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5章 兄弟
12話 住んでいる世界
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ラーメンをおいしく頂いて丼を片付け、お茶タイム。
「ああ、ジャミル君といえば、今日街でカイルさんに会いましたわ」
「えっ カイルに? ……何か言ってた?」
「う――ん、特には……。辛いラーメンが好きだって」
「ラ、ラーメンの話……」
「うん。あと……」
「あと?」
「隊長は味覚が馬鹿だって」
「あの野郎……味覚が馬鹿なのはあっちだ。何にでも馬鹿みたいに唐辛子かけやがって」
舌打ちを1つして、グレンさんは憎々しげにコメントした。
グレンさんはグレンさんで何にでも砂糖とかココアの粉入れてるから、どっこいどっこいなような……。
「そういえば、昔から料理にタバスコとかふりかけまくって怒られてたような……大人になっても変わってないんだぁ」
「ええと、あと……少しでもジャミル君の話をすると不機嫌全開になっちゃって……ジャミル君が呪いの剣を手にしたことはとりあえず言わずにおきました」
「あ……」
「そうか。助かる」
急に真面目な話になり、空気がピンと張り詰めた感じになった。
『自分の中で飲み込んだつもりだったけど、いざ会ってみるとあの時辛かった自分が顔を出してくる』
『いつか普通に付き合えるかもしれない。ただ、今は正直顔を合わせたくないよ』
――そう言っていた。だからきっとジャミルのことも知らせないほうがいいのかもしれない。
知らせても、顔を合わせたくないで終わるのかな……。
(カイル……)
「あの……もし、もし、ジャミルが『闇堕ち』してしまったら、どうなるんでしょう?」
「「…………」」
頭の中に浮かんだ疑問を口にするも、ベルもグレンさんも沈黙してしまう。
「うん……その地の法律による所があるから、ね」
ベルは困ったような顔で目を伏せて、巻き髪をいじる。
「法律……?」
「堕ち方にもよるな」
「堕ち方……」
理性に歯止めが利かなくなったり、意識不明のままになる――そうすると何がどうなるの?
法律とか、堕ち方とかってなんなんだろう?
――胸騒ぎがする。わたしが思っているより、事態はずっと深刻なんだろうか。
「……待て、ジャミルだ」
「!!」
窓の方に目をやると、グレンさんの言う通りにジャミルが廊下を歩いてきていた。
手には食器を持っているから、きっと後片付けしにきたんだろう。
食堂のドアがガチャリと開いて、ジャミルが入ってくる。
「ごちそーさん」
「わざわざ持ってきてくれなくても取りに行ったのに」
「いや、ちょっと用があったから。……あのよ、グレン」
「ん?」
「……オレ来週から仕事復帰しちゃダメか? 調子は、悪くねえと思うんだけど」
確かに、数日前までのような不気味な紫のオーラは出ていない。だけど、調子が良いかと言うと……。
「なんとも言えないな……明日の様子次第って所かな」
『明日の様子次第』なんて言うけれどグレンさんのトーンは明るくない。
きっと来週も休むことになるんだろう。ジャミルも一応聞いてみたと言う感じで、良い返事を期待してはいなかったみたい。
「そうか……」
それだけ言うと、ジャミルは肩を落としながら自室へ戻って行った。
◇
「ジャミル、まだ顔色悪かったね」
「うん……魔法かけてはいるんだけどね。気分が落ち込んでるみたいね」
「ジャミルは、料理が好き」
「うん……ジャミル、料理っていうか自分の仕事が好きなんだよね、きっと」
ちょっと脈略のないルカの発言。
だけど本当にそうだ。
カイルのこともあるけど、自分の仕事が好きで、仕事に出られないのがつらいんだ。
「仕事といえば……隊長は仕事があるので、これで失礼」
「「えっ」」
「……何だ」
「えっ だって、仕事って何ですか? これから配達ですか」
ラーメン食べてお茶を飲んで、今は深夜1時。配達だとして、冒険者ギルドも24時間営業じゃないし……。
「いや、違う。デスクワーク」
「ですくわーく……」
