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竜帝国編

3-59

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 炎帝殿を出た私達は皇宮の庭を走っていました。
 行先は皇宮内の北東の隅にあるという、皇族の亡骸が葬られている墓場です。
 ヘカーテ様のお話によれば、そこに宝物庫の入口があるとのことでした。

「まさか外に出る抜け道のすぐ傍に宝物庫の入口まであったとはな」

 ジュリアス様はそうつぶやいた後、隣を走るレオお兄様に言いました。

「レオ。宝物庫の様子はどうなっている?」

 レオお兄様が片目に手を当てて〝千里眼クレアボヤンス〟を発動させます。

「ヘカーテ様の言っていた通り、とある墓の下に地下に降りる階段が隠されています。下った先には扉があり、扉の奥には宝物庫と思われる部屋が広がっていました。ですがその先は――」
「宝物庫の入口の扉には封印が施されておる。いくら千里を見通す加護であっても全貌を知ることは不可能であろう」

 後方を走るヘカーテ様がレオお兄様の言葉を引き継ぐようにそう答えました。
 それに対して肯定を示すようにレオお兄様が頷きます。

「はい。もやがかかったようになっていて扉の中の様子は判然としませんでした。かろうじて分かったことといえば人型の魔力反応が一つあるということくらいです」

 人型の魔力反応、ということは。

「ヴァルガヌス様はすでに宝物庫の中ですか」

 となるとすでに竜帝の腕輪を入手している可能性が高そうですわね。

「歴代皇帝の墓まで荒らすとは、ヴァルガヌス。増々持って度し難いクズめ……!」
「怒りに任せて墓場ごと焼き尽くさないでくださいよ」

 不機嫌そうなアルフレイム様をジン様が抑えます。
 それに続くようにジュリアス様が口を開きました。

「腕輪の力を使われれば厄介だ。ヴァルガヌスは発見次第、有無を言わさずに捕縛する」
「はっ!」

 ジュリアス様の指令にシグルド様が答えます。
 ヴァンキッシュの方々に、パリスタンの皆様。
 お目当てはどちらもヴァルガヌス様、ということは。

「――なるほど、要は早い物勝ちということですね」

 両足に力を込めて加速し先頭に飛び出します。
 レオお兄様とナナカがぎょっとした顔で私を見送る中、すれ違い様にジュリアス様がフッと微笑みながら言いました。

「ヤツを殴るのはいいが、貴女の二つ名が示す通りに撲殺だけはしないようにな」
「配慮致します。できるだけ」

 ヴァルガヌス様には散々イライラさせられましたからね。
 一発や二発の拳では済みませんし殺しはしないまでも、勢い余ってつい半殺し程度はしてしまうかもしれません。
 そうなってしまった時はまあご愛敬ということで。

「マスター!」

 声に振り返ると、レックスが後ろについて来ていました。
 眉尻が下がって私を見上げるその表情は、どこか思い詰めているように見えます。

「この戦いが終わったらボク、マスターに言わないといけないことがあるんだ」

 そういえば今朝も何かを言いかけていましたね。
 途中まで言っていたことから察するに、心臓の誓いに関することなのでしょう。

「ではパパッとヴァルガヌス様をブッ飛ばして聞いてあげなければなりませんね」
「……うん!」

 元気よく返事をするレックスに微笑み返し、再び前を向きます。
 視線の先には墓場の外周を囲む柵が見えました。
 すでに開かれていた入口の門から中に入ると、等間隔に石の墓が立ち並んでおります。
 そういえばどのお墓が宝物庫の入口か聞いておりませんでしたわね。

「困りましたわ。せっかく一番乗りをしましたのにこのままでは皆様が追いついてしまいます」

 頬に手を当てながらしばし墓地をさまよっておりますと――

「あら。あのお方は――」

 墓場の最奥の右隅の方に人が立っているのが見えました。
 細身で小柄な紫髪のあのお方は確か――

「待ってよ、マスター……ってあれ、ルクがいる。なんでー?」

 追いついてきたレックスが不思議そうな顔で首を傾げました。
 ルクさん……ヴァルガヌス様の従者として共について来られたのでしょうか。
 だとすれば、ヴァルガヌス様は一体どこに――

