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第九章 大東亜戦争Ⅱ(戦中編)
長門
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「旗艦の部屋はなかなか立派だな」
「士官用の部屋よ。まあ私に士官なんて要らないからね」
まるで帝国ホテルの一室のような豪華な部屋が、瑞鶴の普段の居場所である。基本的に部屋は余りに余っているので、こういう贅沢も許されるというものだ。
とは言え瑞鶴は自分の部屋の中でお行儀よくするような趣味はないので、床にちゃぶ台を置いて床に座るのを常としている。長門と瑞鶴はちゃぶ台を挟んで座る。長門は少しおどおど死ながら座った。
「緊張してるの?」
「ま、まあな。他の船魄と会うというのは初めてだからな」
「別にそんな気を張ることないのに。ところで、あなたは過去のことをどれくらい覚えてるの?」
「それは当然、竣工してからのことはおおよそ覚えているが」
長門は瑞鶴の質問の意図を読みかねたが、瑞鶴にはその答えで十分であった。
「なるほどね。やっぱり目覚める前の記憶ってのは、勝手についてくるのね」
「と言うと、どういうことだろうか」
「何でもないわ。気にしないで」
瑞鶴は一つ確信を持った。瑞鶴も目覚めた瞬間から過去の記憶を持っていたが、それは人為的に作り出された記憶だということ。そしてそれを人間が適当に捏造することも可能だということに。
「そ、そうか。では改めて、よろしく頼む。恥ずかしながら、私は今のところ艦体に大きな損傷を負い、真珠湾の固定砲台としてしか活動できないが」
「私も似たようなものよ。気にしないで」
「貴艦は自らが動けなくても戦えるではないか。そういうところは空母が羨ましい」
「まあ、それはそうだけど」
あまり会話が弾まない。初対面だというのもあるし、同じ船魄とは言え空母と戦艦なので、共通の話題があまりないのである。
「――一つ、不快にさせるかもしれないことを聞くんだけど、いいかしら?」
「何でも構わないぞ」
「あんたって20年前の41cm砲艦でしょ? 今でも役に立つの?」
「な、なかなか突っ込んだことを聞いてくるのだな」
予想を超えた不躾な質問に長門は驚いた。
「ごめん。けど使えない艦を戦場に出す訳にはいかないし」
「確かに……それは道理だな。だが安心してくれ。アメリカの戦艦は依然として41cm砲までしか積んでおらず、防御も対41cm砲程度に留まっている。今から46cm砲級の戦艦を建造している余裕はあるまい。新鋭のアイオワ級と比べると主砲は1門少ないが、技量の差で埋められる差だ」
「なるほどね。じゃあ問題ないか」
「ああ。大和型に後れを取るつもりはないぞ」
「大和ねえ……」
「あっ、す、すまない。あまり話題に出さない方がよかったな」
長門はハワイ沖海戦の顛末についてもちゃんと知っている。瑞鶴と大和が激しい戦いを共に戦った戦友であるということも。
「いえ、そんなに気を遣われたら逆に気持ち悪いわ」
「ならば、よかった」
「まあ、あんたに大和の代わりなんて無理だとは思うけど」
「いや、そ、それは……」
――完全に怒っているではないか……
瑞鶴の逆鱗に触れてしまったようだと思いつつ、しかし自分の戦術的価値を軽んじられるのは好ましくないと、長門は対応に悩む。
「確かに私には大和のように敵を一方的に殲滅することはできないが、アメリカの戦艦相手に撃ち負けることはない。貴艦に近寄る敵を追い払うくらいのことは容易だ」
「あ、そう」
「……興味なさげだな」
「あなたのことは大体分かった。使い物にならないってことは、まずないでしょうね」
「そうか。ならばよかった」
「でも、私が欲しいのは大和の代わりなのよ」
「そう言われてしまうと……私に大和と同等の働きをするのは不可能なのだが……」
「そういうことじゃないの」
瑞鶴は立ち上がり、長門のすぐ隣に座り直した。瑞鶴の突然の行動に、長門は固まってしまう。
「な、何だ……?」
「私はねえ、私を慰めてくれる人が欲しいの」
「なるほど。確かに精神的な支えは必要だろう」
「まあ、そうとも言えるけど」
瑞鶴は長門の両肩を押して、カーペットの床に押し倒した。
「んなっ……」
「大和の代わりになってくれるんでしょう? なら、私に抱かれてよ。そのくらいいいよね?」
「そういう、ことか」
瑞鶴は舌なめずりをして、長門の上着に手をかける。
「大和と……こういう乱れた行為に及んだのか?」
「ええ、そうよ。だって仕方ないじゃない。素面で殺し合いなんてやってられないわ」
先程まで平気そうにしていた瑞鶴だったが、やはりハワイ沖海戦で大和と翔鶴を失ったのは心に刺さっていたらしい。瑞鶴は今、心が完全に暴走していた。
「私を犯すというのか」
「その通り。私を慰めて」
「まったく、人を襲っておいてその態度か」
「えっ……」
長門は静かに、しかし力強く、瑞鶴の手を払い除けた。瑞鶴はそうされると全く想定しておらず、ただただ目を丸くしていた。
「ふざけるな、貴様。貴様の気持ちは理解できないでもないが、合意もなく人を襲うなど暴漢そのものではないか」
「いや、そ、それは、そうだけど……」
「貴様は獣と変わらん。反省しろ」
「…………」
長門は瑞鶴をどけて立ち上がる。瑞鶴は何もできなかった。
