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9章 壊れていく日常

◆回想―黒天騎士団にて

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 黒天騎士団に入ることにした。
 
 黒天騎士団は、ディオールの北部一帯の領地を統治するイルムガルト辺境伯が有する騎士団。
 国境を預かる辺境伯はディオールの貴族の中では国王に次いで強い権力を持つ。
 
 国境付近の砦に駐屯し、魔物が攻めてきたらこれを迎え撃つ。魔物は主にノルデンからやってくる。
 平時は国境の見張りと魔物の数の調査。増えてきたら討伐隊を結成し派遣し、討伐する――これが主な仕事だ。
 
 魔物の発生源であるノルデンは、滅亡して以来強大かつ凶悪な魔物が跋扈ばっこするようになったという。
 そんな魔物を相手にするのだから、黒天騎士団も精鋭揃い。
 ディオールの他の騎士団については知らないが、国内で最強と評されるのもうなずける気がした。
 騎士になるのに身分や出身国は問わない。入団試験を受けて認められればそれでいい。
 ――実力主義といえば聞こえはいいが、戦死者が多いから門戸を広げなければ立ち行かないというのが実情らしい。
 
 
 俺はマードック武器工房を離れ騎士団の寮に入ることになった。
 寮での生活は、ノルデンの孤児院でのものに似ている。
 早朝起きて掃除をして走り込み、素振りなどの基礎的な鍛錬。それが終われば朝礼。その終わりには騎士の心得を大声で読み上げる。
 そのあと朝食を摂り、そして座学だ。
 朝練の後の座学は溶けるほどに眠い。しかし寝た者は追加で訓練をするか反省文を書かなければならないので寝るわけにはいかない。
 そして昼食、そのあと剣や術の鍛錬。その他も、時間によって生活が何もかもが決められている。
 
 厳しいものだったが、ノルデンの孤児院に比べればどうということはなかった。
 軍規を乱せば"修正"といって頬を打たれるが、鞭で打ったりはしないし、懲罰房もない。
 ただ、嫌なことを思い出すことが多くなった。
 それに黒天騎士の制服も嫌いだった。
 皆の憧れの黒い制服に甲冑。わずかな縁取り以外は小物に至るまで全て黒。
 俺が着ると頭からつま先まで全部黒い――太陽の光も月の光も、俺を映し出さない。カラス……というより、まるで闇か影だ。
 一切の色を持たない自分の姿を見るのは、正直言って苦痛だった。
 
 
 ◇
 
 
「あーっ、とうとう負けたー」
「…………」
 
 ある日の手合わせで、俺は初めて視る力を使わずにカイルに勝った。
 まずは動きを読めなければ話にならないと思って最初は視る力を使って太刀筋を覚えていき、そしてこの日ようやく本当の意味で勝つことができた。
 親方相手にも、既に1本取れるようになっていた。
「お前は俺を超えた」と短く言われ、以降はもう手合わせをしていない。
 
 
「いやー 参った参った。お前強いな~。この俺様を超えたんじゃないの?」
「…………」
「まあでもお前火の術に魔法剣も使えちゃうし、とっくに俺より上かぁ。さすがは黒天騎士――」
「うるさい」
「えー、また出たよ。褒めてんのにさぁ」
「……うるさい。修行しろ」
「うるさくありませんー。修行も毎日してますしー」
「……ふん」
「なんで機嫌損ねるのかまっったく分かんないな~」
 
 言葉の通り、カイルはカイルで鍛錬を積んで親方よりも強くなっていた。そのカイルにも勝ってしまった。
 二人を打ち負かすことを目標にして剣の腕を上げていたが、達成されると何かひどく空しい。
 
 ――黒天騎士団に入団してから、3年ばかり経っていた。
 
 精鋭揃い、国内最強とか言われている黒天騎士団。
 団長や複数人いる将軍はかなりの腕利きだ。
 だがそういう限られた人間くらいしか剣技において俺より強い者がいなくなっていた。
 訓練での手合わせで分かったが、親方もカイルもかなりの実力の剣士だったようだ。
 教官も配属された隊の人間もその隊長も、あの2人に比べてまるで張り合いがない。
「剣技だけなら将軍クラスだ」なんてよく分からないことを言われ、俺はすぐに魔物との激戦区の砦に飛ばされた。
 
 入団当初仲良くなった見習い騎士仲間がいたが、やがて遠巻きにされ避けられるようになった。
 わけが分からなかったので「俺が何かしてしまったのか」と問うと、お前は別世界の人間だと言われた。「強すぎる、怖い」と。
 剣技に加え俺の使う火の術の発動が速く、またあまりにも正確に敵を打ち抜くので、その様が恐ろしい、殺すために生きているんじゃないかとまで言われた。
 
 その数年後に俺は小隊の隊長になり、そいつは今俺の部下になっている。
 気軽に話していたはずなのにもう敬語でしか喋らないし、配属された時に「昔、失礼なことを言ってしまい申し訳ありませんでした」なんて頭を下げられた。
 
