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第一章 ローズちゃん0歳。

魔王討伐大作戦!

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 魔王軍が布陣している場所から西に1キロというところにある小高い丘の上。
 そこに、凄腕の一団がいた。
 この戦さの大本命である魔王討伐チームである。
 勇者パーティが五人とSランクパーティ【餓狼】の十人、合わせて十五人が息を潜めていた。
 只今、斥候を放ち、標的である魔王を絶賛捜索中である。

 勇者に剣聖に大魔法使い、凄腕の女シーフという勇者パーティに、Sランクに連なる十人の冒険者たち。
 その歴戦の強者たちが虎視眈々と牙を研いでいる、その最中で。

「ふぅ、ふぅ、ふぅ、ふぅ」

 真っ新な青い聖女の衣を身に纏う一人の少女が、荒々しい呼吸を繰り返していた。
 身の丈は一段と低く、なんとも可愛いらしい幼な子のような容貌は、この場での場違い感が半端ない。
 プロレスラーの中に幼稚園児が一人だけ紛れたような、そんな異質さである。
 その少女の名はコリンナ。
 神聖国の生えある聖女であり、その序列は末席の第十位。
 つい先日、アニエスと入れ替わりで勇者パーティに加入したばかりの、弱冠十歳にして就任した新米聖女である。

「ぅぅぅぅぅぅぅ」

 そんな新米コリンナは、総身をワナワナと震わせていた。
 大一番を前にしての勇ましい武者震いということなのか。

「あ、わ、あ、わ、あ、わ」

 断じて否である。
 幼いその顔を蒼白に、カチカチと歯を鳴らしながら、身の丈を越える聖女の杖に縋りついている。
 ガチガチの緊張の絶頂であった。
 何せ、聖女になりたてほかほかのままに、勇者パーティに派遣されたのである。
 実戦経験も碌に無いのに、いきなりのボス戦、魔王バトルだ。
 例えるなら自動車の運転の仕方を本だけを読み、いざ実技試験というところか。
 しかもそれは一発勝負、賭けるのは命、延いては全人類の未来がかかっている。

 ―――聖女になってまだ一カ月しか経っていないのに、いきなり物語のクライマックスだよ。

 考えれば考えるほどに、重圧がのしかかってくる。
 プレッシャーに押しつぶされそうだ。

「コリンナ」

 そんなガクブルな背中を、背の高い黒髪の青年がポンと叩いた。

「リラックス、リラックス。深呼吸をした方が良いよ」

 ニコリ、その正統派美丈夫が放つ輝くような微笑みに、少女の緊張は瞬く間に解けていく。

「お、お兄様」

 コリンナは引きつりながらも、大きな目をハート型に輝かせた。

 ―――めっちゃタイプ。カッコ良過ぎる。好き。

 金色に煌めく鎧を纏いし勇者、ジークハルトであった。
 先輩聖女アニエスを姉と慕うコリンナにとって、その婚約者である勇者は義理の兄も同然である。
 勇者とは女神より加護を賜り、その力は清廉な心を持つほどに増大する。
 ジークハルトはその模範的な勇者そのもの、身も心もすこぶるイケメンで歴代最強と言われるほどの傑物であった。
 コリンナの目には白馬の王子様のように見えている。

「君は可愛い妹分だ。必ず守る。
 落ち着いて、いつも通りにやろう」

「わ、わかりました」

 コリンナはコクリと頷くと、ジークの顔面をガン見しながらの深呼吸を繰り返した。

「リラックス、リラックス。
 大丈夫、君は優秀な聖女様だ」

 ニコニコと語りかけるナイスガイな勇者。
 その甲斐もあって、コリンナの震えはピタリと止まる。
 顔色は元に戻り、心なしかキリリとした顔つきへと変わった。

「ほーっと、もう大丈夫です、お兄様。
 ありがとう存じます」

 感謝しながらもさりげなく寄り添い、ジークの手を両手でにぎにぎと握るというボディタッチに勤しんだ。

 ――むふふ、これがイケメンの手触り。

 そのイケメンっぷりを心の底から堪能するという十歳のマセタ少女である。
 神聖国は女性の地位が高い。
 特に聖女は最高位であり、最強の存在でもある。
 そして、その全員が肉食系の極みであった。
 コリンナも例に漏れず、十歳にしてイケメンハンターだ。
 イケメンとあらば、まだ子供というところを十全に発揮してベタベタと触りまくっている。

