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5章 兄弟

13話 隊長の"仕事"

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 6月30日(日)
 やや調子が悪そうだが、兆候は見られず。
 
 7月12日(金)
 やや精神が不安定か。
 
 7月13日(土)
 有給を取ってミロワール湖へ。異常なし。
 
 7月20日(土)
 急激に調子を崩し、部屋を満たすほどの瘴気を放ち出す。
 聖水と回復魔法で制御。
 職場を休ませて様子見。
 レベル2と判断。
 
 7月26日(金)
 少し機嫌が悪いくらいで特に異常なし。
 好物を食べて落ち着く。
 回復魔法を繰り返し施す。
 
 7月27日(土)
 小康状態。回復魔法はなし。
 本人から職場に復帰したいと打診あり。返事は保留。
 
 
 ********* 
 
 ――煙草をくゆらせ無言で書類を書いていると、ノックの音がした。

「はい」
「グレン、ちょっといいか」
「!」

 ……ジャミルだ。ノックをしてくるとは珍しい。

「ああ」
 
 書いてある書類を机にしまうとドアが開き、ジャミルが入ってくる。

「グレン、ちょっといい、か……?」
「ん?」
「いや……アンタ、タバコ吸うんだな」
「まあ時々だ……何だ?」

 持っていた煙草を灰皿にグリグリと擦りつけて消すと、ジャミルが言いにくそうに切り出す。

「やっぱ職場に戻りてぇってのは、ムリか? 一週間休んじまったし……」
「コックさんの仕事なぁ……。今日の調子はどうだ?」
「体はフツーだ……あのよ、その、アタマおかしくなっちまったと思うかもだけど」
「何だ?」
「最近、剣が喋るんだよな。そんなワケねぇと思うんだけどよ」
「――……」

 剣が、喋る――?

「具体的には」
「え? ……えーっと」

 肘をつき、組んだ手で口元を隠して聞き返すと、『そんな訳ない』と返されると思っていたのかジャミルが言い淀む。

「『お前のせいだ』『オレのせいじゃない』『あんな奴放っておけ』『家族に報告しろ』とか……、あと『マスター』がどうとか」
「…………」
寄生主マスター――)
 
「ジャミル」
「え?」
「残念だが、職場復帰は当面諦めてくれ」
「! ……そう、か。分かった――。ムリ言って、わりい」
 胸元辺りの服をぐっと掴みながらジャミルが退室する。
 
「…………」
 
 7月28日(日)
 『剣の呼び声が聞こえるようになった』と申告あり。職場復帰は禁止。レベル3に引き上げ。
 
 たった数行書くだけなのにペンは重い。
 
「はぁ……」

 本日10本目の煙草に火を付けて椅子に思い切りもたれかかる。
 煙草は普段吸わない。吸うのはこういうやりたくないことをやる時、イライラした時だ。
 酒でも飲めれば酒なんだろうが、飲めたとしても昼からは飲まないから、やっぱり煙草を吸っているんだろう。
 くわえ煙草で頭をがしがし掻きながら、陰鬱な気分で書類に目を落とし思いを巡らす。
 
 ――あの日、ジャミルの働く酒場で食事をしなければ。俺が現金を持ち合わせていれば。
 金を取りに行く時にジャミルが監視役としてついてくることはなかった。
 俺の紋章に反応したあの剣に、ジャミルが操られることはなかった。
 ジャミルを返り討ちにしたあとまた酒場に戻り、上司であるマスターに事の次第を報告するとマスターから地元のギルドに話が行き、さらにロレーヌ国の教会まで話が行った。
 そこからまたギルドへと話が行き俺に依頼があった。
『魔剣の持ち主を監察、報告せよ』と――。
 
 ここ数ヶ月ずっと書かされている。
 そして毎月ギルドに提出してギルドから教会に上がって――クソみたいな依頼だ……いつまで書かなきゃならない。
 魔剣の持ち主とかいうが、成人男性の観察日記だ。
 ていうか、シスコンロリコン食い逃げ疑惑に加え成人男性の観察日記って、どの種類の変態だ……知られたら死ねる。
 ここ数ヶ月で俺の社会的評判は死にっぱなしだ……慣れてるから別にいいけど。
 
『もし、ジャミルが闇堕ちしてしまったら、どうなるんでしょう?』

 ……レイチェルの質問に答えることはできなかった。
 ベルナデッタは「その地の法律による所がある」と言葉を濁していたから少しは知っているのかもしれない。

 対してレイチェルはそういうものとは無縁なのか、物事への警戒心が皆無だ。
 砦の庭で居眠り、図書館で居眠り、歓楽街を制服で一人で歩く。
 魔物はもちろんのこと、ならず者や暴漢に襲われたり、悪意を持って近づいてくる人間がいるなど考えもしない環境で生きているんだろう。
 そんな彼女に闇堕ち後の人間――ジャミルがどうなるかを教えることは憚られる。

 その地域の法律、闇堕ちの種類によって変わってくる面はあるが、だいたい行き着くところは同じだ。
『虚無の世界』とやらに魂が縛られた人間――いわゆる植物状態になった人間は、ミランダ教会の所有する施設で回復魔法を施されながら療養生活を送る。稀に戻ってくるものもいるそうだが……。

 問題は『赤眼』となった場合だ。
 赤眼はこの世ならざるものの眼。要するに魔物と同じと見なされる。
 理性を制御できず欲望のままに振る舞い、気に入らない者は殺す。そうして殺戮に走るようになる。
 俺が以前住んでいた所では赤眼の人間は『捕縛の上、流刑』だった。
 流刑先は災害後、魔物が跋扈ばっこするようになったノルデン。
 そこの魔物はこの界隈の魔物とは一線を画する。
 そこに放り出すことはつまり、死罪に等しい。
 この界隈の闇堕ちへの対処がどうなるかわざわざ調べることもしていないが、ロクなものではないだろう。
 
 ジャミルはそこそこの剣の使い手だが本人は護身用として習っていたようで、冒険者や騎士、傭兵などになるつもりはないらしい。
 剣の腕はなかなかだが、俺からすればジャミルもレイチェルやフランツと同じく善良な一般市民だ。
 木訥ぼくとつで仕事熱心な――ただそれだけの無害な人間。
 それを見張って報告をあげ、本人の知らないところで処遇が決められる。
 
 今日はこの報告書をギルドにあげなければいけない。
『レベル3』とやらになったジャミルは何がどうなるのだろう。知りたくもない。

(クソが……)

 ――面倒だ。俺にものを考えさせないで欲しい。
 
 そろそろ出かけるかと思いながらも行く気にならず、俺はまた煙草に火を着けた。
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