魔女のおやつ 〜もふもふな異世界で恋をしてお菓子を作る〜

石丸める

文字の大きさ
22 / 110
第一章 リコプリン編

22 暗闇の騎士

しおりを挟む
 マニはミーシャの異様な様子に驚いて、床に散らばった小物を拾い集めた。

「あらら、大丈夫?」

 ミーシャが釘付けになっているのは、リコの両手首に付いている水色のブレスレットだと、リコは気付いた。
 と同時に、ミーシャは踵を返して駆け出してしまった。

「あっ! 待って!」

 リコは慌ててタオルを体に巻いて追いかけるが、ミーシャはすごい早さで廊下の先に消えてしまった。

「ミーシャちゃん……いったいどうして……」

 リコは両手首のブレスレットを見下ろした。
 何の変哲もない、半透明の石でできた輪の、何がそんなに怖かったのか。まったくわからなかった。

「それはね、枷だからさ」

 突然、真後ろの壁からシリアスな声が聞こえて、リコは振り返る。
 アレキが腕を組んで、廊下の壁に寄りかかっていた。

「奴隷の自由を奪う手枷。ミーシャはお嬢さんの枷を見て、自身のトラウマが蘇ったんだ」

 内容は深刻で会話に集中すべきだが、リコは自分が半裸な事に気付いて、悲鳴を上げた。

「きゃーーーっ」


 * * * *


 豪華なリビングで、真っ赤なリコと、半笑いのマニが並んで座り、正面には飄々とワインを飲むアレキ。その隣には、アレキを睨むレオが座っている。
 レオはテーブルを叩いて、アレキを叱った。

「もう、何してるんですか! 浴室には行くなと言ったでしょう!?」
「湯加減はどうかと思って」

 三人ともアレキに借りた豪華な民族衣装を着ていて、まるで富豪の集会のようだ。

 ミーシャはあれから自室にこもってしまったのか、姿を現さない。

 リコはいたたまれない気持ちで堪えきれずに、アレキに尋ねた。

「あの、さっきの……奴隷の枷って、どういう事ですか?」

 輪を嵌めた両の手は、震えていた。

 アレキはふむ、と改めてその輪を見つめる。

「俺も一度しか見たことがない。ミーシャが嵌めていた物だ。その枷は特殊な鉱物でできていて、石を操作する能力者にしか扱えないんだ」
「石を操作する……能力者?」

 リコは聞き覚えのない単語の連続に戸惑う。

「ああ、お嬢さんは記憶喪失なんだっけ?」

 アレキはどう説明したものかと、首を傾げた。

「この世界にはね、いろんな能力を持った者がいるんだ。数百人に対し一人の割合で、その力の個性も強弱も様々……石を操作する者は山岳地帯の民族に多く、彼らは石を使って道具を作る慣習がある。操作された石には特徴があってね……」

 会話の途中でリコを指さすと、聞いた事のない言語で叫んだ。

「結錠!」

 するとリコの両手の輪は、まるで磁石のように強力に互いにくっついて、ガチャンと大きな音をたてて、両手が束ねられてしまった。

「きゃっ……」

「ちょっと!」

 アレキに掴みかかったのは、レオだった。

「解錠してください! 早く!」

 真っ青になったリコの手をアレキは再び指すと、また謎の言語で叫んだ。

「解錠!」

 バラッ、と輪は互いから離れて、リコの両手は自由になっていた。

「な……何これ……」

 リコもマニも、唖然として輪を見つめた。
 ただのブレスレットが、途端に恐ろしく禍々しい物に見えていた。

 アレキは乱れた襟を整えながら説明する。

「実演が一番わかりやすいだろう? 山岳地帯の古代語に石が従うのさ。まるで生きてるみたいに」
「な……なんで私の手に、こんな物が? 私……」

 もとの世界からこの異世界にやって来て、謎の美少女と入れ替わってしまったリコだったが、まさかこの体の持ち主が奴隷の身だったなんて、衝撃的な事実だった。

 絶句するリコを、マニは支えている。

「ねえ、この枷はどうやって外すの!? こんなの酷い。外してやってよ!」

 アレキは首を振る。

「ミーシャの手枷は西の山岳地帯から、住処を転々とする職人を探し出して外してもらった。この東の地に石使いがいるかどうか……」

 広々としたリビングは静まり返り、その沈黙をアレキのポジティブな声が破った。

「まあ、古代言語を知らなきゃ石の操作もできないわけだし、普段の生活に差し障りはないだろう。大丈夫、大丈夫」

 大丈夫じゃないですよ、と無言の睨みをきかせるレオを、アレキは笑顔で振り返り、その肩を掴んだ。

「レオよ。お前がお嬢さんを守りなさい。枷を外せるその日まで、お守りするんだ。これは命令だよ」

 発言の内容と裏腹に、アレキの声は優しかった。
 その瞳はいつもの紫色ではなくて、澄んだ青色に輝いているのに、リコは気付いた。

(アレキさんの瞳の色が、変わった?)


