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3話 息子への小言、妻への告白

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「一手打てばだいたい勝ち負けわかんの」

「お前な、20年早いわ」

 夕食の時間もだいたい将棋の話になる我が家リビング。
 父親を尊敬する時期なんてほとんどなかった凛太郎と俺が将棋の話をすれば、途中から意見は平行線になる。

 時には凛太郎がしいこともあるのだが、直観に頼るところが大きく、そのダイヤの原石を磨かなければいけないと言う親心と、父親としての威厳なんていうちっちゃなプライドでどうしても小言が多くなってしまうところは、俺も反省しなければならない。

「御馳走様」

「おいっ、まだ話がだな、凛太郎!」

妻の千尋と同じさらさらな綺麗な髪を揺らしながら凛太郎は自分の部屋に行ってしまう。そんな俺達を見て千尋が呟く。

「あなた、そんな言い方で凛太郎が聞くわけないじゃない」

 千尋の言葉は耳が痛い。

 余命なんてものを聞かされてしまえば、メンツやプライドではない。
本気であいつのことを想って、今のうちに色々言っておかなければならないと心のどこかで思ったのだろう、今日は強く言いすぎてしまった。
 千尋の正論に何も言えず、俺はビールをぐびっと飲む。

「はい、おしまい」

「あ~ぁん」
 
 千尋にビール瓶を取り上げられて、俺は切ない声を出してしまう。

「そういえば、健康診断の結果どうだったの」
 
 最後に残されたグラスにあるビールをちびちび飲もうと口に持ってきた手を止める。

「もう、あなたは腰痛、腰痛だってうるさくて、この頃家のこと何にもしないんだから。治ったなら、しっかりと働いてもらいますからね」

「ん・・・あぁ・・・」

(こんなに簡単に動揺するから俺は棋士として3流なのかもしれないな・・・)

 酒に頼って、今日は忘れてしまおうと思っていたけれど、伝えるなら今だと思った俺は、心を落ち着かせ、ゆっくりと話す。

「・・・癌だ」

「えっ」
 
 妻が箸を落として硬直する。
 もしかしたら、北沢先生にそう告げられた俺も彼女のように魂が抜けたような顔をしていたかもしれないし、それ以上だったかもしれないと思った。

「じょ、冗談よね。びっくりさせ・・・」

「本当だ」
 
 俺は千尋の言葉を遮って、伝える。
 大切なことだし、千尋のこの悲痛な顔を見るのは俺も辛くて、嘘だと俺はごまかして、俺は正直に言えなくなってしまうと思ったからだ。
千尋は俺の顔をまじまじと見ている。

「肝臓癌ステージ4。余命半年だそうだ」

 自分でも辛い。
 そして、それを話して悲しむ千尋のことを想うと気持ちが溢れて涙が出てきそうなのを必死に抑え込む。

「うそでしょっ、ねぇ」

 口に手を当てながら千尋も必死に涙を堪える。

「もう仕方ないことはさ、諦めて、残された時間を大事に行きたいと思ってるんだ」

 俺は笑顔でおどけたように話をした。
ただ、上げた口角で押された瞳は涙をこぼした。

「本当・・・なのね?」

「あぁ・・・それで頼みがある」

 俺は涙を拭って再び気持ちを引き締めた。

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