劇薬博士の溺愛処方

ささゆき細雪

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二度目のクリスマス(求婚編)

プロポーズは二枚の婚姻届とともに * 4 *

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 三葉の元彼は薬科大の近所にあった私立大に通う年上の男性で、バレーボールのサークルつながりで知り合った。向こうから気にかけてくれるようになり、そのまま男女交際がスタートした。

 はじめての彼氏だったこともあり、セックスの基本的なことは彼から教えてもらった。とはいえ体育会系の性格だった彼からすると、三葉とのセックスも運動の一環として扱っていたようで、欲望のままにガツガツするというよりも、彼に指示されるがまま協力プレイをして気持ちいい汗をかくような、ちょっぴり物足りなさを感じるものでもあった。

 唯一の例外が、彼の一物にゴムを上手につけられなかった日に行ったナマで行うセックスだ。
 ナマで行うとはいえ、中出しは行わず、三葉の腹のうえへ白濁をぶちまけるのが暗黙のルール。もし妊娠したら責任取るよと言ってくれたが学生のうちは無理だよと三葉の方から彼を突き放すのが常だった。

 いつしか決まった日に行うスポーツのようなセックスに慣らされていた三葉だったが、その平穏は彼の二股によってあっさり崩されてしまう。よりによって大学のロッカールームで、立ったまま野獣のようにつがう男女の姿を目撃してしまったのだ。彼が自分相手にスポーツのようなセックスしかしなかった理由、それは彼の欲望のままに抱きたい女性が別に存在していた、それだけのことだったのだ。

 ――だからそれ以来、セックスはスポーツじゃない別の魔物だと三葉は悟る。

 そして、大学卒業後に、元彼とはぜんぜんタイプの異なる男性から猛烈なアプローチを受け、絆される形で琉との付き合いを開始したのだ。
 欲望のままに、本能のままに求められることに慣れていなかった三葉は、ここで初めて知ったのだ。
 スポーツなんかじゃない、濃厚な愛に溢れたセックスというものに……


   * * *


「――やっちゃった……っ?」


 拘束されていた包帯をほどかれ、もこもこのフリースケットに包まれて眠らされていた全裸の三葉が琉のベッドの上で目覚めたときには既に午後の四時を回っていた。冬は日の入りが早いから、既に窓の向こうは暮れなずんでいて、繁華街の明かりがちらほらと目立ちはじめている。そういえばここは琉の職場の病院に近いから、三葉が働いている新宿にも近いのだなと思い返し、慌てて裸体を隠すようにフリースケットを手繰り寄せる。
 広々としたワンルームをパーテーションで区切っているだけの空間を寝室にしているので三葉の呟きは琉にも届いていたらしい。すぐさま応じる声が返ってきた。

「なにが?」
「あ、あの……わたし、お酒、飲みすぎて」
「うん」

 調子に乗ってお酒をたくさん飲んだことは覚えている。そのまま身体を火照らせて琉が欲しいとおねだりした気がするけれど……たしかそのときにあらぬことを口にして怒らせてしまったはずだ。
 キッチンからお盆を持って三葉の元へ来た琉は「ごめんねは?」と微笑んで、マグカップに入ったココアをベッドサイドに置く。ほのかに香るチョコレートの甘い匂いに、三葉はホッとして素直になる。

「ご、ごめんなさい」
「どうして俺がお仕置きしたかわかってるよね」
「やっぱりあれ、お仕置きだったんですね……」

 一糸纏わぬ姿になって両手を包帯で拘束され、ローターだけで絶頂を極めさせられたかと思えば彼の手と口による愛撫が加わって、それなのに最後まではしてくれなくて……あれは、ナマでしたいと口にした三葉を窘める為だけではない、過去の彼氏とのセックスを知った琉の嫉妬も確実に混ざっていたはずだ。
 けれど、自分が言わなくてもよい言葉で彼を翻弄させたのは事実だ。三葉は言わずにいた元彼について正直に話すことにした。

「……やっぱり、言わないのはフェアじゃないですよね」
「三葉くんが言いたくないのなら」
「ううん。先生は付き合いはじめの頃に正直に女性遍歴について教えてくれました。それはそれでどうかとも思ったんですけど」
「現に疑心暗鬼に陥って一度逃げたよね」
「……でもまた捕まりました」
「うん。俺のところに戻ってきてくれた。だけど三葉くん……三葉は、危なっかしいところがあるから」
「そんなこと」
「飛鷹だって狙ってたんだぞ。もしかしたら薬局に来る常連の男性に目をつけられていたかもしれない。なんせ君は精力剤を愛らしい顔で売る天使なんだ。俺というひとがありながら元彼とのセックスがいいなんて……」
「すとっぷすとっぷ、なんですかその発想の飛躍は……わたしは元彼とのセックスが先生のセックスより気持ちいいとは言ってませんよ?」
「言ってな、い……?」
「酔った勢いで元彼のことを言っちゃったのは悪いと思いますが、先生が妬むほどのことじゃ、ないんです」

 琉が淹れてくれたココアにふぅふぅ息を吹きかけてから、拙い言葉で三葉は紡ぎだす。
 三葉からすればはじめての彼氏で。はじめてエッチなことをした男性で。一時的に浮かれていたのは事実だと。
 だけど向こうからすればちょっとした暇つぶし程度の女で。
 彼に教えられたセックスしかセックスじゃないと思っていた三葉は簡単に飽きられたのだと。