「隊長なりに、地味に仕事があるんです。書類作成とか。というわけで、失礼」
「あ、はい。お茶か何かお持ちしましょうか?」
「いや、いい」
「そうですか」
「グレンさんの、隊長のデスクワークって何かなぁ」
グレンさんが立ち去った後にベルに尋ねてみた。
「さぁ? 活動報告書とかかしらね。この砦も借りてるわけだし、経費がどうとかあるのかも。あとは給料の計算とか?」
「ふーん……大変だ」
「お兄ちゃま、デスクワーク中に勝手に入ると、怒る」
「勝手に……。瞬間移動とかで?」
「そう。ソファーで寝てばっかりなのに」
「あはは……でも勝手に入っちゃダメだよやっぱり」
「もう、入らない。お兄ちゃま、ですくわーくの時は、煙の匂い」
「煙? あらら、隊長って煙草吸ってるんだ?」
「そうなんだ……でも、わたしが何回か入った時は煙草の匂いとかしなかったけど」
「風の魔石置いてるんじゃない? 消臭パワーがすごいやつとか」
「……お兄ちゃま、くさい」
「ル、ルカ……『煙草』という単語抜いたらダメだよ。グレンさん、ショック受けちゃうよ」
「……それにしても、煙草かー。煙草吸うのかー」
ベルは心底ガッカリといった感じで肩を落としている。
「ベルは、煙草ダメなの?」
「えー だって、吸ってる姿自体はかっこいいと思うけどやっぱ匂いがねぇ、イヤよ。レイチェルは煙草イヤじゃないの?」
「わたしは……それはまあ、得意ではないけど。でもグレンさんと付き合うわけじゃないしなぁって……」
「それはそうだけど――」
机にあごを置いてブーブー言いながら唇を尖らせるベルをよそに、わたしはさっきの自分の発言に少し落ち込んでしまう。
『付き合うわけじゃないし』
(そうなんだけど、そうなんだけどぉ……)
ちょっと話ができるくらいで、グレンさんと付き合える要素がない。
8歳も年上だし。――ベルくらいの年なら、ちょっと望みがあるのかなぁ。
だとしても、わたしはどこにでもいる特殊能力も何もない平凡な学生。
対して、司書の姿と、なんかポンコツな隊長の姿しか知らないけど、グレンさんは冒険者ですっごく剣の腕が立って、魔法が使えるどころか伝説にある紋章を持っている人。
なんだかわたし、別世界の人を好きになっちゃったんだなぁ……。
「ああ、ジャミル君といえば、今日街でカイルさんに会いましたわ」
「えっ カイルに? ……何か言ってた?」
「う――ん、特には……。辛いラーメンが好きだって」
「ラ、ラーメンの話……」
「うん。あと……」
「あと?」
「隊長は味覚が馬鹿だって」
「あの野郎……味覚が馬鹿なのはあっちだ。何にでも馬鹿みたいに唐辛子かけやがって」
舌打ちを1つして、グレンさんは憎々しげにコメントした。
グレンさんはグレンさんで何にでも砂糖とかココアの粉入れてるから、どっこいどっこいなような……。
「そういえば、昔から料理にタバスコとかふりかけまくって怒られてたような……大人になっても変わってないんだぁ」
「ええと、あと……少しでもジャミル君の話をすると不機嫌全開になっちゃって……ジャミル君が呪いの剣を手にしたことはとりあえず言わずにおきました」
「あ……」
「そうか。助かる」
急に真面目な話になり、空気がピンと張り詰めた感じになった。
『自分の中で飲み込んだつもりだったけど、いざ会ってみるとあの時辛かった自分が顔を出してくる』
『いつか普通に付き合えるかもしれない。ただ、今は正直顔を合わせたくないよ』
――そう言っていた。だからきっとジャミルのことも知らせないほうがいいのかもしれない。
知らせても、顔を合わせたくないで終わるのかな……。
(カイル……)
「あの……もし、もし、ジャミルが『闇堕ち』してしまったら、どうなるんでしょう?」
「「…………」」
頭の中に浮かんだ疑問を口にするも、ベルもグレンさんも沈黙してしまう。
「うん……その地の法律による所があるから、ね」
ベルは困ったような顔で目を伏せて、巻き髪をいじる。
「法律……?」
「堕ち方にもよるな」
「堕ち方……」
理性に歯止めが利かなくなったり、意識不明のままになる――そうすると何がどうなるの?
法律とか、堕ち方とかってなんなんだろう?
