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第十章 魔族の世界へ

14 慟哭

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──ダイ、スキ──。


 満足げな笑顔。
 血まみれでありながら、それは至福の顔に見えた。
 二人の頬から、ぽろりと涙が落ちていく。

 が、そこまでだった。
 必死に俺の顔にのばそうとしていたレティの腕がぱたりと落ちた。
 そうしてライラの顔からも、すうっと表情が消えていった。

「ライラ! レティ……!」

 何度揺すってみても、もう無駄だった。
 俺の手からポーションが、虚しい音を立てて床に転がり落ちた。

「ダメだ。目を開けろ。……死ぬな! 死ぬなああああッ!」

 いや。
 何もかも、もう無駄だった。
 二人とも、もうことりとも音を立てない。
 俺は二人をあらん限りの力で抱きしめた。

「あ、……あ……ああああ……!」

 誰が叫んでいるのだろう。
 俺だ、と気づいたのはずっとあとのことだった。

「うあ、あああ……。あああああああっ……!!」

 獣の叫び。
 シールドの内側に、そうとしか思えない慟哭がひたすらに鳴り響いた。
 しかし。
 それを打ち消すようにして、狂ったような笑声が湧きあがった。

「あーっはっはっはははははは!」

 真野だった。
 周囲の女たちに<治癒>してもらったその体は、すっかり元の状態に戻っていた。マントを翻し、その場でのけぞって、真野が大笑いをしているのだった。

「いい顔、いい顔だ……! 最高だね! それがずうっと見たかったんだ……!」
 ひゃはははは、とけたたましい笑い声が周囲を満たす。
「澄ました顔しやがって。誰にも媚びないくせに、誰からも一目置かれやがってさ! お前なんか大っ嫌いなんだ。どんなにこうやって、なっさけない顔でヒイヒイ泣かせてやりたかったか……!」
「…………」

 ライラとレティの亡骸を抱きしめたまま、俺は黙って真野を睨み据えた。きりきりと奥歯が音をたてる。

 いかってはならない。
 本当に強い戦士は、武人もののふは、まこと心底から怒りを覚えて我を忘れたりしてはならないのだ。
 それは必ず、みずからの判断を誤らせる。
 決して良い結果には導かない。

 それはこれまで、山ほど師から言われて来たことだった。
 ……しかし。

「おお? 今度はいい目だな。で? どうすんのよ。お前の大事な女の子たちを殺した俺を殺しに来ないの? 『ああそうですか』って逃げるわけ? この、イイ子ぶりっこのヘタレ野郎!」
 真野が嘲笑うように顎を上げ、さらに哄笑した。喉元でひらひらと、青っぽい手を振って見せる。
「ほれほれ。やってみろよ。今なら大サービスだぜ? まあ、そのでオレが斬れるもんなら、だけどな……!」
「き、……さまッ……!」

 ぎりっと奥歯を軋らせて、俺は二人の体を床に横たえ、放り出していた<青藍>のつかを握った。それを杖がわりに、どうにかこうにか立ち上がる。
 体じゅうが鉛に変わったように重かった。しかしそれでも、俺はじわりじわりと真野のほうへ近づいていった。
 きき、ききいと<青藍>の刀身が床をひっ掻く音がする。
 俺は右に、左にとよろめきながら、なおも真野の方へ歩いて行った。

 ……憎い。
 脳が、体じゅうの血が……沸騰する。

『ありがとうございます、ヒュウガ様。きっと、大事にいたします!』
『さすがはレティのご主人サマにゃ。イバらなくて、全然えらそーにしなくて、かっこいい! 大好き! レティ、ご主人サマ大好きにゃ!』
『ヒュウガ様、ありがとうございます……! あたし、きっと頑張りますから』
『一年たったって、きっときっと一緒にゃもん。ご主人サマが勇者じゃなくなったって、レティ、絶対変わらにゃいもん。ライラっちだってきっとそうにゃ。絶対、絶対……ご主人サマのこと大好きにゃもん……!』──。

 ライラとレティの嬉しそうな顔。
 悲しそうな顔。
 今までの旅の中でのいろんな顔。
 ケンカして、言い合いをして、でも笑いあって。
 そして、さきほどの涙を浮かべながらもひどく満ち足りたような、心底嬉しそうな最期の表情かお

 それらが次々に現れては消えていく。
 胸が切り裂かれ、血潮を噴き出す。
 腹の奥底から、ぐらぐらと真っ黒な溶岩があふれ出る。

(真野……!)

 ……殺す。

 黙らせる。

 オマエヲ、コロス──。

 かちかちと、手の中の<青藍>が鳴る。
 それは俺の、狂いかかった心に共鳴しているかのようだった。

「……許さん」

 喉の奥で唸るのと、足を速めたのとは同時だった。
 十メートル、八メートル、五メートル。
 どんどん真野に近づいていく。
 と、その時だった。
 脇から魔法を詠唱する、高らかな声がいくつも響き渡った。

「<体力増加シンボル・オブ・トランサル>!」
「<装甲強度増加アーマークラス・ガード>!」
「<攻撃速度増加クイック>!」
「<攻撃速度低下スロウ>!」──。

 周囲のシールドがめりめりと破壊され、仲間のメンバーたちが一斉に俺に防御魔法を、そして真野に防御と攻撃の低下魔法をかけ始めたのだ。
 それはキメラを倒し切ったメンバーの幾人かが、俺と真野の状態に気づいて放ってくれた援護射撃だった。あと一頭はまだ健在で、赤パーティーの面々はいまだそちらに掛かりきりだ。
 体に力がみなぎりはじめる。飛んできた<治癒魔法ヒール>が明らかに体を軽くしてくれはじめた。<青藍>にも大量のバフが乗る。その刀身がきらきらと魔力を受けて輝きだした。

 真野のしもべである女たちは、それでもまだ主人を守ろうと、何かの呪文を詠唱しようとしていた。しかし彼女らはあっさりと、こちらのウィザードたちの魔法攻撃によって退けられていった。
 実際、彼女たちはまことに脆かった。それはそれだけ、真野を思う「心の力」が弱いことの証左だとも言えただろう。次々に吹き飛ばされ、壁や柱にぶち当たっては気を失っていく。
 真野に向かって走る俺の足は、次第しだいに速くなった。

「真……野おおおぉぉッ……!」

 ダッと一気に踏み込んでの上段からの一撃は、真野が慌ててかけた<浮遊魔法レビテーション>によってあっさりと避けられるかと見えた。
 が、そうはいかなかった。
 真野にはこちらのウィザードたちによる<減退魔法デバフ>が幾重にも掛かっている。それは相手の攻撃力や防御力、さらには体力や魔力をもぐ魔法だ。そのために、真野の詠唱は一歩も二歩も遅れることになった。
 <青藍>の剣先は真野のまとった長衣ローブをとらえ、ばりばりとその一部をはぎとった。

「ちいっ……!」

 それでも真野は、ひるまずこちらに腕を突き出しかかる。魔撃を繰り出そうとしているのだ。俺はすかさず下段から刀身を跳ね上げた。
 ばつっ、と軽めの手ごたえがあり、何かが視界の隅へ飛んでいく。

「ぎっ……ひぎゃあああっ!」

 真野の悲鳴が響き渡った。
 ぼとりと視線の先に落ちたのは、真野の右手、肘から先の部分だった。
 
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