異世界ダンジョンの地下第7階層には行列のできるラーメン屋がある

セントクリストファー・マリア

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ダンジョンマスター 聖龍

雑談

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豚骨ラーメンの試食会が終わり、我らはカウンターで休みながら、雑談をはじめた。
主に、ギルド副長でギルドダルゴニア支所長のセシルと聖龍軒ダルゴニア支店員で冒険者のマリアおよびイリスが先日聖龍軒で邂逅した時の話を、当時本店にいて不在だったニャティリに説明していた。

「あのセシルを良く説得したわね。聖龍の介入もほとんどなかったのでしょう?」

あの時我は思考共有でセシルの様子は見ていたが、マリアとイリスの二人にセシルの説得は任せていた。セシルにギルドダルゴニア支所の所長という肩書をつけたことで、我もセシルと直接接触はできるようになったのだが、我よりも二人の方がセシルを動かすことができるであろうと判断して静観することに決めたのである。断じてサボった訳ではない。

「はい。わたしたちとセシルお姉様は旧知の仲なので話し合いはすんなりできたのですが、説得するのはそれはそれは大変でした」

セシルというのは、ギルドの副長なのだが、ダンジョン内での商業活動反対派筆頭と呼べる存在である。地下第5階層クラーケン事件を体験している彼女は、町5つが一夜にしてなくなるという惨劇をその目で見てきている。死者の中には、冒険者ではない人々も多くおり、子どもや女性も多人数含まれていた。
そもそもクラーケンは、地下第5階層にとっての緊急事態が発生しない限りは、姿を現すことはないのだ。しかし、この時はダンジョンマスターの我でさえ、想像だにしなかった緊急事態が発生してしまったのである。

「私らの母さんが死んだきっかけを作ったって意味では奴隷商の奴らを許せないけどさ、あの事件がなければ私はマリアと仲良くなることもなかったかもしれないし、セシル姉さんにも姐さんにも聖龍にも会えなかったし、時を戻せたとしても私は事件前に戻そうとは思わないよ」

第5階層の深海に潜ませたクラーケンは、よっぽどがない限り海上には姿を現さない設定にしてあったはずだが、のっぴきならない事態が起きていたのだ。当時ダルゴニアで横行していた人身売買のある闇組織が、転移魔術を使用して第6階層のモンスターたちを第5階層へ転移させたのである。ダンジョンの仕様上、その階層にいるはずもないモンスターが突然現れれば緊急事態と判断し、最大限の防御反応を起こす。魔術が制御されたセーフティゾーンであればこうした制御は発動しないのだが、第5階層にセーフティゾーンの設定は一切なかった。一人の愚かな人間の細やかな強欲によって多くの善良な人間たちが死ぬ。それは、我も望まぬ結果だったが、何の制御も効かない第5階層では我ができることは何一つとしてなかったのだ。

「そうですね。あの事件があったからこそ、わたしたち冒険者はダンジョンの危険性を改めて認識したわけですし、ダンジョンの解析も進みましたから、教訓は生かされてますよ」

マリアの言うとおり、人間たちは悲惨な事件を経験しても、そこで立ち止まったりはしなかった。ダルゴニアの冒険者たちとファルスカ王国の王国民たちは、ともに飛躍的成長を遂げ、ファルスカの王都も大発展することとなる。
その大発展を陰で支えたのが、ギルドであり、当時のギルドの中心にいたのが現ギルド長のダギリや現ギルド副長のセシルといったクラーケン事件の凄惨な光景を目の前で見てきた者達だった。
ダンジョンまで及んでいなかった法制度を、ダンジョン内にまで拡大させた。更には、冒険者向けのガイドブックを作成し無料配布を行ったのである。
無法地帯だったダルゴニアの地下ダンジョンの取締が始まり、ガイドブックによって冒険者達の知識量も高まったことで、ダンジョン死亡率も大幅に減っていった。
ファルスカ王国の急成長には我も大いに驚かされた。

「しかしまぁ、あのダギリでさえ説得不可能と言わしめた頑固者をよく落としたと思うわ。いくら長生きしているエルフのわたしでさえ、きっと説得は無理だったわね」

我もダギリと話して事前情報は得ていたのだが、セシルの想いの強さは本物だと感じた。
マリアとイリスの二人だったからこそ、セシルの心は動いたのではないだろうか。むしろマリアとイリスでない者がいくら説得しようが、セシルには全く響かなかったであろう。

