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第11話
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真夜中、私が頼んだコーヒーを持ってきたカレンが心配の声を漏らす。
「エレツィア様、少しお休みになられた方が……」
「ありがとうカレン、私は大丈夫よ。貴方はもう休んで大丈夫、世話をかけるわね」
時刻は日付が変わった頃だろうか。私は目の前の作業に追われていた。
裁断した布を縫い合わせ、飾りを付けていく。アウルム様と契約を交わしてからもう五日が経つが、出来上がった洋服は三着。目標の二十着は程遠い。
品質を落とさぬよう、寝る間も惜しみ作業を早めてはいるが限界はあった。
「エレツィア様、無茶です。昼間はロイ君につきっきりで、夜中にお洋服を作るなんて……」
「そうね、無茶で大馬鹿。だけどロイの母親になるには……必要な事なの」
私も分かっていた、これは褒められたやり方ではないと。
だけど、絶望だった現実に見え出した光明。見て見ぬ振りなど、誰が出来ようか。
「申し訳ありませんエレツィア様。ロイ君が起きて、エレツィア様一緒に寝たいと泣いておられます……」
カレンの他に起きてくれていた使用人が申し訳なさそうに報告へやって来る。ロイは時折、夜中に起きては私が居ないと泣き出してしまう。寂しい想いをさせている事に胸が痛む。
「分かった。直ぐに行くわ。それと、謝らぬとも大丈夫よ。皆には迷惑をかけるわね」
「そんな……私達は……せめてお手伝い出来る事があれば」
「大丈夫、やり切って見せるわ」
強気では言ったが、やはり難しい。布を裁断して縫い合わせる。その後に考えていたデザインに合わせての飾りつけを行っていく。品質を落とさぬためには一着ずつ作る必要がある。せめてどれか一つの手順だけでも減らす事が出来ればと思ってしまう弱気も当然あった。
しかし、その弱気を払って。ロイに会う時は笑みを絶やさない。
「ごめんねロイ、寂しかったね」
「おかしゃん! いかないで!」
「っ、ごめんね。ロイ」
布の裁断の際、刃物が危ないのでどうしても寝室から離れる必要がある。そのせいでロイを寂しくさせてしまっているのは、心が痛かった。
「ねむ……くない」
「でも、寝ないと明日がねむねむだよ?」
「うーー」
起きたら私が居なくなってしまう、その寂しさがロイの睡眠を抑制してしまっているのかもしれない。今できるのは、ロイを寂しくさせないようにする事だろう。
「じゃあ、こっそり遊んじゃおうか?」
「いの!?」
途端に目をキラキラと輝かせるロイに微笑みが溢れて、頷く。
「皆には内緒だよ?」
「じゃあ、じゃあ。かみする」
「紙?」
ロイは近くの玩具箱をゴソゴソと漁ると、幾つかの紙を持ち出す。何をするのかと思えば、紙の上に積み木を乗せて、その形に合わせて破いていくのだ。
「ほら、これしかく~」
「すごいねロイ。じゃあお母さんはお星さんに挑戦しようかな~」
「ロイはね~まんまるさん」
子供の遊びとは、大人よりも想像力豊かで感性に満ちている。私達にとって何でもない行為でも、子にとっては初めての経験で、楽しいものなのだろう。
「おかしゃん、見て! ビリビリ」
「ロイ、上手ね」
ふと、ロイの遊ぶ一連の動作に注目してしまう。おぼつかないながらも、積み木を当てて紙を裂けば、ある程度は綺麗に形が出来ているのだ。
そう……誰でも、綺麗に……。
「っ!?」
「? ……おかしゃ、どたの?」
浮かんだ考えに、思わず息をつく。それを心配してくれるロイの頭を撫でながら。笑みがこぼれ落ちてしまう。
「ありがとうねロイ。おかげで、光明が見えたわ」
「ロイも、おかさんにあーとーする」
感謝している私の頭を撫でてくれるロイ。その優しさと愛しさにどれだけ救われているだろうか、疲れなど吹き飛んで、気力が漲っていく。
「本当に、ロイは私の救世主だよ」
「う?」
その後、遊び疲れ、眠りに落ちたロイのおでこにキスを落とした後。私は紙を幾つか持ち出して形に沿って切っていく。
翌日、カレンを含む手先の器用な使用人達を呼び出して頭を下げた。
「ごめんなさい、皆に協力して欲しい事があるの」
見せるのは、昨夜切った紙。それは「型紙」だ。布を裁断する際にこれ合わせれば、常に同じサイズを切る事が出来る。この作業をカレン達にしてもらえば、作業工程は一つ減り、更に刃物を使わぬ作業を減らす事で。ロイを独りにしないで済む時間は増える。
「お願い、私に力を貸してください」
「……当然です! エレツィア様」
顔を見合わせたカレン達は心強い返事をくれて、早速作業に取り掛かってくれた。残りの期間は刻一刻と迫っている。この契約を果たせなければ、ロイの親権を得る光明は消え去ってしまう。
絶対に……この希望の灯だけは消してはいけない。
私はロイが寝ている深夜に、使用人達は作業の合間に各々が手伝ってくれた。
皆がロイのために一つになり、この灯を絶やさぬように励んでくれる。
そして、期日はやってきた。
◇◇◇
「素晴らしいな、品質も落としていない……この短期間でよくこの量を、素晴らしい」
父に借りたカルヴァート邸の客室、訪れてくれたアウルム様は目の前の品々に感嘆の声を挙げた。
並ぶ衣服はロイの着ていた物と遜色なく、彼の評価は高い。
「しかし」
大きなため息を吐きつつも、アウルム様は口元は歪ませる。
