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第九章 大東亜戦争Ⅱ(戦中編)
⑦計画
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「最近、瑞鶴と長門の仲が悪そうなんだが、どうしたものか……」
人間関係などというものに興味のない岡本大佐であっても、瑞鶴と長門の間にある淀んだ空気は流石に感じ取っていた。
「そう言われましても……そういうものとは縁のない人間が集まっているのが我々なのでは……」
「はぁ。その通りだな。我々には何もできないが」
「様子を見るくらいしかできないかと……。そうだ、大佐殿、栗田中将閣下が大佐殿をお呼びですよ」
「中将閣下が? 分かった」
大佐はハワイ駐留艦隊の事実上の最高責任者である猛将、栗田中将に呼び出された。ハワイ沖海戦の戦果から今度大将に昇進する予定らしく、多くの将官が失われた今、帝国海軍の第一人者となりつつある男だ。
「岡本大佐です。何用でしょうか?」
「君に見てもらいたいものがあってな」
栗田中将は自ら数十枚の束になった書類を手渡した。何やら軍機に属するものだと思いつつ中身を見てみると、それは『第七次海軍充実計画』つまり『⑦計画』の草案であった。海軍充実計画とはその名の通り、向こう数年から十年程度で建造すべき艦艇を計画したものである。
「海軍省はもうやる気満々なのですか」
「船魄という戦争のルールを塗り替える兵器を、君が開発したんだ。これからはそれを前提に海軍を整備していく時代になるだろう」
「なるほど。それで私の助言が欲しいと」
「その通りだ。そこに今のところの計画は全て書いてある。問題があったら忌憚なく指摘してくれ」
「ええ、そう言われずとも文句があったら言いますよ」
岡本大佐はその場で草案を片っ端から読み込む。端的に言えば大東亜戦争の戦訓を盛り込んで様々な種類の艦艇を大量に建造するというものであった。
「超大和級戦艦とは。一度消えた計画だったのでは?」
船魄とはあまり関係ないが、岡本大佐はその記述に目を引かれた。一度廃案になった筈の超大和級戦艦建造計画が再び持ち上がっているらしい。
「船魄化されて以来、大和の活躍は非常に大きなものだ。適切な航空援護さえあれば戦艦はまだまだ活躍の場があると、海軍省も軍令部も判断したんだろう」
「確かに、アメリカ海軍の半分は大和が消し炭にしましたからね」
「それについても、君の知見から何か問題があるのかね?」
「そうですね……別に超大和級戦艦に限った話ではないのですが、私には一つ大きな懸念があるのです」
「懸念?」
「瑞鶴、大和、長門。これらの船魄を建造する際我々は、彼女らに艦としての自意識を与える為に、目覚める前に艦歴を事細かく覚え込ませました。しかしどうも、我々が教えていない筈の情報を彼女達は知っている。しかもかつて自分が体験したことのように、それを語るのです」
岡本大佐は熱心に語るが、栗田中将は顔に疑問符を浮かべるばかり。
「……言いたいことがよく分からないんだが」
「分かりませんか? つまり彼女達は、基となった軍艦の記憶そのものを何らかの形で保持しているのです。それは言わば、軍艦に元より魂が宿っていて、それが彼女達に乗り移ったようなものです」
「よく分からないが、それはオカルトという分野に入るんじゃないのかね?」
「ええ。私もそう思います。しかしそうと考えなければ説明できない事象が多数確認されています。鉄の塊が記憶を持っているなど、私にも到底信じられませんが、他に整合性を持って現実を説明できる仮説は存在しません」
「な、なるほど……。つまり、それが⑦計画とどう繋がるんだ?」
「これまで我々が船魄化した艦は全て、その時点で十分な戦歴を持った艦でした。故に船魄達が自己を認識することは容易だった、という可能性があります。つまり過去を持たない新造艦を船魄化した場合、その船魄は自らを船魄と認識できない可能性がある、ということです」
「つまりは新造艦は船魄化できないということかね?」
「可能性ですが、そう言えます。まだ一つも実例がないので何とも言えませんがね。しかし私の懸念が現実になった場合、新造した艦艇がことごとく使い物にならない可能性があります」
「それは困ったな……。超大和級を建造しても動かないかもしれないということじゃないか」
「その通りです」
「どうすればいい?」
「私に実験をさせてください。つまり、新造艦艇を何か一つ、私に貸して頂きたい。船魄化を行い、どういう挙動を示すか確認する必要があります」
「分かった。海軍省に掛け合ってみよう。戦時急造の海防艦などは余っている筈だ」
海防艦とは船団護衛の為に大量生産されていた、ほとんど対潜戦だけを目的とした小型艦艇である。だが瑞鶴と大和によってアメリカ軍は駆逐され、そのほとんどは実戦経験もなく輸送船などとして使われている。