「塩ラーメンが効いたよな。私らの言葉だけじゃあ、セシル姉さんも納得しなかったと思う」

最終的にセシルも納得の大円団になったのも、二人が説得したおかげといえる。
塩ラーメンを食べてセシルの気持ちが変化したのは確かだろうが、それはラーメンが美味しかったからという単純な理由ではなく、マリアとイリスの本気度が伝わったからだろう。セシルへの説得に際して、店の看板メニューである醤油ラーメンを出さず、敢えて塩ラーメンで勝負するというは、セシルのことをよく理解している二人にしかできない選択である。
人心掌握に長けた我でさえ、塩ラーメンを出そうとは露とも思わなかっただろう。

「わたしが塩ラーメンを作ってセシルに出したって何一つ変わらなかったと思うわ。あなた達だからこそ、セシルの気持ちも動いたのだと思うの。あの子のことはギルドに入ったときから知っているけれど、あの子のあんな優しい顔は初めて見たわ。聖龍軒の営業に対して未だに文句は言ってくるけど、本気で辞めさせようって感じじゃないし、最近のセシルはなんか楽しそうなのよね。あなた達のおかげでむしろ色々と吹っ切れたんじゃないかしら」

実を言えば、我はダンジョンの監視を常にしているからして、当日セシルが第7階層に用意された寮のセシルの部屋の中で、涙を流しているのもこっそりと見ていた。我が子も同然のようにずっと側で見守ってきた二人が成長している姿を見て思うところがあったのだろう。二人の思いの籠もった塩ラーメンは、セシルにとってはどんな豪勢な食事よりも美味しく感じたに違いない。
ギルド副長という立場的として、マリアとイリスの二人に肩入れしすぎてはならぬため、ダンジョンの第7階層で営業している聖龍軒には反対の姿勢を崩せないが、我が加担しているということとギルド長の命令であるということが大義名分となって、ギルドダルゴニア支所長に就任せざるを得ず、結果としては、聖龍軒の監視をしながらも陰ながら二人のバックアップができる立ち位置に落ち着いたことに満足しているように、我にも見えるのだ。

「確かに仕事してる時のセシル姉さんって堅かったけど、第7階層に姉さんが来てから誰に対しても態度が柔らかくなった気がする。もうちょっと私ら孤児院の子たちに接するように、冒険者にも接してみたらいいのにっていつも思っていたから、私も姉さんの変わり様には驚いたんだよな」

ギルドの職員は圧倒的に男の方が多いらしい。そして、冒険者はその大半が男である。そんな男達に囲まれて、絶対に舐められてはならぬとセシルは必要以上に堅い表情を続けてきたらしい。
我らの前では笑顔も見せるセシルだが、鉄の女という異名がつくほど、普段は笑わないのである。
我らに女子しかいないことと、娘のように可愛がってきたマリアとイリスがいるというのが効いてダルゴニア支所内での態度が軟化しているはあるのだろうが、先日の塩ラーメンの一件でセシルに長年付き纏っていた枷が取れたというが一番の原因ではないかと我は思う。

「そういえば姉様的には、所員寮を見てより納得したみたいです。人間だけでは日本の設備は揃えられないですし、セイフティゾーンでない所にわざわざ電気や水道は引かないだろうと判断したようですね。この時にこれは本気なんだなって流石に思ったって姉様が言ってました。それで、電化製品の数々を紹介したらオークのような形相で凄く驚いていましたよ。今では、姉様も我が物顔で部屋の備品は使ってますけどね」

日本の電化製品は、あまりに技術力が高すぎるため、さりげないぐらいにしか店内には置いていないのだが、寮内やカウンター裏のバックヤードにはこれでもかというぐらいに置かれている。
我的には、まだまだ新設したい電化製品はあるのだが、貨幣の違いや価値観の違いがありすぎるために難航している物も多い。
実を言えば、セシルが我の相談役をかってでてくれてたりする。というのも、セシルは副業で魔術具師もしており造詣が深いのだ。日本の電化製品をダルゴニアで使用するために何をどう改良すればいいのかの意見出しをしてくれているのだ。

「そうよね。わたしも最初は驚いたわ。日本で使って少し慣れていたけれど、ダルゴニアにあるとビックリするのよね。ダンジョンにいることを忘れてしまうわ。特に、最近の新作ラッシュは凄すぎるわよ。携帯電話は特に痺れたわ。電波の代わりにマナを使って、入力の言語もファルスカ王国で使用されている主要言語は全て使えるようにしていて、冒険者用アプリもギルドで作成したりしていて、機能は少ないけどちゃんと携帯電話っていうのが本当に凄いと思った」

ニャティリがラーメンに魅せられて店を出してしまったのと同じように、我とセシルは電化製品の虜となってしまい、共同開発でスマホをファルスカ仕様で創ってしまったのだ。
つくづく、我は天才だと思う。
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