「あ……」

 ルクさんが私とレックスに気づいて不安げな表情でビクッと身体を震わせます。
 その顔はところどころが腫れあがっていて、擦りむいたのか服からのぞく肌のいたるところに擦り傷ができていました。
 可哀想に。こんなになるまで従者の子を放っておくなんて、やはりヴァルガヌス様は死ぬほど殴られて当然のド畜生ですわね。

「怖がらないでください。私達に貴方と敵対する意志はありませ――」

 微笑みながらルクさんに歩み寄った私は、彼の背後にあった光景を見て声を飲み込みました。
 墓石がずらされて見えている地下に下る階段は、おそらく宝物庫への入口でしょう。
 しかし私が驚いたのはそこではなく、その階段の手前。
 ルクさんの足元に転がっている人型の黒い物体で――

「おお、ルクではないか! こんなところで何をしている!」

 追いついてきたアルフレイム様が私の隣に並んで声を上げます。
 続いて他の皆様も集まってきました。
 ああ、これで一番乗りでヴァルガヌス様をブン殴る私の計画は台無しですわね。
 いえ、もうそれどころではありませんか。

「……そこに転がっている黒焦げの焼死体はもしやヴァルガヌスか?」
 
 ジュリアス様が目を細めてそう言いました。
 全員の視線がルクさんの足元に集中します。
 煙を上げ肉の焦げる嫌な臭いを放つそれは、まさしく人の焼死体でした。
 全身が黒焦げになったその体は最早元が誰であったかも分からない状態です。

「おそらくヴァルガヌスで間違いない。見よ。こやつが身に着けているこの鎧……ふざけた真似をしおって。この盗人が」

 怒りに顔を歪めてアルフレイム様が吐き捨てるように死体の身体を指差します。
 そこには焼け焦げた体の中で唯一無傷なバーン陛下が身に着けていた幻想級の魔道具〝不死竜の赤鱗〟がありました。
 バーン陛下が亡くなられた後、この鎧を手にしたのはヴァルガヌス様かイフリーテ様のどちらかと考えると、すでに出会ったイフリーテ様が鎧を身に着けていなかった以上、消去法で死体の正体はヴァルガヌス様と見て良さそうです。

「と、扉から出たらヴァルガヌス様が突然燃え出してそのまま外に……ぼ、僕、どうしていいか分からなくて……」

 ルクさんが今にも泣き出しそうな怯えた表情でそう言いました。
 それを聞いたアルフレイム様が納得した顔で口を開きます。

「皇帝の資格のない人間が宝物庫から宝を盗むと裁きを受けるという伝承は確かにある。それがどんな資格かは知らんが扉から出た途端にこの愚か者が燃えたということは、伝承通り罰を受けたということだろうな」

 その言葉にジュリアス様が首を横に振って言いました。

「分からんな。皇帝とヘカーテ殿以外誰も知らなかった宝物庫の鍵のありかを知っていたような男が、そのような伝承も知らずにここに足を踏み入れるものか?」
「言われてみればそうであるな。むう……」

 首を傾げるお二人を前に、ルクさんは落ち着かない様子で視線を泳がせながらつぶやきます。

「ぼ、僕には何が何だか……うっ……」

 苦痛にゆがむ顔で膝から崩れ落ちるルクさん。
 そんな彼をかばうようにレックスが私達の前に出てきて叫びます。

「もういいじゃん! ヴァルガヌスも死んだんだし! 今はそれよりも早くルクを連れ帰って休ませてあげようよ!」

 この不可解な状況……確かにルクさんに聞きたいことは色々とありますが、彼の状態を見ている限り今は休ませてあげた方が良いように思います。
 ヴァルガヌス様が亡くなられた今、ヴァンキッシュ帝国を脅かす要因もすでに取り除かれたわけですし。

「――待て」

 ルクさんを起こそうとレックスが近寄ろうとしたその時。
 ジュリアス様が鋭い声で制止をかけました。

「ヴァルガヌスは扉の外に出たら燃えたと、そう言ったな?」
「は、はい」
「君はヴァルガヌスが死ぬ姿をその目で見たのだな? 扉の目前で」
「そ、そうですが……」

 ジュリアス様は一つ頷くとレオお兄様に目配せをします。
 その意味深な行動にレオお兄様は眉を潜めた後、ハッと何かに気づいたかのように目を見開きました。

「……それはおかしい。私が千里眼を使った時、宝物庫の中で確認できた生者の魔力反応は一つだけだった。それも扉の前などではなく、部屋の最奥だったはず」

 レオお兄様のつぶやきを聞いて、全員が困惑した表情でルクさんに視線を向けます。
 部屋の最奥に生者の魔力反応が一つだけだったということは。
 レオお兄様が千里眼で見た生者はルクさんで、ヴァルガヌス様は宝物庫の扉を出る前にすでに死んでいたということでしょうか。
 それでは扉を出る時にヴァルガヌス様が死んだというルクさんの証言と食い違ってきます。

