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竜帝国編
3-58
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皇宮の中を駆け抜けた私達は一直線に炎帝殿に向かいました。
イフリーテ様とヴァルガヌス様が袂を分かった今、本来なら炎帝殿を守護しているはずの近衛兵の姿はなく、人気のない殿内はひっそりと静まり返っております。
それは玉座の間に足を踏み入れても変わらず、殴る気満々で乗り込んだ私は見事に肩透かしを食らう結果となりました。
そんな中、先頭にいたレックスが隣に立つ人化したナナカに声をかけます。
「ねえ、ナナカ」
「……ああ」
ナナカは頷くと私達に振り返って言いました。
「炎帝殿のどこにも人の匂いや気配を感じない。ヴァルガヌスは多分、もう……」
その後に続くようにレオお兄様も口を開きます。
「私の〝千里眼〟にも何の反応もない。炎帝殿はすでにもぬけの殻です」
「フン。恐れをなして逃げたかあの腰抜けめ」
アルフレイム様が不機嫌そうな顔で鼻を鳴らしました。
一足遅かった、ということでしょうか。
確かにあの狡猾なヴァルガヌス様が私達が迫っていることを知っていて、いつまでもここに足を留めているとは思えませんが――
「……確認したいことがある」
その時、私達の背後の入口のドアの方から声が聞こえてきました。
振り返るとそこにはヘカーテ様が立っています。
先程皆様と合流した時は見当たりませんでしたが、ちゃんとついて来ていらっしゃったのですね。
「ヘカーテ様……?」
早足で私達を通り過ぎて行くヘカーテ様の表情には明らかな焦りが浮かんでおりました。
彼女は玉座の後ろの奥にあるドアを開けると、その先に見えた廊下を進んで行きます。
あの先は確か、バーン陛下が体調を崩された時に向かって行かれた場所ですわね。
「アルフレイム様。あの先には何があるのですか?」
私が尋ねるとアルフレイム様が「ああ」と頷いてから答えます。
「代々の皇帝が使っている寝室に繋がっている。特に気にするような物は何も置いていないはずだが……」
何もないにしてはヘカーテ様のあの切迫したご様子。
アルフレイム様も知らない何かが今、そこにあるということでしょうか。
「私達も行きましょう」
ヘカーテ様の後を追って全員で皇帝の寝室に向かいます。
玉座の後ろのドアを超えて廊下を進むと、その最奥には広い寝室が広がっていました。
虎の皮で作られた絨毯が敷かれて豪奢なベッドが置かれたその部屋の壁には、鹿や熊といった獣の頭が剥製にされてトロフィーのように飾られています。
ヘカーテ様はそんな壁のある一点を見ながら険しい表情で言いました。
「……悪い予感が当たったようじゃな」
視線の先には壁掛けの槍棚が取り付けられていて、横向きに何本かの槍が掛けられています。
その中で中央の場所だけ何も掛けられていない棚があり、ヘカーテ様はそこを見ているようでした。
「父上愛用の槍か。一本ないようだがこれをヴァルガヌスが持って行ったのか?」
眉をしかめるアルフレイム様。
貴重な槍といえばテレネッツァさんが使っていた神器のパルミアの槍を思い出しますが――
「特別な物だったのですか?」
「いや、ここに置かれている槍はすべて良い拵えの物ではあるが、魔道具でも何でもない普通の武具だ。追い詰められた状況でわざわざ持ち出す程の物とは思えぬが」
首を傾げるアルフレイム様にヘカーテ様が振り返って答えます。
「――鍵じゃ」
「鍵?」
ヘカーテ様は復唱する私を一瞥してから、皆様に視線を向けました。
その表情は重苦しく、緊張と不安を示すかのようにゆがんでおります。
「……ヴァンキッシュ帝国の皇帝のみに伝えられている数々の国宝を保管する秘密の宝物庫。その鍵がここに置かれていたのだ。何の変哲もない槍の形をしてな」
「っ!」
ヴァンキッシュ帝国側の方々の表情が一気に強張ります。
そんな中、アルフレイム様がチッと舌打ちをしてつぶやきました。
