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失いたくないもの②(ラヨネ視点)
しおりを挟む「コタッ!! 」
傷付いたコタを見て、山賊の頭はとても楽しそうにもう一回殴ろうと拳を握った。その笑顔は僕の命を狙っていた兄様の騎士達と同じ歪んだ笑顔だった。
ー 嫌だ。…嫌だッ。
無我夢中で手を伸ばすとコタの姿が僕を逃してくれた騎士達と重なる。
何時も守ってくれた彼等と離れるのが怖くて、侍従に「お早く。」と手を引かれながら伸ばしたあの手。彼等はその手を掴む事なく、苦笑を浮かべて、「また会えますから。」と剣を構えた。
ー 嫌だ。そんなの嘘だ。だって結局、帰って来なかった。
最初の頃は頑張って生き残れば、また彼等に会えると本気で思っていた。でも彼等は現れなかった。現れなかったんだ。
ー 駄目。駄目だよ。嫌だ。また、また…。
また失うの?
また僕から奪うの?
何で僕なの? 何で…。何で。
頭の中で何で嫌だと感情が暴れる。
暴れて溢れて行き場のなくなった感情は目から溢れて頰を伝った。しかし、パチリッと静電気が弾ける音がして、涙は地面に落ちる前に蒸発した。
ー・ー なら、君はどうする? ー・ー
そう声が聞こえて振り返る。
しかし、そこには誰も居らず、不思議に思いながらもコタに視線を戻した。
するとコタが山賊の頭を地面に沈めていた。
その姿にホッと胸を撫で下ろす。
絶対に勝つという強い意志の通った夜空色の瞳が陽光を受けて宝石のように煌めく。だが…。
「ゴホッ。」
コタの桃色の唇から咳が漏れる。
ふらりと身体が少し揺れたが、意地で無理矢理足を前に踏み出し、山賊の頭の拳を交わしたように見えた。
「ふふっ。限界が近いようですね。」
山賊の頭が歓喜の声をあげ、その場でくるくるとタンゴでも踊るかのように回る。コタはキッと睨み、拳を握ろうとしたがぐらりと大きく身体が揺れてその場に膝をついた。
「ふふふっ。苦しい? 辛い? 痛い? ああ、可哀想。ああ、羨ましい。ああ、憎い。」
ふふふっと不気味に山賊の頭は笑い続ける。
コタは顔を顰めて、無理矢理立ち上がり、パンっと気合を入れるかのように両頬を挟むように叩いた。
「限界? それがどうした。俺はお前が倒れるまで倒れる気はねぇよ。」
「ふふふふっ。何故、未だ魔力供給が絶たれた貴方が生命活動を続けられているかは疑問ですが、相当身体にはキているみたいですね。……ふふふっ。流石、吾の主人。首の締め加減が分かってらっしゃる。」
「ごたごた言ってねぇでさっさと来いよ。喧嘩なら口じゃなく、拳で語れ。」
「ふふっ。その強がりが何処まで続くか見ものですね。」
互いに拳を構えるとまた激しい攻防が始まる。
先程、膝をついたとは思えないコタのキレのある動きに思わず、魅入る。
しかし、先程とは違い、その瞳に宿るのは死にかけの獣のような鬼気迫るもの。コタの背後から忍び寄る死の気配にブルリと身体に悪寒が走る。
このままじゃ、駄目だとその気配が告げる。
例え、勝ったとしてもただでは済まないと。
チラリと隣で頭を抱え、未だ焦点の合わない目をしたモモを見やる。
モモを頼る事は出来ない。
今、動けるのは自分だけ。何の力も持たないリスの半獣人の自分に何が出来る?
『お前は充分、強い奴だろ。』
頭の中で先程のあの笑顔が咲く。
同情などではなく、お前は強いんだと力強く肯定してくれるあの笑顔。
世界で一番大好きな人の愛おしい笑顔。
『強さっていうのは身体能力で決まるのか? 力があれば強いのか? 違うだろ。強さっていうのは多種多様でソイツにはソイツの強さってもんがある。だからラヨネにはラヨネだけの強さがある。』
トントンっと突かれた胸は苦しい程に鼓動が早まり、その優しい声が何時だって僕の心を照らし、僕は僕でいいと背を押してくれる。
ー 失いたくない。
命を削り、それでも向かい続けるコタの背に手を伸ばす。
あの日、掴まれる事のなかったこの手はコタが握ってくれた。しかし、この小さな手は誰かを繋ぎ止めるにはあまりに小さく、今のコタを僕に繋ぎ止めるには弱過ぎる。
ー・ー じゃあ、諦めるのかい? ー・ー
そうまたあの声に問われて、首を横に振る。
そんなの絶対にごめんだ。
僕の世界にはコタが必要だ。コタがいれば何もいらない。コタだけでいい。
コタがいないならこんな世界存在する価値もない。誰にも譲らないし、誰にも奪わせない。
この小さな手だけで繋ぎ止められないのなら口だろうが足だろうが使ってでも繋ぎ止める。
この手が掴まれないのなら自分で掴みに行けばいいんだ。
『沢山辛い経験をしてお前はそれでも必死に足掻いて、生きてきたんだろ? 』
そう僕はただ死にたくない一心でこの一年と数ヶ月、一人で死に物狂いで生にしがみついた。
『その強さは力や優れた身体能力なんざより誇れる強さだと俺は思うけどな。』
それが僕の強みなのか。
それは僕にはまだ分からない。
でも、執着じみたこの生への渇望は、コタへの想いは、一生捨てる事はできない。
この二つの想いだけは誰にも負ける気がしない。
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