83 / 83
竜帝国編
3-69
しおりを挟む
地上に降りた私――ジュリアスは、加護の消耗でふらつく身体をレオナルドに支えられながら、目の前に広がる光景を見つめていた。
地面に倒れ伏しているのは城よりも巨大で、国一つを一息で滅ぼしてしまうような滅びの化身、飛竜ルク。
そんな存在を生身の拳で地面に叩き落とし、足蹴にして満足そうな表情を浮かべているスカーレットの姿を。
「……目の前で見たというのに未だに信じられません。とんでもないことをする妹だとは思っておりましたが、まさか本当にあのような化け物を倒してしまうなんて」
呆れ半分、安堵半分の苦笑いを浮かべながらレオナルドがつぶやいた。
無理もあるまい。私とて今回ばかりは流石に進退窮まったと思ったほどだ。
「殴れる物ならば神の化身であろうと叩きのめすような女だ。どんな奇跡を起こしたとしても不思議ではない……とはいえ、今回の活躍は少々やり過ぎだがな」
「また物騒な二つ名が増えるのか……後のことを考えると胃が痛いです」
「その程度で済めば良いがな」
国どころか世界規模の危機すら救ったのだ。
スカーレットの名は近隣国だけではなく、大陸中に知れ渡ることだろう。
「――鍛え方が足りぬな、ジュリアス殿よ!」
ふと、頭上から聞こえてきたアルフレイム殿の声に視線を向ける。
スカーレットを祝福して歓声を挙げる竜騎兵達が空を舞う中、レックスに乗っていたアルフレイム殿が私達の前に飛び降りた。
腕を組み仁王立ちした彼は、大口を開けて笑いながら口を開く。
「見たまえ! 私は誰の肩を借りずとも自らの二本の足でこの大地に立っておるぞ! はっはっは!」
全身に渡る負傷と火傷、加護の消耗で立っているのもやっとだろう。
その証拠にアルフレイム殿の両足は生まれたての小鹿のように震えていた。
「その有様でそこまで強がれる貴殿の自尊心の高さには負けたよ。張り合う気にもならん」
「そうであろうそうであろう! 貴殿との男と男の勝負、まずは私の一勝だな!」
この国に来る前までならば、その姿を見てもただの強がりだと一笑に付していただろう。
だがアルフレイム殿の人となりを知った今となっては、それも次期国王として弱さを見せまいとする決意から来るものだと理解できた。
故に表面上は今まで通りに接してはいるものの、以前とは違い内心ではこの男を一人の王となる器の者だと私は認めている。
まあ、そうであってくれなければここまで協力してきた我々の労力と見合わないが。
「――しかしそれにしても」
アルフレイム殿がスカーレットに視線を向けてフッと微笑を浮かべた。
「世界を滅ぼしかねん災厄を拳で殴り倒すとはな。互いにとんでもない女に惚れたものだ」
ルクの身体から降りて、ナナカと人化したレックスに抱き着かれているスカーレット。
その周囲には紅天竜騎兵団を始めとした、この場に集まったヴァンキッシュの竜騎兵達が喝采を送っている。
「不思議なものだ。つい最近までは命を奪い合う敵同士だったというのに。いつの間にか皆スカーレットから目を離せず心惹かれてしまっている」
「何も不思議なことはないさ。むしろそんなことも分からないのか? ならば男と男の勝負とやらは私の一勝だな」
「……なに?」
世界中の誰よりも美しく。
世界中の誰よりも暴力的で。
そして、世界中の誰よりも愛おしい
他でもない、この私がそう思う程の女性だぞ。
そんなスカーレットに多くの者が心惹かれることなど、考えるまでもないことだろう。
「それと貴殿と意見が合うのは不本意だが――まったくその通りだ」
――本当に、とんでもない女に惚れたものだ。
------
ルクを倒した後。
気を失って倒れた私が目を開くと、そこは一面真っ白の霧がかった世界でした。
見渡せば霧の中には二メートル程の大きな砂時計が大量に浮かんでいます。
「……あれだけ呼んでも出てきてくれなかったのに、今更一体何の御用でしょうか」
その世界に見覚えがあった私――スカーレットは、ここに私を呼び出したであろう時の神クロノワ様に向かって問いかけました。
直後、私の声に応えるように目の前にあった霧が晴れていきます。
そこには純白のローブを羽織った長い金髪の殿方――クロノワ様が立っておりました。
「やれやれ……前も言っただろう? 神は人間の世界にそうそう手が出せないと」
そう言ったクロノワ様はどこか悲し気な表情をしているように見えました。
私が魔の力を受け入れたことを快く思っていないのでしょうか。
それとも邪魔だからどきなさいと言ったことを怒っていらっしゃる?