 * * * *


 日が暮れて、リコとマニ、レオは広場に立っている。
 夕陽でいやらしいほどに輝く、金ピカ城を見上げて。

 マニは深い溜息を吐いた。

「底知れぬ変人ぶりだね、あいつ」

 レオに問うような視線を向ける。

「ええ。師……アレキ様は個性的な方ですが、悪人ではないですよ」

 レオは茫然としたままのリコを気遣った。

「リコさん。アレキ様の言う通り、その枷が外せるまで何事も起こらないよう、僕は影からお守りします」

 リコは驚いて、レオを見上げた。

「だから安心して、リコさんはいつも通りの生活を楽しんでください」


 リコとマニは森の中を子羊のムゥムゥに乗って、村に帰っていく。
 マニは暗くなりつつある、頭上の木々を見上げた。

「ひょ~、ほんとに影からお守りしてるよ」

 黒猫は闇に溶けて、頭上からこちらを静かにつけていた。

 リコの休日は葡萄酒色に染まり、自分が奴隷の身分である事実を知り、禍々しい枷の恐怖まで知ってしまった。
 ラッシュビーンズを見つけることも叶わず、手ぶらの帰路だったが、体がふわふわとして浮かれていた。

 酒のせいでも、湯のせいでもない。
 暗闇の騎士の存在が、リコのすべてを輝く金色に染めていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」

透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。 そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。 最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。 仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕! ---

辺境伯夫人は領地を紡ぐ

やまだごんた
恋愛
王命によりヴァルデン辺境伯に嫁ぐことになった、前ベルンシュタイン公爵令嬢のマルグリット。 しかし、彼女を待っていたのは60年にも及ぶ戦争で荒廃し、冬を越す薪すら足りない現実だった。 物資も人手も足りない中、マルグリットは領地の立て直しに乗り出す。 戦しか知らなかったと自省する夫と向き合いながら、少しずつ築かれていく夫婦の距離。 これは、1人の女性が領地を紡ぎ、夫と共に未来を作る「内政×溺愛」の物語です。 全50話の予定です ※表紙はイメージです ※アルファポリス先行公開(なろうにも転載予定です)

召喚とか聖女とか、どうでもいいけど人の都合考えたことある?

浅海 景
恋愛
水谷 瑛莉桂(みずたに えりか)の目標は堅実な人生を送ること。その一歩となる社会人生活を踏み出した途端に異世界に召喚されてしまう。召喚成功に湧く周囲をよそに瑛莉桂は思った。 「聖女とか絶対ブラックだろう!断固拒否させてもらうから!」 ナルシストな王太子や欲深い神官長、腹黒騎士などを相手に主人公が幸せを勝ち取るため奮闘する物語です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

仕事で疲れて会えないと、恋人に距離を置かれましたが、彼の上司に溺愛されているので幸せです!

ぽんちゃん
恋愛
 ――仕事で疲れて会えない。  十年付き合ってきた恋人を支えてきたけど、いつも後回しにされる日々。  記念日すら仕事を優先する彼に、十分だけでいいから会いたいとお願いすると、『距離を置こう』と言われてしまう。  そして、思い出の高級レストランで、予約した席に座る恋人が、他の女性と食事をしているところを目撃してしまい――!?

公爵家の秘密の愛娘 

ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝🌹グラント公爵家は王家に仕える名門の家柄。 過去の事情により、今だに独身の当主ダリウス。国王から懇願され、ようやく伯爵未亡人との婚姻を決める。 そんな時、グラント公爵ダリウスの元へと現れたのは1人の少女アンジェラ。 「パパ……私はあなたの娘です」 そう名乗り出るアンジェラ。 ◇ アンジェラが現れたことにより、グラント公爵家は一変。伯爵未亡人との再婚もあやふや。しかも、アンジェラが道中に出逢った人物はまさかの王族。 この時からアンジェラの世界も一変。華やかに色付き出す。 初めはよそよそしいグラント公爵ダリウス(パパ)だが、次第に娘アンジェラを気に掛けるように……。 母娘2代のハッピーライフ&淑女達と貴公子達の恋模様💞  ✴️設定などは独自の世界観でご都合主義となります。ハピエン💞 ✴️稚拙ながらもHOTランキング(最高20位)に入れて頂き(2025.5.9)、ありがとうございます🙇‍♀️

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました【完結】

iru
恋愛
第19回 恋愛小説大賞エントリーしています。ぜひ1票お願いします。 小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。 両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。 両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。 しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。 魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。 自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。 一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。 初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。 恋人になりたいが、年上で雇い主。 もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。 そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。 そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。 レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか? 両片思いのすれ違いのお話です。

処理中です...