「なぜ私ですら知らない鍵のありかをヴァルガヌスが知っていたのだ……?」
それに対してジン様が冷静に答えます。
「生前の陛下に魅了の力を使って聞き出していたのかと。宝物庫の場所もおそらくは」
「クズが……姑息な真似を……!」
この反応、どうやら余程まずい物が宝物庫にあるようです。
そしてそんな私の考えを裏付けるように、ヘカーテ様が言いました。
「国宝と呼ばれる程の強大な力を持つ幻想級の魔道具は本来使い手を選ぶものじゃ。だが唯一、使い手を選ばずにどんな者でも使うことができる国宝の魔道具が宝物庫に一つだけある」
ヘカーテ様の言葉に続いてアルフレイム様が真剣な表情でつぶやきます。
「――〝竜帝の腕輪〟か」
聞いたことがない名前、ですが。
パリスタン王国に伝わる国宝の〝王帝印の指輪〟と似たような響きを感じます。
ジュリアス様も同じ感想を抱いたのでしょう。
今は何もはまっていない自分の指を撫でながらアルフレイム様に問いかけました。
「初めて聞く名前だな。魔道具か何かか?」
「他国の者が知らないのは当然だ。竜帝の腕輪が使われたのは数百年と続くヴァンキッシュの歴史上でもたった一度しかない。その結果――この国は一度、滅亡寸前まで追い込まれている」
アルフレイム様の答えを聞いてジュリアス様が眉を潜めます。
「滅亡寸前とは穏やかではないな。一体どんな効力を持っている?」
「竜帝の腕輪の力、それは――」
------
「――これが伝説の国宝〝竜帝の腕輪〟か」
炎帝殿から抜け出した私、ヴァルガヌスは国宝が収められている秘密の宝物庫にいた。
手に持ったランタンだけが光源の暗く狭い地下室の棚には、数多くの国宝と呼ばれる魔道具が並んでいる。
その最奥にある小箱に魔法によって封印されていた黄金の腕輪。
これこそがヴァンキッシュ帝国最大の秘宝と呼ばれている国宝〝竜帝の腕輪〟だ。
「触れずとも感じるこの比類なき魔力……本当はこんな物に頼りたくはなかったが」
遥か昔、魔大陸から魔物の大侵攻があった。
自国の軍事力だけではどうにもならないと悟った当時のヴァンキッシュの皇帝は、念じるだけで大陸中のすべての竜を操る魔道具〝竜帝の腕輪〟の力を使って野生の飛竜を大量に呼び寄せ、これを退けたという。
しかしそれほどの力を持つ魔道具だ。
当然代償となる魔力の消費も尋常ではない。
魔物を討伐した直後、一瞬にして魔力が枯渇した皇帝は腕輪を扱いきれなくなり、我を失った飛竜が暴走して国中で暴れまわった。
それでも国が亡ばなかったのは運良く飛竜達が同士討ちをしてくれたおかげにすぎなかったと伝えられている。
「今必要なのは強力な個の力をねじ伏せる圧倒的な戦力だ。それさえあれば、私の頭脳を持ってすれば再びこの国のトップに立つことなど造作もない。多少のリスクなど承知の上だ」
腕輪を取り手にはめる。
皇宮にアルフレイム達が攻めてきたという報告を受けてからもうかなりの時間が経っていた。
宝物庫を出たらすぐにでもこの腕輪を使って飛竜を呼び出す必要があるだろう。
大丈夫、高純度の魔力ポーションは持てるだけ持ってきてある。
魔力さえ枯渇しなければ、この国の飛竜は思いのままだ。
「それにしても民衆を味方につけて降伏を促してくるとは小癪な真似を……待っているがいいアルフレイム。目に物を見せてくれる……ぞ?」
その時、視界の端に横を向いてしゃがみ込んでいる紫髪の人影が見えた。
私以外にこの宝物庫に入れる人間など、一人しかいない。
「ルク、貴様! そこで何をしている! 貴様には宝物庫の入口で見張りを命じていたはずだぞ!」
ふつふつと怒りが沸き上がる。
このガキは絶対服従の奴隷の分際で、なぜかこのように私の命令を受け付けない時が今までも何度かあった。
竜人が持つ耐性故かは知らないが、ただでも余裕がない時に余計なことを――
「……貴様、手に持っているそれはなんだ?」
ルクをランタンで照らすと、手のひらサイズの何か紫色の鱗のような物を両手で握っているのが見えた。
こいつもしや宝物庫の、いずれ皇帝となる私の国宝を勝手に盗もうとしているのか?
もしそうならば万死に値するぞ!