私が思案しているとクロノワ様は穏やかな声音で言いました。
「今回はあの竜――ロキの件で話があってね」
「ロキ? ルクさんのことでしょうか」
クロノワ様は私の問いかけに頷くと、おもむろに私の眼前に手をかざします。
すると何もなかった空間に人間大の大きさをした長方形の鏡が現れました。
そこには暗い牢獄で手足を鎖で繋がれたまま眠っている、人の姿になった上半身裸のルクの姿が映っています。
「ヴァンキッシュの人間達は彼の罪を明らかにしてから法で裁くなどと言っているようだけれど、そんな悠長なことをしている余裕はないと思うよ。ご覧」
ルクの上半身は大小様々な怪我や火傷を負っており、良く見ればその負傷部位からはわずかに白い蒸気が漏れ出しています。
この光景……戦っている間に散々見てきた私には、ルクが何をしているのかがすぐに分かりました。
「……再生しているようですわね。それも恐ろしい速さです。厄介なクソトカゲですこと」
それだけではありません。
魔力を支配する魔眼を得た今の私には、はっきりと分かりました。
ルクが身体の再生と同時に、失った膨大な量の魔力すらも凄まじい速さで回復しつつあるということが。
「完全に回復した彼は明日にでも魔道具の枷や封印の結界など何事もなかったかのように破壊して、再び暴虐の限りを尽くすだろうね。それを今の満身創痍の君達が止めることができるかな?」
……ハッキリ言って難しいでしょうね。
ヴァンキッシュの方々も含めてこちら側が受けた被害は甚大。
主戦力の魔力や加護の回復にも少なくとも一週間はかかるでしょう。
かつてない消耗をした私が現実世界で起き上がるのにおそらく数日は要することも加味すると、ルクを倒すことは実質不可能――
「――でも安心していいよ。彼は私が責任を持って封印することにしたからね」
クロノワ様がかざしていた手を握り込みます。
すると鏡に映っていたルクの姿が淡い白光に包まれました。
そして次の瞬間、ルクの姿は跡形もなく消失します。
「ロキの時間を止めて時の牢獄に閉じ込めた。私の力が及ぶ限り、彼が再び目を覚ますことは永遠にないだろう」
そう言ってクロノワ様が手を下ろします。
このお方……一体どういう風の吹き回しでしょう。
「こちらとしては助かりますが、先程人間界に手出しはできないと言ったばかりでは?」
「なに、今までキミにはたくさん楽しませてもらったからね。感謝の気持ちさ。それにあれが人間界に放置されていたのには我々神々の側にも責任があることだしね」
クロノワ様が微笑みます。
その表情にはやはりどこか、別れを惜しむ憂いのようなものが感じられました。
「……まるでこれが今生の別れのような口振りですわね」
私の言葉にクロノワ様は静かに首を横に振ります。
「残念だよ。キミには“こちら側”で戦って欲しかった」
「……? それはどういう意味で――」
ビシッ、と。
周囲に浮かんでいた砂時計の表面のガラスに一斉にヒビが入ります。
それと同時に、真っ白だったクロノワ様の空間が瞬時に闇に包まれました。
私が困惑していると、なにもかもが黒に染まった漆黒の世界の中で、クロノワ様の声が響き渡ります。
「――じゃあね、我が愛し子よ」
------
「……呼んでも出てこなかったくせに勝手に出てきて後始末をしたかと思えば、一方的に別れの言葉を告げるなんて。本当に勝手なお方ですわね」
漆黒の世界から目を開くと、そこには業火宮の天井が広がっていました。
見覚えのあるその部屋は、先日もお世話になった客人用の寝室のようです。
人気のない部屋の窓からは暖かな日差しが差し込み、今が昼時であろうことを私に教えてくれました。
「今回はどれだけの間眠っていたのでしょう」
ベッドから身を起こします。
身体が重い……怪我は治っていますが疲労が蓄積しているようですわね。
魔力はほとんど回復しているようですが、加護は全快には程遠い――
「これは……」
両の掌を見つめます。
最後にクロノワ様が言った言葉の意味が、その時私にはようやく理解できました。
「加護が、消えている……?」
地面に倒れ伏しているのは城よりも巨大で、国一つを一息で滅ぼしてしまうような滅びの化身、飛竜ルク。