 いま思い返せば、一方的に元彼から責められ、快楽に溺れさせられるようなセックスはしたことがなかった。
 物足りないと心の中で思いながら、彼に訴えることもしなかった三葉にも問題があったのだろう。いまだったら精力剤や道具などを提案して関係の改善を図れたかもしれないが、当時の自分は学生でまだそういった知識を身につけていなかった。向こうもマグロ同然の三葉をつまらなく思ったのだろう、あっさり二股をして、三葉を捨てたのだ。

「だから、ナマでしたときはゴムがついているときよりなんか感じやすかったな、ってだけで……先生とナマでしたら、きっと気持ちよくなれるんだろうな、って……」

 ぽつぽつと告げられた三葉の独白をベッドサイドに腰掛けておとなしくきいていた琉はうんうん、と頷いてからおずおずと愛する女性の名前を口にする。


「三葉」
「はい」
「――結婚しよう」
「はい」


 素に戻った三葉に即答されて、琉の顔が真っ赤に染まる。まるで自分の方が酔っぱらってしまったかのようで、琉は慌てて確認を取る。

「俺は酔ってないぞ、本気だぞ?」
「知ってますよ? わたしだって……先生にプレゼント持ってきたんですから」
「プレゼント?」

 ココアをくいっと飲み干した三葉は、裸のままベッドから降りて、ソファに置いておいた鞄から一枚の書類が入ったクリアファイルを片手に琉の元へ戻ってくる。
 ファイルから見えた淡い桃色の紙をするりと取り出し、三葉は勝ち誇った表情で差し出した。


「いますぐこれに、サインして」


 自分から「結婚しよう」と言っておきながら、彼女から茶色い紙を突きつけられるとは思いもしなかったのだろう、琉は目を丸くして三葉を見つめる。

「……これ」
「婚姻届」
「見ればわかる」
「証人欄も埋めたし戸籍謄本もある、あとは琉先生のサインだけ」


「――ふっ……あははははははっ! 傑作だ!」


 彼女の言葉を理解した琉は、大笑いしながらすくっと立ち上がり、ローテーブルの引き出しに手を伸ばす。引っ張り出して三葉へその書類を渡せば、彼女もまた赤面して、口をぱくぱくさせてその場にしゃがみこむ。

「……ちょ、こ、これっ……!」
「見ればわかるだろう? 婚姻届」
「証人欄にちゃっかり叔父さんの名前があるんだけどっ!?」

 三葉は琉から手渡されたベーシックな婚姻届を、両手をぷるぷるさせながら確認して、琉に視線を流す。
 彼もまた、三葉から手渡された結婚雑誌の付録についている薄いピンク色のデザイナーズ婚姻届に改めて目を通して、証人欄にある三葉の叔父の名前がひどく雑に記されていることに気づく。自分が頼んだ婚姻届は丁寧にサインしてくれたが、もしかしたら同じことを姪に頼まれて面倒くさくなったのかもしれない。よくよく見るとミミズがのたくっているようなサインだ。

「つまり、店長さんは二枚の婚姻届の証人になっていたわけか」
「だ、だから逆プロポーズ頑張れよって発破かけられたの……?」
「発破かけられたの?」
「……あぁうぅ」

 理由もきかずにサインして「頑張れよ、逆プロポーズ」と言い放ったのは、先に琉から婚姻届の証人になるよう依頼されていたからだったのだ!
 ようやく腑に落ちた三葉は、自分の頑張りが無駄に終わったことを悟り、恥ずかしそうに琉に告げる。

「先生の婚姻届の方がきちんとしてそうだから、そっちを役所に出して」
「じゃあ、こっちの婚姻届は」
「恥ずかしいから切り刻んで捨てるっ!」
「捨てなくていい! だってこれは、俺へのクリスマスプレゼント、なんだろ?」

 床の上に全裸のまま自分が差し出した婚姻届を手にしゃがみこんでいる恋人の前へ跪いて、彼女の顔を覗き込めば、瞳を潤ませ頬を赤らめたままの三葉がこくりと頷いて、琉に告げる。

「結婚したい気持ちは、わたしだって同じで……ンっ」
「嬉しい……」
「ちょっ……! んっ、せんせぇ……っ……はぁんっ」

 三葉の言葉を遮るように口づけて、琉は両手で彼女の両肩を抱き寄せて、さらにキスを深めていく。
 舌をねじこまれ、甘い吐息をもらした三葉もまた、同じように舌を差し入れ、絡ませて彼に応える。
 互いに舌先を伸ばし、重ねて絡めて吸いあって、唾液を混ぜ合わせて嚥下して、ふたりは瞳を見開いて、劣情の焔がともされたことを確認しあって。

    やがて――我慢できない、と琉が彼女の耳元へ囁く。

 自らも勢いよく服を脱ぎ捨て全裸となった琉にお姫様抱っこされて、三葉はふたたびシーツの上へと運ばれる。
 そして、額や頬や上唇へ啄むようなキスの慈雨を降らせながら覆い被さってきた彼を、両手で受けとめて、首肯した。


「わたしも……婚姻届にサインする前に、が欲しい」


 蕩けるような笑顔と、彼を野獣ケモノへと駆り立てるだめ押しのヒトコトを添えて。
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