「なんだと聞いている! 答えろクズが!」
「――くふ」
蹴り飛ばそうと近づくと、私の声に答えるようにルクが身体を揺らした。
こいつ今笑って――
「……こんなところにあったのか。ようやく見つけたぞ。これで、これでやっと――」
別人のような低い声でルクはそう言うと、ゆっくりと私に向かって振り返り――
イフリーテ様とヴァルガヌス様が袂を分かった今、本来なら炎帝殿を守護しているはずの近衛兵の姿はなく、人気のない殿内はひっそりと静まり返っております。
それは玉座の間に足を踏み入れても変わらず、殴る気満々で乗り込んだ私は見事に肩透かしを食らう結果となりました。
そんな中、先頭にいたレックスが隣に立つ人化したナナカに声をかけます。
「ねえ、ナナカ」
「……ああ」
ナナカは頷くと私達に振り返って言いました。
「炎帝殿のどこにも人の匂いや気配を感じない。ヴァルガヌスは多分、もう……」
その後に続くようにレオお兄様も口を開きます。
「私の〝千里眼〟にも何の反応もない。炎帝殿はすでにもぬけの殻です」
「フン。恐れをなして逃げたかあの腰抜けめ」
アルフレイム様が不機嫌そうな顔で鼻を鳴らしました。
一足遅かった、ということでしょうか。
確かにあの狡猾なヴァルガヌス様が私達が迫っていることを知っていて、いつまでもここに足を留めているとは思えませんが――
「……確認したいことがある」
その時、私達の背後の入口のドアの方から声が聞こえてきました。
振り返るとそこにはヘカーテ様が立っています。
先程皆様と合流した時は見当たりませんでしたが、ちゃんとついて来ていらっしゃったのですね。
「ヘカーテ様……?」
早足で私達を通り過ぎて行くヘカーテ様の表情には明らかな焦りが浮かんでおりました。
彼女は玉座の後ろの奥にあるドアを開けると、その先に見えた廊下を進んで行きます。
あの先は確か、バーン陛下が体調を崩された時に向かって行かれた場所ですわね。
「アルフレイム様。あの先には何があるのですか?」
私が尋ねるとアルフレイム様が「ああ」と頷いてから答えます。
「代々の皇帝が使っている寝室に繋がっている。特に気にするような物は何も置いていないはずだが……」
何もないにしてはヘカーテ様のあの切迫したご様子。
アルフレイム様も知らない何かが今、そこにあるということでしょうか。
「私達も行きましょう」
ヘカーテ様の後を追って全員で皇帝の寝室に向かいます。
玉座の後ろのドアを超えて廊下を進むと、その最奥には広い寝室が広がっていました。
虎の皮で作られた絨毯が敷かれて豪奢なベッドが置かれたその部屋の壁には、鹿や熊といった獣の頭が剥製にされてトロフィーのように飾られています。
ヘカーテ様はそんな壁のある一点を見ながら険しい表情で言いました。
「……悪い予感が当たったようじゃな」
視線の先には壁掛けの槍棚が取り付けられていて、横向きに何本かの槍が掛けられています。
その中で中央の場所だけ何も掛けられていない棚があり、ヘカーテ様はそこを見ているようでした。
「父上愛用の槍か。一本ないようだがこれをヴァルガヌスが持って行ったのか?」
眉をしかめるアルフレイム様。
貴重な槍といえばテレネッツァさんが使っていた神器のパルミアの槍を思い出しますが――
「特別な物だったのですか?」
「いや、ここに置かれている槍はすべて良い拵えの物ではあるが、魔道具でも何でもない普通の武具だ。追い詰められた状況でわざわざ持ち出す程の物とは思えぬが」
首を傾げるアルフレイム様にヘカーテ様が振り返って答えます。
「――鍵じゃ」
「鍵?」
ヘカーテ様は復唱する私を一瞥してから、皆様に視線を向けました。
その表情は重苦しく、緊張と不安を示すかのようにゆがんでおります。
「……ヴァンキッシュ帝国の皇帝のみに伝えられている数々の国宝を保管する秘密の宝物庫。その鍵がここに置かれていたのだ。何の変哲もない槍の形をしてな」
「っ!」
ヴァンキッシュ帝国側の方々の表情が一気に強張ります。
そんな中、アルフレイム様がチッと舌打ちをしてつぶやきました。
「なぜ私ですら知らない鍵のありかをヴァルガヌスが知っていたのだ……?」
それに対してジン様が冷静に答えます。
「生前の陛下に魅了の力を使って聞き出していたのかと。宝物庫の場所もおそらくは」
「クズが……姑息な真似を……!」