そんな存在を生身の拳で地面に叩き落とし、足蹴にして満足そうな表情を浮かべているスカーレットの姿を。
「……目の前で見たというのに未だに信じられません。とんでもないことをする妹だとは思っておりましたが、まさか本当にあのような化け物を倒してしまうなんて」
呆れ半分、安堵半分の苦笑いを浮かべながらレオナルドがつぶやいた。
無理もあるまい。私とて今回ばかりは流石に進退窮まったと思ったほどだ。
「殴れる物ならば神の化身であろうと叩きのめすような女だ。どんな奇跡を起こしたとしても不思議ではない……とはいえ、今回の活躍は少々やり過ぎだがな」
「また物騒な二つ名が増えるのか……後のことを考えると胃が痛いです」
「その程度で済めば良いがな」
国どころか世界規模の危機すら救ったのだ。
スカーレットの名は近隣国だけではなく、大陸中に知れ渡ることだろう。
「――鍛え方が足りぬな、ジュリアス殿よ!」
ふと、頭上から聞こえてきたアルフレイム殿の声に視線を向ける。
スカーレットを祝福して歓声を挙げる竜騎兵達が空を舞う中、レックスに乗っていたアルフレイム殿が私達の前に飛び降りた。
腕を組み仁王立ちした彼は、大口を開けて笑いながら口を開く。
「見たまえ! 私は誰の肩を借りずとも自らの二本の足でこの大地に立っておるぞ! はっはっは!」
全身に渡る負傷と火傷、加護の消耗で立っているのもやっとだろう。
その証拠にアルフレイム殿の両足は生まれたての小鹿のように震えていた。
「その有様でそこまで強がれる貴殿の自尊心の高さには負けたよ。張り合う気にもならん」
「そうであろうそうであろう! 貴殿との男と男の勝負、まずは私の一勝だな!」
この国に来る前までならば、その姿を見てもただの強がりだと一笑に付していただろう。
だがアルフレイム殿の人となりを知った今となっては、それも次期国王として弱さを見せまいとする決意から来るものだと理解できた。
故に表面上は今まで通りに接してはいるものの、以前とは違い内心ではこの男を一人の王となる器の者だと私は認めている。
まあ、そうであってくれなければここまで協力してきた我々の労力と見合わないが。
「――しかしそれにしても」
アルフレイム殿がスカーレットに視線を向けてフッと微笑を浮かべた。
「世界を滅ぼしかねん災厄を拳で殴り倒すとはな。互いにとんでもない女に惚れたものだ」
ルクの身体から降りて、ナナカと人化したレックスに抱き着かれているスカーレット。
その周囲には紅天竜騎兵団を始めとした、この場に集まったヴァンキッシュの竜騎兵達が喝采を送っている。
「不思議なものだ。つい最近までは命を奪い合う敵同士だったというのに。いつの間にか皆スカーレットから目を離せず心惹かれてしまっている」
「何も不思議なことはないさ。むしろそんなことも分からないのか? ならば男と男の勝負とやらは私の一勝だな」
「……なに?」
世界中の誰よりも美しく。
世界中の誰よりも暴力的で。
そして、世界中の誰よりも愛おしい
他でもない、この私がそう思う程の女性だぞ。
そんなスカーレットに多くの者が心惹かれることなど、考えるまでもないことだろう。
「それと貴殿と意見が合うのは不本意だが――まったくその通りだ」
――本当に、とんでもない女に惚れたものだ。
------
ルクを倒した後。
気を失って倒れた私が目を開くと、そこは一面真っ白の霧がかった世界でした。
見渡せば霧の中には二メートル程の大きな砂時計が大量に浮かんでいます。
「……あれだけ呼んでも出てきてくれなかったのに、今更一体何の御用でしょうか」
その世界に見覚えがあった私――スカーレットは、ここに私を呼び出したであろう時の神クロノワ様に向かって問いかけました。
直後、私の声に応えるように目の前にあった霧が晴れていきます。
そこには純白のローブを羽織った長い金髪の殿方――クロノワ様が立っておりました。
「やれやれ……前も言っただろう? 神は人間の世界にそうそう手が出せないと」
そう言ったクロノワ様はどこか悲し気な表情をしているように見えました。
私が魔の力を受け入れたことを快く思っていないのでしょうか。
それとも邪魔だからどきなさいと言ったことを怒っていらっしゃる?
