テイマー勇者~強制ハーレム世界で、俺はとことん抵抗します~

つづれ しういち

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第十章 魔族の世界へ

15 譲位の儀

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「ぎっ……ひぎゃあああっ!」

 真野の悲鳴が響き渡った。
 ぼとりと視線の先に落ちたのは、真野の右手、肘から先の部分だった。
 真野が再び床を転げまわって叫び散らす。「この、クソがあ! ぶっ殺す!」等々、とにかくありとあらゆる口汚い罵倒を吐き散らかしている。先ほど彼を治癒したはずの女たちは、みな壁や床に叩きつけられたままのびている。今回は誰も、真野を治癒する者はいなかった。
 こちらの連合軍の小隊は、俺たちを少し遠巻きにしてじっと成り行きを見守っている。
 俺は無言で真野に近づいた。ちゃき、と<青藍>を構えなおす。
 真野が血走った眼を上げた。

「うぐ……っ。日向……」

 片腕をおさえながら、どうにかこうにかよろよろと立ち上がり、悪鬼のごとき形相で俺を睨みつけてきた。ひどい痛みなのだろう。ふうふうと肩で息をしている。その顔は冷や汗でびっしょりだ。
 俺はさらに、ずいと彼に近づく。
 真野は片頬をにやりとゆがめた。

「ほんとに、るのか。お前」
 それは、不思議に諦念を浮かべたかのような声だった。
「さすがの『超クソマジメ・理性野郎』のお前でも、女の子たちをブッ殺されたらそーなるんだ。……ふん。ちょっと、安心した」

 ふへへ、と変な笑い声を立ててにやにやしている。
 何を言ってるんだ、この野郎は。
 頭のどこかでそんな台詞が聞こえた気がしたが、俺はほとんど、真野の言うことなど聞いてもいなかった。ただのろのろと<青藍>を持ち上げて、じりじりとそちらに詰め寄っていく。
 あと三歩ほどのところでぴたりと止まり、耳の横、突きの姿勢で刀を構えた。
 真野は感情の乗らない変な目をして、そこらに落ちているゴミでも見るように俺を見た。何もかも、心底どうでもよさげな顔だった。
 そこからぐるりと周囲を見回し、一度じろりとマリアを見てから、また視線を俺に戻す。

「……ふん。つまんねえ」

 肩を下げ、ちょっと首をかしげるようにしてせせらわらう。

「つまんねえから、最後にいい土産をやるよ」
「…………」

 構えた刀はそのままに、俺はぴくりと眉を動かした。
 真野は痛みをこらえつつも、決してその顔から皮肉げな笑みを取り去らなかった。
 そのままゆっくりと口を動かす。

『魔王マノンの名にいて。汝、青の勇者ヒュウガに命ずる』──。

(なに……?)

 真野の声は、今までのものから様変わりしていた。
 それは天上のどこか、あるいは地の底から響いてくるような不気味な韻律を伴っている。
 非常にいやな予感がした。これは、あの勇者の「呪文」に酷似している。
 しかし、真野の口は止められなかった。
 <青藍>を振りかぶろうにも、今この瞬間、俺の身体は凍り付いたように動かなくなっていた。恐らくその「呪文」の作用だろう。それは周囲のほかの面々も同様らしかった。

『汝を次代の魔王とさん』

(なんだと……!?)

『はや、く疾く我をしいすべし。もって王位継承の儀を成就せしめよ……!』

 俺をはじめ、周囲の皆が絶句している。
 と、次の瞬間だった。
 俺の身体と手にした<青藍>が、導かれるようにするすると真野の体に吸い寄せられた。

(なっ……)

 なんの抵抗もできなかった。
 俺の身体は、当初自分がそう意図していた通りに、ごくごくなめらかに動いた。すなわち、その刀身がまっすぐに真野の胸に吸い込まれて行った。なんの滞りも感じなかった。

「くっ……。真野……!」

 刀身の真ん中あたりまでをずっぷりと胸に差し入れられて、真野は満足げに笑っていた。間近から俺を見返し、また「ひゃははは」と気持ちの悪い笑声をあげる。血走った目がひどく楽しそうにぎらぎらと光っていた。

「これで……まあ、さ。お前もせいぜい、自分を楽しめ」
「な、にを──」

 なにを言ってる。
 こいつは、なにを言ってるんだ……!
 魔王になる?
 この俺が……?
 そんなもの、お断りに決まっているだろうが。

 と思う間にも、真野の身体からしゅうしゅうと黒い霧が発生しはじめた。その体の末端から、細胞が見るみる黒い炭のようなものに変化し、あっという間に粉末になって霧散していく。

「まて、真野! お前っ……!」
「バイバイ、ヒュウガ。こっちでせいぜい、めちゃめちゃに苦労しやがれ」

 じゃあな、と言ってにこりと笑った、その顔は意外なほどに無邪気に見えた。あちらの世界で普通にされるような「バイバイ」という感じで手を振っている。それは憑き物が落ちたようにさばさばと、奇妙に爽やかなほどの笑顔だった。

「真野っ……!」

 俺のその叫びを最後に、真野の姿はそこから消えた。
 ぶわっと一瞬わきおこった強い竜巻のようなものが、周囲によどんでいた真野の身体だったものを吹き飛ばしたのだ。
 俺は呆然と周囲を見回した。
 床に倒れたレティとライラ。少し離れたところにギーナ。そのそばに、相変わらずニコニコ笑ったままでシスター・マリアが立っている。さらにそれを取り巻く形で、連合軍や赤パーティー、緑パーティーの面々が俺をじっと見つめて立ち尽くしていた。
 すでにキメラ二頭はほふられている。
 だが、場には以前のものよりもずっと緊張した不穏な空気が漂っていた。

「……で、いかがなさいますか。ヒュウガ様」

 張り詰めた沈黙を破ったのは、マリアだった。
 女は相変わらずの穏やかで慇懃な態度のまま、しずしずとこちらへ近づいてきた。

「正式な『譲位の儀式』が完了してしまいましたけれど。……新しき『魔王』の座に就くお気持ちはおありなのですか?」
「まさか。……何を、バカなことを」

 吐き出すようにそう言った。
 何が、魔王の座の継承だ。そんなもの、頼まれたってなるつもりはない。何を勝手に、人を「魔王」なんかに仕立て上げようとしているんだ。真野は何を考えている……?
 
「……左様ですか」
 マリアの笑みは深くなった。そうして、足もとに倒れた女性たちをちらりと見やった。
「では、こちらの女性がたも、もはやこれまでということにございますわね」
「なに……?」

 驚いて目を上げた途端、俺とマリアの周囲に、先ほどよりはずっと小さな円筒形のシールドが発生した。中には俺とマリア、それに倒れている女性三名のみが残される。
 外側にいるガイアやデュカリス、フレイヤたちが慌てて近くに走り寄ってきたのだったが、そのシールドを破ることはできないようだった。

「どういうおつもりなのですか、シスター」
「あら。まだそうお呼びくださるのですね」

 マリアはただそう言って、嫣然と微笑んだ。
 
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