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4話 妻へのお願い、辿り着くべき日
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「頼みって何なの?」
千尋も俺の覚悟した顔を見て、俺と同じように涙を拭い真剣な顔をする。
俺にはもったいないくらいの美人で凛々しい千尋。
俺が凹んでいる時は、慰めてくれたり、叱咤したりしてくれたしっかりした女性だ。
凛太郎は千尋のこういう凛々しいところに似てくれたことを俺は本当に嬉しいと思った。
「倫太郎には、伝えないで欲しい」
千尋は何か言いたそうな顔をしたけれど、堪えてくれた。
「プロなってあいつは大事な時期なんだ。あいつの足を引っ張る真似はしたくない。そして・・・残された時間を父親として、伝えたいことを伝えきりたいんだ」
「残された時間をなんて、言わないでよっ!!・・・それに、そんなこと言ったって、伝えないわけにいかないでしょ!!だって、あと・・・半年・・・なんでしょ」
余命を認めたくない。
けれど、現実逃避をして大切な時間を失いたくもない。
そんな千尋の気持ちがひしひしと俺に伝わってきた。
「あぁ・・・っ。だから凛太郎の記録が止まるまで喋らないでおいてくれ」
千尋は黙る。
千尋は毅然と振る舞おうとするが、涙は溢れて全然止まらない。
千尋は顔の涙をわずかに拭くが、俺から目線を逸らさず口を開いた。
「約束して」
色々な気持ちを乗せた重みのある言葉。
「凛太郎に私は伝えない。その代わりにあなたが伝えて」
「あぁ・・・あいつが負けたら・・・」
「負けたらじゃなくて、負かすの・・・あなたが、凛太郎に黒星を付けて、父親として・・・父親の責任として、ちゃんと、伝えて」
俺は予想外の言葉にびっくりする。
千尋もわかっているはずだ。
この歳にもなってC級でなんとか現役を細々と続けている俺と、飛ぶ鳥を落とす勢いの凛太郎では勝負にならない。俺が凛太郎に勝つには今なら飛車角落ちで勝てるかどうか、まともな勝負なら凛太郎が小学生低学年くらいに遡る必要がある。
「あの子不器用だから、壁にぶつかるとなかなか立ち上がれないでしょ?でも、私たち、凛太郎のペースでそこからゆっくり成長すればいいから、暖かく見守ろうって決めてたじゃない?でも、負けた時、あなたがいなかったら立ち上がれないかもしれない」
「そんなことはない、千尋。お前がいれば大丈夫だ」
心からの本心。
「逃げないで!母親の私にだけ、押し付けてないでよ!あなたが・・・あなたが、凛太郎に棋士としての厳しさ、そして父親としての意地を見せなさいよ。立ち直り方を伝えて・・・?」
千尋のこんなにも真剣で、悲し気な顔を始めて見た。
「あぁ・・・わかった」
千尋に懇願されるなんてのは、これが初めてかもしれない。
夫として、いや、愛する者として、最初で最後になるだろう千尋の懇願を守れなければ俺は男じゃない。
これが最後の妻の願い。
こんな役立たずの俺だがいなくなれば、少なからず苦労をかける。
俺ができる最後のことはこの約束を守ることだろう。
二人でカレンダーを見る。
竜王トーナメント。
初対戦できるとすれば、冗談でそこだろう、と話をしていた日。
格好を付けて、親子の雌雄を決しようじゃなかと、凛太郎に伝えたら鼻で笑われたがどうやら、その日しか残されていない。
そこが親子でプロとして対局できる最初で最後の対局。
願望だったその日が、俺たち親子が辿り着くべき日へと変わった。
千尋も俺の覚悟した顔を見て、俺と同じように涙を拭い真剣な顔をする。
俺にはもったいないくらいの美人で凛々しい千尋。
俺が凹んでいる時は、慰めてくれたり、叱咤したりしてくれたしっかりした女性だ。
凛太郎は千尋のこういう凛々しいところに似てくれたことを俺は本当に嬉しいと思った。
「倫太郎には、伝えないで欲しい」
千尋は何か言いたそうな顔をしたけれど、堪えてくれた。
「プロなってあいつは大事な時期なんだ。あいつの足を引っ張る真似はしたくない。そして・・・残された時間を父親として、伝えたいことを伝えきりたいんだ」
「残された時間をなんて、言わないでよっ!!・・・それに、そんなこと言ったって、伝えないわけにいかないでしょ!!だって、あと・・・半年・・・なんでしょ」
余命を認めたくない。
けれど、現実逃避をして大切な時間を失いたくもない。
そんな千尋の気持ちがひしひしと俺に伝わってきた。
「あぁ・・・っ。だから凛太郎の記録が止まるまで喋らないでおいてくれ」
千尋は黙る。
千尋は毅然と振る舞おうとするが、涙は溢れて全然止まらない。
千尋は顔の涙をわずかに拭くが、俺から目線を逸らさず口を開いた。
「約束して」
色々な気持ちを乗せた重みのある言葉。
「凛太郎に私は伝えない。その代わりにあなたが伝えて」
「あぁ・・・あいつが負けたら・・・」
「負けたらじゃなくて、負かすの・・・あなたが、凛太郎に黒星を付けて、父親として・・・父親の責任として、ちゃんと、伝えて」
俺は予想外の言葉にびっくりする。
千尋もわかっているはずだ。
この歳にもなってC級でなんとか現役を細々と続けている俺と、飛ぶ鳥を落とす勢いの凛太郎では勝負にならない。俺が凛太郎に勝つには今なら飛車角落ちで勝てるかどうか、まともな勝負なら凛太郎が小学生低学年くらいに遡る必要がある。
「あの子不器用だから、壁にぶつかるとなかなか立ち上がれないでしょ?でも、私たち、凛太郎のペースでそこからゆっくり成長すればいいから、暖かく見守ろうって決めてたじゃない?でも、負けた時、あなたがいなかったら立ち上がれないかもしれない」
「そんなことはない、千尋。お前がいれば大丈夫だ」
心からの本心。
「逃げないで!母親の私にだけ、押し付けてないでよ!あなたが・・・あなたが、凛太郎に棋士としての厳しさ、そして父親としての意地を見せなさいよ。立ち直り方を伝えて・・・?」
千尋のこんなにも真剣で、悲し気な顔を始めて見た。
「あぁ・・・わかった」
千尋に懇願されるなんてのは、これが初めてかもしれない。
夫として、いや、愛する者として、最初で最後になるだろう千尋の懇願を守れなければ俺は男じゃない。
これが最後の妻の願い。
こんな役立たずの俺だがいなくなれば、少なからず苦労をかける。
俺ができる最後のことはこの約束を守ることだろう。
二人でカレンダーを見る。
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初対戦できるとすれば、冗談でそこだろう、と話をしていた日。
格好を付けて、親子の雌雄を決しようじゃなかと、凛太郎に伝えたら鼻で笑われたがどうやら、その日しか残されていない。
そこが親子でプロとして対局できる最初で最後の対局。
願望だったその日が、俺たち親子が辿り着くべき日へと変わった。
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