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5章 兄弟
6話 動いていく心
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「はぁ……」
今日、何回目のため息だろう。
なんとかならないのかな、なんとか……。
「はぁ~……」
「……ため息ばっかりだな」
「へっ? あっ……」
盛大なため息をついたあとに後ろから声がして振り返ると、グレンさんだった。
「あ……ご、ごめんなさい。いたんですよね」
「『いたんですよね』とはひどいな」
「スミマセン……」
ちょっと夕方になり、この通りにある宿屋が何やらギラつき始めていた。
そうだ、こんな中を一人で歩かせられないからって、送ってもらってたんだった……。
「……あの、なんとか、二人がうまくいく方法はないですかね……」
「さあ?」
「『さあ』ってそんな……」
「お互い歩み寄る気がないなら、なんともならないだろうな」
「う……そうですが」
前ジャミルがすごい怒鳴った時もそうだったけど、なんだかドライだなぁ。
カイルとグレンさんって10年以上の付き合いって言ってなかったっけ……男同士だとそんなものなのかなぁ。
「あのー……カイルとは付き合いが長いんですよね」
「ああ」
「彼のその、事情は知っていたんですか」
「まあな。ある日急に『実は未来から来たって言ったら信じるか』とか言って」
「はい」
「『は?』って返した」
「『は?』ってそんな……」
「『何言ってんだこいつ』と思って」
「……そんなぁ」
とはいえ、それは自然な反応のような気もするけど……。
「だけどまあ、色々と変な奴だったからな。連載中でまだ明かされてない推理小説の犯人とトリックバラしてきたり」
「そ、それ、そこにつながるんですね……」
「ああ……あいつは許さん」
そう言いながらグレンさんはメガネを上げるしぐさをした。メガネかけてないのに。
(ほんとにすっごい根に持ってるー……)
まあ楽しみにしてたお話のネタバレされたらそうなるのも無理はないかも……って……。
「あのー……真面目な話をしてるんですが」
「え? してるだろ?」
(してないー……)
「まあそれとか他にも変な所があったし、何より『色』が変だったから」
「……色」
「周りの空気と調和しない色をしてた。違うパズルのピースがはまってるような……だから違う時代の人間だと聞いて合点がいったな」
「時代に色があるんですか」
「あるんです。――どうだ、キャンディ・ローズ先生の例え話より分かりやすかっただろ」
「え? あ~、確かに……」
わたしがそう言うとグレンさんは鼻で笑って得意げに黒髪をかきあげた。
「うまいこと言った みたいに言わないでくださいよ……」
「ああ、うまいこと言ったな、俺」
そう言って彼はまた誇らしげにする。
いやいやダメだ、このままだとまたこの人のペースに巻き込まれて話が脱線してしまう……。
「まあそういうわけで、お互い変な奴同士でつるんでたわけだ」
「変なやつってそんな……カイルは、グレンさんの紋章のこと知ってるんですか」
「ああ……まあな」
カイルが『グレンがクライブ・ディクソンの名前で呼び出すはずがない』って言っていた。
つまり、紋章のせいで偽名を呼べないことを知ってるということだ。
グレンさん、紋章のことは知られたくないみたいな口ぶりだったけど、カイルにはどういう経緯で教えたんだろう……?
(……それは、今聞くことじゃないよね、うん)
「その、制約がどうとかって知ってますか?」
「『破るといずれ罰が下るらしい』とか言ってたな」
「罰……それでも、戻りたくなかった……」
「ジャミルにも言ったが、あいつなりに色々悩んで出した答えだから、それは責めてやるなよ」
「あ……はい」
(色々悩んで……そういうの、話せる友達なんだ)
ちゃらんぽらんでドライな感じだけど、カイルからは信用されてるのかなあ、グレンさんって。
「…………」
…………。
…………?