「ハハッ。流石は聖女様だ。自信を持っていこう」

 そんなよこしまなコリンナを疑うことなく爽やかな笑顔を見せる勇者を、コリンナは尚もガン見しながらの自身を奮い立たせる。

 そう、私は聖女。最強なのだ。
 あの厳しい修行を乗り越えたのだ。自信を持たなければ。
 丁度一カ月前の聖女見習い卒業試験。
 あのビックリするくらいに偉そうな、ジジイの騎士団長にも勝ったじゃないか。
 パコーンと、杖の一つ突きで。
 愉快痛快、散々しごかれたからスッキリしたよね。
 おばさ――いや、間違えた。
 危ないところだった。
 あの人たちは念じただけでも看破して来るエスパーだ。
 それは遠く離れていたとしても虫の知らせが届くという。
 常日頃から気をつけなければならない。
 喝と称して普通に往復ビンタをしてくる無頼者である。
 子供だろうが全く容赦しない。
 何処が聖女なのかを問いたいところだ。
 ともかく。
 お姉様方のネチネチとしたイビリにも耐えたのだ。
 余りにも陰湿過ぎて危うく心が病みそうだった。
 それにあのとにかく明るいアニエス姉も、次の大聖女は君で間違いない、そう言ってくれたじゃないか。
 まぁ、真っ平ごめんだけど。
 私は三十歳で引退して結婚するのだから。
 次は一番優秀なアニエス姉で決まりだよ。
 あの人、ワザと怒られている節があるからな。
 押し付ける気満々だろう。
 ともあれ。
 何よりも嬉しかったのが、尊敬する母様にも認められたのだ。
 私を見出してくれた、厳しくも優しい、大好きな母様。
 まだ早いと言いつつも、最後には喜んでくれたじゃないか。
 私は一人前になったことを証明しなければならないのだ。
 よーし、やってやる。
 私も目の前のお兄様みたいな素敵な彼氏をつくるぞ。

「はい。この聖女コリンナにお任せください。
 死なない限りはどんな傷でも癒してご覧にみせます」

 コリンナが薄い胸を叩いて、立て直したところで。

「おーい」

 背中に大斧を背負った大男。
 餓狼のリーダー、ハルトが近づいて来た。

「旦那、斥候が戻ったぜ」

「ああ、早速詳細を聞こう」

「おーい、皆。集合だ」

 全員を集めての作戦タイムとなる。
 餓狼のリーダー、ハルトが口火を切る。

「数は百にも満たない。七十を超えるくらいだ。
 随分と少ないが、いつもの魔族とは違うようだ」

 前回は万を超えるアンデッドの大群がほとんどだった。それが、今回は特徴的に悪魔だという情報が本軍より届けられたのだという。

「その悪魔たちは何やら怪しげな儀式を開始した。
 大きな輪を作り、その中心では魔法陣が明滅を繰り返している。
 何かの魔法だろう。随分と大掛かりだ。
 アレが発動したら厄介な事になるというのが本軍の見立てだ」

「魔王の存在は確認できたのか?」

 ジークの問いにハルトが答える。

「魔王かどうかはわからないが、後方にて、儀式に加わらない、それらしき存在を確認した。
 スラリとした二メートルくらいの女の身体で、猫の頭を持つ全身真っ白な悪魔だ。
 二匹のデカい悪魔が護衛するように付き従っている。
 状況から、コイツが指揮官で間違いないだろう」

「そうか、ならばそいつを叩こう」

「早い方が良い。悪魔の儀式は何かを呼び出すってのが既定路線だ。
 召喚される前に潰すべきだ」

 悪魔とは未知なる存在、何をしてくるのか想像がつかない。
 魔法陣が発動してしまう前に指揮官を潰すという作戦となった。

「さぁ、行こう」

 作戦は即座に決行される。
 近くまでは隠蔽魔法で気配を消して行動する。
 ぐるりと大きく回り込んで魔王軍後方へとゆっくりと進み、目標まで三百メートルというところまで何事も無く無事に辿り着く。