私が思案しているとクロノワ様は穏やかな声音で言いました。
「今回はあの竜――ロキの件で話があってね」
「ロキ? ルクさんのことでしょうか」
クロノワ様は私の問いかけに頷くと、おもむろに私の眼前に手をかざします。
すると何もなかった空間に人間大の大きさをした長方形の鏡が現れました。
そこには暗い牢獄で手足を鎖で繋がれたまま眠っている、人の姿になった上半身裸のルクの姿が映っています。
「ヴァンキッシュの人間達は彼の罪を明らかにしてから法で裁くなどと言っているようだけれど、そんな悠長なことをしている余裕はないと思うよ。ご覧」
ルクの上半身は大小様々な怪我や火傷を負っており、良く見ればその負傷部位からはわずかに白い蒸気が漏れ出しています。
この光景……戦っている間に散々見てきた私には、ルクが何をしているのかがすぐに分かりました。
「……再生しているようですわね。それも恐ろしい速さです。厄介なクソトカゲですこと」
それだけではありません。
魔力を支配する魔眼を得た今の私には、はっきりと分かりました。
ルクが身体の再生と同時に、失った膨大な量の魔力すらも凄まじい速さで回復しつつあるということが。
「完全に回復した彼は明日にでも魔道具の枷や封印の結界など何事もなかったかのように破壊して、再び暴虐の限りを尽くすだろうね。それを今の満身創痍の君達が止めることができるかな?」
……ハッキリ言って難しいでしょうね。
ヴァンキッシュの方々も含めてこちら側が受けた被害は甚大。
主戦力の魔力や加護の回復にも少なくとも一週間はかかるでしょう。
かつてない消耗をした私が現実世界で起き上がるのにおそらく数日は要することも加味すると、ルクを倒すことは実質不可能――
「――でも安心していいよ。彼は私が責任を持って封印することにしたからね」
クロノワ様がかざしていた手を握り込みます。
すると鏡に映っていたルクの姿が淡い白光に包まれました。
そして次の瞬間、ルクの姿は跡形もなく消失します。
「ロキの時間を止めて時の牢獄に閉じ込めた。私の力が及ぶ限り、彼が再び目を覚ますことは永遠にないだろう」
そう言ってクロノワ様が手を下ろします。
このお方……一体どういう風の吹き回しでしょう。
「こちらとしては助かりますが、先程人間界に手出しはできないと言ったばかりでは?」
「なに、今までキミにはたくさん楽しませてもらったからね。感謝の気持ちさ。それにあれが人間界に放置されていたのには我々神々の側にも責任があることだしね」
クロノワ様が微笑みます。
その表情にはやはりどこか、別れを惜しむ憂いのようなものが感じられました。
「……まるでこれが今生の別れのような口振りですわね」
私の言葉にクロノワ様は静かに首を横に振ります。
「残念だよ。キミには“こちら側”で戦って欲しかった」
「……? それはどういう意味で――」
ビシッ、と。
周囲に浮かんでいた砂時計の表面のガラスに一斉にヒビが入ります。
それと同時に、真っ白だったクロノワ様の空間が瞬時に闇に包まれました。
私が困惑していると、なにもかもが黒に染まった漆黒の世界の中で、クロノワ様の声が響き渡ります。
「――じゃあね、我が愛し子よ」
------
「……呼んでも出てこなかったくせに勝手に出てきて後始末をしたかと思えば、一方的に別れの言葉を告げるなんて。本当に勝手なお方ですわね」
漆黒の世界から目を開くと、そこには業火宮の天井が広がっていました。
見覚えのあるその部屋は、先日もお世話になった客人用の寝室のようです。
人気のない部屋の窓からは暖かな日差しが差し込み、今が昼時であろうことを私に教えてくれました。
「今回はどれだけの間眠っていたのでしょう」
ベッドから身を起こします。
身体が重い……怪我は治っていますが疲労が蓄積しているようですわね。
魔力はほとんど回復しているようですが、加護は全快には程遠い――
「これは……」
両の掌を見つめます。
最後にクロノワ様が言った言葉の意味が、その時私にはようやく理解できました。
「加護が、消えている……?」
応援ありがとうございます!
81
お気に入りに追加
13,817
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(1352件)
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
神界と魔界の戦争みたいな話なのかな?
>こちら側で戦って欲しかった
って、神VS魔族との戦いが今後ある、ってことなのかしら?
でもスカーレット的には
「は?私、どっちにも付きませんよ。」
ってなりそう。
それこそvsスカーレットが参戦して、三つ巴になりそう。
加護が消えてもそのまんま殴り倒し続ける気がきてなりません。。。