「は……ひゃわっ!?」
「えっ なんだ ビックリした」
突然素っ頓狂な声を上げてしまうわたしにグレンさんは『ビックリした』と言いつつも、そのトーンは全然驚いてない。
「ご、ごめんなさい。わたしったらちょっと今思考が飛んでて」
「今って、ずっと飛んでただろうに」
「そ、そうですけれども! 今はあの、別のことで飛んでたんでござるのです!」
「ござるのです……」
『何言ってんだこいつ』みたいな顔でわたしの言動を復唱する。
「わたしジャミルとカイル二人が悩んでてなんとかしたいって思うけど何も思いつかなくてよそごと考えちゃう始末で……グレンさん何か妙案はございませんかね!?」
「妙案? ござらんな」
「ご、ござるはいいんですよ……その、悩みを聞くくらいの仲ではないのですか!?」
「まあ聞いてはいたけど……。年上だし出会った時から大人だったから、俺から何か言うことは特に……まあ『お前がいなくなるとつまらない』と言ったことはあるか」
「…………そう、なんですね」
「隊長は友達が少ねーからな」
そう言うとグレンさんは伏し目がちに少し笑う。
「……」
「そうだな……レイチェルが今できることといえば」
「……」
「借りたままの本を返すことかな」
「え……、あ! 忘れて……って、そういう話では――」
「――これもジャミルには言ったけど。あいつから兄の話は聞いたことはあるが、楽しげな思い出話ばかりで『兄貴が憎い』という話は聞いたことがない。……けど内心ではずっと溜め込んでいた。そんなもの、俺達がどうこうできる問題じゃないだろう」
「はい……」
「……着いたぞ。ここからなら一人で帰れるな」
「あ。ありがとうございます」
話しながら歩いていて、気がついたら大通りのギルドに到着していた。
「じゃあ、俺はこれで」
「はい」
「本の返却は水曜でいいでござるぞ」
「ご、ござるを引っ張らないでくださいよ……。失礼します」
◇
ギルドで解散したあと、わたしは猛ダッシュで帰路を行く。
『ごめんなさい。わたしったらちょっと今思考が飛んでて』――
今、その思考を振り払おうとしている。
カイルの深刻な話を聞いて、ジャミルを憎んでるって聞いて、悲しくてなんとかしたいって思った。
だけど、何もできない。
……そのあと、グレンさんからカイルの話を聞いて。
でも聞いてるうちに違う話に脱線して……だけどそれがなぜか楽しくて、聞いていたいって思ってしまった。
カイルのことを聞いているつもりが、彼のことを聞いていた。
それどころかどんどん聞きたいことが頭に浮かんでくる。
この人のことを、もっと知りたい――。
そう思っている自分に気がついて、途中からずっと、普段ちゃらんぽらんな彼が真面目に話す顔を見ていた。
真面目な話したいとか言っときながら何考えてんだろ……ていうか、直接彼と何かあったわけじゃないのに、なんでこんなに。
考えても答は出ない。
それどころか、決して走ったからではない顔の熱さと胸の鼓動が収まらない。
(わたし、わたし……グレンさんのこと、好きなんだ……)
今日、何回目のため息だろう。
なんとかならないのかな、なんとか……。
「はぁ~……」
「……ため息ばっかりだな」
「へっ? あっ……」
盛大なため息をついたあとに後ろから声がして振り返ると、グレンさんだった。
「あ……ご、ごめんなさい。いたんですよね」
「『いたんですよね』とはひどいな」
「スミマセン……」
ちょっと夕方になり、この通りにある宿屋が何やらギラつき始めていた。
そうだ、こんな中を一人で歩かせられないからって、送ってもらってたんだった……。
「……あの、なんとか、二人がうまくいく方法はないですかね……」
「さあ?」
「『さあ』ってそんな……」
「お互い歩み寄る気がないなら、なんともならないだろうな」
「う……そうですが」
前ジャミルがすごい怒鳴った時もそうだったけど、なんだかドライだなぁ。
カイルとグレンさんって10年以上の付き合いって言ってなかったっけ……男同士だとそんなものなのかなぁ。
「あのー……カイルとは付き合いが長いんですよね」
「ああ」
「彼のその、事情は知っていたんですか」
「まあな。ある日急に『実は未来から来たって言ったら信じるか』とか言って」
「はい」
「『は?』って返した」
「『は?』ってそんな……」
「『何言ってんだこいつ』と思って」
「……そんなぁ」
とはいえ、それは自然な反応のような気もするけど……。
「だけどまあ、色々と変な奴だったからな。連載中でまだ明かされてない推理小説の犯人とトリックバラしてきたり」
「そ、それ、そこにつながるんですね……」
「ああ……あいつは許さん」
そう言いながらグレンさんはメガネを上げるしぐさをした。メガネかけてないのに。
(ほんとにすっごい根に持ってるー……)
まあ楽しみにしてたお話のネタバレされたらそうなるのも無理はないかも……って……。
「あのー……真面目な話をしてるんですが」
「え? してるだろ?」
(してないー……)
「まあそれとか他にも変な所があったし、何より『色』が変だったから」
「……色」
「周りの空気と調和しない色をしてた。違うパズルのピースがはまってるような……だから違う時代の人間だと聞いて合点がいったな」
「時代に色があるんですか」
「あるんです。――どうだ、キャンディ・ローズ先生の例え話より分かりやすかっただろ」
「え? あ~、確かに……」
わたしがそう言うとグレンさんは鼻で笑って得意げに黒髪をかきあげた。
「うまいこと言った みたいに言わないでくださいよ……」
「ああ、うまいこと言ったな、俺」
そう言って彼はまた誇らしげにする。
いやいやダメだ、このままだとまたこの人のペースに巻き込まれて話が脱線してしまう……。
「まあそういうわけで、お互い変な奴同士でつるんでたわけだ」
「変なやつってそんな……カイルは、グレンさんの紋章のこと知ってるんですか」
「ああ……まあな」
カイルが『グレンがクライブ・ディクソンの名前で呼び出すはずがない』って言っていた。
つまり、紋章のせいで偽名を呼べないことを知ってるということだ。
グレンさん、紋章のことは知られたくないみたいな口ぶりだったけど、カイルにはどういう経緯で教えたんだろう……?