「アレか。あの全身が真っ白いのだな」

 並び立つ三匹の悪魔の背後を取った。
 その標的の向こう側にいる七十の悪魔たちは、周りを気にする様子もなく儀式に集中している。
 気づかれた様子はない。

「コリンナ。頼む」

 勇者ジークの言葉にコリンナがこくりと頷く。

「はい。いきます」

 言って、聖女の杖を高らかに掲げると、その先端部分が光を放ち始めた。
 眩い暖かな金色の輝きが収束していく。

「女神様。
 敬虔なる信徒にご加護を。【祝福の雨ライスシャワー】」

 光は輝く雨粒となって降り注ぎ、一人一人に金色のオーラを纏わせた。
 聖女特製の付与魔法【祝福の雨ライスシャワー
 運気が上昇し、身体能力が劇的に向上して攻防共に大幅に強化された。

「良しみんな、気を引き締めろ」

 この魔法によって、隠蔽の効果は打ち消される。
 此処で気づかれるのは百も承知。
 ここまで来れば隠蔽など必要なし。
 円を作る悪魔たちは変わらずに儀式をしている。
 しかし、白猫と巨漢の悪魔二頭がこちらに向きを変えた。

「やはり気付かれたか。
 だが問題ない。
 とっとと仕留めるぞ」

 勇者の掛け声を合図に一行は走り出す。
 餓狼の十人が横並びに前を行き、その後ろに勇者パーティの五人だ。

「餓狼、頼む」

「おう旦那、任せろ。野郎ども、スピードをあげろ!」

「おうよ!」

 餓狼を露払いとして先行させる。
 護衛の悪魔を餓狼が抑えている間に勇者一行が白猫の悪魔を仕留めるという作戦だ。

「悪魔たちが動くぞ」

 百メートルを切ったところで悪魔たちが動きを見せる。
 白猫の悪魔を守るようにして護衛の二頭が前に出た。
 とびきりデカく、太くてゴツい。
 三メートルを優に越える筋骨隆々の巨体だ。
 頭が牛と馬で、下半身が真っ黒に染まっている。
 共に手には大きな戦斧、身長百四十センチのコリンナと同等のスケールを軽々と肩に担ぎ上げるという化け物だ。

「左右に展開しろ。
 いいな、決して無理に攻めるなよ。
 命大事にだ」

「おうよ」

 リーダーハルトの掛け声で、餓狼が五人ずつの左右に分かれた。大きく回り込むような動きだ。
 牛馬の悪魔がそれに釣られるようにして左右に展開する。
 目論見通り。
 白猫の悪魔への一本道が開かれた。

「良し!一気に行くぞ」

 勇者一行がスピードを上げて突撃する。
 金の鎧を纏いしジークを先頭にサムライ姿の剣聖が続き、黒いローブをはためかせた魔法使いが追従する。
 一拍遅れて、聖女コリンナと頬に傷のある女シーフが続く。

「イケる」

 先頭ジークが背中からシュルリと聖剣を引き抜き、剣聖が腰から刀を、大魔法使いが杖に魔力を込める。
 攻防のバランスが良く、耐久力に優れたジークが機先を制し、そこに剣聖が一閃を加えて大魔法使いがトドメの一撃を加えるというのが彼らの定石である。
 万が一のカウンターに備えて、聖女は回復の準備を進め、女シーフはその護衛と前線で負傷した時に交代する予備戦力だ。
 盤石の布陣で白猫を間合いに捉える、その寸前。

「馬鹿な人間たちにゃ」

 白猫の悪魔がニヤリと、なんともムカつく笑みを見せて告げる。

「【悪魔の世界】にゃー!」

 白猫と一行の狭間にて。

「な」

 測ったかのようなタイミングで魔法陣が浮かび上がった。
 それは、一瞬の明滅と共に毒毒しい紫煙がモクモクと出現して先行した三人を飲み込むと、パッと一瞬で消失した。

「え?!」

 コリンナのその眼前で、煙と共に、三人の姿も消えていた。
 そこに何もなかったかのような、そんな出来事だった。
 流石にコレは想定外である。
 聖女の回復魔法は途轍もない。
 死んでさえいなければ大抵の事は癒してしまうのだから。
 しかし、消えてしまってはどうすることも出来ず。

「お、お兄様、リュウキ兄、リューク兄」

 トトトと、走る勢いを無くして立ち止まるコリンナ、頭の中が真白となる。

「にゃーはっはっは!大成功にゃ~!」

 してやったりと、白猫のイラつかせる高笑いが木霊した。



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