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第10話
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アウルム様によって人混みから連れ出され、私とロイは会の隅。目立たぬ一角のテーブルへと招かれた。
「いやぁ~先程は失礼した。どうぞ、どうぞ……ロイ君もぜひ座りたまえ、可愛らしい天使のような子だね」
驚くほどの変わり身、先程までの冷たい表情からは一転して満面の笑みを浮かべるアウルム様。わざわざ椅子を引いて座らせ、ロイが飽きぬよう甘い果実水と菓子を頼む手早い手筈。
一切の断りを許さぬ手際により、気付けば彼が主導する商談に招かれていた。
「ロイ君は実に可愛らしい。それを引き立てているのは、このお洋服だ」
「お褒めいただき、光栄です。アウルム様」
「糸の縫い目も丁寧に仕上がっていて、なによりも今までになかった可愛らしいデザイン。ぜひ、この手腕を使って商売でも如何だろうか?」
「アウルム様、私は……元より貴方と商談をするために来たのです。前置きは大丈夫ですので、本題に入ってください」
無駄な時間は彼も割きたくはないだろう、私もゴマすりに付き合う気はない。
意図を読み取ったのか、アウルム様は笑顔を消して無表情に戻った。
「……なら話が早い、この子が着ている洋服は価値がある。今月までに十着仕上げてくれれば、五十万ギルの支払いを約束しよう」
ロイが果実水にご満悦な間に、私と彼による交渉が始まる。品は衣服、貴族向けに作るこれで、彼は儲ける算段を付けたのだ。そのために提案された条件と額は破格ではあったが、聞いた私は一笑に付した。
「額を見誤っております、先程で需要は分かったはずです。十着は約束通りに仕上げますが、六十万ギルは頂きます」
「そうか……では少し条件を変えようか」
「っ」
「十二着で七十万ギル。この条件で如何だろうか?」
最初にふっかけてきたのは彼の提示した条件が可能か算段を得るため。そして私の希望額を聞き出して彼の望む条件と折り合いを付けたのだろう。どちらも益となる提案を導き出したのだ。
しかし……
「申し訳ありませんが、お断りします」
「? 譲歩したつもりだ。君が望む希望額、無理のない範囲での依頼を頼んだつもりだが」
「考えが変わりました、私が望むのは今回だけの商談ではありません」
「と……いうと?」
「作る衣服、毎月一定量を定期購入してください。その代わり、一着を五万ギルまで下げます」
「っ……なるほどな。最初からそれが狙いか」
アウルム様は、ニヤリと頬を緩める。それは先程のような作り出した笑みではなく、どこか愉悦を含んだ笑みだ。
「売れ行き次第で、購入する衣服と額の交渉をさせてください」
私が望むのは、ここで多く稼ぐ事ではない。
継続的にアウルム様と商談の場を設ける機会を作る事だ。広い交易路を持つ彼と繋がりを持てば、一億ギルの資産形成に手が届く可能性が少しは高くなるはず。
再び意図を読み取ったのか、アウルム様は暫しの思案の後に口を開く。
「提案を受け入れても構わないが……そのために君がこちらの望む数を揃えられるかを判断しなくてはならない。定期購入するなら、大きな商いにする必要があるからな」
「……ご希望は?」
「今月までに、二十着を用意してもらう。それを実行したのなら、君の望む条件を受け入れよう。しかし出来なかった時は違約金として五十万ギルを頂く」
今月……残りの期間は二十日。
一着を仕上げるのに現状は三日はかかってしまう。作業に慣れて手際を早くしたとて、間に合う保証は限りなく低い。
「どうする? 出来ぬのなら今回の商談は無しだ」
これは、アウルム様からの挑戦でもあるのだ。私が大きな商いをする商売相手としての器が備わっているかどうかを見極めている。
新たに始まった査定、条件は厳しく達成は極めて困難だ。
だが、ここでおめおめと引き下がる程、ロイの親権を得るための覚悟は脆くはない。
「承知いたしました、今月までに二十着をご用意いたします」
「……厳しい条件を出したつもりだが、受けるのか」
「ここで引き下がる覚悟で、やって来てはおりませんので」
「面白い、では契約書を結ぼうか」
いつも持ち歩いているのだろうか。アウルム様は自身のお付を呼び出して書面を直ぐさまに用意した。
羅列されている内容を読み込み、同意してサインを行う。
「では、今月の末に君の嫁ぎ先であるフローレンス邸へ品を受け取りに向かわせる」
「いえ、完成品の受け渡しは私の実家である、カルヴァート邸にお願いいたします」
「承知した」
ジェレドに悟られぬために私の実家での商いを希望したが、事情も聞かずにそれを受け入れるのは彼にとって益にもならぬお家事情になど興味がないからだろう。
だからこそ、ロイの出自に興味すら抱かないであろう彼は共に商売を行う相手にはベストだと思った。
「行こうか、ロイ」
「んーーおかしゃん、ねむ」
「抱っこしてあげるから寝てていいよロイ。アウルム様、ありがとうございました」
「いや、こちらも久々に面白い商いが出来そうだ。期待通りに進む事を祈っているよ」
「はい、必ず契約を果たします」
こんなものは、最初の一歩だ。
私が目標に掲げるのは、三年後に一億ギルという大金を保有する事。ロイの親権を得るための一歩を、踏み外す気は毛頭ない。
「ママ、あったかい」