(……それは、今聞くことじゃないよね、うん)
「その、制約がどうとかって知ってますか?」
「『破るといずれ罰が下るらしい』とか言ってたな」
「罰……それでも、戻りたくなかった……」
「ジャミルにも言ったが、あいつなりに色々悩んで出した答えだから、それは責めてやるなよ」
「あ……はい」
(色々悩んで……そういうの、話せる友達なんだ)
ちゃらんぽらんでドライな感じだけど、カイルからは信用されてるのかなあ、グレンさんって。
「…………」
…………。
…………?
「は……ひゃわっ!?」
「えっ なんだ ビックリした」
突然素っ頓狂な声を上げてしまうわたしにグレンさんは『ビックリした』と言いつつも、そのトーンは全然驚いてない。
「ご、ごめんなさい。わたしったらちょっと今思考が飛んでて」
「今って、ずっと飛んでただろうに」
「そ、そうですけれども! 今はあの、別のことで飛んでたんでござるのです!」
「ござるのです……」
『何言ってんだこいつ』みたいな顔でわたしの言動を復唱する。
「わたしジャミルとカイル二人が悩んでてなんとかしたいって思うけど何も思いつかなくてよそごと考えちゃう始末で……グレンさん何か妙案はございませんかね!?」
「妙案? ござらんな」
「ご、ござるはいいんですよ……その、悩みを聞くくらいの仲ではないのですか!?」
「まあ聞いてはいたけど……。年上だし出会った時から大人だったから、俺から何か言うことは特に……まあ『お前がいなくなるとつまらない』と言ったことはあるか」
「…………そう、なんですね」
「隊長は友達が少ねーからな」
そう言うとグレンさんは伏し目がちに少し笑う。
「……」
「そうだな……レイチェルが今できることといえば」
「……」
「借りたままの本を返すことかな」
「え……、あ! 忘れて……って、そういう話では――」
「――これもジャミルには言ったけど。あいつから兄の話は聞いたことはあるが、楽しげな思い出話ばかりで『兄貴が憎い』という話は聞いたことがない。……けど内心ではずっと溜め込んでいた。そんなもの、俺達がどうこうできる問題じゃないだろう」
「はい……」
「……着いたぞ。ここからなら一人で帰れるな」
「あ。ありがとうございます」
話しながら歩いていて、気がついたら大通りのギルドに到着していた。
「じゃあ、俺はこれで」
「はい」
「本の返却は水曜でいいでござるぞ」
「ご、ござるを引っ張らないでくださいよ……。失礼します」
◇
ギルドで解散したあと、わたしは猛ダッシュで帰路を行く。
『ごめんなさい。わたしったらちょっと今思考が飛んでて』――
今、その思考を振り払おうとしている。
カイルの深刻な話を聞いて、ジャミルを憎んでるって聞いて、悲しくてなんとかしたいって思った。
だけど、何もできない。
……そのあと、グレンさんからカイルの話を聞いて。
でも聞いてるうちに違う話に脱線して……だけどそれがなぜか楽しくて、聞いていたいって思ってしまった。
カイルのことを聞いているつもりが、彼のことを聞いていた。
それどころかどんどん聞きたいことが頭に浮かんでくる。
この人のことを、もっと知りたい――。
そう思っている自分に気がついて、途中からずっと、普段ちゃらんぽらんな彼が真面目に話す顔を見ていた。
真面目な話したいとか言っときながら何考えてんだろ……ていうか、直接彼と何かあったわけじゃないのに、なんでこんなに。
考えても答は出ない。
それどころか、決して走ったからではない顔の熱さと胸の鼓動が収まらない。
(わたし、わたし……グレンさんのこと、好きなんだ……)
応援ありがとうございます!
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