「一度頭を冷やすといい。さらばだ」
「え、ええ…………」
長門はわざとらしく足音を立てて瑞鶴の部屋を去った。瑞鶴は何も考えられなかった。
「士官用の部屋よ。まあ私に士官なんて要らないからね」
まるで帝国ホテルの一室のような豪華な部屋が、瑞鶴の普段の居場所である。基本的に部屋は余りに余っているので、こういう贅沢も許されるというものだ。
とは言え瑞鶴は自分の部屋の中でお行儀よくするような趣味はないので、床にちゃぶ台を置いて床に座るのを常としている。長門と瑞鶴はちゃぶ台を挟んで座る。長門は少しおどおど死ながら座った。
「緊張してるの?」
「ま、まあな。他の船魄と会うというのは初めてだからな」
「別にそんな気を張ることないのに。ところで、あなたは過去のことをどれくらい覚えてるの?」
「それは当然、竣工してからのことはおおよそ覚えているが」
長門は瑞鶴の質問の意図を読みかねたが、瑞鶴にはその答えで十分であった。
「なるほどね。やっぱり目覚める前の記憶ってのは、勝手についてくるのね」
「と言うと、どういうことだろうか」
「何でもないわ。気にしないで」
瑞鶴は一つ確信を持った。瑞鶴も目覚めた瞬間から過去の記憶を持っていたが、それは人為的に作り出された記憶だということ。そしてそれを人間が適当に捏造することも可能だということに。
「そ、そうか。では改めて、よろしく頼む。恥ずかしながら、私は今のところ艦体に大きな損傷を負い、真珠湾の固定砲台としてしか活動できないが」
「私も似たようなものよ。気にしないで」
「貴艦は自らが動けなくても戦えるではないか。そういうところは空母が羨ましい」
「まあ、それはそうだけど」
あまり会話が弾まない。初対面だというのもあるし、同じ船魄とは言え空母と戦艦なので、共通の話題があまりないのである。
「――一つ、不快にさせるかもしれないことを聞くんだけど、いいかしら?」
「何でも構わないぞ」
「あんたって20年前の41cm砲艦でしょ? 今でも役に立つの?」
「な、なかなか突っ込んだことを聞いてくるのだな」
予想を超えた不躾な質問に長門は驚いた。
「ごめん。けど使えない艦を戦場に出す訳にはいかないし」
「確かに……それは道理だな。だが安心してくれ。アメリカの戦艦は依然として41cm砲までしか積んでおらず、防御も対41cm砲程度に留まっている。今から46cm砲級の戦艦を建造している余裕はあるまい。新鋭のアイオワ級と比べると主砲は1門少ないが、技量の差で埋められる差だ」
「なるほどね。じゃあ問題ないか」
「ああ。大和型に後れを取るつもりはないぞ」
「大和ねえ……」
「あっ、す、すまない。あまり話題に出さない方がよかったな」
長門はハワイ沖海戦の顛末についてもちゃんと知っている。瑞鶴と大和が激しい戦いを共に戦った戦友であるということも。
「いえ、そんなに気を遣われたら逆に気持ち悪いわ」
「ならば、よかった」
「まあ、あんたに大和の代わりなんて無理だとは思うけど」
「いや、そ、それは……」
――完全に怒っているではないか……
瑞鶴の逆鱗に触れてしまったようだと思いつつ、しかし自分の戦術的価値を軽んじられるのは好ましくないと、長門は対応に悩む。
「確かに私には大和のように敵を一方的に殲滅することはできないが、アメリカの戦艦相手に撃ち負けることはない。貴艦に近寄る敵を追い払うくらいのことは容易だ」
「あ、そう」
「……興味なさげだな」
「あなたのことは大体分かった。使い物にならないってことは、まずないでしょうね」
「そうか。ならばよかった」
「でも、私が欲しいのは大和の代わりなのよ」
「そう言われてしまうと……私に大和と同等の働きをするのは不可能なのだが……」
「そういうことじゃないの」
瑞鶴は立ち上がり、長門のすぐ隣に座り直した。瑞鶴の突然の行動に、長門は固まってしまう。
「な、何だ……?」
「私はねえ、私を慰めてくれる人が欲しいの」
「なるほど。確かに精神的な支えは必要だろう」
「まあ、そうとも言えるけど」
瑞鶴は長門の両肩を押して、カーペットの床に押し倒した。
「んなっ……」
「大和の代わりになってくれるんでしょう? なら、私に抱かれてよ。そのくらいいいよね?」
「そういう、ことか」
瑞鶴は舌なめずりをして、長門の上着に手をかける。
「大和と……こういう乱れた行為に及んだのか?」
「ええ、そうよ。だって仕方ないじゃない。素面で殺し合いなんてやってられないわ」
先程まで平気そうにしていた瑞鶴だったが、やはりハワイ沖海戦で大和と翔鶴を失ったのは心に刺さっていたらしい。瑞鶴は今、心が完全に暴走していた。
「私を犯すというのか」
「その通り。私を慰めて」
「まったく、人を襲っておいてその態度か」
「えっ……」
長門は静かに、しかし力強く、瑞鶴の手を払い除けた。瑞鶴はそうされると全く想定しておらず、ただただ目を丸くしていた。
「ふざけるな、貴様。貴様の気持ちは理解できないでもないが、合意もなく人を襲うなど暴漢そのものではないか」
「いや、そ、それは、そうだけど……」
「貴様は獣と変わらん。反省しろ」
「…………」
長門は瑞鶴をどけて立ち上がる。瑞鶴は何もできなかった。
「一度頭を冷やすといい。さらばだ」
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