「できれば新造されたての艦艇をお願いします」
「分かった。しかしそうなると、君は内地に戻るのかね?」
「貴重な実験ですから、そうすることになるかと。船魄達のことはよろしくお願いします」
「よろしくと言われても困るが……善処しよう」
「ありがとうございます」
栗田中将の要請はすぐに受け入れられ、岡本大佐はすぐさま二式大艇で内地に飛んで呉海軍工廠に向かった。
人間関係などというものに興味のない岡本大佐であっても、瑞鶴と長門の間にある淀んだ空気は流石に感じ取っていた。
「そう言われましても……そういうものとは縁のない人間が集まっているのが我々なのでは……」
「はぁ。その通りだな。我々には何もできないが」
「様子を見るくらいしかできないかと……。そうだ、大佐殿、栗田中将閣下が大佐殿をお呼びですよ」
「中将閣下が? 分かった」
大佐はハワイ駐留艦隊の事実上の最高責任者である猛将、栗田中将に呼び出された。ハワイ沖海戦の戦果から今度大将に昇進する予定らしく、多くの将官が失われた今、帝国海軍の第一人者となりつつある男だ。
「岡本大佐です。何用でしょうか?」
「君に見てもらいたいものがあってな」
栗田中将は自ら数十枚の束になった書類を手渡した。何やら軍機に属するものだと思いつつ中身を見てみると、それは『第七次海軍充実計画』つまり『⑦計画』の草案であった。海軍充実計画とはその名の通り、向こう数年から十年程度で建造すべき艦艇を計画したものである。
「海軍省はもうやる気満々なのですか」
「船魄という戦争のルールを塗り替える兵器を、君が開発したんだ。これからはそれを前提に海軍を整備していく時代になるだろう」
「なるほど。それで私の助言が欲しいと」
「その通りだ。そこに今のところの計画は全て書いてある。問題があったら忌憚なく指摘してくれ」
「ええ、そう言われずとも文句があったら言いますよ」
岡本大佐はその場で草案を片っ端から読み込む。端的に言えば大東亜戦争の戦訓を盛り込んで様々な種類の艦艇を大量に建造するというものであった。
「超大和級戦艦とは。一度消えた計画だったのでは?」
船魄とはあまり関係ないが、岡本大佐はその記述に目を引かれた。一度廃案になった筈の超大和級戦艦建造計画が再び持ち上がっているらしい。
「船魄化されて以来、大和の活躍は非常に大きなものだ。適切な航空援護さえあれば戦艦はまだまだ活躍の場があると、海軍省も軍令部も判断したんだろう」
「確かに、アメリカ海軍の半分は大和が消し炭にしましたからね」
「それについても、君の知見から何か問題があるのかね?」
「そうですね……別に超大和級戦艦に限った話ではないのですが、私には一つ大きな懸念があるのです」
「懸念?」
「瑞鶴、大和、長門。これらの船魄を建造する際我々は、彼女らに艦としての自意識を与える為に、目覚める前に艦歴を事細かく覚え込ませました。しかしどうも、我々が教えていない筈の情報を彼女達は知っている。しかもかつて自分が体験したことのように、それを語るのです」
岡本大佐は熱心に語るが、栗田中将は顔に疑問符を浮かべるばかり。
「……言いたいことがよく分からないんだが」
「分かりませんか? つまり彼女達は、基となった軍艦の記憶そのものを何らかの形で保持しているのです。それは言わば、軍艦に元より魂が宿っていて、それが彼女達に乗り移ったようなものです」
「よく分からないが、それはオカルトという分野に入るんじゃないのかね?」
「ええ。私もそう思います。しかしそうと考えなければ説明できない事象が多数確認されています。鉄の塊が記憶を持っているなど、私にも到底信じられませんが、他に整合性を持って現実を説明できる仮説は存在しません」
「な、なるほど……。つまり、それが⑦計画とどう繋がるんだ?」
「これまで我々が船魄化した艦は全て、その時点で十分な戦歴を持った艦でした。故に船魄達が自己を認識することは容易だった、という可能性があります。つまり過去を持たない新造艦を船魄化した場合、その船魄は自らを船魄と認識できない可能性がある、ということです」
「つまりは新造艦は船魄化できないということかね?」
「可能性ですが、そう言えます。まだ一つも実例がないので何とも言えませんがね。しかし私の懸念が現実になった場合、新造した艦艇がことごとく使い物にならない可能性があります」
「それは困ったな……。超大和級を建造しても動かないかもしれないということじゃないか」
「その通りです」
「どうすればいい?」
「私に実験をさせてください。つまり、新造艦艇を何か一つ、私に貸して頂きたい。船魄化を行い、どういう挙動を示すか確認する必要があります」
「分かった。海軍省に掛け合ってみよう。戦時急造の海防艦などは余っている筈だ」
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