「出来上がったのは十九着。努力は認めるが契約は契約。此度の商談は不履行とさせてもらう」
彼の言葉は、無情にも部屋に響いた。
「エレツィア様、少しお休みになられた方が……」
「ありがとうカレン、私は大丈夫よ。貴方はもう休んで大丈夫、世話をかけるわね」
時刻は日付が変わった頃だろうか。私は目の前の作業に追われていた。
裁断した布を縫い合わせ、飾りを付けていく。アウルム様と契約を交わしてからもう五日が経つが、出来上がった洋服は三着。目標の二十着は程遠い。
品質を落とさぬよう、寝る間も惜しみ作業を早めてはいるが限界はあった。
「エレツィア様、無茶です。昼間はロイ君につきっきりで、夜中にお洋服を作るなんて……」
「そうね、無茶で大馬鹿。だけどロイの母親になるには……必要な事なの」
私も分かっていた、これは褒められたやり方ではないと。
だけど、絶望だった現実に見え出した光明。見て見ぬ振りなど、誰が出来ようか。
「申し訳ありませんエレツィア様。ロイ君が起きて、エレツィア様一緒に寝たいと泣いておられます……」
カレンの他に起きてくれていた使用人が申し訳なさそうに報告へやって来る。ロイは時折、夜中に起きては私が居ないと泣き出してしまう。寂しい想いをさせている事に胸が痛む。
「分かった。直ぐに行くわ。それと、謝らぬとも大丈夫よ。皆には迷惑をかけるわね」
「そんな……私達は……せめてお手伝い出来る事があれば」
「大丈夫、やり切って見せるわ」
強気では言ったが、やはり難しい。布を裁断して縫い合わせる。その後に考えていたデザインに合わせての飾りつけを行っていく。品質を落とさぬためには一着ずつ作る必要がある。せめてどれか一つの手順だけでも減らす事が出来ればと思ってしまう弱気も当然あった。
しかし、その弱気を払って。ロイに会う時は笑みを絶やさない。
「ごめんねロイ、寂しかったね」
「おかしゃん! いかないで!」
「っ、ごめんね。ロイ」
布の裁断の際、刃物が危ないのでどうしても寝室から離れる必要がある。そのせいでロイを寂しくさせてしまっているのは、心が痛かった。
「ねむ……くない」
「でも、寝ないと明日がねむねむだよ?」
「うーー」
起きたら私が居なくなってしまう、その寂しさがロイの睡眠を抑制してしまっているのかもしれない。今できるのは、ロイを寂しくさせないようにする事だろう。
「じゃあ、こっそり遊んじゃおうか?」
「いの!?」
途端に目をキラキラと輝かせるロイに微笑みが溢れて、頷く。
「皆には内緒だよ?」
「じゃあ、じゃあ。かみする」
「紙?」
ロイは近くの玩具箱をゴソゴソと漁ると、幾つかの紙を持ち出す。何をするのかと思えば、紙の上に積み木を乗せて、その形に合わせて破いていくのだ。
「ほら、これしかく~」
「すごいねロイ。じゃあお母さんはお星さんに挑戦しようかな~」
「ロイはね~まんまるさん」
子供の遊びとは、大人よりも想像力豊かで感性に満ちている。私達にとって何でもない行為でも、子にとっては初めての経験で、楽しいものなのだろう。
「おかしゃん、見て! ビリビリ」
「ロイ、上手ね」
ふと、ロイの遊ぶ一連の動作に注目してしまう。おぼつかないながらも、積み木を当てて紙を裂けば、ある程度は綺麗に形が出来ているのだ。
そう……誰でも、綺麗に……。
「っ!?」
「? ……おかしゃ、どたの?」
浮かんだ考えに、思わず息をつく。それを心配してくれるロイの頭を撫でながら。笑みがこぼれ落ちてしまう。
「ありがとうねロイ。おかげで、光明が見えたわ」
「ロイも、おかさんにあーとーする」
感謝している私の頭を撫でてくれるロイ。その優しさと愛しさにどれだけ救われているだろうか、疲れなど吹き飛んで、気力が漲っていく。
「本当に、ロイは私の救世主だよ」
「う?」
その後、遊び疲れ、眠りに落ちたロイのおでこにキスを落とした後。私は紙を幾つか持ち出して形に沿って切っていく。
翌日、カレンを含む手先の器用な使用人達を呼び出して頭を下げた。
「ごめんなさい、皆に協力して欲しい事があるの」
見せるのは、昨夜切った紙。それは「型紙」だ。布を裁断する際にこれ合わせれば、常に同じサイズを切る事が出来る。この作業をカレン達にしてもらえば、作業工程は一つ減り、更に刃物を使わぬ作業を減らす事で。ロイを独りにしないで済む時間は増える。
「お願い、私に力を貸してください」
「……当然です! エレツィア様」
顔を見合わせたカレン達は心強い返事をくれて、早速作業に取り掛かってくれた。残りの期間は刻一刻と迫っている。この契約を果たせなければ、ロイの親権を得る光明は消え去ってしまう。
絶対に……この希望の灯だけは消してはいけない。
私はロイが寝ている深夜に、使用人達は作業の合間に各々が手伝ってくれた。
皆がロイのために一つになり、この灯を絶やさぬように励んでくれる。
そして、期日はやってきた。
◇◇◇
「素晴らしいな、品質も落としていない……この短期間でよくこの量を、素晴らしい」
父に借りたカルヴァート邸の客室、訪れてくれたアウルム様は目の前の品々に感嘆の声を挙げた。
並ぶ衣服はロイの着ていた物と遜色なく、彼の評価は高い。
「しかし」
大きなため息を吐きつつも、アウルム様は口元は歪ませる。
「出来上がったのは十九着。努力は認めるが契約は契約。此度の商談は不履行とさせてもらう」
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