。 婚約者である王国魔術師セルヴェルは彼女を捕まえる事が出来るのか? 一話完結の読み切りです。 読み切りゆえの超ご都合主義、超ノーリアリティ、超ノークオリティ、超ノーリターンなお話です。 誤字脱字が嫌がらせのように点在する恐れがあります。 菩薩の如く広いお心でお読みくださいませ。 小説家になろうさんにも時差投稿します。 ↓ ↓ ↓ ⚠️以後、ネタバレ注意⚠️ 内容に一部センシティブな部分があります。 異性に対する恋愛感情についてです。 異性愛しか受け付けないという方はご自衛のためそっ閉じをお勧めいたします。

玉の輿を狙う妹から「邪魔しないで!」と言われているので学業に没頭していたら、王子から求婚されました

歌龍吟伶
恋愛
王立学園四年生のリーリャには、一学年下の妹アーシャがいる。 昔から王子様との結婚を夢見ていたアーシャは自分磨きに余念がない可愛いらしい娘で、六年生である第一王子リュカリウスを狙っているらしい。 入学当時から、「私が王子と結婚するんだからね!お姉ちゃんは邪魔しないで!」と言われていたリーリャは学業に専念していた。 その甲斐あってか学年首位となったある日。 「君のことが好きだから」…まさかの告白!

それでも、私は幸せです~二番目にすらなれない妖精姫の結婚~

柵空いとま
恋愛
家族のために、婚約者である第二王子のために。政治的な理由で選ばれただけだと、ちゃんとわかっている。 大好きな人達に恥をかかせないために、侯爵令嬢シエラは幼い頃からひたすら努力した。六年間も苦手な妃教育、周りからの心無い言葉に耐えた結果、いよいよ来月、婚約者と結婚する……はずだった。そんな彼女を待ち受けたのは他の女性と仲睦まじく歩いている婚約者の姿と一方的な婚約解消。それだけではなく、シエラの新しい嫁ぎ先が既に決まったという事実も告げられた。その相手は、悪名高い隣国の英雄であるが――。 これは、どんなに頑張っても大好きな人の一番目どころか二番目にすらなれなかった少女が自分の「幸せ」の形を見つめ直す物語。 ※他のサイトにも投稿しています

寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。

にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。 父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。 恋に浮かれて、剣を捨た。 コールと結婚をして初夜を迎えた。 リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。 ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。 結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。 混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。 もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと…… お読みいただき、ありがとうございます。 エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。 それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。

断罪されているのは私の妻なんですが?

すずまる
恋愛
 仕事の都合もあり王家のパーティーに遅れて会場入りすると何やら第一王子殿下が群衆の中の1人を指差し叫んでいた。 「貴様の様に地味なくせに身分とプライドだけは高い女は王太子である俺の婚約者に相応しくない!俺にはこのジャスミンの様に可憐で美しい女性こそが似合うのだ!しかも貴様はジャスミンの美貌に嫉妬して彼女を虐めていたと聞いている!貴様との婚約などこの場で破棄してくれるわ!」  ん?第一王子殿下に婚約者なんていたか?  そう思い指さされていた女性を見ると⋯⋯? *-=-*-=-*-=-*-=-* 本編は1話完結です‪(꒪ㅂ꒪)‬ …が、設定ゆるゆる過ぎたと反省したのでちょっと色付けを鋭意執筆中(; ̄∀ ̄)スミマセン

処理中です...