この反応、どうやら余程まずい物が宝物庫にあるようです。
そしてそんな私の考えを裏付けるように、ヘカーテ様が言いました。
「国宝と呼ばれる程の強大な力を持つ幻想級の魔道具は本来使い手を選ぶものじゃ。だが唯一、使い手を選ばずにどんな者でも使うことができる国宝の魔道具が宝物庫に一つだけある」
ヘカーテ様の言葉に続いてアルフレイム様が真剣な表情でつぶやきます。
「――〝竜帝の腕輪〟か」
聞いたことがない名前、ですが。
パリスタン王国に伝わる国宝の〝王帝印の指輪〟と似たような響きを感じます。
ジュリアス様も同じ感想を抱いたのでしょう。
今は何もはまっていない自分の指を撫でながらアルフレイム様に問いかけました。
「初めて聞く名前だな。魔道具か何かか?」
「他国の者が知らないのは当然だ。竜帝の腕輪が使われたのは数百年と続くヴァンキッシュの歴史上でもたった一度しかない。その結果――この国は一度、滅亡寸前まで追い込まれている」
アルフレイム様の答えを聞いてジュリアス様が眉を潜めます。
「滅亡寸前とは穏やかではないな。一体どんな効力を持っている?」
「竜帝の腕輪の力、それは――」
------
「――これが伝説の国宝〝竜帝の腕輪〟か」
炎帝殿から抜け出した私、ヴァルガヌスは国宝が収められている秘密の宝物庫にいた。
手に持ったランタンだけが光源の暗く狭い地下室の棚には、数多くの国宝と呼ばれる魔道具が並んでいる。
その最奥にある小箱に魔法によって封印されていた黄金の腕輪。
これこそがヴァンキッシュ帝国最大の秘宝と呼ばれている国宝〝竜帝の腕輪〟だ。
「触れずとも感じるこの比類なき魔力……本当はこんな物に頼りたくはなかったが」
遥か昔、魔大陸から魔物の大侵攻があった。
自国の軍事力だけではどうにもならないと悟った当時のヴァンキッシュの皇帝は、念じるだけで大陸中のすべての竜を操る魔道具〝竜帝の腕輪〟の力を使って野生の飛竜を大量に呼び寄せ、これを退けたという。
しかしそれほどの力を持つ魔道具だ。
当然代償となる魔力の消費も尋常ではない。
魔物を討伐した直後、一瞬にして魔力が枯渇した皇帝は腕輪を扱いきれなくなり、我を失った飛竜が暴走して国中で暴れまわった。
それでも国が亡ばなかったのは運良く飛竜達が同士討ちをしてくれたおかげにすぎなかったと伝えられている。
「今必要なのは強力な個の力をねじ伏せる圧倒的な戦力だ。それさえあれば、私の頭脳を持ってすれば再びこの国のトップに立つことなど造作もない。多少のリスクなど承知の上だ」
腕輪を取り手にはめる。
皇宮にアルフレイム達が攻めてきたという報告を受けてからもうかなりの時間が経っていた。
宝物庫を出たらすぐにでもこの腕輪を使って飛竜を呼び出す必要があるだろう。
大丈夫、高純度の魔力ポーションは持てるだけ持ってきてある。
魔力さえ枯渇しなければ、この国の飛竜は思いのままだ。
「それにしても民衆を味方につけて降伏を促してくるとは小癪な真似を……待っているがいいアルフレイム。目に物を見せてくれる……ぞ?」
その時、視界の端に横を向いてしゃがみ込んでいる紫髪の人影が見えた。
私以外にこの宝物庫に入れる人間など、一人しかいない。
「ルク、貴様! そこで何をしている! 貴様には宝物庫の入口で見張りを命じていたはずだぞ!」
ふつふつと怒りが沸き上がる。
このガキは絶対服従の奴隷の分際で、なぜかこのように私の命令を受け付けない時が今までも何度かあった。
竜人が持つ耐性故かは知らないが、ただでも余裕がない時に余計なことを――
「……貴様、手に持っているそれはなんだ?」
ルクをランタンで照らすと、手のひらサイズの何か紫色の鱗のような物を両手で握っているのが見えた。
こいつもしや宝物庫の、いずれ皇帝となる私の国宝を勝手に盗もうとしているのか?
もしそうならば万死に値するぞ!
「なんだと聞いている! 答えろクズが!」
「――くふ」
蹴り飛ばそうと近づくと、私の声に答えるようにルクが身体を揺らした。
こいつ今笑って――
「……こんなところにあったのか。ようやく見つけたぞ。これで、これでやっと――」
別人のような低い声でルクはそう言うと、ゆっくりと私に向かって振り返り――
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