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ダンジョンマスター 聖龍

回想 醤油ラーメン(ネギ別添え)

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ついにその日がやってきたのだ。
聖龍軒ダルゴニア支店をオープンさせるにあたり、ラーメンの試食および接客リハーサルの日を迎えていた。
客役となるのが、我とタイショーとヒカリの三人。入店から支払いまで一連の流れをチェックする。
そしてまさに今日、我ははじめてラーメンを口にする。
まずはタイショーとヒカリが入店し、隣り合ってカウンターに着席する。二人はそれぞれ塩ラーメンと味噌ラーメンを注文した。そして遅れて我が入店し、醤油ラーメンを注文するのだが、少し我も意地悪をする。

「我は、醤油ラーメンのネギトッピングでお願いする。ネギは別添えにして欲しい」

我の初めてのラーメンは醤油ラーメンと決めていた。そして、皆が口々にネギトッピングをした時のネギが非常に美味しいと言っていたのを聞いていたのでそちらも頼もうと思っていた。ずっと3人の修行する様子を遠隔で見守ってきたからこそ、我も何が美味しいのかは大体把握していたのだ。ただし、ネギはトッピングで頼むとごま油と絡めたものが乗ってくるのでラーメンの味が少し変わってしまうことを我は知っていた。であるからして、天才である我はネギを別添えで注文するという方法を生み出したのである。

ニャティリも我の注文に少しニヤリとして、「はいよ」と言いながらラーメンを作り始めた。

三人とも頼んだラーメンは別々だったのだが、ラーメンはすぐに出来てきた。流石の修行の成果である。
まずは、タイショーとヒカリがラーメンを食べ始めたのだが、二人とも頷きながら食べていた。ヒカリはポツリと、「もうラーメンだけだったら本店のウチより美味しいかも」なんて呟いていた。

さて、我の番がやってきた。
ついに、我の龍生で初めてラーメンを食べるときが来たのだ。

「ネギ醤油ラーメン、ネギ別添えです」

注文してからラーメンが出てくるまでにかかった時間は、9分であった。タイショーが言うには、食事を待つにあたり15分がギリギリ不快に思わないラインだという話であるからここまでは合格である。
余談であるが、人間族が第5階層に一時期作った村の料理屋に興味本位で行った時は、料理が出てくるまでに30分はかかっていたと思う。それだけ待たされた挙げ句、出てきたのは塩のみで味付けされた焼き魚だけであった。

マリアがカウンターの上にラーメンの丼ぶりを乗せた。出てきたラーメンは、その見た目だけでも芸術品だった。
味は本店のタイショーやヒカリのお墨付きだ。長いことかかったが、ついに我がラーメンを食べる時がやってきた。

「では、いただくとしよう」

ラーメンのスープをレンゲで掬い、口に運んだ。

『……っ!!美味しい!!』

なんとも表現しがたい醤油の旨味としか言い表せない幸せな味がぶわっと口の中で一気に広がり、スープを飲み込んだ後も舌に残っていた。普段食事を必要としないため、食べることは我にとっては単なる趣味の領域ではあった。であるからして、そもそも味が我に分かるのかすら疑問だったのだが、どうやら杞憂だったようだ。前回第5階層で食べた料理を遥かに凌駕しており、全く次元が違う。明らかに、これが美味しいということなのだと脳裏が理解していた。

続けて麺を口にした。
平打ちの中太麺であるが、スープが良く絡む。麺にコシがあるが、モチモチともしている。とんでもなく美味である。

美味しいことを美味しいと感じられることに我は感動していた。
確かに、初めて食べるラーメンを我はずっと楽しみにしてきた。しかし、それは異世界や人間族への興味から生まれた好奇心であり、味までは期待していなかったのだ。そもそも聖龍に食事は必要がない。聖龍にとっての食事は完全に娯楽なのであり、人間族が楽しんでいることを追体験できればそれで良いのだ。
いや、それで良いのだと、我もつい先程までは思っていたのだ。それが一瞬にして覆された。美味しい料理は、食べただけで魂が揺さぶられる。この高揚感は何とも言い難い。
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