――胸騒ぎがする。わたしが思っているより、事態はずっと深刻なんだろうか。
「……待て、ジャミルだ」
「!!」
窓の方に目をやると、グレンさんの言う通りにジャミルが廊下を歩いてきていた。
手には食器を持っているから、きっと後片付けしにきたんだろう。
食堂のドアがガチャリと開いて、ジャミルが入ってくる。
「ごちそーさん」
「わざわざ持ってきてくれなくても取りに行ったのに」
「いや、ちょっと用があったから。……あのよ、グレン」
「ん?」
「……オレ来週から仕事復帰しちゃダメか? 調子は、悪くねえと思うんだけど」
確かに、数日前までのような不気味な紫のオーラは出ていない。だけど、調子が良いかと言うと……。
「なんとも言えないな……明日の様子次第って所かな」
『明日の様子次第』なんて言うけれどグレンさんのトーンは明るくない。
きっと来週も休むことになるんだろう。ジャミルも一応聞いてみたと言う感じで、良い返事を期待してはいなかったみたい。
「そうか……」
それだけ言うと、ジャミルは肩を落としながら自室へ戻って行った。
◇
「ジャミル、まだ顔色悪かったね」
「うん……魔法かけてはいるんだけどね。気分が落ち込んでるみたいね」
「ジャミルは、料理が好き」
「うん……ジャミル、料理っていうか自分の仕事が好きなんだよね、きっと」
ちょっと脈略のないルカの発言。
だけど本当にそうだ。
カイルのこともあるけど、自分の仕事が好きで、仕事に出られないのがつらいんだ。
「仕事といえば……隊長は仕事があるので、これで失礼」
「「えっ」」
「……何だ」
「えっ だって、仕事って何ですか? これから配達ですか」
ラーメン食べてお茶を飲んで、今は深夜1時。配達だとして、冒険者ギルドも24時間営業じゃないし……。
「いや、違う。デスクワーク」
「ですくわーく……」
「隊長なりに、地味に仕事があるんです。書類作成とか。というわけで、失礼」
「あ、はい。お茶か何かお持ちしましょうか?」
「いや、いい」
「そうですか」
「グレンさんの、隊長のデスクワークって何かなぁ」
グレンさんが立ち去った後にベルに尋ねてみた。
「さぁ? 活動報告書とかかしらね。この砦も借りてるわけだし、経費がどうとかあるのかも。あとは給料の計算とか?」
「ふーん……大変だ」
「お兄ちゃま、デスクワーク中に勝手に入ると、怒る」
「勝手に……。瞬間移動とかで?」
「そう。ソファーで寝てばっかりなのに」
「あはは……でも勝手に入っちゃダメだよやっぱり」
「もう、入らない。お兄ちゃま、ですくわーくの時は、煙の匂い」
「煙? あらら、隊長って煙草吸ってるんだ?」
「そうなんだ……でも、わたしが何回か入った時は煙草の匂いとかしなかったけど」
「風の魔石置いてるんじゃない? 消臭パワーがすごいやつとか」
「……お兄ちゃま、くさい」
「ル、ルカ……『煙草』という単語抜いたらダメだよ。グレンさん、ショック受けちゃうよ」
「……それにしても、煙草かー。煙草吸うのかー」
ベルは心底ガッカリといった感じで肩を落としている。
「ベルは、煙草ダメなの?」
「えー だって、吸ってる姿自体はかっこいいと思うけどやっぱ匂いがねぇ、イヤよ。レイチェルは煙草イヤじゃないの?」
「わたしは……それはまあ、得意ではないけど。でもグレンさんと付き合うわけじゃないしなぁって……」
「それはそうだけど――」
机にあごを置いてブーブー言いながら唇を尖らせるベルをよそに、わたしはさっきの自分の発言に少し落ち込んでしまう。
『付き合うわけじゃないし』
(そうなんだけど、そうなんだけどぉ……)
ちょっと話ができるくらいで、グレンさんと付き合える要素がない。
8歳も年上だし。――ベルくらいの年なら、ちょっと望みがあるのかなぁ。
だとしても、わたしはどこにでもいる特殊能力も何もない平凡な学生。
対して、司書の姿と、なんかポンコツな隊長の姿しか知らないけど、グレンさんは冒険者ですっごく剣の腕が立って、魔法が使えるどころか伝説にある紋章を持っている人。
なんだかわたし、別世界の人を好きになっちゃったんだなぁ……。
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