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第一章 リコプリン編

23 黒猫ドライブ

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 鳥類研究所のケイト所長は、真剣な眼差しでリコを観察している。

「むむむ……リコちゃんたら、今日はいつもにも増して可愛いわねっ」

 リコは薔薇色の頬をよりピンクにして、目を逸らした。

「な、何言ってるんですか、所長~」
「週末に何かいい事あったわね? 恋? 恋なの?」
「もう、真面目に仕事してください!」

 所長はキリッとして、ボードの色相関図を確認した。そこにはリコが個人的にメモをした、卵の風味の特徴も書かれている。

「リコちゃん、仕事が早くなったわね。色の見極めが瞬時にできるようになったし、卵を運ぶのも手慣れてきたし。それにこの、リコちゃんオリジナルの風味の説明がわかりやすいって、卸先のお客さんが感心してたわ」
「本当ですか!?」
「卵の仕事、楽しい?」
「はい! この卵たちの個性はどんなふうに調理すれば引き立つのか、考えるのはまるでパズルみたいに楽しいんです! 大事な卵たちを、みんなに美味しく食べて欲しいですから!」

 生き生きとして饒舌になる部下に、ケイト所長は嬉しそうに身震いした。

「リコちゃんは色感度だけじゃなくて、味の想像力も優秀なのねっ。もう! キラッキラしちゃって、可愛いんだからっ」


 * * * *


 仕事を終えて研究所を出ると、リコは自分の家ではなく、町の方に向かった。
 しばらく歩いた後に意を決して、森の天井に向かって呼びかけた。

「レオくーん」

 少し間を置いて、葉すれの音とともに、大きな黒猫が空から降りて来た。
 猫に乗ったレオは、ゴーグルを外した。

「はい」

 リコは自分で呼んでおいてビックリしている。

「本当にいた……私のこと、ずっとつけてたの?」
「ええ。リコさんの終業時間に合わせて見守っていましたが、家に帰らないんですか?」

 リコは半ば呆れて、半ば嬉しくて、複雑な気持ちになる。

「見守ってくれるのは嬉しいけど、ずっと後をつけるなんて大変だよ! それに、配達のお仕事は?」
「昼便の後は暮れてからの夜便ですし、合間に見守るので大丈夫ですよ。ここらへんの町と村は僕の管轄ですから」
「それじゃあ……もうひとつ、お願いしてもいいかな?」
「はい。何なりと」


「ひゃああー!」

 リコは自らお願いして黒猫に同乗しておきながら、悲鳴を上げてレオにしがみついた。木々の上を、黒猫は音もなくモモンガのように飛んで行く。上下の落差が激しいジェットコースター状態だ。

「リコさん、着地の時に体を浮かせるように……」
「ひえぇ、無理ー!」

 コツも掴めないまま恐怖のドライブは終点に到着し、リコはレオに支えられて、町の広場に降り立った。
 しかし村から町へのルートは最短の速さで、あっという間の出来事だった。

「怖いけど、早い……すごいんだね、猫ちゃん」

 リコは黒猫を振り返るが、「ふん」という顔で、そっぽを向かれてしまった。

 夕方の町は昼間とは違って、静かな時間が流れていた。
 みんな仕事や学校の帰りだろうか。買い物や食事をのんびり楽しんでいる。橙色の灯りが石畳を照らして、素敵な雰囲気だ。

「お買い物ですか?」

 レオの問いに、リコは頷いた。

「ハーブを探しに来たの。その……プリンの材料で」
「へえ、プリンの!? じゃあ、作り方がわかったんですね?」

 レオは俄然興味を持って、笑顔になった。

「まだ完全じゃないけど、レオ君がくれた王子様のキャンディがヒントになって、次々とプリンの材料を思い出したんだ」
「お役に立てて良かったです」
「あとは香りがついたら、完成なんだけど……」


 二人は草の絵の看板がぶら下がった店に入った。
 薬草屋さんらしく、入店した途端に草花の香りが押し寄せる。

「うっ、これ全部……」

 リコは息を飲んだ。

 途方もない数の瓶が棚に並び、引き出しや籠、箱の中までハーブが保管されていた。
 棚のゾーンも調味料から薬草、化粧品類、防虫……と、限りなくある用途が札に書かれていた。

 調味料の棚に行ってみるが、そこだけでも膨大な種類だ。
 商品名が書かれたカードも無限にあって、リコは好奇心で、端から当てずっぽうに見本の瓶を空けて嗅いでみた。

「レモンみたいな……こっちは生姜? ネギ、にんにく、鉄の味!」

 まったく検討違いな香りが続いて、目眩がする。

「リコさん、どんな香りを探してるんです?」
「うんとね、ラッシュビーンズっていうの。黒豆が飛び出して、頭に当たる危ない豆なんだけど」

 注意事項まで付いてきて、レオは笑う。
 通りかかった店員に声をかけて、場所を聞いてくれた。

「すみません。お菓子に使うハーブはどこですか? ラッシュビーンズを探しています」
「こちらです」

 店員についてお菓子コーナーに来ると、一角は甘い香りで満ちていた。そしてすぐに、ラッシュビーンズの瓶を渡してくれた。

「わ! これだ!」

 ハーブ辞典と同じ鞘豆の絵が描かれている。すぐに開けて嗅いでみると、甘く芳醇な、懐かしの香りがリコを包んだ。

「あ……これは……プリン、アイスクリーム、ホットケーキ……!」

 呪文を唱えながら昇天するリコを、レオはまじまじと見つめている。
 リコの脳内では、バニラにそっくりな香りに合わせて、様々なお菓子と果物の絵が浮かんでいた。

「これ……合うやつ……もっと……」

 譫言を呟きながら、ふらふらと隣の瓶を一つずつ、手に取って嗅いぎだした。

 花、蜜、ナッツ、カカオ、メロン……。

 いくつかの瓶をインスピレーションで手に取って、レオが差し出す籠に入れていった。虚ろな瞳でふわふわと頷いている。

「私、調合する。特別なプリン作る……」

 まるで何かに取り憑かれたようだった。
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