「うん、私もロイがいて……暖かいよ」
ロイを抱く重み、暖かみ。これを絶対に手放すわけにはいかない。
「いやぁ~先程は失礼した。どうぞ、どうぞ……ロイ君もぜひ座りたまえ、可愛らしい天使のような子だね」
驚くほどの変わり身、先程までの冷たい表情からは一転して満面の笑みを浮かべるアウルム様。わざわざ椅子を引いて座らせ、ロイが飽きぬよう甘い果実水と菓子を頼む手早い手筈。
一切の断りを許さぬ手際により、気付けば彼が主導する商談に招かれていた。
「ロイ君は実に可愛らしい。それを引き立てているのは、このお洋服だ」
「お褒めいただき、光栄です。アウルム様」
「糸の縫い目も丁寧に仕上がっていて、なによりも今までになかった可愛らしいデザイン。ぜひ、この手腕を使って商売でも如何だろうか?」
「アウルム様、私は……元より貴方と商談をするために来たのです。前置きは大丈夫ですので、本題に入ってください」
無駄な時間は彼も割きたくはないだろう、私もゴマすりに付き合う気はない。
意図を読み取ったのか、アウルム様は笑顔を消して無表情に戻った。
「……なら話が早い、この子が着ている洋服は価値がある。今月までに十着仕上げてくれれば、五十万ギルの支払いを約束しよう」
ロイが果実水にご満悦な間に、私と彼による交渉が始まる。品は衣服、貴族向けに作るこれで、彼は儲ける算段を付けたのだ。そのために提案された条件と額は破格ではあったが、聞いた私は一笑に付した。
「額を見誤っております、先程で需要は分かったはずです。十着は約束通りに仕上げますが、六十万ギルは頂きます」
「そうか……では少し条件を変えようか」
「っ」
「十二着で七十万ギル。この条件で如何だろうか?」
最初にふっかけてきたのは彼の提示した条件が可能か算段を得るため。そして私の希望額を聞き出して彼の望む条件と折り合いを付けたのだろう。どちらも益となる提案を導き出したのだ。
しかし……
「申し訳ありませんが、お断りします」
「? 譲歩したつもりだ。君が望む希望額、無理のない範囲での依頼を頼んだつもりだが」
「考えが変わりました、私が望むのは今回だけの商談ではありません」
「と……いうと?」
「作る衣服、毎月一定量を定期購入してください。その代わり、一着を五万ギルまで下げます」
「っ……なるほどな。最初からそれが狙いか」
アウルム様は、ニヤリと頬を緩める。それは先程のような作り出した笑みではなく、どこか愉悦を含んだ笑みだ。
「売れ行き次第で、購入する衣服と額の交渉をさせてください」
私が望むのは、ここで多く稼ぐ事ではない。
継続的にアウルム様と商談の場を設ける機会を作る事だ。広い交易路を持つ彼と繋がりを持てば、一億ギルの資産形成に手が届く可能性が少しは高くなるはず。
再び意図を読み取ったのか、アウルム様は暫しの思案の後に口を開く。
「提案を受け入れても構わないが……そのために君がこちらの望む数を揃えられるかを判断しなくてはならない。定期購入するなら、大きな商いにする必要があるからな」
「……ご希望は?」
「今月までに、二十着を用意してもらう。それを実行したのなら、君の望む条件を受け入れよう。しかし出来なかった時は違約金として五十万ギルを頂く」
今月……残りの期間は二十日。
一着を仕上げるのに現状は三日はかかってしまう。作業に慣れて手際を早くしたとて、間に合う保証は限りなく低い。
「どうする? 出来ぬのなら今回の商談は無しだ」
これは、アウルム様からの挑戦でもあるのだ。私が大きな商いをする商売相手としての器が備わっているかどうかを見極めている。
新たに始まった査定、条件は厳しく達成は極めて困難だ。
だが、ここでおめおめと引き下がる程、ロイの親権を得るための覚悟は脆くはない。
「承知いたしました、今月までに二十着をご用意いたします」
「……厳しい条件を出したつもりだが、受けるのか」
「ここで引き下がる覚悟で、やって来てはおりませんので」
「面白い、では契約書を結ぼうか」
いつも持ち歩いているのだろうか。アウルム様は自身のお付を呼び出して書面を直ぐさまに用意した。
羅列されている内容を読み込み、同意してサインを行う。
「では、今月の末に君の嫁ぎ先であるフローレンス邸へ品を受け取りに向かわせる」
「いえ、完成品の受け渡しは私の実家である、カルヴァート邸にお願いいたします」
「承知した」
ジェレドに悟られぬために私の実家での商いを希望したが、事情も聞かずにそれを受け入れるのは彼にとって益にもならぬお家事情になど興味がないからだろう。
だからこそ、ロイの出自に興味すら抱かないであろう彼は共に商売を行う相手にはベストだと思った。
「行こうか、ロイ」
「んーーおかしゃん、ねむ」
「抱っこしてあげるから寝てていいよロイ。アウルム様、ありがとうございました」
「いや、こちらも久々に面白い商いが出来そうだ。期待通りに進む事を祈っているよ」
「はい、必ず契約を果たします」
こんなものは、最初の一歩だ。
私が目標に掲げるのは、三年後に一億ギルという大金を保有する事。ロイの親権を得るための一歩を、踏み外す気は毛頭ない。
「ママ、あったかい」
「うん、私もロイがいて……暖かいよ」
ロイを抱く重み、暖かみ。これを絶対に手放すわけにはいかない。
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