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2話 家族写真

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 その後、俺の身体に対する質問に北沢先生は丁寧に答えてくれた。

 北沢先生は抗がん剤治療の話を聞かされて動揺している俺のリアクションを見ながら、わからない顔をしているとかみ砕いたりして教えてくれた。

 こんな経験は初めてだ。
 けれど、どこか俺の頭にはすーっと入ってきた。
 わかっていたのかもしれない、自分の身体のことだから・・・自分の身体が末期に来ていることを。
 

「ふぅ」

 俺はぼーっと病院の庭のベンチに座り、だらっとした体勢で空を見上げる。
 天気は晴天ではなく、晴れもしくは曇り。

「ちっ」

 ぷかぷか浮いてゆっくり流れる雲を見ているといつもなら穏やかな気持ちになるだろうが、今日は違う。

 俺の世界が終焉までのカウントダウンが始まったと言うのに、ぷかぷかと雲がゆっくり流れているのを見ると、世界にとって俺の存在感なんてあってないようなものだと感じて、平和な世界が憎たらしく感じる。

 俺は今度は太ももに両肘を付けながら、地面を見ると、タイミングよく太陽を雲が隠したのか、影に覆われて余計気持ちが塞がる。

(もう・・・いいか)

 人はいつか死ぬものだし、さっきの説明を聞くとかなり抗がん剤を受けながら生きることは辛いようだ。それなら、もう死んでしまった方が幸せなのかもしれない。

(いやいや、俺には家族がいるだろうが!!)

 どんどん悪い方へと考えてしまうのを、首を振って考えをリセットさせる。

スマホの待ち受け画面を見る。
 
 スカした顔でぶかぶかのスーツを着ている息子、その息子に笑顔で肩を組んでいる和服の俺、暖かく見守る洋服の妻の写真―――

「天堂君、お父さんと同じ棋士になった感想は?」

 たくさんのスーツ姿の大人たちが腕章を腕に巻いて、直に見たり、カメラ越しに見たりしながらフラッシュを光らせる。
 俺は緊張しているんじゃないかと肩を組んだ息子を見る。

「父さんはどうでもいいです。てか弱すぎだし」

「こいつめ~」

 照れているのか、ぶっきらぼうに答える息子。

 俺の自慢の息子。
トンビが鷹を産んだなんてことわざがあるがあいつは龍だ。
 未だに将棋界の無敗の神童、天堂凛太郎。
 細々と棋士をやっている俺なんて比ではない。類稀なる才。
 
 ポタッとスマホに水滴が落ちる。
 空を見上げるが、天気は変わっていない。
 
「だっせっ」

 俺は久しぶりに涙を流しているのを自覚した。
 この写真を撮った時期に凛太郎がプロ棋士になれた時以来か。

 まだあいつは中学生。

「やるぞ」
 
 パンッと、両頬を叩く。

 俺はあいつの父親だ。
 棋士として伝えられことは少ないかもしれないが、父としてあいつに教えるべきこともある、なにより俺はあいつの1番のファンなんだ。

 まだ、生きて、凛太郎を見ていたい。
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