 そういう奴はそいつ1人ではなかった。
 いつも何か遠巻きに見られているし、話しかけると相手は常にビクビクしている。
「人を殺してそう」「目を付けられたら殺される」「魔物の血を引いている」なんて言われていることを知っている。
 そして戦場での姿を見てなのか、「炎の化身」「死神」とかいう仰々しい二つ名で呼ばれていることも。
 炎の化身はともかく、死神というのは黒い姿をしているからそう見えるんだろうか。
 
 ――弱い時は「カラス」と呼び、食べ物に虫や生ゴミを入れ、言いがかりをつけて殴りつけたり石を投げたり水をかけたりする。
 そして強くなったら今度は「炎の化身」「死神」ときた。
 
 皆、俺を何かの枠にはめて記号とレッテルをつけるのが好きだ。
 俺を知らない人間にとって俺は常に「特殊な何か」でなければいけないらしい。
 
 どうしてそうなるのか全く分からない。でも聞いても無駄だろう。
 かつてリューベ村の孤児院の副院長が、料理店の店長がそうだったように、彼らの頭の中では既に俺は「死神」で「目を付けられたら殺される」存在。
 何を説いた所で人の頭の中で決定している事実はどうにもならないし、俺が納得のいく答えもない。相手も納得はしない。
 もう相手も面と向かって罵倒したり石を投げたりなんかもしてこない。実害はないし、勝手にしてくれればいい。
 俺はお前たちのために戦っていないし、ごく少数ながらも俺を知っていて信じてくれる者がいる。それで十分だ。
 
 
 ◇
 
 
「!」
「わ、すみませ……、はっ! マ、マクロード、将軍!」
「ああ、すまない」
 
 さらに数年後、俺は将軍にまでなってしまっていた。
 魔物を狩りすぎて、軍服にじゃらじゃらと勲章が付いている。
 最近は「殺戮狂」とか「魔王」とかいう渾名あだなが追加されているようだ。
 仕事だからやっているだけで、別に殺すのが好きなわけじゃないんだが。
 
「も、申し訳ありません、あの、あの……」
 
 そういうわけでますます俺は恐怖される存在になり、少しぶつかっただけで相手はこんな風に命を取られるかのように怯えてしまう。
 ぶつかった青年はガチガチに固まり背筋を伸ばしている。年齢は17、18歳くらいだろうか。黒髪に灰色の眼――ノルデン人だ。
 
「いや。ボーッとしていただけだから、気にしないでくれ」
「は、はい。あ、あの……ももも、申し訳、ありませ……あのっ! おれ……わ、わたくしはエリオット……エリオット・レイと申します!」
 
 そう言って青年は拳を左胸に持ってきてビシッと敬礼してみせた。

「え? ああ……そうか。俺はグレン・マクロード。よろしく」
「え……そそそそ、そんな! もちろん存じ上げております!! お、お目にかかれて光栄です!!」
「…………」
 
 声がでかい。寝不足の頭に響く……。
 
「……そうか。ノルデン人は色々いらない気苦労をするだろうが、頑張れ」
「あ、ありがとうございます!」
 
 ガバッと礼をして、エリオットは走り去っていった。
 
(怯えていたわけではなかったのか……)
 
 子供の頃に視えていた人の心を表す火とその色は、年々視ることができなくなっていた。
 それは別にいいが、ああいうものが視えていたからか俺はどうにも人をまず疑う所から始めてしまう。悪いクセだ。
 直さなければとは思うが、「こいつは信用してはいけない奴だ」という勘は大体当たってしまうものだからなかなか難しい。
 
 後日、エリオットは俺の率いる軍に配属された。
 食堂で飯を食べていると「ご一緒してもよろしいでしょうか!?」と大声で話しかけてくる。
 同じノルデン人だから聞いて欲しいことでもあるのだろうか、身の上話をよくしてきた。
 彼は生まれて間もない頃にノルデンの大災害に遭い、家族を失った。
 その後盗賊に拾われ使い走りに――「カラス」をやっていたが捕まり、街の孤児院に入れられたという。
 
「苦労をしたんだな」
「……はい、でも孤児院の人はみんないい人でしたから。助成金もたくさん残してくれましたし」
「……助成金」
「はい。そこから生活必需品やなんかを買いそろえてくれて……それで僕が15歳になって孤児院を出るときに残った分を持たせてくれたんです。他のことに使ってしまう悪質な孤児院も多い中、本当に助かりました」
「…………」
「……将軍? どうかなさいまし……」
「いや、なんでもない。俺は途中で孤児院を移ったから、その辺の話は分からなくてな」
「そうなんですか? ……助成金はその子供のものなので、別の孤児院に移ったら元の孤児院側が国に申請して、助成金の残高を渡さなければならないはずですが……」
「………………」
 
 ――何だ、その話は。
 俺はそんなもの知らない。
 その金はどこにある? 今、誰が持っている。俺が逃げ出したあと、その金はどうなった?
 それがあれば、俺はあんな穴蔵で人間以下の生活をしなくてもよかったんじゃないか?
 飢えて、盗んで、恨んで……あんな、思いを、しなくても。
 
 事実を知りたい。
 そして、事と次第によっては――。
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