「そ、それはその……! 宝物庫に何かヴァルガヌス様を治療できる魔道具がないかと僕だけ中に戻ったので……!」

 集まる視線を受けてルクさんは後退ると、狼狽えた様子でそう答えました。
 それに対しジュリアス様は目を細めてさらに追求します。

「苦しい言い訳だな。先程君はヴァルガヌスが死んだ時どうしたらいいか分からなかったと言ったぞ。そんな状況で果たして冷静な行動が取れるものか?」

 ルクさんがヴァルガヌス様を殺した……?
 にわかには信じがたいですが、ジュリアス様の指摘も正しく思えます。
 裁きを受けたのか、ルクさんに殺されたのか。
 真実は一体どちらなのでしょう。

「なぜ殺した? とは聞かない。ヴァルガヌスは殺意を持たれても仕方のないような男だったからな。だが逆賊とはいえあの男はまだ死刑と決まったわけではない。捕縛し、この国の法により正当な裁きを受ける必要があった。それを従者である君が殺したとあっては――」
「ちょっと待ってよ! みんなまさかルクが本当にヴァルガヌスを殺したと思ってるの?」

 ジュリアス様の言葉を遮ってレックスが私達に向かって言いました。

「ルクにそんなことができるわけないよ。そりゃ竜人にしか扱えないいろんな術は使えるけどさ? 気が弱くて自分から誰かを殺すなんて絶対できないヤツなんだ。ルクがヴァンキッシュに来た時から知ってるボクが言うんだから間違いないよ」
「こ、こわいよ……レックス……僕、捕まっちゃうの……?」

 泣きそうな表情ですがろうとするルクさんに、レックスは安心させるように笑顔で口を開きます。

「大丈夫だよ! みんな良いヤツらだからちゃんと説明すれば誤解だって絶対分かってくれるって! そうだよね、みんな――」
「――レックス! 今すぐそやつから離れよ!」

 その時。私の後ろで事態を静観していたヘカーテ様が突然叫び声を上げました。
 振り返るとヘカーテ様は苦しそうに顔を歪めて頬には一筋の汗が伝っています。

「ヘカーテ? 突然おっきい声を出してどうしたのさ」

 驚いた顔のレックスにヘカーテ様は憎々し気に歯を噛みしめて言いました。

「魔眼を持たぬ貴様らには分かるまい! そやつの……ルクの身体から溢れ出ている異常な量の魔力が……!」
「うっ……!」

 ヘカーテ様に続き千里眼を使ってルクさんの魔力量を確認したのでしょう。
 レオお兄様が口元を押さえながら顔を歪めてつぶやきます。

「お気を付けください……私は今までこんなにも邪悪で強大な魔力を見たことがありません……!」

 レオお兄様の言葉にその場の皆様の顔色が変わり、一斉に身構えます。
 そこでようやく私もルクさんの異常に気付きました。
 隠しきれなくなったのでしょう。
 彼の全身からは紫色の魔力のオーラが立ち昇り、まるで陽炎のように揺らめいて見えました。

「貴様……一体宝物庫から何を持ち出した!?」

 ヘカーテ様の叫び声に、ルクさんがうつむき身体を震わせます。
 泣いているのでしょうか。
 いえ、そんなはずがありません。
 だって、こんなにも強大で邪悪な魔力の持ち主が――

「……レオお兄様の言う通りですわ。この魔力は私が今まで見てきた中で最も凄まじかった、神器を持つテレネッツァ様をも遥かに凌いでおります」

 ――私達を恐れるなんて、絶対にあり得ない。

「――――くはっ」

 溜め込んだ息を吐き出すような声をルクさんが漏らします。
 それはやがてそこら中に響き渡るような哄笑に変わっていきました。

「くはは……くはははははははは!!!」

 お腹を抱えてひとしきり笑った後、ルクさんは顔を上げて天を仰ぎながらゆっくりと口を開きます。

「――あーあ。バレちゃったか」
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